1・電子顕微鏡の白黒世界
宵闇の研究室から白緑色の光が漏れている。
小さな画面には点のような文字がつづられ、洪水のように流れている。待つこと数十秒。画面の中央に立体映像が現れた。美しい楕円の球体がいくつも鎖のように連なっていた。
この映像を見た白衣姿の者は、思わず笑みを浮かべた。数時間ぶりに見るその生物の姿に惚れ惚れとしていたのだ。
電子顕微鏡、その巨大な機械はその精密さゆえにメンテナンスが欠かせない。今回のメンテナンスでは、古くなった電子銃を交換したのである。電子顕微鏡は小学校にあるような光学顕微鏡とは異なり、可視光線ではなくさらに短い波長を持つ電子線を使用する。対象物をより美しく見るために必要なその電子線を発生させる電子銃と言う装置を今回交換したのだ。
数時間かけて行われた電子顕微鏡の点検後、動作確認のために机の上にあった適当な物を台に載せ覗き込んだのだ。
電子顕微鏡の色の無い白黒の世界は、時間が止まったようにその対象のすべてを映し出す。
その生物が持つ美しい生命の形は、神が作り上げた芸術品であろう。
――ふと何か変なものが写りこんだ。
それはナノの世界には不釣合いな形をしていた。顕微鏡を覗き込む黒い瞳には、もはやその不思議な形をした物質しか移っていなかった。
「……人型……?」
そして、そうつぶやいた次の瞬間、その部屋から……いやその宇宙の世界から一人の院生が消えた。