たまにある事
この話はフィクションです。
これは私がまだ独身で、会社に勤めていたときの話だ。
車通勤だった私は、いつものように慣れた道を自宅に向かって帰宅していた。辺りは真っ暗だが視界は悪くなく、後ろの幅寄せしてくる赤い小さなスポーツカーっぽい車が鬱陶しいと思っていた。
ピピィー
突然、私の車は笛の音と赤灯の誘導灯を持った警察官に止められる。誘導されるままに空き地に入ると、年配の男性警察官が運転席側に寄ってきたので慌てて窓を開けた。
「なにか……?」
シートベルトもしているし制限速度もそれほどオーバーしていない。車の整備だって数ヶ月前に車検を通っているから問題ないはずだ。
止められた理由が判らずにライトで車内を照らす警察官を見上げると、彼は助手席を見て固まっていた。それから後部座席を照らしてようやく口を開く。
「運転手さん。助手席に誰か乗せていなかった?」
「いえ、一人ですけど……」
「だよね。ちょっと待ってて」
そう言うと肩の無線機(?)でどこかに連絡を取り始めた。
「ごめん。確認なんだけど車の色は青でナンバー○○―○○、助手席のシートベルトなしだよな」
『はい。赤信号で止まったところで確認しています。助手席に女性のお年寄りが乗っていて、シートベルトなしでした』
無線機から返ってきた返答に、私とその警察官は見つめ合ったまま固まってしまった。
確かに私は近くの交差点で赤信号で止まり、そこで警察官っぽい人も見かけていた。多分あそこでシートベルトの確認をしていたのだろう。
チラリとバックミラーを覗くと、私の車を確認した信号機も見える。この短距離の間で人を下ろすことは不可能だと警察官も判っているのだろう、彼は苦笑を浮かべながら謝罪した。
「申し訳ありません。こちらの勘違いだったようです。気を付けてお帰り下さい」
最初はなんの言いがかりかと怒っていた私だが、無線のやり取りを聞いてそれどころではなくなっていた。急に車に乗っているのが怖くなってくる。今にも後部座席から皺のある手が伸ばされてくるんじゃないかと思った。
「あの! 冗談……ですよね?」
立ち去ろうとする警察官に慌てて尋ねると、彼はしばらく沈黙した後、にこやかにこう告げた。
「まぁ、『たまにある事』ですから。とにかく気を付けて」
その帰り道。私の車を煽っていた赤い小さな車が他の車を巻き込んで事故を起こしていたのを目撃した。救急車だけは到着していたので、恐らく運転手は生きているんだろう。きっと後ろから先程の警察官も来るはずだ。
緊張しながら事故現場の脇を通り抜け、しばらくして思う。
もし、警察官に止められていなかったら、巻き込まれていたのは私だったかもしれない。