異世界に召喚された高校生勇者君は、魔王との最終決戦で天啓を得たようです
何の前触れもなく召喚された俺は、異世界で勇者をやっている。
ただの高校生だったはずだが、チート級の魔法の才だとか、チート級のスキルだとかで、どんな戦闘距離でも戦えるチート戦士になっていた。
そんな俺に、敵はなかった。
倒して倒して倒し続けて――そして、俺はここに居る。
「お父ちゃん……」
「お前は生きるんだ」
その言葉を受け、角の生えた幼女が奥の扉から飛び出していく。
自らと俺の間にそびえ立つ父親の大きな背中を見ていた彼女は、大粒の涙をあふれさせながらも、この魔王城最上階の玉座から、言われた通りに駆け出していく。父親の願い通りに、生き延びるため。
「待たせたな、勇者。決着をつけよう」
「そうだな」
決着――そんな言葉が似合うほどにカッコいい結末になるなんて、思っていない。たぶん、向こうもそれは分かっていた。
「一撃、か……」
下の階で続く王国軍兵士たちと魔王軍の連中の戦いの音を背景に、右肩から深く袈裟斬りにされた魔王が床に仰向けに倒れ、俺が剣を突きつけている。
「見事なり。さあ、褒美だ。魔族の王たる我の首、持っていくがよい」
言われるまでもない。
剣を大きく振りかぶり――
「『ヒール』」
「……うん?」
「タイムを要求する!」
っぶねー! マジ、っぶねー!
うわー。俺、もう少しで殺されるところだった。
取り返しがつくうちに気付くとか、マジ天啓ですわ。
「ほら。回復魔法で全快だし、魔王さんもさっさと逃げろ」
「……うん? お前は、何を言っているんだ?」
「いやだから、逃げろって。ほら、この金塊もつけるから。魔王軍再建の軍資金の足しにでもしてくれ」
「お、おう。……いやいやいやいや! おかしいだろう!? お前、勇者! 我、魔王! 勇者、魔王、殺す! 分かる!?」
うんうん。俺もついさっきまではそう思ってたよ。
ふっ。お前はそこで思考が停止するから、敗北するのだ。
「良いか、魔王。よく聞け。お前を倒すと、平和になるだろう?」
「うむ。魔王軍を統べる王たる我が死ねば、組織だった抵抗は無理だな。幼い我が娘を担ごうにも、幼いが故に後見人の座を巡って、人間との戦いどころではなくなり、その間に数百年は癒せぬ損害を被るであろう」
「うんうん。よく分からんけど、とりあえず人類の天下なわけだ。――で、そのときに俺はどうなると思う?」
「人間どものことはよく分からんが、英雄として称えられるのではないか?」
「甘い! 食後の楽しみだって三日前からウキウキしてたお菓子を、俺の前においてお手洗いに行っても帰ってくるまで無事に残っているって思っていた、俺を召喚した王様よりも甘い!」
話ながら上半身を起こしていた魔王の前であぐらを掻き、両者座り込んでのトークモードに入って話を続ける。
「いやでも、自分で言うのもアレだが、我は人間側に随分と恐れられるようなことをしてきたぞ? この百年以上、誰にも討ち取れなかったのもあって、普通に英雄として富も名声も思いのままではないのか?」
「バッカ、お前。その恐怖の魔王を一撃で倒せるチートが、平和な世界に無事に帰ってくるんだぞ? 殺されるよ。絶対に謀殺だよ」
「いやいやいやいや。それこそないだろう。そもそも、勇者。お前、どうやったら死ぬのだ?」
「あのな、魔王。俺の故郷では、こう言われている。『化け物は英雄に倒され、英雄は人間に殺される』。細かい言い回しまで覚えてないけど、こんな感じだよ。魔族だったらとりあえず殺してから考えるけど、味方みたいな顔をしてくるやつらに同じ事したら、まともにVIP待遇受けられなくなるよ。異世界でボッチだよ」
「うむ……しかしだなぁ……」
難しい顔で考え込んでいまいち納得しない魔王に、さらなる事実をぶつけてやる。
「ほら。俺って異世界から召喚されただろ? 魔王の力で妨害されて帰れないんだって。だから、魔王討伐に力を貸せ、と」
「え?」
「うん」
「なにそれこわい」
むしろ、ここに来るまで気付かなかった自分が恥ずかしい。
俺のチートの前に歯が立たない魔王を見て、やっとおかしいと思えたのだ。
「え? いや、我が何とかして帰ってくれるなら、むしろ喜んでお帰りいただくのだが……」
「な? そんな感じで、異世界で平和に住んでいた学生を、闘争の中に、嘘をついてまで無理矢理に放り込む連中だぞ。それも、完全に自分たちのためだけに。そもそも、帰る方法があるかすら怪しいもんだ」
「いや、ほら。我らの脅威の前に、人間たちも危うかったし。な? 彼らも必死だったのだよ」
「で、次なる脅威になりうる俺を、『人間たち』のために殺すのか?」
「う……ぐぬぬ……だが、しかし。お前には我を討ち取ってもらい、派手に知らしめてもらわねばならぬのだ……」
なんだか、訳の分からないことを言い出したよ、この魔王。
こいつ、正気か?
「なんて言うか、ほら、さっき逃げた娘さんのこともあるんだし。ここは落ちのびて、再起を図れって。な?」
「娘のためにこそ! 我は死に、その死を明確にせねばならんのだ!」
さっきまでの静かな様子が嘘のように、突然立ち上がって叫びやがった。
おぅ……耳がきーんとしやがる……。
「娘にためってなんだよ。お前の背中見て、泣いてたぞ。今すぐ追いかけて、安心させてやれよ」
「ならん! 我の死がはっきりせぬ限り、戦いは続いてしまう。娘に、そんな血濡れた道を歩ませたくはない。もはや、我ですら部下や民を押さえきれぬのだ。力ある限り、ここまで百年以上続いてきた終わりなき闘争が、続くことは明白!」
「いやでも、だからって魔族側がそんな一方的に背負い込まなくても……な?」
「仕方あるまい。お前の規格外の強さに、我らの勝利の望みは断たれたのだ。もう、このような形でしか、戦いは終わらぬ。講和をするには、互いに憎しみを募らせ過ぎたのだ」
「う~ん……あ、ほら、だったら適当に戦いを続けよう! そっちは過激派を適当に使って村とか町を襲って、適当に俺が間引く。俺の寿命が来て死んだ後に講和に反対する連中も減って、俺も役割残って、みんなハッピー!」
「ふざけるな!」
あぐら掻いてるままの俺に、立ち上がった状態で上から怒鳴りつける魔王さん。
いや、ちょっと。唾飛んだよ。野郎のとか、バッチイなあ、おい。
「まだ若い勇者が死ぬまでの数十年間、そんな茶番のために世界に恐怖と闘争を溢れさせろと言うのか!? そもそも、お前が死んだとて、新たな勇者が呼ばれぬとどうして言える? 今ここで、悪意の連鎖を切らねばならぬ! お前は、同胞である人間たちを死ぬまで騙すことになるのだぞ!? 良心が痛まぬのか!?」
「いや、勝手に呼びつけといて、この世界に縁もゆかりもない俺に殺し合いとか強要して来る連中の心配とか、俺の管轄じゃないんで。あと、異世界出身の俺は、ここの人たちと同胞じゃないし」
「お、おう……」
俺の話に、やっと魔王も納得してくれたようだ。
落ち着いた様子で、俺の前にあぐらを掻いて座り込む。
「では、お前にとって、この世界のことは関係ないとの前提で話をしよう」
「うんうん。その通りだからね」
「それでも、この世界で紡いだ絆があるだろう?」
「え? まあ、うん」
「そうだろうそうだろう。例えば、下で激闘を繰り広げている人間側の兵士たち――」
「あ、それ、いらないって言うのに王様が急に連れて行けって押し付けてきただけなんで。みんな初対面です」
「あ、うん……」
今思えば、最後の最後の美味しいところで、王様も働いたんだよーってアリバイ作りじゃないか?
間違いない! あんのクソじじいめ!
「だ、だがしかし、絆はあったのだろう!? 思い出せ!」
言われてみると、確かにそうだ。
俺に魔法の使い方をを教えてくれた、巨乳が柔らかくて気持ちいい宮廷魔術師ちゃん。
近接戦の何たるかを教えてくれた、ぺったん敏感かわいい近衛騎士ちゃん。
娼館から身請けした、爆乳美人なお姉さん。
そして何より、今も俺が無事に帰ってくるように祈ってくれてるであろう、手の平サイズの美乳な姫様。
「ああ、みんな……」
「その絆の力を信じるがいい。例え我を殺した後でお前にどんな苦難が訪れようと、お前が紡いできた絆があれば、乗り越えられるはずだ」
「いや、それは……」
「それに考えてみろ、勇者。その者たちの期待を、お前自身のためだけに裏切るのだぞ?」
「……いや、だったら、お前だって一緒だ! 娘のためだ、同胞のためだって、誰かのせいにして、生きていて欲しいって期待を裏切って死のうとしているじゃないか!」
「絆の力を信じろ! 俺を討て、勇者ぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!」
「どれだけ苦しくても、勝手に諦めるんじゃねえ! 生きろ、魔王ぅぅぅぅううううううう!!!!!!!」
高ぶって同時に立ち上がった俺達だが、魔王の顔を見て、一気に頭が冷える。
「魔王……泣いているのか?」
「すまぬ。みっともないものを見せてしまった」
「いや……」
「だが、分かって欲しい。永遠の平和などと思い上がった理想は、我の手に余る。だが、娘のため、今を生きる同胞のため、これ以上の道はないのだ……うぅ……」
みっともないものか。
ほほを伝う一筋一筋が、目の前の男の覚悟なのだ。
これだけの覚悟を前に、それに応えずにいられるか?
「魔王、分かった」
「おお、そうか」
「後のことは、任せてくれ。どこまでできるかは分からないが、誰にとってもできるだけいい形になるよう、頑張ってみるよ。きっと、一人では無理でも、絆の力があれば、何とかなる」
「うむ。では、先ほどの傷跡に沿って一撃入れてから、首を獲れ。お前と我の実力差からして、我に回復する余裕があったのは不自然だからな。服が切れて血の跡もあるのに体が無傷では、怪しまれるかもしれぬ」
「うん」
そうして振り抜いた一撃は、寸分違わず最初と同じ右肩からの深い袈裟斬り。
ただの高校生がこんな芸当を軽くこなせるあたり、自分のチート具合は本当に凄いのだと感じる。
「見事なり。さあ、魔族の王たる我の首、持っていくがよい。そして、永遠ならざる平和を」
言われるまでもない。
剣を大きく振りかぶり――
……いや待て。魔王に説得されて魔王の首を獲るって、なんかおかしくないか?
そもそも、『絆の力』とか言ってるけど、魔王さんと娘さんの『絆の力』の結末が、今死のうとしてる目の前の男の姿な訳で、これで俺の身を守るの……?
「『ヒール』」
「……うん?」
「タイムを要求する!」
「勇者よ、またか!」
テストが終了し、連載作を投稿する前に、短編で書く感覚を取り戻してみた。