女の子の夢
女は愚かな生き物である。
子供は知識が乏しく突拍子もない行動に出る生き物である。
異論もあると思うが、一般に言われていることである。
この二つから、もっとも愚かな存在は、女の子供と導き出されるわけだが……
これは、とある女子小学生たちの黒歴史の話である。
中島三月と古屋あんりは、小学六年の同級生の腐れ縁である。今日は、あんりの家に三月が遊びに来ており、あんりの部屋でDVDを見ながら焼き芋を食っていた。なぜ焼き芋なのかというと、小腹がすいたときにたまたま、焼き芋屋が家の前を通ったからである。もし家の前を通ったのが豆腐屋だったら、二人が頬張っていたのは、豆腐であったことは間違いない。
「あっ、やばい」
焼き芋をすべて腹の中に収めた三月が言った。「おなら出そう」
二人は腐れ縁。いまさらおならの一発や二発、遠慮する間柄ではないが、一応断るのが乙女のエチケットである。だがしかし、
「そのおなら、ちょっと待ったーっ」
芋を片手に、あんりが遮った。
「何よ。別にいいでしょ」
「そうじゃないのだ。もしかすると、世紀の大発見をしてしまったかもかも」
あんりが得意げに言い、残った芋を口の中に放り込んだ。
「大発見?」
「もぐもぐ……そぅ。これはわれわれ女の子の夢が詰まった画期的なものかもしれない!」
「ほうほう。で、発見って?」
三月は期待せずに問う。それに対し、あんりは逆に三月に問いかけた。
「おならって、ガスだよね?」
「うん。ライター近づけると大爆発起こすんだよね? お尻やけどしたくないからやだけど」
所詮、小学生の知識である。
「ガスってことは空気より軽いんだよね?」
「うーん。どうなんだろ。重いって聞いたことあるような気もするけど」
「でもでも、風船とかのヘリウムガスってのは、空気より軽いんだよね」
「そうだね。で、何が言いたいわけ?」
三月が問うと、あんりは立ち上がり、右手を某農学校の博士みたいに斜めに延ばして宣言した。
「ずばり、『おならをお腹の中にためることで、体重を減らすことができる』かもしれないのだ!」
「おーっ」
気のない返事をする。三月はどちらかというと、おしゃれするより男子に混ざって体を動かすタイプである。まだダイエットに興味はない。とはいえ、自分と同じ体格であるあんりより体重が重たかったら、それはそれでなんか負けた気がするという、微妙な乙女心も存在する。
「むぅ、なんかあんまり感心した風には見えないのだ」
「うーん。だって……あっ」
ぶぼぼぼぼぼ……
三月の尻から、およそ女の子っぽくない気体の連弾が噴出された。
「あぁぁっ、女の子の夢がーっ」
「そっちかいっ。ていうか、尻を触るなっ」
尻の出口を押さえようと手を伸ばしてくるあんりを叩く。
「でもさ、空気より軽くても、0よりは大きいんでしょ? だったら重くなる気がするんだけど」
「いやだから、風船を思い浮かべるのだ。上に上がっていくでしょ。あの中身の気体は0グラムより重いかもしれないけれど、体重計に乗っても針は動かないはずなのだ」
「あ、なるほど。確かに……」
「つまり、おならをお腹にためることによって、人は空をも飛べるかもしれないのだ!」
「すごい、これは体重云々じゃないよ。人類の夢が詰まった大発見かもしれないよっ」
三月は感動した。涙こそ流さなかったが、マジで感心した。
……だが、この結論を導き出すためには、ひとつの要素を確定させることが必要不可欠である。
「でもふーちん(苗字の古屋から取ったあだ名)の理論を証明するには、おならが空気より重いか軽いかが重要なんだよね」
「うん」
「じゃあ実験するしかないね」
「オーケー。来たきたキター、もういつでも準備完了よ。ちゃんと受け取りなさいよ」
「さー、いえっさー」
三月は友人の学習机に前向きに乗っかり、股を開いて尻を突き出した。あんりは机の方に頭を向けて、仰向けに寝そべった。
もしあんりのもとに悪臭が漂えば、おならが空気より重いことが証明される。
「それじゃ……いくよ」
「ばっちこーいっ」
3・2・1……
ぷぅ~
「ど、どう?」
「うぅ、臭いのだ。なんでお芋はあんなにいい香りなのに、三月のお腹を通すとこんなになるのか、神秘なのだ」
「うるさいっ。それより、机より下で匂ったってことは……」
「結論、おならは空気より重い、ってことだねぇ」
「はぁ」
三月は向き直って机に腰かけながら、ため息をつく。ため息も空気より重そうだ。実際、二酸化炭素が多めなので空気より重い。
だが自らの元に自らの悪臭が襲い掛かったとき、三月は気づいた。
「あ、でもさぁ、普通に立っていておならしたとき、普通鼻はお尻より上にあるよね? なのに何で匂うわけ?」
雑誌で部屋中の空気を仰いでいるあんりが手を止めた。三月に匂いが届いたのはそのせいかもしれないが、三月の「鼻はお尻より上」説は真理である。
「ふむ。もしかするとおならにも体調や個人差があるのかもしれないね」
「じゃあ今度はふーちんがやってみてよ」
「あたしは三月みたいに、お芋を食べたからっておならが出るほど単純じゃないのだ」
「悪かったな。単純で。あ――」
「どしたん?」
三月は答えた。
「なんか、変におならを我慢したり出したりしたせいか、今度は気体じゃなくて、実が出そう」
ぽつりと漏らした言葉に、二人は一斉にひらめいて、顔を見合わせて叫んだ。
「それだっ!」
トイレに駆け込んだ三月は、用を足したのち、身の軽さを実感したのだった。
【結論。体重を減らすには、おならを我慢するより、実を放出すべき】
二人は手を取り合い、世紀の大発見を喜んだ。
ちなみに、帰り際に冷静になった二人は、馬鹿なことをしたと感じ、「結婚披露宴の友人挨拶でお互いにこの話を暴露しない条約」を締結したという。