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微かに吹く風 〜ひとやすみ編
作者:ひとやすみ
同じ設定、登場人物で小説を描くテーマ小説の第5弾です!初参戦なので、大目に見てやってください。グループ小説で検索すると他の作者様の作品が読めます☆
 スカートの裾が透明な水に浸って濡れた。
「ねえ、教えて」
 彼女が呟いた。

 白いトラックが何度も農道を通り過ぎていく。
 明日は村の滝祭りだ。
「教えてよ」
 真子がつま先を浸している小川は滝に通じている。僕は、夏の日差しのせいで、眩しそうに彼女を見る。
「教えてって、なにを」
 真子は嫌らしく、にま、と笑った。
「愛を」
「……どうしてウチに毎日来るのさ。夏休みなのに。」
「だから、愛を教えてもらいに、だよ」
 僕は無言のまま、ソーダのアイス棒を持っている彼女の手首を掴む。しばし見詰め合う。掴む指に力を入れると、アイスは小川に吸い込まれるみたいにぽちゃり、と沈んでいった。「ぎゃあ!」と真子が悲鳴を上げる。
「もー啓くん、なにすんだよ!」
 ソーダ色の氷菓は、崩れて透明な川に溶けていった。僕は、アイスの棒を拾い上げた。あたり、とあった。
「はい。弁償するよ」
「弁償とかそういう問題じゃないでしょ! ものは粗末にしちゃいけません。啓くんなんて嫌いだ」
 少し日に焼けた頬を膨らませて怒る。
 僕と真子は高校3年生で最期の夏休みだ。僕に限っていえば、来年大学に受からなければ、学生最後の夏休みである。
「……真子さ、なんでウチに来るの? 大学受験しないんだろ?」
 毎日毎日勉強する必要なんてないのだ、彼女は。それなのに、ウチに来ては数学のテキストを広げ、世界史Bの問題集を広げ、僕の勉強に茶々を入れてくる。
「へ? だからあ、それは愛を教えてもらいにだって」
「ばっかじゃねえの」
 鼻で笑って言い返してやると、真子は不意に真剣な表情になる。丸い唇が開く。
「因数分解も、3次方程式も、啓蒙思想もいらない……私、啓くんが欲しい」
「……え」
「冗談だよ。ばっかじゃないの?」
「俺、帰るわ」
 あ、待って待って、と立ち上がろうとした僕の腕を真子が掴む。日光で茶に透けた髪と瞳でじっと見上げて言う。
「違うの、ふざけてるんじゃなくって、『愛ちゃん』のこと聞こうと思って」
「へっ?」
「愛ちゃん。私たちがまだ小学生のときに、すごく髪が長くて綺麗なお姉さんだった。覚えてない?」
 僕は突然投げられた質問に眉を寄せて、とりあえず真子の隣に座りなおした。
「よく遊んでもらったの。その、神社の前で」 
 首だけ背後を向き、古い神社に視線を向けている。
「ときどき思い出すんだ。たぶん、啓くんもいたはずだよ、そのとき」
 僕が無言のままでいると、彼女は立ちあがって、そちらに向かって歩いていった。
 神社の周囲には高い木々が生い茂り、そこだけ別世界みたいに暗く涼しい。微かな風が吹いて、真子の結った黒髪の後れ毛を揺らしていった。
「……俺は、愛ちゃんなんて知らない」
「みんなそう言うの。覚えてるの、私だけなんだ。記憶では、啓くんも、弘樹も、太郎もみんな出てくるのに。最近夢までみるの」
「ふうん。よくわからないけど、夢と現実で、混同してるんじゃないか?」
「……私もそう思いたいんだけど」
 でも、と真子はひとつ溜息をつく。久しぶりにみる彼女の思いつめた表情。
「ひとつ重要なことを思い出したの。神社の柱に皆の名前を彫ったこと。あの柱だよ……私、確かめるの怖くって」
「どうして?」
「だって、もしもそれがあったら、」
 そこまで言って、真子は口を噤んだ。
 僕は微笑むと、真子の手を繋いで、その彼女が指摘する柱に近づく。真子は躊躇っているようだった。
「ほんとだ。あるよ。」
「えっ」
「下手糞な落書き。啓と、太郎、と弘樹、と真子。ほら」
 真子は恐る恐る僕の肩から柱を覗く。
「愛なんてない。どこにも」
「……あ、ほんとだ」
「どこにもない。」
「愛ちゃんはいない」
「だからさ、真子の記憶違いだって」
「そう、かな」
「そうだって」
「……そうだね」
 そこまで呟くと、真子は、からからと笑い始めた。僕の腕を離れて、小川の方へ小走りでいく。
「よかった?」
 僕は彼女に聞く。
「うん、よかった! だって、その夢の最後って、みんなで彼女の背中を押して落としちゃうの。滝つぼにね。どぼん、て。殺しちゃうんだ、彼女を!」
 大げさな身振りで話す真子。
 よかった。
 ほんとうに。
 
 落書きに気が付いたのは、つい昨夜だった。僕は弘樹とそれをやすりで消した。彼女が痕跡に気が付かなくってほんとうに良かった。
 
「啓くん」
 真子はスカートの裾を持ち上げて小川に足をいれている。
「ずっとじゃなくっていいから、街の大学に行くまででいいから、それまででいいから……ずっと一緒にいて?」
 微かな風が吹いて、彼女の長い髪を揺らしていった。『彼女』とそっくりだと思う。
 僕は微かに笑って答える。
「その『ずっと』って、街へ出たらずっとにならないの?」
  
 だって、しょうがないだろ。
 真子の記憶は本物なのだから。 
 10年前、僕らは『愛ちゃん』の背中を押した。
 理由は呆れるほど子供らしく幼稚で愛らしく馬鹿らしくて、滝つぼに吸い込まれていった彼女の悲鳴以外、僕も忘れてしまったわけだけど。繊細すぎた真子はそれを忘れて、そしてときどき思い出す。その記憶を夢のままでいさせて、真実にさせないこと。
 それが僕の役目で罪だから。
 
「……一緒に行っていいの?」
「うん」
 願うは故郷で最後の夏休み。
 微かな風にさえ、吹かれて消えてしまいそうな気がして、儚げな彼女の腕を掴む。
「嬉しい……啓くん、ありがとう」

 

 愛ちゃんは青く美しい滝の底で、静かに沈んだまま。


 end....
やっぱりテーマ小説、難しかったです。
しかも、春野先生とちょびっと内容が被ってしまってしまいました(汗)〔被ってる、とあたしは思ったのですがどうでしょうね……〕
春野先生の方が先に投稿されていて、読ませていただいて、あっちゃーとてもかなわないわ、内容変えよう!と決意したのは良いものの、アイデアは浮かばず、過去のテーマ小説も書きたいし、のモロモロで当初の作品を投稿しました。あしからずお許しください。 
  
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