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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『最終章 元引きニートの代官ユージ、ホウジョウの街に引きこもる』
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第八話 ユージ、プルミエの街に到着してしばし滞在する


「さあユージさん、着きましたよ」


「え? ケビンさん……あれ?」


「ケビンおじちゃん! いつものお店と違うよ?」


 ホウジョウの街を出立してプルミエの街に到着したユージ一行。

 領主から聞いていたのだろう、エルフたちも無事に門を通り抜けて、ケビンが馬車を停めたのはとある建物の前。

 見慣れぬ店舗に首を傾げるユージとアリスだが、ケビンが気にした様子はない。


「ふふ、ユージさん、アリスちゃん。この春にケビン商会は移転したのです!」


 誇らしげに胸を張るケビン。

 それも当然かもしれない。

 ここはプルミエの街で一番大きな広場に面した一等地で、石造りの建物も立派なもの。

 ユージは口を開けて驚きも(あらわ)に、以前の店舗を知るアリスとリーゼはすごいすごいと興奮していた。


 ケビンが馬車を停めて、ユージたちが馬車を降りる。

 エルフたちはもちろん、なぜか貴族のはずのバスチアンも。


「あの、バスチアン様?」


「ファビアンたちと合流するまでは厄介になろうと思ってのう。いいじゃろケビン?」


「…………畏まりました」


 いかに街で有数の商会の会頭に成り上がったとはいえ、一商人が貴族の要求に逆らえるわけがない。

 ケビンはバスチアンのリクエストを呑む。

 バスチアンは、孫と一緒にいるためには権力も振りかざすタイプであるようだ。面倒な爺バカである。



「うわ、本当に広い。すごいですねケビンさん!」


「ユージさんとホウジョウの街のみなさんのおかげです。ウチの店員もがんばってくれましたしね」


「ああっ! 村で作ったお洋服がいっぱい!」


『ふむ、保存食にテント、火口(ほくち)に水袋。このあたりはニンゲンの旅用品かの。儂らが作った工芸品はどこじゃ?』


『あらあらあらあら! ケビンったら里に持ってこないでこんなに服を隠してたなんて!』


『お祖母さま、リーゼ知ってるわ。このへんはニンゲンの薬なのよ! リーゼ、前に教わったんだから!』


 誇らしげに胸を張ったケビンに案内されて、店舗一階を見てまわるユージたち。

 一階は商品のサンプルを並べて、客が購入する品を選べるようになっているらしい。

 店の奥が倉庫で、実際の商品はそこから出してくるようだ。


「ユージさん、では上に行きましょう。二階は応接室と客間、三階から上が私や独身の従業員の住居になっているのです」


「あ、はい。ケビンさん、荷物はどうすればいいですか? 馬車から持ってきたほうがいいですよね?」


「ユージさん、従業員が持っていきますよ。バスチアン様もエルフの皆様もいますし、ホウジョウの街から運んできた荷もありますから」


 ここまでユージたちが乗ってきた馬車は、建物の横を通って裏庭に移動していた。

 店舗の裏は、馬車や荷車の荷詰めと荷下ろしの場所となっているようだ。

 元々ケビンは、プルミエの街周辺の農村をまわる行商人だった。

 保存食と衣料品、エルフの里の品が主力商品となった今も、ケビン商会では農村向けの商品を販売している。

 建物の裏手は、農村をまわる行商人のための卸と、直接買いに来た村人が馬車や荷車を置くスペースらしい。



 あてがわれた客室でひと息ついて。

 ユージたちはケビン商会の応接室に集まっていた。

 ユージ、アリス、コタロー、バスチアン、6人のエルフたち、商会の主であるケビン。

 10人と一匹が入っても、応接室にはまだ余裕があった。

 ケビン商会も立派になったものである。


 ちなみにケビンの妻のジゼルはこの場にいない。

 ユージたちが到着したのは夕方で、いまは宵の口。

 おねむになった我が子を寝かしつけるため、同席しなかったようだ。

 ケビンは我が子との触れ合いを泣く泣く諦めてユージたちと今後の打ち合わせをはじめていた。


「さて、みなさん。領主ご夫妻のところへは知らせを出しました。出発の日時は領主ご夫妻から指定されるでしょう。それまではケビン商会でおくつろぎください」


「了解です。今日はもう夜なんでアレですけど、明日以降は外に出てもいいですか?」


「ケビンさん! 私、リーゼちゃんと一緒にお買い物したいの!」


「えへへ、アリスちゃんとお買い物。ひさしぶりね!」


「そうですねえ、ユージさんやアリスちゃんは問題ありませんが……リーゼちゃんは、保護者のみなさまの判断次第ですね」


「そっか、そうですよね」


 ケビンの言葉を聞いて、不安そうにリーゼの祖母・イザベルを見つめるアリス。

 エルフの少女・リーゼはお買い物の許可を得ようと懸命にイザベルを説得している。


『ふふ、大丈夫よリーゼ。ケビン、例のアレは用意してくれたわね?』


『はい、ジゼルに用意させました。こちらに』


 イザベルの問いかけに、さっと木箱を出してフタを外すケビン。

 中にはいくつもの帽子が入っていた。

 ニット帽である。

 エルフご一行様は、耳を隠して出歩くつもりだったらしい。


『明日はみんなでコレをかぶって出かけましょ!』


『やったあ! お祖母さま、大好き!』


『あらあら、うふふ』


『よかったねリーゼちゃん! 明日が楽しみだね!』


『アリスちゃんはコレね! ユージ兄はコレ!』


『え? 俺もかぶるの?』


 すでに冬は去ったものの、季節は春。

 ニット帽をかぶった集団がウロついてもそれほどおかしくはないはずだ。


「耳さえ隠せば問題ないでしょう。この街は、本当にいろいろな服装の方がいますから」


「そういえば移民が多くて、服装も髪と目の色もいろいろだって言ってましたね」


「ええ、そうですユージさん。それに、ユージさんたちと私たちがこれまでにない服の販売を開始したせいか、たくさんの商店が新しい服を販売しているのですよ」


「え?」


「街を通って気づきませんでしたか? それぞれの文化に沿った服に加えて、新しいデザインや色づかいが広がっているのです」


「はあ……」


 ケビンに請われて、ユージが針子たちに提供したデザインやパターン。

 針子たちが作った服は、プルミエの街を中心に販売された。

 流行すれば、当然マネをする店も出てくる。

 もちろん同じ『衣料品』のジャンルで、独自路線を売り出す店も。

 ケビン商会からはじまった服飾ブームは、プルミエの街を席巻しているらしい。


「ふふ、まあ明日になればわかります。今日は早めに休んで、明日は街を案内しましょう」


「あ、はい、お願いします」


 ユージたちがホウジョウの街を出発してから一日。

 思わせぶりなケビンの言葉で、長い一日は終わりとなるのだった。

 明日はひさしぶりに親友とお買い物デートができるとあって、アリスとリーゼのテンションは上がりまくっているようだが。寝付けるかどうかは不明である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「な、なんだコレ……」


「冬の間は市が立ちませんからね、ユージさんがここに来るのは一年ぶりぐらいですか? 様変わりしたでしょう?」


「うわあ、うわあ! すごーい! みんな、いろんな服がいっぱい!」


「アリスちゃん、どこから見てまわろうか!」


『リーゼ、手を繋ぎなさい。絶対にはぐれないようにね』


『むう、この帽子は羊毛か? 耳がチクチクするのう』


『あら、爺はこのオシャレっぷりがわからないのね!』


「ほうほう、これはこれは。王都よりも儂の領都よりも色とりどりじゃな」


 ケビン商会に宿泊して、翌日。

 ユージたちは連れ立ってプルミエの街の市場に来ていた。

 ユージとアリスはひさしぶりの、リーゼはそれよりさらにひさしぶりの、ほかのエルフにとっては初めての。

 行きにプルミエの街を経由したバスチアンも、この街の市場に来るのは初めてらしい。いまは貴族とわからないように、ケビンが用意した平服に身を包んでいる。


 プルミエの街は移民の街である。

 建物の様式も色づかいも雑多で、道行く人も雑多であった。

 それは、ユージが初めてこの街に来た時から変わらない。

 だが、変わったこともあった。


「な、なにあの格好……黒づくめでデカい剣? え、あっちはミニスカート? あれ、はしたないから存在しないんじゃ」


「ふふ、ユージさん。昨日お話しした通りですよ。いまプルミエの街は、いろいろな店でいろいろな服が売り出されているのです。ニット帽の集団程度、いまのこの街では目立ちません」


「なるほど、たしかにこれなら目立たない……というか、俺たち普通すぎて逆に目立ってるような……」


「大丈夫です。目につかないだけで、私たちのような普通の格好の人もいますから」


「あ、ほんとだ。それにしても、なんだコレ……えっと、原宿?」


 市場の入り口で、首を傾げて呟くユージ。

 理解できない服装だけど最先端と聞いて、乏しい知識から原宿を想像したようだ。

 だが現実はさらにその上を行く。

 なにしろここは異世界。

 ユージが元いた世界と同じ人間だけではなく、獣人もドワーフも存在するうえに、武器防具の(たぐい)も装備が許されているのた。


「ユージ兄! ほら、ボーッとしてないで見に行こう! リーゼちゃんもはやくはやく!」


 立ち尽くすユージの手をぐいっと引っ張るアリス。ご機嫌である。反対側の手はリーゼと繋いでいる。

 護衛のようにアリスとリーゼの間を歩くコタローも、ブンブンと尻尾を振って上機嫌な様子である。ひらひらにきらきら、なにここ、てんごくかしら、と言わんばかりに。道行く人に飛びかからないよう気をつけてほしいものである。獣の本能よ。



 ユージがこの世界に来てから12年目の春。

 かつてユージはこの世界で生きていくために、お金を稼ぐために保存食と衣料品、服飾品の知識を提供した。

 プルミエの街のこの光景は、ユージがいたことではじまった変化である。

 原宿のごときカオスっぷりが良いか悪いかは別として。



次話、明日18時投稿予定です!

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