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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『最終章 元引きニートの代官ユージ、ホウジョウの街に引きこもる』
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第七話 ユージ、宿場予定地だった場所に立ち寄る


『うわあ、すごい、すごい! ユージ兄、この馬車はすごいのね!』


『リーゼちゃんは鉄道馬車がはじめてだもんね! 揺れが少ないし、速いでしょう? レール敷くの、私が手伝ったんだよ!』


『ふーむ、ユージ殿はおもしろいことを考えるもんじゃのう』


 森の中を馬車が進む。

 かつて、その道は人が歩いた跡がついただけの獣道だった。

 下草を払い、高低差が少なく通りやすい場所を選んで、行商人のケビンがユージとアリスとコタローをプルミエの街まで案内した獣道。

 いまその獣道は拓かれてむき出しの土を見せている。

 鈍色に輝く金属のレールが敷かれて。

 ユージたちと旅の荷物を乗せた馬車は、快適に森の中を進んでいた。


「ふむ、馬車がよく通る道であれば有効な手段じゃのう」


「バスチアン様、ですが自由な往来には不便だと思われます。この馬車はレールを外れられませんから、すれ違いが手間なのです」


「なるほどのう。してケビン、今回はどうするのじゃ? プルミエの街まですれ違いなく進むのかのう?」


「途中の宿場で昼を迎えますので、そこで一度休憩します。その際に街から来た馬車があれば、すれ違う予定です」


「あ、いまそんな感じになってるんですね」


 ユージ、知らなかったらしい。出発地の代官なのに。


「間もなく宿場が見えてくるでしょう。先ほどからコタローとオオカミたちも知らせの遠吠えをしてくれているようですしね」


 御者として鉄道馬車を動かすケビンが、チラッと斜め前方に目をやる。

 馬車を引くガチムチな二頭の馬を先導するように走るコタローと、散開して周囲を警戒しながら走るオオカミたちを。

 コタローとオオカミたちは、護衛をしているつもりらしい。

 ちなみにオオカミたちの頭数は増えて、縄張りも広がっている。

 いまやホウジョウの街から途中の宿場、森の切れ目に作られたレールの終点までがコタローと日光狼、土狼の縄張りとなっているのだ。

 狼の森(フォレ・デ・ルー)

 もともと未開だったプルミエの街北側の森は、そう呼ばれるようになっていた。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「あ、ケビンさん! お疲れっす! 今日は大所帯……です……ね?」


 宿場に到着して、途切れたレールから馬車を動かすケビン。

 プルミエの街から来る馬車とすれ違いやすくしているようだ。

 缶詰の生産量が増えて、材料の運搬と完成品の出荷のために、最近は頻繁に馬車が行き来している。

 といっても、最高で一日一便ずつ。

 両方から便が出ない日もあるが、いずれにせよこの宿場町で昼休憩を取ることになっていた。

 衝突事故防止である。


 馬車を動かすケビンに、宿場町にいた男が声をかける。


「木こりさん! ひさしぶりです! お猿さんも」


「ああ、アリスちゃん。俺の見間違いかもしれねえが、その、後ろのみなさんはずいぶん耳が長い……ホウジョウ村にはエルフがいるって言うし、ひょっとして? いや、それにしたってずいぶん大人数で……」


「ほれ、お前らもボーッとしてないで挨拶しろ! パトロン様たちだぞ! こんちはっす!」

「ちゃーっす!」


 かつてユージに絡んだ大柄な男が動揺している間に、宿場町からゾロゾロと男たちが姿を見せる。

 猿人族の男に引き連れられた、人相の悪い男たち。

 5人の元犯罪奴隷のみなさんである。

 刑期を終えてこの宿場に移り住んだらしい。


「こんにちは! えっと、話は後でするとして……これ、みなさんの通行証です。あらためてください」


「あ、ああ、そうっすね。ユージさんやアリスちゃんだから素通りってわけにはいかないっすから。おい」

「うっす! いま割符持ってくるっす!」


 ユージが差し出した木札を見て、慌てて駆け出す元犯罪奴隷。教育は行き届いているらしい。

 ちなみに現在では、割符は宿場の中に入って落ち着いてから確認している。

 もし割符がなかった場合、入り口で襲うよりもそのほうが仕留めやすいので。

 ユージ、ひさしぶりの陸路のためそこまでは知らなかったらしい。


『おお、懐かしいのう。ゲガスに案内させて、夜中にこっそり井戸を作ったのは儂なんじゃよ!』


『あら、その姿を見せないようにしたのは私だけど? 土魔法しか使えない爺は黙ってたほうがいいんじゃない?』


『くっ! いいんじゃ、儂は土魔法のスペシャリストじゃから!』


『はいはい、喧嘩はやめなさい。ほら、リーゼもいるのよ?』


 ワイワイと言葉を交わしながら。

 ホウジョウの街を出発した初日の昼。

 ユージたちは、プルミエの街との間にある宿場に到着するのだった。



 木こりと猿、5人の犯罪奴隷たちが開拓をはじめた宿場予定地。

 そこはいまや、宿場というよりは小さな集落となっていた。

 目立つのは、レールの切れ目の近くに作られた木造の倉庫。

 それと、その後ろにある宿と厩舎だろう。


 この宿場は、鉄道馬車の線路も内側にして木製の柵で囲われているようだ。

 宿場の端を道が突っ切る形である。

 柵の内側にあるのはレールや倉庫や宿だけではない。

 他にも木造の家が数軒、集会所にも使える大きな共同住宅が一軒、小さな広場、井戸、農地。

 農地は柵を越えて外にも広がっているようだ。

 宿泊しない利用者が多くなったため、宿場よりも集落の側面が強くなっているらしい。


「あれ? なんか、また人が増えてません?」


「よくわかりましたねユージさん! なんか、おやっさんが街で拾ってきたんすよ」


 木こりと猿と、5人の元犯罪奴隷。

 途中からゲガスが加わって、8人で暮らして開発してきた宿場。

 伐り拓いた功績から早めに恩赦が出た犯罪奴隷たちがただの平民として働くようになってから、ポツポツとゲガスが人を拾ってくるようになった。

 プルミエの街で拾って、ここで性根を叩き直しているらしい。面倒見のいい男である。

 といっても人口はさほど増えていない。

 この宿場の住人は10人だけである。

 この宿場には。


「お義父さんは今日はこちらではないのですか?」


「はい、ケビンさん。おやっさんは警戒のためにってんで、プルミエの街側に行ってます」


 ゲガスは元ゴロツキを引き連れて、違う場所に滞在していた。

 プルミエの街の近くに作った鉄道馬車の始点である。


「では昼休憩を終えたら早めに出発しましょうか。……みなさん、落ち着かないでしょうし」


「すんませんケビンさん。領主ご夫妻も代官様も通りますし、俺らもたいがいのことには慣れてきたんすけど……エルフのみなさんが大勢でって、どうしたらいいか」


「ええ、ええ。気持ちはわかりますよ」


 弱音を吐く木こりの肩をポンと叩くケビン。

 1級冒険者のハルこそ王都を拠点に活動しているが、普通の人間がエルフを見かけることはない。

 それが、リーゼも含めて6人もいるのだ。

 動揺するのも当然である。


 ケビンとユージたちは休憩もそこそこに、宿場を旅立つのだった。

 今日のうちにプルミエの街にたどり着くために。

 それと木こりや猿や元犯罪奴隷の心の安定のために。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージさん、見えてきました。あれが終点です!」


「おおっ、あんな建物ができてたんですね!」


「あ、ゲガスのおじちゃんだ!」


『ふうむ、儂らの船ほどではないが鉄道馬車とやらはなかなか快適じゃな。儂らの船ほどではないが』


『その対抗意識はなんなのよ……これはこれでいいって認めればいいでしょ』


 宿場を出発して、午後。

 森の切れ目に、一つの建物が見えてくる。

 ユージがこの冬に犬ゾリでプルミエの街に行った時にはなかった建物。

 雪が解けて急ピッチで建てられた、鉄道馬車の始点、あるいは終点である。


「おう、早かったなケビン! おらおめえら、きっちり挨拶しろ!」

「ちゃーっす!」


 家らしき一軒の建物と倉庫の前にいたのは、ゲガスと数人の男である。

 どうやらゲガスによる教育中らしい。


「ケビンさん、この建物って?」


「レールを街まで繋げるのは避けました。そのため、こちら側に見まわりのための拠点を作ろうという話になりまして。レールを持っていかれるとしたら、街に近い場所でしょうから」


「あ、なるほど」


「それに、朝以外に走り出す馬車がいないように監視も必要です。ケビン商会の馬車か、代官様たちお役人様の馬車しか往来がありませんから大丈夫だとは思うのですが……念のために」


「そっか、そうですよね。ウチの街のほうは人がいるからわかりやすいんですけど」


 ケビンの説明を受けて納得したように頷くユージ。

 その横では、ゲガスが『挨拶の仕方がなってない』と元ならず者たちをしごいている。

 かわいがりである。いや違う、指導である。

 コタローと、ここまでついてきたオオカミたちは興味深くその様子を見守っていた。そうよ、しっかりおしえこむのがだいじなの、とばかりに。さすが群れの上下関係を大切にする獣である。


『お父さま、お母さま、もうすぐニンゲンの街よ! リーゼが案内してあげるんだから!』


『はは、リーゼ。でも私たちと離れちゃいけないよ?』


『そうよリーゼ。言うことを聞かなかったら、すぐ里に帰らせますからね』


『はーい!』


 街を目の前にして、エルフたちのテンションは高い。

 鉄道馬車の始点、あるいは終点は、カオスの様相を呈していた。



「それじゃゲガスさん、俺がいない間、よろしくお願いします!」


「おうよ、ユージさん! 謁見もパーティも、緊張しないで堂々とな!」


「は、はは、がんばります」


「おじちゃんたち、またねー! オオカミさんたちもがんばるんだよ!」


 引きつった笑みを浮かべるユージ、オオカミたちに別れの挨拶をするアリス。

 ここまで護衛として付き従ってきたオオカミたちはここでお別れらしい。

 群れのボスであるはずのコタローは、とうぜんのような顔でユージたちについていっている。


 ケビンが操作する馬車は、レールを外れて走り出す。

 ユージがこの世界に来てから最初に訪れた人里。

 プルミエの街へ。



 ユージは気づかなかった。

 木こりと猿と元犯罪奴隷たちに、感謝と尊敬を向けられていることを。

 仕事ができて、仲間ができて、住まいができて、役割ができて、誇りが生まれた。

 ユージと出会って、真っ当な道を歩き出した7人の男たち。

 あらためて伝えられないのは男たちの照れか、それともこんな俺たちに感謝されても、という自信のなさの表れか。

 男たちは日々語り合っていた。

 この道を通すのは、許可を得た人だけだ。

 もし盗人やモンスターが現れたら、意地でも俺たちが通さねえ。

 それがユージさんとホウジョウ村の人たちへの恩返しだろう、と。

 男たちなりの感謝の仕方であるらしい。


 まあ実際盗賊やモンスターが現れたら、オオカミの群れと『血塗れゲガス』が片付けるのだが。

 事実よりも心意気が大事なのである。たぶん。


次話、明日18時投稿予定です!

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