第六話 ユージ、エルフの里を出発して一度ホウジョウの街に戻る
『では、第42831回長老会をはじめる』
『多いでしょ! ……あれ? それぐらいなのかな?』
『ユージ殿、適当じゃ。アヤツの言葉を信じてはならぬ』
『そもそも何回目かなぞ覚えておらんわ!』
『はあ、長老たちは本当にいい加減なんだから……』
『リーゼちゃんと一緒にお茶を淹れました! みなさんどうぞ』
『あら、ありがとうアリスちゃん、リーゼ』
『お祖母さま、リーゼとアリスちゃんは気がきくレディなのよ!』
ユージたちがエルフの里に到着した翌日。
里の奥の林の中で、長老会が開かれていた。
歳を重ねた10人のエルフによる長老会。
加えてリーゼの両親とリーゼ本人、エルフ居留地にいたユリアーネの姿もある。
ゲストはユージとケビン、アリス、コタロー。
人間も含めてあいかわらずのカオスである。
『ニンゲンの大都市、王都か……誰を残すかのう』
『残すって、そんなに大勢で行く気なんですか?』
『ふむ。ここはやはり年長者が行くべきではないか? 里には若いモンを残しておけばいいじゃろ』
『名案じゃな! うーむ、何を着ていくかのう』
『ニンゲンに舐められないように着飾らなくっちゃ!』
『おい婆、歳を考えるのじゃぞ?』
『は? ジジイ、何か言った? やっと死ぬのね?』
『あの、みなさま? その、使節団としても最大で50人、護衛を入れて150人が限界だと言われておりまして……』
『む? ケビン、それでは限られるではないか?』
『ニンゲンだって準備があるんでしょ、しょうがないじゃない』
『私は行くわよ! もうユージさんと約束したし、ニンゲンの貴族にも行くって言ったもの!』
『むう、イザベルは外せぬか……』
謁見とパーティのために王宮に呼ばれたユージ。
不安がるユージのために、初代国王の父・テッサの嫁だったエルフのイザベルは同行を申し出た。
言ってみれば『国母の一人』である自らの立場を利用して、ユージを守るために。
決してひさしぶりにニンゲンの大都会に遊びに行きたくなったわけではない。決して。
長老たちも行く気満々だが、稀人にして里の発展に貢献したユージを守るためなのだ。
ひさしぶりにユージをはじめとするニンゲンと交流して、好奇心が刺激されたわけではない。たぶん。
『王都の案内役としてハルは外せぬじゃろう。それとイザベルか。ユリアーネはどうじゃ?』
『私はユージさんの街に残るわ。エルフの居留地を見ておく人も必要でしょ? それに……』
『それに?』
『直接あの人を害した貴族はもういない。そうわかってても、貴族を目にしたら感情が揺れちゃいそうだもの。ユージさんの街に来るような貴族とは違うでしょうし、ね』
かつて稀人・キースに思いを寄せたユリアーネ。
キースはこの世界に来てから貴族に捕らえられ、知識を吐き出されるために拷問された。エルフに保護されて以降は平穏を得たし、害した貴族は抹消されている。
それでもユリアーネは心穏やかにいられないようだ。
辺境の領主やバスチアンといった貴族らしくない貴族は別として。
『まあ仕方あるまい。ハル、イザベルは問題なかろう。同行するエルフはいざという時のために戦闘力が必須じゃな。うむうむ、であれば儂ら長老が行くべきじゃろう』
『そうじゃな! 魔法も剣技もまだまだ若いモンには負けておらんからの!』
『あらいいの? 陸路で行くのよ? お爺ちゃんたちに馬車の揺れはツラいんじゃない?』
『む? ……土魔法で道をならせば大丈夫じゃろ!』
『あの、長老、人間側としてはそれはちょっと止めたほうがいいかと。助かることは助かりますが、エルフの存在価値が高まれば、狙う不届き者が増えかねませんから……』
『うーむ、人間は実に欲深いのう』
盛り上がる長老たちに、時おりケビンが言葉を挟みながら。
誰が王都に行くか、その話し合いは進むのだった。
ケビン、なんとか混乱を招かない程度の少人数に抑えることができたようだ。
ニンゲンの貴族に会うためそれらしく振る舞える気質と、何かあった時に身を守れる戦闘力を優先させたらしい。
少人数だが、一人一人が破軍レベルである。
生き物を殺すと位階が上がるこの世界において、長命種は有利なことこの上ないのだ。
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「ユージさん、じゃあボクはこの子たちを送って、先に王都に行ってるからね!」
「あ、はい、ハルさん。よろしくお願いします」
『ハル、私たちの準備もよろしくね。ニンゲンの貴族に会うのに必要な物を用意しておいてちょうだい。装飾品と服は里から持ち出すけど、足りない物もあるでしょう?』
「『はーい、了解です!』ってまあ、ボクはゲガス商会に丸投げするだけなんだけど!」
同行するエルフの人選を終えたユージたちは、ホウジョウの街に帰ってきていた。
いまユージたちは、王都に帰る1級冒険者のハルを見送っているところである。
《ユージッ! お米作って待ってるからなーッ!》
《今回も有意義だった。次は我らが歓迎しよう》
ハルはいつも通り水路で帰る。
陸路で向かうユージたちよりも早く王都に着くことだろう。
帰路の途中で、二体のリザードマンを湿原の住処に送っても。
《あ、はい、落ち着いたら行きますから。今年もよろしくお願いします》
「じゃあユージさん、また王都でねー。アリスちゃんとコタローも!」
エルフ居留地の水路に身を投じたリザードマン、船に乗り込んだハル。
挨拶もそこそこに、一人と二体は船を動かしていく。
楽しそうな様子で颯爽と、あっさりした別れであった。
「おっ、ハルさんは帰ったか。ユージさんたちの準備はどうなんだ?」
「ブレーズさん。準備はケビンさんにお願いしたんでバッチリですよ。俺たちも明日には出発します」
「先にお義父さんとジゼルをプルミエの街に戻しましたからね。エルフの人数も手紙を送りましたし、今ごろは領主夫妻も護衛の人員の選別を終えたでしょう」
「そうか。いよいよ出発だなあユージさん。くくっ、ユージさんが国王様にご挨拶ねえ」
「もうほんと緊張モノです。はあ、ブレーズさんとかエンゾさんも来ればいいのに……」
「俺は仕事があるからなあ! 町長だし! ユージさんが不在の間、この街を見ておかねえとな!」
「うう……」
「ユージ兄! 王宮、楽しみだね! キラキラかなあ。お料理はどんなのが出るのかなあ。やっぱりお肉?」
「はあ、アリスはタフだなあ……」
ブレーズにからかわれたユージは、しゃがみ込んで足下のコタローに抱きついている。現実逃避である。
ちょっとゆーじ、うごきづらいんだけど、というコタローの冷たい目はスルーである。
「ウチから行くのは、ユージさんとアリスちゃんとコタローか。あとはケビンさんと、バスチアン様も一緒に出発して帰るんだろ?」
「あ、はい、そう言ってました。ブレーズさん、俺がいない間よろしくお願いします。その、エルフ居留地もユリアーネさんしかいなくなるし……」
「ああ、わかってる。任しとけユージさん。エンゾのヤツも張り切ってるからよ」
「はあ……」
「ほれほれ、もうすぐ出発なんだ! そろそろ腹をくくっとけって」
「了解です……」
行くことを決めたにも関わらず気が乗らない様子のユージ。
行くことを決めたというか、そもそもユージに断る選択肢はない。
この国で一番偉い人からの招待なのである。
断るとしたら、それこそエルフの里への移住を決意する必要があるだろう。
ユージがうじうじしている間にも、時間は進んでいく。
もちろん、着々と準備も進んでいく。
なにしろ旅の準備をするのはユージではなく、任されたケビンなので。
そして、一日が過ぎて。
「それじゃあみなさん、行ってきます」
「行ってきまーす! みんな、お土産買ってくるからね!」
「ユージさん! 立派に務めを果たしてこいよ!」
「国王様に謁見できるなんて、ユージさん偉くなったわねえ」
「みなさん、道中気をつけて!」
「ユージさんを頼んだぞアリスちゃん、コタロー」
「やべえあのエルフさん超タイプなんだけど……」
「え、コタローに頼んでどうにかなるの? 犬じゃないの?」
「国王様に褒められる代官様がいる街か。俺、すげえとこに来たんだなあ」
「あの時開拓村に移住を決めてよかった! 結婚もできたし!」
「ホントホント! 結婚もできたし!」
「結婚もできたし、じゃないわよ。まさか本当にマルクくんと結婚しちゃうなんて……」
ホウジョウの街の南門。
街の住人たちに見送られて、ユージたちは王都への旅に出る。
『すごいすごい、これが鉄道馬車ね!』
『ほうほう。陸路を快適に進む工夫か。ユージ殿はおもしろいことを考えるのう』
『長老、落ち着いてください。出発したばかりでコレか……先が思いやられる……』
『イザベル、息子はちょっと固すぎるんじゃない? あなたの息子じゃないみたい!』
『ホント、誰に似たんだか。リーゼは柔軟なのにねえ』
『はあ、これはお母さまに振り回されてきたせいですよ』
「よし、もう住人から見えないじゃろう! ほーれアリス、お祖父ちゃんじゃぞー」
「えへへー。お祖父ちゃん、アリスもう子供じゃないんだよ? 頭を撫でられても困っちゃうってー」
位階が上がってガチムチの二頭の馬が引く馬車は、金属のレールの上を走る。
旅の荷物と人を、連結した二台の荷台に満載して。
ユージとアリス、コタロー、御者として鉄道馬車を操作するケビン。
住人の目がなくなって、貴族の顔をかなぐり捨てて孫とコミュニケーションをはかるバスチアン。
稀人テッサの嫁でエルフのイザベルとその息子夫婦、男女一人ずつの長老。
そして。
『楽しみだねえアリスちゃん! リーゼ、ニンゲンの街に行くのはひさしぶり!』
『うん! アリス、またリーゼちゃんと一緒に行きたかったんだあ!』
『ほらほらリーゼ、落ち着いて。いい? ニンゲンの街に行ったら、リーゼも私と同じように貴族として扱われるの。エルフとして恥ずかしくない振る舞いをするのよ? それと、私たちから絶対離れちゃダメ!』
『うむ、そうじゃぞリーゼ。ユージ殿と儂らエルフの仲の良さと信頼関係を伝えるために、特別に許可したのじゃ。ちゃんと言うことを聞くようにの』
『リーゼちゃんに何かあったらアリスが守るんだから! 私、魔法でバーンってやる!』
『アリス? モンスターはそれでいいけど、人間相手の時はケビンさんがいいって言ったらね?』
アリスの横に座る、エルフの少女・リーゼも。
本来エルフは100才になって大人と認められるまで、里を出ることは許されない。
ホウジョウ村のエルフ居留地は『エルフの里の一部』として認められていたため、まだ18才のリーゼでも滞在することができたのだ。
イザベルがリーゼも含めた一家で行くと言い出した際、長老会は紛糾した。
特例として認められたのは、ユージとアリスと、エルフとの仲の良さを王侯貴族に見せつけるためである。
家族同然の付き合いをしていて、手を出したらエルフが種族まるごと敵にまわる。
それを伝えるためと、もちろん幼いリーゼに親友との思い出を作ってあげたい親心だろう。
どれだけ仲が良くても、ニンゲンは自分たちよりも先に死んでしまうのだから。
エルフの里で、エルフ居留地で、アリスとリーゼの仲の良さを見た長老たちの情けである。
自分たちも同行するため、何があっても守りきれるという自信もあるのだろう。
ともあれ。
ユージがこの世界に来てから12年目の春の終わり。
ユージは、王都へと旅立つのだった。
ひさしぶりの陸路で。
この国で一番偉い、国王様の招待を受けて。
次話、明日18時投稿予定です!
……ちょっと苦しいけど連れて行きたかったんです。





