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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『最終章 元引きニートの代官ユージ、ホウジョウの街に引きこもる』
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第三話 ユージ、領主夫妻から王宮で開かれるパーティへの招待状を渡される


 ホウジョウの街の『街開き』のお祭りは三日三晩続いた。

 昼間は広場に集まって料理と持ち込まれたお酒を楽しみ、夜はユージ家前の円形劇場に集まってユージの映画の三部作を鑑賞する。

 ユージがこの世界に来てから12年目の春のお祭りは、収穫祭よりも盛り上がったようだ。


 祭りの余興は夜のユージの映画だけではない。

 エルフによる剣舞や演奏、騎士である領主とゲガス、バスチアン侯爵による模擬戦、気分のまま体を動かす住人たちの踊り、住人同士の結婚式、収穫祭後に生まれた子供へのお祝い。

 小さな子も楽しめるようにと、ユージの発案で木工職人のトマスが作った輪投げや的当て。

 コタロー主催のオオカミたちとの鬼ごっこでは、参加者は惨憺たる結果になっていた。捕まえられたのは小狼ぐらいである。堪能したのはコタローとオオカミたちのほうなようだ。


 ホウジョウの街の住人たちは、針子の工房で作られた服を着ている。

 ユージを通してデザインや型紙が提供され、工房長のヴァレリーとユルシェルが試行錯誤しながら作った衣料品である。

 工房の試作品と、販売はできないが着るには問題ない失敗作は住人に格安で提供されている。

 各々がお気に入りの服を着ている様子は、とても数日前まで『村人』だった人たちには見えない。

 もし現代の日本、あるいはユージがいた世界の人が見れば、プルミエの街や王都よりも違和感がなかったことだろう。

 300人にも満たない小さな小さな街は、流行の発信地となっているようだ。



 そして、祭りには予想外の来客もあった。

 ユージがこの世界に来た頃から、ホウジョウ村の頃から変わらない春の風物詩。

 ワイバーンの襲来である。


 この世界で有数の魔法の使い手であるエルフの長老たち、この国に二つ名を轟かせる『赤熱卿』バスチアン侯爵、『血塗れゲガス』、騎士でもある領主、湿原の主であるリザードマン。

 ただでさえホウジョウの街の戦力は過剰であるのに、実力者が揃った中でのワイバーンの襲来である。

 もはやショーである。


 広場に集まった非戦闘員の住人たちは、隣接した建物の中へ。

 木造の建物は、アリスとエルフの長老が即席で作った土魔法の壁で補強された。

 窓から住人たちが見物する中、ハルバードを持ち出して張り切ったのは領主その人である。

 領主、念願のワイバーン戦である。


 空を飛ぶモンスターとの戦いは貴重だと、ホウジョウ村の頃から春に滞在することを望んでいた領主。

 その度に妻のオルガに止められていたが、ようやく念願叶ったようだ。

 だが、張り切ったのは領主だけではない。


 貴族として訪れているため、家の外ではアリスと他人のような振る舞いをするバスチアン。孫娘にいいところを見せたいらしい。

 プルミエの街とホウジョウの街を結ぶ道の途中の宿場で暮らすゲガス。この場には娘も孫もいる。

 久方ぶりの飛行モンスターとの戦いじゃな、と(うそぶ)くエルフの長老たち。イザベルも、孫のリーゼにいいところを見せようとノリノリだった。

 そして。

 親友で、魔法のライバル。

 魔法を使いこなす今では人間兵器となったアリスとエルフの少女・リーゼも張り切っていた。


 ワイバーン一匹で勝てるわけがない。

 以前、リーゼの祖母のイザベルとアリスの二人だけで、魔法二発で瞬殺されたのだ。

 ワイバーン程度であれば、むしろ群れで来たところで一網打尽だろう。


 いちおう辺境のトップで殺る気満々の領主のことを思ってか、最後は領主とワイバーンの地上戦となった。

 エルフたちとアリス、バスチアンの魔法組は領主に華を持たせようと思ったらしい。接待か。あるいは観客を喜ばせようと思ったのかもしれない。

 ハルバードを振り回す領主と、正式に『街の警備隊』となったエンゾやマルクも交えての地上戦である。

 それらしく戦わせてもらえただけ、今年のワイバーンは恵まれていたのかもしれない。勝ち目はゼロだが。


 ユージは住人に被害が出ないように、大盾を構えて立っているだけの簡単なお仕事であった。

 とうぜん大盾はカメラが仕込める特別仕様のものである。

 ただの撮影係である。


 哀れなワイバーンの最期は、領主のハルバードで首を落とされた。

 ホウジョウ村で開発された対ワイバーン用の投槍と投擲具のセットさえ使われなかったほど、あっさりと。

 首を掲げた領主に、窓から覗いていた住人たちが歓声をあげる。

 祭り一番の盛り上がりである。

 領主様、大満足であった。


 ユージがこの世界に来た当初、悠然と空を飛んでユージとコタローを驚かせたワイバーン。

 開拓の初期は、ワイバーンとの戦闘は命がけだった。

 哀れワイバーン、いまや見せ物である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「あの、あらためてどうしたんですか?」


「うむ、儂がこの街に来たもう一つの役目を果たさねばと思ってな」


「あ、任命とお祭りに参加するためじゃなかったんですね。あとワイバーン」


「うむ、ワイバーン戦は格別だった! 欲を言えば飛行中のヤツとも戦いたかったのだが……」


「あなた?」


「う、うむ、住人や建物に被害を出すわけにはいかぬからな。エルフのみなさまの手伝いがあったのは僥倖であった」


「ふふ、いいのいいの。お祭りが盛り上がったもの」


「じゃが、儂はもうちょっといいところを見せたかったのう。地上戦も参加するべきじゃったか」


「バスチアン様、ご容赦くださいませ。侯爵であるバスチアン様に、私たちの領地で傷を負わせたら大変なことになりますもの」


「な、なあ、なんで俺まで呼ばれたんだ? 勘弁してくれよユージさん……」


「落ち着いてくださいブレーズさん。ほら、町長なんですから」


「ブレーズさん、ユージさんと一緒にいると、時おりこういうことがありますから。大丈夫、そのうち慣れますよ」


 祭りが終わった翌日。

 領主夫妻の滞在場所となっている共同住宅の中に、何人もの姿があった。

 ホウジョウの街の代官となったユージと数人を、領主夫妻が呼び出したらしい。


 エルフ居留地の責任者で過去の稀人・テッサの嫁だったイザベル、アリスの祖父で侯爵のバスチアン、町長のブレーズ。

 商人のケビンも含めて、このホウジョウの街に関わる重要人物たちである。

 ちなみにアリスとコタロー、リーゼはいない。

 少女たちは日常に戻って、魔法で祭りの後片付けを手伝っているらしい。あとコタローも。犬なのに。


「ユージ。今回、この地を街とするにあたって、儂は王都の行政府に報告している。そうしたところ、このような書状を預かってなあ」


 大きな手に、ゴテゴテと装飾がついた封筒を持つ領主。

 差し出された封筒を受け取ったユージは、不思議そうに表裏をあらためている。

 横から見ていたケビンの顔色が変わった。


「領主様、こ、この手紙は……」


「ケビン殿は気づいたか」


「え? これ、誰からなんですか? ファビアン様、開けてもいいんでしょうか?」


「うむ。中身は聞いておるが、儂も確認したい。ユージ、開けるが良い」


「はい」


 さっとケビンに差し出されたペーパーナイフを受け取り、封蝋の脇から差し込んでベリッと剥がすユージ。

 中から手紙を取り出して、ゴテゴテと飾り立てた文字を読んでいく。

 勉強の甲斐もあって、ユージはこの世界の文字をマスターしているのだ。

 ケビンと代官、領主夫人によって、貴族らしい言い回しや飾り文字も。


「…………え、ええっ!? ど、どうすればいいんですかコレ」


「その反応、やはり書かれた内容は聞いた通りであったか」


「ユージさん、どうしたの? ちょっと私にも……ダメね、ニンゲンの言葉も文字もわかるけど、私には内容は理解できないわ」


「俺もだ。町長としちゃ勉強しねえとなあ……それでユージさん、なんて書いてあるんだ?」


 文面を読んで動揺するユージに問いかけるブレーズ。

 目の前に貴族がいることで緊張していたが、それでも暢気な様子だった。

 ユージの、次の言葉を聞くまでは。


「えっと……辺境の地ができて以来、二つ目の街の開設。それと、エルフとの交易の功を讃えて、俺を()()()()()()()って……」


「やはりそういった内容ですか……」


「は、はあッ!? マジかよユージさん!」


「うむ、そうじゃブレーズとやら。ファビアンと配下のユージ殿を讃えるために、ユージ殿にも来るように、ということじゃな」


「儂だけであれば話は早かったのだがなあ……」


 ユージとブレーズが固まる。

 装飾と封蝋の家紋で気づいていたのか、ケビンは信じられないとわずかに頭を振るのみ。



 ユージがこの世界に来てから12年目。

 ユージは、ついにこの国で一番偉い人である国王への謁見をすることになるようだ。

 元引きニート、立身出世である。



次話、明日18時投稿予定です!

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