第一話 ユージ、12年目の春に訪問者たちを迎える
春を迎えたホウジョウ村。
その入り口に、ユージとアリスとコタローの姿があった。
二人と一匹だけではない。
村としてはかなりの大きさになっているため、入り口には警備兵が常駐している。
「ユージさん、中で待っててくれりゃ呼びに行くぜ?」
「いやあ、せっかくオオカミたちが知らせに来てくれたんですから。ここで待ってますよ」
「おう、そうか。さっき遠吠えがあったからな、そう時間はかからねえだろ。そうだなマルク?」
「はい、エンゾさん! あ、いえ、エンゾ隊長!」
「マルクくん? ……そっか、エンゾさんは隊長になったんだもんね。私も隊長って呼んだほうがいいですか?」
「あー、よしてくれアリスちゃん。ただでさえ慣れねえんだ」
門衛として立つエンゾは、落ち着かない様子で頭をかいている。
村の人口が増えて自警組織だった防衛団はなくなり、正式に警備隊が発足している。
出入りする人のチェック、周辺の見まわりと安全確保、村の防衛、治安維持。
その組織の長におさまったのは、立候補した元3級冒険者の斥候・エンゾである。
マルクも隊員として無事に採用されたらしい。
特別枠でオオカミたちも。
ユージの足下にいたコタローが、ワンッ! と吠える。もうすぐみえるわよ、とばかりに。
コタローは前脚をレールにかけて、振動と音を確認していた。
鉄道馬車はすでに実用化されているらしい。
やがてユージの耳にもガラゴロと独特の音が聞こえてくる。
金属のレールの上を、補強した車輪で走らせる音。
音に続いて、馬車を引く馬の姿が目に入る。
「ほれユージさん、来たみたいだぞ。春の祭りの来客第一陣だな」
「おーい! ユージさーん!」
「ケビンさん! おーい!」
春、初めて開かれるホウジョウ村のお祭り。
村外からやってきた最初の訪問者は、ケビン商会の会頭・ケビンだった。
その横にはケビンの妻のジゼルが、3才ぐらいの小さな子供を抱いて座っている。
ユージは、大きく手を振って馬車の一団を迎えるのだった。
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「ふう、やっとひと息つきました。お待たせしましたユージさん」
「あ、いや、いいんです。あれ? ジゼルさんとお子さんは?」
「ジゼルは冬の間の売上と生産状況を確認するようですね。あの子はお昼寝です」
ホウジョウ村に到着したケビンたちは、さっそくケビン商会の常設店舗に向かっていた。
荷下ろしと在庫の補充、冬の間の売上と生産量の確認である。
「そっか、お昼過ぎだと昼寝の時間ですもんね。村にいる小さい子たちと一緒ですね」
「本当はずっと寝顔を見ていたいんですけどね。働きなさい! とジゼルに怒られてしまいますから」
そう言って苦笑するケビン。親バカらしい。
まあ娘が生まれた父親はこんなものである。
「それで、ケビン商会の調子はどうですか?」
「街は順調です。先ほどざっと確認しましたが、今年の冬も生産量は充分。順調ですよユージさん!」
「おお、良かったです」
「ええ、今年もそこそこの税を納められそうですよ、文官さま」
「そ、そういうつもりじゃ……」
「はは、わかってますってユージさん!」
ポンポンとユージの肩を叩くケビン。上機嫌である。
ケビンと出会ったのは、ユージがこの世界に来た2年目のこと。
一介の行商人に過ぎなかったケビンは、プルミエの街でも名うての商会の会頭となっていた。
「ユージさん、祭りの物資と祝い品はどこに置きましょうか?」
「あ、ありがとうございます。えーっと、ブレーズさんに聞かなきゃわからないな。ちょっと待っててください」
「私も行きますよ。秋からの変化をこの目で確かめさせてください」
連れ立って村の中心部に向かうユージとケビン。
二人の足下をちょこちょことコタローが歩いている。
アリスは、どうやらケビンの妻のジゼルと世間話をするようだ。
あるいはケビンとジゼルの子が昼寝から起きるのを待っているのかもしれない。子供好きな少女である。
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「そうですか、領主夫妻も来る予定なんですね」
「ええ。おそらく二、三日後でしょうか。お義父さんが護衛をするそうです。それともうお一方いらっしゃるようですよ」
「え? もう一人?」
「ええ、お連れも貴族のようですね。領主様がこの村に連れてくる貴族で、お一方ということですから、おそらく……」
「え? 知ってる人ですか?」
ホウジョウ村の村内を歩くユージとケビン。
昼間の村の中は閑散としている。
大人たちは工場と針子の工房へ、子供たちは託児所へ集まっているためだ。
むしろ中心部から離れた農地のほうが人を見かけるほどである。
そんな村の中を二人とコタローは歩いていた。
元冒険者で村長のブレーズがいる方向へ。
村の西側。
水路と、特別な門が造られた場所へ。
そして。
「おおユージさん、ちょうどよかった! いま呼びに行こうとしたところだ!」
「ブレーズさん? あ、みなさん!」
「これはこれは。……あらためて見ると不思議な光景ですね」
『おおユージ殿、久しぶりじゃな』
『ユージ殿もケビンも変わらぬのう。まあ儂も変わらぬ若さじゃが!』
『黙れ爺。いま何才だと思っておる』
《ユージ! 遊びに来たぞーッ!》
《落ち着け。はあ、オトナになっても変わらぬとは……我は教育を間違えたか》
土壁を潜り抜ける水路の横にある小さな詰め所。
ホウジョウ村の西に造られたのは、いわば通用門である。
ここを利用する人間はいない。
そう、人間は。
「『おひさしぶりです、長老』《それと、二人もひさしぶり!》」
接岸した船からぞろぞろと下りてくるのは、長耳のエルフたち。
エルフの里の長老たちが三人ほど遊びに来たようだ。
エルフに連れられてきたのか、あるいは単独でやってきたのか。
以前ホウジョウ村に滞在した二体のリザードマンも、機嫌よさそうにビッタンビッタンと尻尾を打ちつけていた。
エルフ、リザードマン。
通常、人里では見かけない人種である。
ホウジョウ村では当たり前の光景なのだが。
どうやらケビン同様に、彼らも春の祭りに合わせてホウジョウ村を訪れたらしい。
「『えっと、みなさんはエルフ居留地に案内しますね』リザードマンはどうするかなあ」
「ユージさん! リザードマンたちもエルフ居留地でいいよ! おたがい慣れっこだしね!」
「あ、ハルさんも来てくれたんですね」
「ボクが来ないわけないじゃない! あ、でもボクは自分の家に泊まるから。せっかく別宅があるんだし!」
ユージに声をかけたのは、王都を拠点にしているエルフで1級冒険者のハルだった。
気がつけば、ユージと関わりが深い人たちが集まっている。
「はいはいハル、わかってるわよ。ユージさん、長老たちは私が案内するわね」
「あ、お願いしますイザベルさん」
ホウジョウ村には『エルフの里の一部』であるエルフ居留地がある。
常駐しているイザベルが、お仲間を案内してくれるようだ。
「おう、ケビンさんも到着したか。あとはお貴族さまだけだな」
「ブレーズさん、祝いの品はどこに置きましょうか? それと頼まれていた物資も」
「ちょうど良かった、案内しよう。ついてきてくれケビンさん」
ガヤガヤと。
西の通用門は、種々雑多な人々で騒がしくなるのだった。
本来の村の入り口である、南門よりも。
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商人ケビン、エルフ、リザードマンを迎えた二日後。
ホウジョウ村に、ふたたび訪問者の姿があった。
「ユージ! 鉄道馬車は素晴らしいな! これは王都まで結べぬのか?」
「あなた、落ち着いてください。以前、それは難しいという話をしたではありませんか」
「うぬ? ううむ、しかし……」
「その前に挨拶が先ですわ。ユージ、ひさしぶりね」
「はい。ようこそファビアン様、オルガ様」
「……うむ。ひさしいなユージよ」
「ユージさん! ケビンは? いやケビンはどうでもいいんだ、ジゼルと孫はッ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいゲガスさん。というかケビンさんたちが来る途中で会ったんじゃ」
「そりゃそうだが! 俺の孫娘なんだぞ! いつでも会いたいに決まってるじゃねえか!」
カオスである。
この日やってきたのは、辺境を治める領主ファビアンとその妻のオルガ、領主と旧知の仲でケビンの義父のゲガスたち。
領主は完成後初めて使う鉄道馬車に、ゲガスは孫娘会いたさにハイテンションであった。
「え、えーっと」
「ユージさん、ゲガスさんは俺が案内するわ。ユージさんは領主ご夫妻をよろしく」
「あ、はいブレーズさん。お願いします」
「よし、さっさと行くぞブレーズ!」
「……お騒がせしました。その、ご案内します、ファビアン様、オルガ様」
出迎えに来ていた村長ブレーズの腕を掴んで、ダッと駆け出すゲガス。
取り残されたユージは、あらためて領主夫妻に挨拶する。
鉄道馬車の素晴らしさを語り始めようとしたファビアン、そっと腕を取って胸を押し当てる行動一つでファビアンを黙らせるオルガ。
そして。
「ユージ殿、儂も世話になる」
「……バスチアン様!?」
「シャルルはすでに働いているゆえ、連れてこなかったがのう。儂はいいじゃろう」
「は、はあ……でもその、お忍びじゃないんですよね?」
「なあに、ファビアンとオルガ嬢に見なかったことにしてもらえばいいのじゃ。大丈夫じゃろう?」
「もちろんですわ、バスチアン様」
御者や護衛のほかに鉄道馬車に乗ってきたもう一人の貴族。
アリスとシャルルの祖父にして、何度もお忍びでホウジョウ村に来ていたバスチアン侯爵である。
今回は、自らが後ろ盾になっている開拓村のお祭りに参加しに来たらしい。
なにしろこの春のお祭りは、ただのお祭りではないのだ。
「えっと、そうすると泊まる場所をどうするかな……」
「ユージ。この場合、バスチアン様を村で一番の建物に泊めるのだ」
「そうよユージ。私とファビアンは、いつもの建物で結構ですわ」
「お二人はいつもの建物で良くて、バスチアン様はそれよりいい建物……あの、それって」
「ユージ、考えている通りよ。それで問題ないわ」
「……わかりました」
オルガのアドバイスを受けて。
ユージは、三人の貴族を宿泊場所へ案内するのだった。
領主夫妻は住人を移動させて空けた共同住宅へ、そして。
「う、うわあ! お祖父ちゃんだ! ……あっ!」
「アリス、この家の中では大丈夫じゃ。外ではちゃんと他人の振りをするのじゃぞ?」
「うん!」
バスチアンは、ユージの家に。
ひさしぶりの再会に、キャッキャと触れ合うアリスとバスチアン。
ちゃんとそとでたにんになれるかしら、と言いたげなコタローにジットリ見つめられつつ。
ユージがこの世界に来てから12年目。
ホウジョウ村に、ユージに馴染みが深い人たちが集まった。
いよいよ、村初めてとなる春のお祭りがはじまる。
ユージにとって、村にとって、特別なお祭りが。
次話、明日18時投稿予定です!