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閑話 とある掲示板住人、ちょっと特殊な学生生活を満喫するpart3

ちょっと長いです。


「よし、全員揃ってるな」


「先生、さすがに今日はみんな来るって」


「そう思うだろ? 何年かに一度、サボるヤツがいるんだよ」


「……マジか」


 夕方。

 コテハン・洋服組Aこと遠藤文也が通う高校の教室では、生徒が思い思いの服装で席についていた。

 いつものように。

 教師と生徒が気楽に会話を交わすのもいつものこと。

 だが、いつもとは違いがある。


「よし、今年はみんなちゃんとした服装だな」


「先生、まさか?」


「ああ。去年は上下ジャージで来たヤツがいたなあ……赤の」


「……マジか」


 制服風の服装に身を包んだ者。

 男のように、スーツを着ている者。

 数少ない女生徒は、振り袖を着ていた。

 教師が言うように、いつもと違って全員小綺麗な格好をしている。

 似合うかどうかは別として。


 いつも授業開始前に行われるショートホームルーム。

 今日は全員の出席と服装を確認して、一つの連絡をしただけで終わる。


「卒業式は18時からだ。45分までに体育館に行っているように。頼むから今日だけは遅れないでくれ」


 教師は一言だけ告げて、教室を出ていくのだった。



 時が経ち、ユージが異世界に行ってからもう9年目の冬。

 夜間定時制高校に通っていた男。

 今日は、卒業式である。


「あーあ、けっきょく文也は皆勤賞なしか。一年目は調子良かったのに」


「バイト先移ったからな。しょうがないよ」


「まあな。それにしても……四年か。長いようで短かったなあ」


 体育館でパイプイスに座って雑談する男とその友人。

 さすがに今日は、三十数人の生徒が遅れることなく席についていた。

 ちなみにこの夜間定時制高校の定員は四十人。

 十人ちょっとがドロップアウトして、数人の転入生を迎えた格好だ。

 これでも例年より中退者が少ないらしい。


「お、はじまりそうだ。最後ぐらい静かにしとくか」


 男と話していた友人が向き直る。


 卒業式が、はじまった。



 夜間定時制高校といっても卒業式に大きな違いはない。

 というか学校や地域にもよって違うが、昼夜合同で卒業式を行う学校もあるぐらいだ。

 準備の手間や来賓のことを考えればそれも当然だろう。

 むしろ男の高校のように、夜に単独で行うほうが少ないかもしれない。


 卒業証書授与、学校長式辞、来賓祝辞、卒業生代表の答辞。

 やや進行が違うのは、最後に夜間の責任者を務めた教員の言葉があることだろう。

 学校長は昼間とも共通のため、型通りの挨拶しかできない。

 せっかくだからということで昔に決まったプログラムのようだ。

 そして。

 男が教わってきた、生徒たちの雑談や相談に乗ってきた教師が壇上に上がる。


 館内が静寂に包まれる。

 生徒たちは、学校長式辞より来賓祝辞より真剣な眼差しで教師を見つめていた。

 なんだかんだ、四年間お世話になってきた人なので。

 やがて、教師が口を開く。

 型など知るか、とばかりの言葉で。


「卒業おめでとう。

 格好をつけずに、いつもの言葉で君たちを送り出そう。


 社会は厳しい。

 それはきっと、君たちのほうがよく知っているだろう。

 中退、中卒、ドロップアウト。

 ネガティブな言葉をかけられて、自身の経歴で苦しんできたかもしれない。


 だが、今日。

 今日、君たちは武器を手に入れた。

 君たちはこれで『高卒』になったのだ。

 それでも君たちは、これから何度も言われるだろう。

 定時制出身なんですか、と。


 社会は厳しい。

 だから、胸を張れ。

 卒業した自分を誇れ。


 同級生はどうだった。

 それぞれが、それぞれなりに努力していたはずだ。

 『普通の高校生』よりも。

 君はどうだった。

 努力していたはずだ。

 冷たい目で見られても、学業と仕事と家庭の両立が厳しかった時も。


 社会は厳しい。

 だから、胸を張れ。

 卒業した自分を誇れ。


 俺は、お前らを誇りに思う。


 卒業、おめでとう」




 卒業式が終わって、最後のホームルームが終わって。

 校舎から出た男たちの前、校門の内側、学校の敷地の中に。

 卒業生を迎える者たちの姿があった。


 体育館でも見守っていた親や保護者だけではない。

 生徒の家族なのか、女性と子供がいる。

 会社からそのまま来たのか、作業着の一団も。

 それを見た卒業生が、照れたようにはにかんでいた。


 ある者は家族に囲まれている。

 老人、中年の男女、若い子供たち。

 実は老人が卒業生だったりする。

 爺さんは誇らしげに卒業証書を見せびらかしていた。

 いままで旧制中学が最終学歴だったからな、これで高卒だ、と。


 ある者は作業着の集団に胴上げされていた。

 ちょっ、高校卒業しただけですから、そんなやめてくださいよ、と笑いながら。

 ベルトをつかんでいたり、事故防止のため手を離さないあたり、胴上げは恒例なのか。手慣れすぎである。


 またある者は、誰にも出迎えられずに一人で去っていった。

 背筋を伸ばし、胸を張って、まっすぐ前を見つめて。


 そして、男の友人は。

 嫁と娘に駆け寄ろうとして、娘に止められていた。

 ぱぱ、ちょっとそこに立って、と。

 仕切る娘、ニコニコと笑顔の嫁。

 友人はデレデレと崩れた笑顔で娘の指示に従う。親バカか。


「ぱぱへ!

 ぱぱは、おしごともおべんきょうもがんばりました!

 えらいので、しょーじょーをあげます!

 そつぎょーおめでとー!」


 男の友人は、ヒザから崩れ落ちて、手で顔を覆って嗚咽する。

 そんな友人に娘が抱きついて、嫁もそっと抱きしめていた。



 そして。


「親父、母ちゃん」


「その、なんだ、おめでとう」


「文也……卒業おめでとう」


 男の両親は泣いていた。

 一言祝福の言葉をかけて、すぐにその場を離れる。

 薄情、なのではない。

 卒業した男を迎える人たちは、もう一組いたのだ。

 場所を譲ったのである。

 離れ際、母ちゃんはニヤッと笑いながら。


「文也おにーちゃん! 卒業おめでとうございます!」


「ごめんね文也くん、ひなこもついてくって聞かなくって。卒業おめでとう」


「ひなちゃん、加奈子さん。ありがとう」


 男を迎えたのは、花束を持った彼女と彼女の連れ子だった。

 来ることは聞いていた。

 だから男も、そのつもりで準備していたのだ。

 掲示板の住人に相談しながら。


「ひなちゃん、ごめんね、ちょっと待っててもらってもいいかな? 俺、加奈子さんに話があるんだ」


「はい! 文也おにーちゃん、がんばってね!」


「え? ひなちゃん?」


「私、ここにいるから! えっと、見ないようにしたほうがいい?」


「え? ひなちゃん、ひょっとして」


「ほら早く早く! お母さんも待ってるよ!」


 ぐいぐい男の背中を押して、小さく手を振るひなこ。

 ニンマリと、まるでこれから男がすることを知っているかのように。

 ひなこは、肩から小さなポシェットを下げていた。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「よし、音声クリア。システムオールグリーン」

「ミート、おまえそれ言いたかっただけだろ。どうだ撮影班?」

「カメラ、問題なし。バズーカ準備してきてよかった」

「動画、問題あり。ひなこちゃん、ちょっと右に動けるかな? うん、そこでOK。動画班、問題なし。台数足りないけどな!」

「ほんっとあんたたち趣味悪いわね……」

「恵美、ここに来てる時点で同罪だから。それにほら、ひなこちゃんからの依頼だったんだし!」


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「どうしたの文也くん?」


「加奈子さん……ちょっと待ってくださいね」


 ガサゴソとカバンを漁る男。

 やがて目当てのモノを見つけたのか、男は小さな箱を取り出して、カバンをその場に置いて恋人に近づいていく。

 恋人は、驚きに目を見張っていた。


 状況を見て察したのだろう。

 周囲の卒業生と保護者たちが静かになっていく。ささやき声でまわりに知らせつつ。


 男が、地面に片ヒザをついた。

 掲示板住人の入れ知恵である。

 手を伸ばして恋人に小さな箱を差し出して、男が口を開く。


「加奈子さん。やっと、卒業しました。これで高卒で、雇われですけど、店長です。待たせてごめんなさい。その、俺、俺と……」


 緊張のあまりつっかえながら話す男。

 カパッと、箱のフタを開けて。

 跪いた男を前に、恋人は両手で口元を押さえている。

 卒業生と保護者と男の両親は固唾を飲んで成り行きを見守る。卒業生たちが握った拳は、がんばれ、とエールを送っているつもりか。

 ひなこは、ポシェットを触りながらニヤニヤしていた。


「加奈子さん。俺と、結婚してください」


「…………はい。はい、文也くん!」


 箱ごと指輪を受け取って抱きつく恋人。

 二人して泣いている。


 うおおおおお! と盛り上がる卒業生たち。

 パチパチと拍手を送る保護者たち。

 ひなこは、おめでとー! と言いながら二人に近づいていた。ポシェットを抱えながら。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「アイツほんとにやりやがった!」

「ひなこちゃん、いい感じだ。そうそう、そこから近づいて二人の顔をアップに」

「カメラ、問題なし。プロをなめるなよっと」

「うわあ、うわあ! 公開プロポーズっていいね!」

「サクラ、すっかりアメリカ人になっちゃって……」


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ユージが異世界に行ってから、9年目の冬のこと。

 コテハン・洋服組A、遠藤文也。

 ユージの掲示板がきっかけで、足を踏み出した男。

 この日、男は、高卒の資格と、嫁をゲットしたようだ。


 男は知らない。

 掲示板住人への相談内容は、すべて血が繋がらない娘に把握されていたことを。

 さらに、ひなこのオーダーにより、撮影班が出張っていたことを。

 男が知ったのは、身内だけの小規模な結婚式で、ひなこからのプレゼントです! とサプライズで動画を流された時だったという。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「店長、奥さんはどうっすか? もうすぐっすよね?」


「うん、来週が予定日だから。シフト入れなくて迷惑かけるけど……」


「なに言ってんすか! 前の店長が来てくれるんすから問題ないすよ」


 夜間定時制高校を卒業してから二年後。

 男は、いまも宇都宮のユージ家跡地前のコンビニで働いていた。

 高校在籍中に叔父から引き継いで、いまでは店長として。


「むしろ休み一週間でいいんすか? 俺の友達みんな子供いるけど大変そうすよ?」


「状況次第かなあ。加奈子さんは若いしタフだけど、歳上なのは確かだし」


「お電話ありがとうござい……はい? マジすか! 店長、すぐ病院行ってください!」


「え?」


「破水したらしいっす! いま病院に向かったってひなこちゃんから!」


「……え? あ、その、どうしよう、レジ閉めたほうが、ああいやお店閉まるわけじゃないし、17時入りの子にちょっと早く来てもらって」


「なに言ってんすか、さっさと行ってください! 前の店長に来てもらうんで大丈夫っすから!」


「え、あ、そう? そっか、叔父さんが」


「いいすか、店長。深呼吸してください。ほらほら早く着替えて、ケータイとサイフは準備するように」


「あ、うん、じゃあちょっと行ってくるから、問題なければ戻って」


「いや戻ってこなくていいすから。いいすか店長。俺の友達もみんなフツーにうまれてます。大丈夫ですから、落ち着いて、安全運転で行ってください」


「ありがとう」


「俺、バイトリーダーっすから。赤ちゃん生まれたら見せてくださいね!」


 気づけば長い付き合いになったバイトの男に追い出されて、職場のコンビニを出る男。

 バイトくん、いや、バイトリーダーくんは何気に修羅場慣れしているようだ。

 なにしろ同年代の友達はだいたい20代前半で子持ちなので。ヤバい。



 忠告に従って、安全運転で病院に向かった男。

 いまでは娘となったひなこと合流して。

 男は、分娩室の前をうろつくのだった。

 立ち会いはしないらしい。


「加奈子さん大丈夫かな。ひなちゃん、いま何時? 入ってからどれぐらい経った?」


「もう、落ち着いて文也お父さん。さっき聞かれてからまだ5分しか経ってないよ? 大丈夫、お母さんは強いんだから」


 男の手を取って横に座らせるひなこ。

 たがいにギュッと手を握りしめる。

 バイトリーダーは友達はみんなフツーに生んだと言っていたが、バイトリーダーの友達と加奈子は年齢が違う。

 加奈子は30代後半なのだ。

 初産ではないため定義上の高齢出産からは外れているが、リスクがあることに変わりはない。

 男が心配になるのも当然である。


 そして。

 ガチャリと扉が開く。


「先生!」


「母子ともに健康です。短い時間ですが、お会いになれますよ」


「ありがとうございます! 加奈子さん!」


 ためらうことなく入っていった男に対し、ひなこはペコリと医者に頭を下げて、準備をしてから中に入る。

 動画を撮影しながら。

 ひなこ、男と掲示板住人にだいぶ毒されているのかもしれない。


「文也くん……元気な男の子だって」


 疲れでぐったりしているが、笑顔で迎える加奈子。タフな女子である。……さすがにもう女子ではない。


「おお、おお……」


 横になった加奈子を上半身で抱きしめてキスする男。アメリカ人か。

 宇都宮に住むサクラとジョージとルイスとケイトとの付き合いでアメリカナイズされたのか。

 男はすぐに身を離して、我が子を目にする。

 ちっちゃくてしわくちゃな自分の息子を。


 看護師の指導を受けて形を作り、男は生まれたばかりの息子を抱っこする。

 滂沱のごとく、目から涙を流しながら。



 生まれたばかりの息子の重さと高い体温を感じつつ、男は思う。


 いつかこの子に話そうと。

 どんな失敗をしてもいいんだって。

 落ち込んで動けなくなってもいい。

 いつか、勇気を出して踏み出してくれたら。


 いつかこの子に紹介しようと。

 俺に、勇気をくれた友達がいるんだって。

 この子が大人になっても、きっと俺たちの話は残ってるから。

 俺と、掲示板のみんなと、ユージの話は。



「文也くん。名前、考えなきゃね」


「うん。一週間早かったからね、油断してたよ」


「ふふ、私もだよ。ひなこも一緒に考えてくれる?」


「うん! うふふー、弟かー。生意気になるかなー。お姉ちゃんっ子になるといいなあ」



 ユージが異世界に行ったことをきっかけに、ユージと同じく引きニートをやめた一人の男。

 ある掲示板住人の、ちょっとした半生であった。



次話、明日18時投稿予定です!

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― 新着の感想 ―
[一言] コードレッド! 繰り返す、コードレッド! これは訓練ではぬわーーーーーっ!!!
[良い点] 色々、勉強になったエピソードでした。 [気になる点] この人も良かったね。で、ユージに春は来ないの?
[良い点] プロポーズどちゃくそ泣いた
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