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閑話 とある掲示板住人、ちょっと特殊な学生生活を満喫するpart2


「いらっしゃいませー。あ、店長」


「お疲れっす!」


「はいお疲れさまー。文也くんも元気でやってるみたいだね」


 ユージが異世界に行ってから7年目の初夏。

 洋服組Aこと遠藤文也は、コンビニでアルバイトをしていた。


「先輩ヤバいっすよ。毎日原チャで1時間かけて来てんすから!」


「ほら、言葉遣い。いくらお客様がいないったって」


「あ、すんません」


「はは、誰もいないならまあいいよ。お客様が来たらしっかりね。それで文也くん、どうなんだ? こっちの店で続けられそう?」


「あ、はい。夏休みに免許とって、近いうちに中古の軽を買おうと思ってます。その、通勤用に」


「うーん、原付だとキツイか。タイとかベトナムじゃ当たり前なんだけどなー」


「店長、なんすかそれ?」


「ああ僕ね、若い頃はリュック背負って世界中を旅してたんだ。東南アジアはその頃カブ天国だったなあ。ホーチミンなんか近郊から街にカブで一時間、二時間かけて働きに来るんだ。都会のほうが稼げるから」


「うわ、店長もヤバいっすね! 先輩といい、家はみんなヤバい感じなんすか?」


「うーん、自由なのは僕と文也くんぐらいかな。あ、お客様としてコーヒーを一つ」


 男がバイトしているコンビニは、父方の叔父が店長をしていた。

 ()()()()()()()()()()


 どうでもいいが、男の同僚はこれでふざけているわけではない。

 彼としては、この場合の『ヤバい』は褒め言葉である。

 彼自身は高校を卒業してフリーターだ。

 原付で時間をかけて通勤しつつ夜学に通う男を、彼なりに評価しているらしい。俺ぜってえムリ、先輩ヤバいっすね、と。ヤバい。


「あ、店長は今日働かない感じっすか?」


「いや、後でお金だけチェックするよ。今日の売上はどう?」


「いつもと変わらずです。早朝から朝は近所の方がちらほらと、お昼には工事関係者と向かいのスタッフ。もうちょっとしたら、向かいのお客様が来ると思います」


「そっか。はあ、まさかこっちの店に売上抜かれるとはなー。元の店のほうが立地はいいのに」


「うれしい悲鳴ってヤツですね、店長」


「ほんと、文也くんがこっちに移ってくれて助かったよ」


「先輩、なんで移ったんすか? 家も学校も元の店のほうが近かったんすよね? あ、わかった! 女すね?」


「いやあ、実はこのコンビニができたのって、店長と俺の友達も関わってるんだ。その縁でね。いやその、たしかに彼女に会いやすくなるってのはあったけど、その、それがすべてじゃないっていうか」


「いらっしゃいませー!」


 軽く挙動不審になった男の言葉を遮るように、もう一人の店員が来客を迎える。コンビニなので。意外にマジメな働きっぷりである。ヤバい。


「あらあら遠藤さん、こんにちは。今日はお休みかしら?」


 お店に入ってきたのは、ニコニコとご機嫌な様子の老夫婦だった。

 男に挨拶したわけではない。

 もちろんたがいに顔は知っているし、話したこともあるが。

 老夫婦が挨拶したのは、男の叔父『店長のほうの遠藤さん』だった。父方の叔父のため名字は同じである。


「これはご無沙汰しております。()()()()


 私服ながらピシッと頭を下げて挨拶する男の叔父。

 そのまま、店内に設けられたカウンタースペースへ老夫婦を案内する。

 コーヒーを二つ、追加で頼んで。



「おかげさまで売上は好調です。本当にありがとうございました」


「あらあら、いいのよ。実際こうして見てるとね、私たちがオーナーなんてムリだもの。この人なんて腰悪くしちゃってるし。遠藤さんはよく働くわねえ」


「いえいえ、そんな。それに土地を貸すという方法もあったでしょうし」


「いいのいいの、ちょっとまとまった現金が欲しかっただけでね、売っちゃったほうが良かったのよ。それに」


 最近の郊外のコンビニではたまに見かける、イスが置かれたカウンター。

 コーヒーを飲みながら、藤原さんご夫婦と男の叔父が話し込んでいる。

 生々しい内容の会話を。


「それにね、北条さんのところのキャンプ場はまだ大きくなるんでしょう? この辺の土地はまだあるもの。うふ、うふふふ」


「おいおまえ。ちょっとはしたないぞ」


「あら、ごめんなさいね遠藤さん。キャンプ場だけじゃないわ、ウチにも何社か不動産屋が来たりしてね。でもここの土地を売ったじゃない? いい条件が出てくるまで待つつもりなの。手元に現金があるって心強いわあ」


 男が働くバイト先は、ユージ家跡地から歩いていける場所に建った新しいコンビニである。

 元の地主で、ユージ家のお隣さんだった『藤原さん』はすっかり土地成金になっているようだ。

 二束三文の農地が、ユージの話をきっかけに注目されたことで。


「はあ、秋の映画が楽しみね。公開されたらまた人気が出るかしら?」


「そうなるでしょうね。いまでさえ工事関係者とキャンプ場利用者が多いわけですから。文也くんの話では、ブームになるのはこれかららしいですよ」


「あらあら、まあまあ。サクラちゃんから聞いてるけど、あのユージがねえ」


 宇都宮の郊外、ユージの家があった場所の周辺。

 この辺りは、地価が上昇しつつ急激な発展を遂げつつあるようだ。

 ひょっとしたら、ユージが文官を務めるホウジョウ村以上の。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「文也くん、そんなに緊張しなくて大丈夫だって」


「人を乗せるのは初めてですから。その、加奈子さんに怪我させるわけにはいきません!」


「敬語……うん、いまはしょうがないね。よし、運転がんばって!」


「はい!」


 男がバイトしながら夜間定時制高校に通いはじめて2年目。

 夏休みの前半を使って、男は貯金してきたバイト代で自動車の免許を取った。

 地元の教習所の短期集中コースを使って、三週間で。

 学校が夏休みに入って授業がない間に免許を取らなければ、そうそう時間を割けないと考えたのだ。


 無事に夏休み中に免許を取得して、同級生のツテでやっすい中古の軽を買った男。

 いま男は人生初の、自分で運転するドライブデート中である。

 楽しんでいる余裕はなさそうだが。

 ちなみに恋人である加奈子は娘を連れてきていない。賢明な判断である。



「よし、到着!」


「文也くん、ぜんぜん大丈夫。運転、問題ないと思うよ」


「ホントに? よかった!」


「どこに連れてってくれるのかなーと思ってたんだけど。ここね!」


「あ、うん。フラワーガーデンのレストランが雰囲気いいらしくて。それに、その、俺も加奈子さんもここでのんびりしたことはないなーと思って」


「ふふ、そうだね。ここに来る時はいっつも仕事だったもん。じゃあ今日は二人でゆっくり見てまわろうか」


 車から下りた女は、そっと手を差し出す。

 男はためらうことなく手を繋ぐ。

 手慣れたものである。なにしろ恋人同士なので。



「ガーデンは良かったし、窓からの景色もいいね! お料理もおいしいし……」


「その、なんかすみません。俺に勧めてくれたヤツらも、よく考えたらデートとか慣れてなくて……」


「ふふ、楽しかったから充分だよ。そりゃあその……インテリア、ちょっとこだわればぐっと雰囲気よくなるのに、とは思うけど」


「だよねえ」


 がっくりと肩を落とす男。

 二人がやってきたのは、キャンプオフ会場に使われる清水公園である。

 フラワーガーデンは季節の花が咲き誇り、涼しくなった秋の気候と相まって、心地いい散歩だった。

 まわりにいるのは年配の方々ばかりだったが。


 レストランに足を踏み入れた男は、失敗に気づいたようだ。

 一面に広がる窓は景色が良くて明るい。

 だが。

 マットな質感の汚れにくいテーブルクロス、重ねて仕舞える会議室っぽいイス。

 女子が喜ぶオシャレ感はない。加奈子が『女子』と呼べる歳か否かはおいておいても。


「気にしない、気にしない。今度はドライブデートの行き先、一緒に考えよう」


「うん、はい」


「それにほら、秋のキャンプオフに向けた下見もできたし。今回、私はスタッフの振り分け役をやるんだ」


「振り分け役、ですか?」


「うん。ほら、いまの文也くんだったら女性店員の普通の接客で問題ないでしょ? でも最初に会った時はそうじゃなかった。ひょっとしたら女性はちょっとって人もいるかもしれない。だから最初に私が挨拶して、対応するスタッフを決めるの」


「あ、なるほど。それはありがたいかも」


「キャンプオフの出店、私は皆勤賞だからね!」


「その、今回はいつもより人が多いはずだから、加奈子さんがいると心強いと思う」


「ふっふー、ありがと! ……文也くん。夜、仕事終わったら一緒に映画観ようね」


「はい! あ、でも、一緒にいたら冷やかされちゃうかも。俺はいいけど……」


「あんまり見せつけ過ぎないようにしないとね! それで、文也くん」


「はい」


「映画を観終わったらけっこう遅い時間じゃない? 次の日は撤収作業があるから、朝早いんだ。だから……近くにホテルをとってるの」


「……え?」


「その、文也くんさえよかったら……あ、でも! 友達とキャンプでゆっくり話したいって言うんだったら別にいいんだけど! その、もしよかったら」


「加奈子さん……」


 キャンプオフで知り合ったことがきっかけで、二人は付き合うようになった。

 いまでは自然に手を繋いでいるが、肉体的接触はそこまでだ。男がチキン過ぎるので。


「そ、その、その、キャンプオフはまた次があるし、いま俺は宇都宮でバイトしてて、アイツらとはけっこうすぐ会えるっていうか、だから、その……」


 恋人の誘いが何を意味するかを理解して挙動不審になる男。童貞か。童貞であった。


「い、一緒に、泊まり、ましょう」


「……はい。ふふ、勇気出してよかった」



 ユージの映画が公開される秋のキャンプオフ。

 ユージにとって、サクラやアメリカ組や掲示板住人たちにとって特別な日。

 それは、コテハン・洋服組Aこと遠藤文也にとっても特別な日になるようだ。

 高校二年生の青春である。

 一度はくじけて、夜間定時制高校の二年生だが。


 とりあえず、泊まりについてはキャンプオフが終わるまで秘密にしておくべきだろう。

 メインイベントのユージの映画や抜け出す二人の行き先を考えると、さすがにスネーク班は出ないだろうが。たぶん、きっと。



次話、明日18時投稿予定です!


明日が彼のお話の最終話で、時間を飛ばしつつ。

閑話は最終シリーズですからね!

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