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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十一章 代官(予定)ユージ、スターダムをのし上がる 2』
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第二十一章 エピローグ1


「この時期が一番大変だよなあ。道もぐちゃぐちゃだし……」


「違いねえな。ユージさんとマルクは狼ソリで冬も移動できるから、特にそうだろうよ」


「ユージ兄、アリス火魔法で雪を溶かそうか?」


「いいわねアリスちゃん! じゃあ私は水魔法で雪解け水を集めて、水路に流しちゃおうかな」


「アリスちゃん、リーゼ、落ち着きなさい。雪があるのはここだけじゃないんだし……やるならみんなを呼んでこないと」


 ユージがこの世界に来てから7年目の冬。

 ホウジョウ村は寒さが緩んで、やっと長い冬の終わりが見えてきた。


 村内の道を行くユージたちの足取りは重い。

 積もった雪が溶けてきたこの時期は、ただの雪面を歩くよりも歩きにくいのだ。

 上機嫌なのは泥の匂いを堪能しているコタローだけである。外に出れば雪遊びと泥遊びをして、中に入る時にはユージに洗わせるので。至れり尽くせりである。さすがボスである。犬だけど。


 アリスとエルフの少女・リーゼは、魔法で雪を処理しようかと画策している。

 人間融雪車である。

 融雪剤は必要ないタイプである。車の下部の心配はいらない。……この世界に車は走っていないが。

 護衛兼保護者として同行しているリーゼの祖母・イザベルは二人を止めるどころか、エルフの里から応援を呼ぼうかと考え込んでいた。なんでもアリか。


「うーん、どうしますかブレーズさん」


「そこまでしなくていいだろう。村内は動けるし、冬越しの物資も問題ないしな」


 ユージ、魔法に飛びつかずに村長に確認するあたり、この世界に慣れてきたようだ。

 剣と魔法のファンタジー世界であっても、アリスとエルフたちの魔法はずば抜けている。

 ユージもようやく気がついたのだろう。


「エルフのみなさんに頼りっきりじゃあ、いつか困っちまうかもしれねえしな。なに、冬の仕事は順調なんだ、大人しく春を待つさ。ウチの嫁さんの体調も安定してるし、医者もいるしよ」


 雪が溶けて道がぬかるんでいる時期に最も困るのは、プルミエの街との往来が途絶えることである。

 通常の村落では雪が積もれば動けないが、ホウジョウ村にはソリがあってオオカミたちがいる。

 ユージと犬人族の少年・マルクは、この冬も何度か宿場予定地と街を尋ねていた。

 食料があり、仕事があり、妊娠している自分の嫁も含めて村人の体調も問題ない。

 元冒険者で村長のブレーズは、無理に雪を処理することはないと判断したようだ。



 冬の間も、ホウジョウ村は順調だった。

 雪が積もるまでの間に材料を運び込んでいたため、缶詰生産工場も針子の工房も、冬でもフル稼働であった。


 コタローか犬人族のマルクが同行してオオカミたちと連携できたため、ユキウサギも豊富に狩れた。

 貴族向けの商品となるユキウサギ料理の缶詰は昨年よりも多く完成している。

 もちろん、平民向けの缶詰の数々も。

 秋に訪れた領主からは、飢饉対策に缶詰の大量注文が入ったらしい。

 不作の年のために備蓄し、賞味期限が怪しくなったら兵の糧食として処理して、その時はまた新しく購入する。

 無駄になるわけではないのだ、多少なりと備えておかねばな、とは領主の弁である。

 この辺境では、不作になれば途端に行き詰まる者も多い。

 過酷な辺境の地を発展させるべく、領主もいろいろと考えているらしい。


 針子の工房はいつも通り、ネットを通じて元の世界から提供されたデザインを試作したり、すでに販売がはじまった服を量産したりしていた。

 唯一いつもの冬と違うのは、元冒険者のエンゾの妻でいまは針子のイヴォンヌが、娘を連れて作業していたことだろう。

 母親の職場に置かれたベビーベッドで過ごす0歳児。

 作業所で働く女性たちが放っておくわけがない。

 0才にしてアイドルである。

 唯一の男の針子、ヴァレリーはいつもの冬より余計に気配を消していた。

 幸せそうなイヴォンヌと乳児に触発されたのか、同僚の女性陣が恋バナと下ネタで盛り上がっていたので。

 妻で針子のユルシェルに向けて、夫婦仲や夜の生活について質問も飛んでいたので。

 とりあえず、ヴァレリーはこの冬で達人クラスの隠密っぷりを手に入れたようだ。たぶん。


 エルフの居留地に移住してきたエルフたちは、初めてのホウジョウ村の冬を何事もなく越していた。

 意外だったのは、村に移住した研究者がエルフたちに気に入られたことだろうか。

 過去の稀人の話、エルフの里に残るユージがいた異世界の話、エルフの魔法。

 研究者からしてみれば、垂涎ものの情報であるようだ。

 1級冒険者でエルフのハルを通してお金も情報も受け取っていたものの、イザベルとユリアーネはハルよりも歳を重ねており、知識も多い。

 冬の間、基礎から考え直さねば、などとブツブツ言いながら雪道を歩く研究者の姿が目撃されていた。

 この世界でもユージが元いた世界でも、『異世界に往還する研究』は進んでいるようだ。


 いつもと変わらないホウジョウ村の冬。

 だが、変わったこともある。


「リーゼちゃん! 今日はアリスとお泊まりする?」


「お祖母さま、リーゼ、ニンゲンの文字を勉強したいの。あとユージ兄の文字と言葉ももっと覚えたいの。稀人が来たら役に立つと思って!」


「ふふ、いいわよリーゼ。レディらしく建前を言えるようになったのねえ。ユージさん、私もお邪魔していいかしら?」


「あ、はい、もちろんです」


「やったあ! リーゼちゃん、また一緒に映画を見よう!」


 この冬の間、アリスはずっとご機嫌だった。

 親友となったリーゼと遊び、一緒に魔法の修業や勉強をして、おたがいの家を行き来する。

 雪に閉じ込められた村であっても、いや、あるいは閉鎖的な環境だからこそ。

 少女たちの仲はさらに深まったようだ。



 ユージは変わらない。

 秋の収穫を終えて徴税額を計算して、領主夫妻と代官のチェックを受けて。

 問題がなかったことから、ユージは正式に文官として独り立ちしている。

 ホウジョウ村担当の文官となったユージだが、生活は変わっていなかった。

 まだまだ発展途上の村で、それほど仕事がないせいもあるだろう。


 ユージは変わらない。

 元いた世界の二月の最終日曜日。

 ドルビーシアタ○で行われた授賞式で、ユージとその映画はアカデミ○賞『特別賞』を受賞した。

 ユージはいまやハリウッドスターである。オスカ○俳優である。

 だが取材の申し込みは元の世界のプロデューサーと妹のサクラに任せて、OKが出たものだけメール、あるいはチャットで対応している。

 研究者への協力も、プロデューサーの審査を通り抜けたものだけ。

 ユージの作業量はさして増えていない。

 掲示板には人が増えたようだが、鍵付きで本人確認必須のため、荒れることもない。

 有名人となってもハリウッドスターになっても、ユージはたいして変わらずに今まで通りの生活を続けていた。


 ユージは変わらない。

 もしいまライフラインが使えず、ネットが繋がらなくなっても、このままホウジョウ村で生活を続けていくのだろう。

 すでにお金を稼ぐ手段はあり、文官としての仕事があり、村を守る防衛力もある。

 新しいデザインと型紙がなくても、針子たちにはこれまで作ったいくつもの新商品の知識と経験がある。

 作った端から売れていく缶詰と合わせて、ホウジョウ村で外貨を稼ぐ手段は変わらず続いていくだろう。


「雪が解けて街まで行けるようになったら、俺もユージさんも一度街に行かねえとな」


「ええ、ブレーズさん。ケビンさんと代官さまたちのチェックは終わったそうですよ」


「そうか。あとは俺とユージさんと、防衛団長としてエンゾが直接確かめればそれで決まりか」


「はい。それで、第四次開拓団が移住してくるそうです!」


「春になったら迎える準備をはじめねえとな」


 ユージは変わらないが、成長は続いていくことだろう。

 だんだん大きくなっていく、ホウジョウ村と同じように。



 ユージがこの世界に来てから7年目が終わる。

 ホウジョウ村には医者やエルフが移住してきた。

 8年目の春になればオオカミや羊の出産があり、その先には第四次開拓団の受け入れ、村長のブレーズの妻・セリーヌの出産も待っている。

 リザードマンの里で米作りに挑戦する予定もある。

 それでも。

 きっとユージは変わらずに、この世界で暮らしていくのだろう。

 8年目も、これから先も。



次話、明日18時投稿予定です!


長くなりすぎてまさかのエピローグ分割……

あ、次が最終章です。

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