第四十七話 ユージ、冬を迎えたホウジョウ村をウロウロする
「うわあ! アリスの指をきゅってした! かわいいねえ!」
「おおー、ちっちゃい手ですごいなあ」
「そうだろアリスちゃん! 俺の娘は国で一番かわいいんだ!」
「もう、エンゾったら大げさよ。まだ生まれたばっかりじゃない」
ホウジョウ村の針子の作業所に、はしゃいだ声が響く。
ユージとアリスだけではなく、まわりにいる針子の女性たちからも。
村は収穫祭を終えて、すでに冬。
雪が本格的に積もる前に、元冒険者で防衛団長のエンゾとその妻で針子のイヴォンヌは、秋の終わりに生まれた子供を披露しにきたようだ。
「これで村の最年少はこの子になるのか。アリス、お姉ちゃんだってさ」
「うん! アリスはお姉ちゃんになったから、この子を守って、大きくなったら一緒に遊ぶんだよ!」
「ふふ、よろしくねアリスちゃん」
「俺もしっかり守らねえとな! モンスターなんぞ一匹たりとも近づけねえ!」
アリス、ご近所さんの赤ちゃんにデレデレである。
ホウジョウ村で初めてとなる「自分より年下の存在」に張り切っているようだ。
あとエンゾ、村に共存している日光狼と土狼はオオカミ型のモンスターである。すでに近づいている。浮かれすぎである。
「はあ、ほんとかわいいわね! 赤ちゃん用の服、もっと作っちゃおうかしら」
「ユルシェル?」
「ほら、私たちにも必要になるでしょ? 必要になるようにしましょ?」
「ユルシェル……」
子供のかわいさに触発されたのか、作業所の一角では針子のヴァレリーとユルシェルの夫婦が二人の世界を作っている。
夫のヴァレリーは名前だけしか呼んでいないが。
ホウジョウ村は、女性が強い村であるらしい。
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「ブレーズさん、村の冬支度は大丈夫ですか?」
「ああユージさん。おう、問題ない。……人間たちはな」
「え? リザードマンは里に帰ってったし……エルフのみなさんに何か問題が?」
「ああいや、そっちも問題ないらしい。準備はしているが、もし物資が不足しても里に取りに行くってよ」
「そっか、エルフは雪でも大丈夫だから。あれ? それじゃあ何が問題なんですか?」
針子の作業所を出たユージとアリス、コタローは、うっすらと雪が積もった村内を歩くブレーズを見つけた。
元冒険者でいまは村長のブレーズに冬支度の状況を確認するユージ。
秋の収穫祭を終えて、二体のリザードマンはエルフの1級冒険者・ハルに連れられて湿原に帰った。
春にはユージが湿原に行き、米作りに挑戦すると約束を交わして。
収穫祭の後、徴税のための事務作業を終えて、領主夫妻と代官もプルミエの街に帰った。
商人のケビンもゲガスも、雪に閉じ込められる前にそれぞれの家に帰っている。
いまホウジョウ村にいるのは、村人と居留地にいるエルフだけだ。
ユージはブレーズの言葉に首を傾げている。
隣にいるアリスも、マネして同じ角度で首を傾げている。
「オオカミたちと羊だな。黒ヤギの医者に診てもらったんだが……何匹か、妊娠してるみたいでよ」
「ああ、そういうことですか! じゃあまた春ぐらいに出産なのかなー。あ、オオカミたちの出産はまた俺が見ますか? でも医者が来たし、今回はお手伝いぐらいで大丈夫ですよね?」
「ああ、手伝いは欲しいが、医者が取り上げるって言ってたよ。人間よりは気が楽ですってな」
「いやあ、ほんと医者に移住してもらえてよかったです!」
「じゃあオオカミさんもヒツジさんも増えるんだね! いっぱいだね!」
「はは、そうだな、アリスちゃん。俺も前向きに考えねえとだな。これは問題とは言わねえか」
ポリポリと頭をかくブレーズ。
本格的な冬を前に、家畜が妊娠した。
無事に出産させて数を増やすには、厳しい冬の最中にも家畜の体調に気を配らなければならない。
ブレーズは仕事の増加を「問題」と捉えたらしいが、アリスはシンプルに喜んでいた。
ブレーズ、村長として喜ぶことにしたようだ。
何しろオオカミもヒツジも、ホウジョウ村の大事な財産なので。
まあコタロー配下のオオカミたちにその気があるかどうかは別として。
三人の足下にいたコタローは、オオカミとヒツジの妊娠を聞いてキリッと表情を引き締めている。
こぶんたちのしゅっさん、またわたしがきをくばらなくちゃね、とでも言いたげに。しっかりした女である。犬だけど。
「あとな、これはまだはっきりしてないんで、ユージさんとアリスちゃんにだけ言うんだが……ウチのも妊娠したかもしれねえんだ」
「え?」
「セリーヌが妊娠したかもしれねえ。黒ヤギの医者に、まだ確定じゃないが無理はしないようにって言われてな」
「おお! おめでとうございます!」
「うわあ、うわあ! 男の子かなあ! 女の子かなあ!」
「あー、まだ黙っといてくれな。妊娠だって決まったわけじゃねえから」
「はい! ナイショにしておきます!」
「うん! アリス、お口にちゃっくする!」
ニコニコと笑顔で、秘密を守ると誓うユージとアリス。怪しい。怪しいが、突っ込む者はいない。
とりあえず、コタローがジトッとした目でユージを見つめるのみである。
ゆーじ、けいじばんにかきこむきでしょ、とばかりに。慧眼である。
エンゾとイヴォンヌの夫婦の子供が産まれて触発されたのか。
家畜たちは妊娠して、カップルはイチャつき、夫婦もイチャつく。
ホウジョウ村は第一次ベビーブームであるようだ。
ユージに相手はいない。
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『あ、ユージさん。ちょうどよかった、いま行こうとしてたのよ』
『イザベルさん、リーゼちゃん、こんにちは!』
『アリスちゃん!』
うっすらと雪が積もった村の様子を見てまわっていたユージは、最後にエルフの居留地を訪れる。
一緒に歩いていたアリスはダダッと駆け出して、エルフの少女・リーゼに向かっていった。
特に何かあったわけでもないのに、二人の少女は手を取り合ってニコニコしている。女子の謎コミュニケーションである。
『何か用事ですか? 俺は単に、冬支度はどうかなーと思って様子を見に来たんですけど』
『冬の準備は大丈夫。雪が積もっても私たちは移動できるもの。それより……頼まれてたものが届いたの』
『ああっ! きれーな布だ!』
『ありがとうございます! うーん、お返しは何にしようかな……』
『ふふ、いいのよユージさん。これは、エルフに土地を提供してくれた謝礼ってことで』
『え? いいんですか?』
『ニンゲンは土地を手に入れるのも大変なんでしょう? 壁で守られた内側は特に大変で、お金もかかるんだってハルに聞いたわよ?』
『プルミエの街とか王都はそうだと思いますけど、ウチの村はどうかなあ』
『いいのいいの、もらっておいて! ほら、少なくともユージさんがいるうちはこのままここで暮らす予定だし。村が世代交代したらどうするか様子を見ないと、とは思っているけれど』
『やったあ! じゃあアリス、村ではずっとリーゼちゃんと一緒だね!』
『そうなのよアリスちゃん。村の外は、リーゼが大人になるまで待っててね』
『ありがとうございます。それにしても、世代交代って……』
『そこがニンゲンとエルフの違いね。いまはホウジョウ村の住人も出入りする人たちもみんな親切で、私たちを受け入れてくれているけれど……人が変わったら、どうなるかわからないもの』
『なるほど……でも俺、がんばります。そうならないように』
『ふふ、そうね、期待してるわ』
リーゼの祖母・イザベルは、かつての稀人で「初代国王の父」テッサの嫁だった。
建国が落ち着いて以降、イザベルはテッサとほかの嫁たちと共にエルフの里に移住したが、いまの王都で暮らしていたこともある。
世代交代による変化を感じたことがあったのだろう。
ユージに語った言葉は、実感がこもっていた。
『ユージ兄! それで、このキレーな布で何するの? ユージ兄が頼んだんだよね?』
『ユージ兄、リーゼも知りたいわ』
『ちょっとね、俺の服を作らなくちゃいけなくなったんだ。だから、近いうちにヴァレリーやユルシェルに相談しないと』
『ええっ!? ユージ兄、ジゼルさんみたいなドレス着るの!?』
『えっ!? リーゼ、それはちょっとどうかと思うの』
『いやいや違うから! 作ってもらうのはドレスじゃなくて服だから!』
『ふふ、アリスちゃんもリーゼも落ち着いて、そんなわけないじゃない。ユージさん、私とユリアーネにも相談してね』
『あ、はい、よろしくお願いします』
絹の布が入った木箱を抱えてペコリと頭を下げるユージ。
とりあえず、女装趣味はないことは納得してもらえたらしい。
以前、求婚のために想い人のジゼルのドレスを作らせたケビンとは違い、ユージは自分の服を作ってもらうらしい。
当時と違って針子の二人は現代のデザインの服を作り慣れているし、冬の手作業に向けて各種の布も仕入れている。
何を作るにせよ、それなりのものができるのは間違いないだろう。
これまで自分の服に頓着していなかったユージが、わざわざ絹を手に入れてまで何を作るつもりなのかは別として。
ユージがこの世界に来てから7年目の冬。
ホウジョウ村はのんびりとした平和な冬を迎えていた。
ユージの映画が一般公開されて、騒がしい元の世界とは違って。
次話、明日18時投稿予定です!