第三十一話 ユージ、収穫前のホウジョウ村にエルフを迎える
秋の収穫前のホウジョウ村を見てまわるユージ。
ユージの横にはアリス、先行してコタローが前を歩いている。
移住した医者の診療所、針子の工房、缶詰生産工場、農地 兼 牧場に続いて、ユージは家の裏手に回り込む。
ユージの家の北側。
これまでは東よりに缶詰生産工場があるだけで、あとは木材確保のための伐採しかしてこなかったエリア。
そこは、小川のせせらぎと木漏れ日が心地よい空間になっていた。
手入れされた木々、土魔法で整備された水場。
小川のほとりには、大小三つの建物が建てられていた。
カーブを描く石壁は白く塗られており、陽の光を反射している。
屋根は石積みの円錐状。
村にある他の建物とは一線を画す建築様式。
周囲の景色とあわさって、ここだけ別世界である。
それもそのはず。
ユージの家の北から北西にかけて広がるこのエリアは、エルフの居留地となったのだ。
「キレイだねえ、ユージ兄!」
「ほんと、あっという間にエルフの里みたいになってる。魔法はすごいなあ……」
すでに何度もこの場所を訪れているユージだが、見るたびに目を奪われている。
アリスもニコニコと、エルフ居留地の景色がお気に入りなようだ。
気に入っているのは二人だけではない。
《ああっ、ユージだーっ!》
《む、ユージ殿。お邪魔している》
《いえいえ、俺に言わなくていいですよ。ここはエルフのみなさんの場所ですから》
造られた水場が心地いいのか、川べりに寝そべるリザードマンたち。
ニンゲンが食料確保するところを見たいと、二体のリザードマンは秋の収穫を見学する予定になっている
しばしの待ち時間を、リザードマンたちは村の共同浴場とこの場所で過ごすことが多い。
ホウジョウ村の暮らしに馴染んでいるようだが、共同浴場もエルフ居留地も普通の村には存在しない。
『普通の人間の生活』を見に来たリザードマンたちが勘違いしないよう祈るばかりである。
《ユージッ! エルフが来てたぞー!》
《ここで何度か見たエルフだ。辞書を使って、ここにいてもいいと許可をもらった》
《そうですか、教えてくれてありがとうございます。ちょっと建物のほうに行ってみるかな》
いいことをした、とばかりに満面の笑みを浮かべて、ビッタンビッタンと尻尾で地面を打ち鳴らす小さなリザードマン。
笑顔になったため牙が覗いているが、ユージはビビらない。いまさらなので。
「アリス、誰か来てるって。見に行ってみようか」
「うん、ユージ兄!」
三つの建物に向けて歩き出したユージとアリス、コタロー。
リザードマンたちはついてこないあたり、いちおう遠慮しているのかもしれない。
『えーっと。誰かいますかー?』
『エルフさーん!』
石造りの建物の前に立つユージとアリス、コタロー。
ユージは、家に取り付けられた木製の扉をコンコンと叩く。
ノックも呼びかけもなしで上がり込む田舎の住人とは違うらしい。
『はーい! あ、ユージさん! ちょうどよかった、探しに行こうと思ってたの』
『ああっ! リーゼちゃんのお祖母さんだ!』
『こんにちはイザベルさん。あ、じゃあイザベルさんがここに住むんですか?』
エルフ居留地の建物から出てきたのは、アリスの親友・リーゼの祖母、イザベルだった。
かつての稀人・テッサの嫁で、エルフの里の長老の一人でもある。
『ふふ、私だけじゃないわよユージさん。ユリ!』
『イーゼ、どうしたの大きな声で。あ、ユージさん!』
もう一つの建物から出てきたのは、過去の稀人・キースの世話をしていたエルフの女性。
ユージがネットを通じて訳した手紙を読んで、記憶を思い出したエルフだった。
『イザベルさんとユリアーネさん。ひょっとして、ここに住むんじゃなくてまたテレビ電話をしにきたんですか?』
稀人と深く関わった二人のエルフは、稀人の家族や子孫とSkyp○でテレビ電話したこともある。
テッサと結婚したイザベルにとって、テッサの家族は義理の母親で義理の姉なのだ。
ユリアーネは結ばれない恋だったものの、キースの子孫を見て昔を懐かしんだようだった。
『ユージさん、それはまた今度お願いするわね。それで、最初は私たちがこの場所で暮らすことになったの。よろしく!』
『あ、やっぱりですか。よろしくお願いします』
『よろしくお願いします! えへへ、お隣さんだね!』
ペコリと頭を下げるユージ、嬉しそうに笑うアリス。
ホウジョウ村に造られたエルフ居留地。
最初の住人は、ユージとも稀人とも人間とも縁が深いイザベルとユリアーネになったらしい。
エルフが人間の村で暮らすのは初めてのこと。
ホウジョウ村への往来は許可制のため危険は少ないが、常識の違いによる軋轢はあるかもしれない。
そこで、人間に慣れた二人が最初の住人として選ばれたようだ。
エルフの中で最も人間と接しているのは王都を拠点にしている1級冒険者のハルだが、ハルにはお役目もあるので。
それにしてもアリス、勉強の甲斐あってエルフの言葉でコミュニケーションを取っている。
親友のリーゼと話すために、手紙のやり取りをするために。
アリスはエルフの言葉をマスターしつつあるようだ。
『あれ? 一つは作業所って聞きましたけど、それにしても二人だと部屋が余っちゃいません?』
ユージ、もっともな質問である。
だが、ユージの問いに答えは返ってこなかった。
二人のエルフは、イタズラっぽい笑顔を見せるのみ。
ユージはひとまず、ホウジョウ村に二人のエルフを受け入れるのだった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
『ユージさん、こんな感じでどうかしら?』
『いいと思います! ユリアーネさんは土魔法が得意だったんですね』
『そうよユージさん。だから私があの人について、森の管理を教わったの』
『はあ、なるほど』
『はいっ! アリスにいまの魔法を教えてください!』
ユージの家の南側、門の前にある小さな広場。
むき出しの土と切り株を加工したイスが置かれていただけの場所は、大きく様変わりしていた。
ユージの家を後ろ側に、土が階段状になってベンチを形成している。
それはさながら、古代ギリシアやローマの半円形劇場のようだった。
『イザベルさん、それであの魔法はどうですか? イケそうですか? それにあと何人か住人が来るって、誰が来るんですか?』
『ふふ、ユージさん、慌てないで。どっちも、もうちょっとしたらわかるから』
イザベルとユリアーネ、二人のエルフが居留地に住むようになってから数日。
エルフの建物にある部屋は余っているわけではなく、まだ移住の準備が整っていないだけ。
そう言われたユージだったが、いまだにエルフは来ていない。
ユージ、何度か質問したものの、その度にごまかされているようだ。
ホウジョウ村は間もなく収穫を迎える。
村人総出の収穫作業、続けて収穫祭である。
ユージが元いた世界では、間もなくキャンプオフを迎える。
どちらの世界でも、秋の一大イベントに向けて準備が進められていた。
そんな状況の中。
『あら? ウワサをすれば』
ポツリと呟くイザベル。
目線につられて振り返るユージ、アリス。
コタローはユージとアリスを残して、すぐにイザベルの目線の先に駆け出して行った。
イザベルとユージたちの目が捉えたのは。
広場にいるユージたちに近づく二人のエルフと、ローブをかぶった小さな人影である。
『イザベルさん?』
『ユージさん、私たちに加えて、あの三人がホウジョウ村で暮らすエルフよ』
『はあ。イザベルさんの息子さんとそのお嫁さん。家族で住むんですね。……え? あれ? じゃあ、あの、小さな人影は』
顔が見えている二人は、ユージも面識があるイザベルの家族。
どうやらホウジョウ村には家族で移住するらしい。
ユージ、そこまで考えて気づいたようだ。
驚きに目を見開いて、深くフードをかぶった小さな人影とイザベルに目線を行き来させている。
『ユージさんが言ったんでしょう? ここはエルフの居留地だって。許可がない限り、村人でもニンゲンは入っちゃダメな土地にするって。ここはエルフの里の、飛び地だって』
匂いでわかったのだろう。
コタローは千切れんばかりに尻尾を振って、ローブをかぶった人影に飛びかかる。
興奮のあまり、うれションしそうなほどのテンションだ。コタローは淑女だが、犬なので。
『おお、じゃあやっぱり! その、いいんですね、イザベルさん!?』
『ええ。いざとなったら発動できるように、結界石も準備しているわ。私もユリも、息子夫婦も戦えるもの。長老会でも、ホウジョウ村のあの場所は、エルフの里の飛び地だって決まったしね!』
問いかけたユージに、頷くイザベル。
ユージが言うに、エルフ居留地、あるいはエルフの大使館。
ホウジョウ村側もエルフ側も、そこは『エルフの里である』と認めたらしい。
『あ、ああっ! アリスもわかった! エルフの里だから! だから、だから大丈夫なんだね! やった、やったあ!』
気づいたと同時に両手を広げて駆け出すアリス。
ローブをかぶった人影へ、一直線に。
エルフは、100才で大人と認められるまでエルフの里から出られない。
だが。
ホウジョウ村に造られたエルフ居留地は『エルフの里の飛び地』なのだ。
『アリスちゃん、ひさしぶり! あのね、あそこはエルフの里だから、住んでいいんだって!』
『やったあ! やったね! また一緒だね! リーゼちゃん!』
駆け寄った勢いのままに、アリスと小さな人影は、ひっしと抱き合うのだった。
いや。
アリスと、リーゼは、ひっしと抱き合うのだった。
次話、明日18時投稿予定です!