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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十章 代官(予定)ユージ、文官として働きはじめる』

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第三十六話 ユージ、収穫を終えて開拓地にハルと代官を迎える


「よーし! ユージさん、これで収穫は終わりだ!」


「ユージさま、今年は豊作でしたね。冬の蓄えも充分です」


「みんなのおかげですよ! それにしても……俺はこの量を計算するのか……」


「ユージさん。袋の大きさは決められていますので、数を数えればいいだけですよ。そのあたりも代官さまが教えてくれるでしょう」


「ユージ兄、おいも焼けたよー!」


 秋のある日。

 ホウジョウ村は、収穫の時を迎えていた。

 いつもは缶詰工場や針仕事をする村人たちも、この日ばかりは外で農作業である。

 村人がほぼ総出で作業したこともあって、収穫はお昼過ぎに終わっていた。

 ちょうどオヤツの時間である。

 と、コタローの耳がピクリと動く。


「うん? どうしたコタロー?」


「ユージさん、オオカミの遠吠えです。誰か来たみたいですね」


「あ、マルクくん。どっちから来たかわかるかな?」


「ちょっと待ってください。アオーンッ!」


「え? マルクくん?」


 村人はほぼ総出だったが、全員ではない。

 モンスターや盗賊が出没する世界において、拠点の見まわりは重大事。

 元3級冒険者で斥候のエンゾだけは、村の外を見まわっていた。

 15匹のオオカミたちを引き連れて。

 あと研究者のローレンは家に引きこもっている。

 村人たちも、虚弱で変わり者のセンセイを無理に農作業に連れ出さなかったらしい。賢明な判断である。


「ユージさん、水路と村の入り口、両方みたいです」


「えっと……マルクくん、オオカミたちがなんて言ってるかわかるの?」


「いえ、二つの方向から遠吠えが聞こえましたから。でも、敵なのか来客なのかはなんとなくわかります。どっちも敵じゃないってエンゾさんが判断したみたいです」


「そ、そうなんだ……エンゾさんからオオカミが聞いて、オオカミが遠吠えで伝えて、マルクくんが聞き取る。すげえなオオカミたち……あれ? マルクくんも人間離れしてきた?」


 ユージの元奴隷の犬人族のマルセルと、猫人族のニナの息子・マルク。

 そのマルクはそもそも犬人族だ。

 二足歩行する犬を『人間』と認識しているあたり、ユージはすっかりこの世界の住人である。

 間もなく15才を迎えるマルクは、後々できる予定のホウジョウ村の衛兵隊の一員となるべく訓練をはじめていた。

 隊長に立候補した斥候のエンゾに鍛えられて。


 ユージの足下では、コタローがぶんぶんと尻尾を振りながらふんぞり返っている。そうそう、じょうできよ、まるく、おおかみたちもよくやったわ、とばかりに。

 どうやらこの犬も一枚噛んでいるらしい。さすがオオカミたちのボスである。家畜に神はいないが、女王はいるようだ。


 元冒険者たちの過剰戦力、貴族とエルフの後ろ盾、モンスター大量虐殺によるアリスの兵器化、『血塗れゲガス』と元ならず者たちの関所に続いて。

 元3級の斥候と犬人族のマルク、コタローとオオカミたちの早期警戒網が完成したようだ。

 ホウジョウ村の強化は順調である。

 ひょっとしたら開拓よりも。


「ブレーズさん、ケビンさん、俺はちょっと村の入り口まで行ってきます」


「ユージさん、この時期ですから代官様かもしれません。私も一緒に行きますよ」


「あ、ありがとうございますケビンさん」


「ユージさん、じゃあ俺は片付けを仕切っておくわ。マルク、ついていってやれ」


「はい、了解です!」


「ユージ兄、アリスも行く!」


 ピコンと尻尾を立てて返事をするマルク。

 手を繋いだユージとアリスを先導するように、ゆっくりとマルクが歩き出す。

 先輩風を吹かせて横を歩くコタローと一緒に。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ホウジョウ村の南に設けられた入り口に、四人とオオカミたちの姿が見える。

 一人はエンゾ。

 村周辺の見まわりをしていたエンゾとオオカミたちが来客を見つけ、入り口まで案内してきたようだ。


「ユージさん、ひさしぶり! えっと……来ちゃった!」


「ああ、ハルさんだ! ハルさんがリーゼちゃんのお祖母ちゃんのマネしてる!」


「お、よくわかったねアリスちゃん! そろそろ収穫祭でアリスちゃんの誕生日だと思ってね!」


 一人は1級冒険者で王都に暮らすエルフのハル。

 ニコニコと上機嫌である。

 テッサ仕込みの、ちょっと古くさい挨拶とともに。

 いかにハルの顔が整っていてもしょせんは男。『来ちゃった』と言われたところでユージはときめかない。


「というかハルさん、夏休みも王都でも会いましたし、そんなひさしぶりじゃないような……こんなに不在にして大丈夫なんですか?」


「はは、これでもボクは1級冒険者だからね! 指名依頼をこなしてればあとは自由だよ!」


「1級冒険者……ハル殿、プルミエの街に移動の届けは出ていなかったようだが……」


「あ! その、ボクは街に入ってないし迂回してきたから」


「であれば問題ない。ユージ、ひさしぶりだな」


「レイモン様、おひさしぶりです。でもその、ちょうど今日、収穫が終わったばっかりなんですけど……」


「問題ない。準備ができるまで、事前にユージに仕事を教えておくつもりだったのだ」


「ありがとうございます!」


「俺はレイモン様の護衛だ。あとは許可証の話もユージさんにするって言うんでな」


「そうですか。ではお義父さんはしばらくこっちに宿泊ですね?」


「ああ、そのつもりだ。頼むわ、ケビン」


「ゲガスのおじちゃん! じゃあまたアリスにバシュバシュって教えてね! アリス、位階が上がって強くなってるんだから!」


 プルミエの街の代官にして、現在はホウジョウ村の徴税官でもあるレイモン。

 そして、いまは街とホウジョウ村を結ぶ宿場町在住でケビンの義父・ゲガス。

 ハルは水路で、二人は道をたどって。

 経路が違ったため、オオカミたちの遠吠えは二つの方向から聞こえたらしい。


「じゃあみなさん、中に案内しますね! ちょうど今夜は収穫祭なんですよ!」


「よし、間に合った! いろいろ預かってきてるんだ」


「ねえねえハルさん、リーゼちゃんのお手紙は? お手紙はある?」


「もちろんだよアリスちゃん!」


「やったあ!」


 コタローとマルクを先頭に、ユージたちはぞろぞろと村の中心部へ向かうのだった。

 親友のリーゼの手紙が届いて、はしゃぐアリスとともに。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ではユージ、明日から文官の実務について教えよう」


「よろしくお願いします! あ、それと俺が文官になったあとの、村長と自警団の団長の立候補があったんですけど……」


「ふむ。この村の村人か?」


「はい。村長のほうは、元3級冒険者で『深緑の風』のパーティリーダーで、副村長をしてもらってたブレーズさんです」


「元3級冒険者で副村長の経験あり。であれば問題ない。次の秋にはユージが徴税を主導することになる。それまでに引き継いでおくのがいいだろう」


「あ、そんなあっさりOKなんですね」


「うむ。村長は村内の問題だ。村内で決めたのであれば、大きな過失がなければ我々は口を挟まない」


 ホウジョウ村、ユージの家の前の小さな広場。

 そこでは、ユージとプルミエの街の代官・レイモンが話し合いを行なっていた。

 ユージが予習していた内容の確認と、報告・連絡・相談である。

 なにしろユージは初めて組織の一員となるので。


「それで、自警団の団長ですけど……こっちも元3級冒険者で『深緑の風』のメンバーで、斥候だったエンゾさんが立候補してくれてます。あと犬人族のマルクくんが専属になりたいって」


「ユージ、自警団の段階であれば村内で決めればいい。前にも言ったように、衛兵となるのは村が街の規模になってからだ」


「あ、はい。ただゆくゆくはエンゾさんは隊長に、マルクくんもそこに入りたいって」


「なるほど。元3級であれば個人の戦闘力は問題ないだろう。あとは組織運営と指揮についてだな。こちらは領主のファビアン様の判断を仰ぐことになる」


「わかりました。それは伝えておきます」


「ユージ、ファビアン様は直接その目で確かめたいとおっしゃるだろう。いまは王都におられるゆえ、春以降のことだが」


「試験があるってことですね。しけん……」


 ブレーズの村長就任は、村人たちがOKであればそのまますんなりOK。

 自警団の団長は問題ないが、発展して衛兵隊となった時、隊長になるためにエンゾは試験が必要になる。

 事前にケビンが予想していた通り。

 なにしろ衛兵隊は武力を持った組織であり、トップは領主となるので。

 実技試験と聞いてユージは怯えていた。

 ユージ本人が受けるわけではないが、その響きで。仕方あるまい。なにしろユージは10年間引きこもっていた男なので。

 就職活動、筆記試験、面接、実技。

 すべて恐怖の対象である。

 そんなユージもいまや面接をクリアした文官になるわけで、気にすることはないのだが。


「衛兵隊の編制までは間がある。次の春にファビアン様の許可が出なくても、時間はあるのだ。元3級ほどの実力者であれば問題なかろう」


「あ、一発勝負じゃないんですね。よかった」


 ほっと胸を撫で下ろすユージ。

 エンゾは冒険者の知識も戦闘力もあるが、組織の運営や部隊の指揮の経験はない。

 ケビンが手に入れた教本や妻であるイヴォンヌに組織運営の指導を受けているが、まだ勉強をはじめたばかり。

 一発勝負であれば、この冬は受験生なみの猛勉強が必要になったことだろう。四入五捨ばりの。


「ユージにいー! 準備できたよー!」


「アリス、コタロー。すみませんレイモン様」


「かまわぬ。ちょうど一段落したところだ。収穫祭なのだろう?」


「あ、はい。レイモン様も行きましょう!」


「ふふ、徴税官を誘うか。まあよい、うむ、行こう」


 わずかに唇の端を持ち上げて立ち上がるレイモン。

 ユージはダッシュで近づいてきたアリスとコタローを抱きとめている。両手に花である。少女と犬だが。



 ユージがこの世界に来てから6年目の秋。

 ホウジョウ村は収穫を終えて、この後は収穫祭が行われる。

 それは同時に、アリスとマルクの誕生日。

 というかほとんどの村人の誕生日である。

 アリスはともかく、15才を迎えて大人となるマルクにとっては特別な日。

 ホウジョウ村ができて以来、子供が成長して大人になるのは初めてのこと。

 初期から開拓に携わっていた開拓民にとっても、今日は特別な日になるようだ。

 もちろん開拓団長で村長なユージにとっても。

 

次話、明日18時投稿予定です!

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