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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第二十章 代官(予定)ユージ、文官として働きはじめる』
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第二十三話 ユージ、ハルの宴会芸を目撃してみんなで盛り上がる


「よし、じゃあここでボクがとっておきを見せてあげよう! 子供にウケがいいヤツを!」


「ハルさん? 何する気ですか?」


 マレカージュ湿原の奥、ユージたちが案内されたリザードマンの里。

 夕方から開かれた歓迎の宴は、陽が落ちたいまもなお盛り上がっている。

 かがり火がリザードマンの鱗を(なまめ)かしく照らしながら。


「はい、この辺を空けてね! アリスちゃん、ちょっといいかな?」


 1級冒険者でエルフのハルが立ち上がって、車座になったユージたちとリザードマンたちの中心へ。

 身振り手振りで伝わったのだろう。

 酒が入った陶器の壷を持ってリザードマンが広がり、ハルの前に空間を作っていく。


「アリスちゃん、コレぐらいの炎を手のひらの上に出してくれる? ただの炎でいいから!」


「はーい! えっと、こんな感じかな?」


 ハルにお願いされて、ポンッと炎を出すアリス。

 百体を超すリザードマンがどよめく。


《ちっちゃいニンゲンは火魔法を使えるのか! 私は風魔法が使えるんだぞーっ!》


《私は水魔法だからねえ。ほうほう、これが火魔法》


 アリスの横ではしゃいでいるのは、ただ一匹だけエメラルドグリーンの鱗を持った子供のリザードマン。

 並んだおばば様とともに、この集落で魔法が使える二体のリザードマンである。


 ハルが何かしようとしてるのを見て取って、ユージがかたわらに立てておいた大盾をハルに向ける。

 今回の旅にあたって、ユージが鍛冶師に改良させた大盾である。

 改良点は二つ。

 一つは、盾の一部にガラスをはめ込むこと。サイズは幅15センチ、高さ15センチほどで、まるで覗き窓(スリット)のように。

 だが、使い道は覗き窓ではない。というかここから覗いた場合、ガラスが割られたら大惨事である。ユージの家に強化ガラスはない。

 大盾の改良点はもう一つ。

 三脚をつけたカメラを、背後に取り付けられるように改造されていた。

 ガラスの覗き窓と合わせて、戦闘になってもユージが盾を構えれば無理なく撮影できる。

 戦闘以外でも、三脚を使って盾もカメラも自立させられる。

 ユージの手が塞がっていても撮影できるように。

 とうぜん掲示板住人のアイデアである。

 ユージがあまりに撮り逃すので。


「ハルさん、それでどうするんですか?」


「ふふ、ユージさん、こうするのさ」


 すぐ横にかがんで、アリスの手のひらに乗った炎に近づくハル。

 背を反らして大きく息を吸い込む。

 ユージ、アリス、アリスの兄のシャルル、リザードマンの大人も子供も。

 目を輝かせてハルを見つめている。


「フーッ!」


 反った姿勢から体を戻し、前屈みに。

 アリスの手の上の魔法の炎に、ハルが息を引きかけると。


 ブオオオオオッと、前方に炎が広がった。

 まるで火炎放射器のように。

 息を吐いたように見せかけてるが、ハルは口に近づけた手から風魔法を使っていた。


「うおおおお! ハルさんすげえ!」


「ははは、これは! まるで話に聞くドラゴンのブレスのようですね!」


「うわあ、うわあ! ハルさんすごーい! アリスの炎がおっきくなった!」


「むう、火魔法と風魔法の合わせ技か……ふふん、儂なら一人で余裕じゃがな」


「お祖父さま……あの、張り合わなくていいと思うんです。お祖父さまは充分すごいですから」


《……知らなかった! エルフってブレスを吐くのかーっ!》


 きゃっきゃとはしゃぐユージたち、びったんびったんと地面に尻尾を打ちつけるリザードマン。

 宴会会場は大盛り上がりである。


「よし! 言葉が通じなくても、やっぱり見た目が派手なヤツは盛り上がるね!」


「ハルさん、そこまで考えてたんだ……」


 ハルのまわりには、小さなリザードマンが集まっていた。

 火吹き芸は子供に大ウケだったようだ。


《エルフ、エルフでしょ? なんでブレスを吐けるの?》

《ねえねえ、いまのボクに教えて!》

《ブレス袋があるとしたら……ノドのあたり。ちょっと見せてほしい。痛くしないから。ちょっと、ちょっとだけだから》

《エルフッ! アタシにいまの魔法を教えてくれーっ!》


「ユージさん! 通訳してもらってもいいかな?」


「はい、ハルさん!」


「ようし、では儂の魔法も見せて進ぜよう。万物に宿りし魔素よ。我が命を聞き顕現せよ。魔素よ、炎となりて想いを象れ。火の鳥(ファイア・バード)


「あ、ちょっと、バスチアン様!」


 ユージ、通訳として忙しい時間が続くようだ。

 ハルの火吹き芸をきっかけに、宴の中心は魔法大会となっていた。

 なにしろバスチアンが、孫にいいところを見せようと張り切ったので。

 それと。


「シャルル兄、すっかり仲良しだね!」


「は、はは、そうだねアリス。ボクは火を出してるだけだけど……」


「そうそう、うまいうまい!」


《あははははーっ! 食らえ、アタシのブレスーっ!》


《おおおおお! 我らリザードマンがブレスをッ!》


《はは、これではドラゴンだな!》


 鮮やかな色の鱗を持った子供のリザードマンがハルに風魔法を教わって、ノリノリで火を吹いていたので。

 リザードマンにとって、ドラゴンのブレスは憧れであったようだ。

 もしユージが『可燃性の液体なら、魔法を使えなくても火を吹ける』と教えたら、大変なことになっていただろう。

 ついでに。


「ちょ、コタローまで! そっか、お前も風魔法使えたんだっけ」


「うわあ! コタローもブレスだあ! ほら、アリス、アリスもブレス! ふうーっ!」


《犬が……我らが使えない魔法を犬が……》

《待て、犬とは限らぬ。実は犬人族なのではないか?》

《あんなに小さなニンゲンまでブレスを……》


 小さなリザードマンに触発されたのか、コタローとアリスもブレスごっこを楽しんでいた。

 忘れがちだがこの犬、風魔法の使い手なのだ。ハルが教えるのを聞いて、コタローもこの風魔法を覚えたのだろう。

 シャルルに炎を出させて、コタローはガウガウッ! とブレスごっこに興じるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 夜も更けて歓迎の宴が終わり、ユージたちはテントの中にいた。

 こちらへどうぞと案内された場所が、掘った地面と灌木を組んで作った寝ぐらで、しかもじゃっかん湿っていたので。

 寝られなくはないが、人間にとって快適ではない空間である。

 野営の道具を持ってきてますからと辞退して、ユージたちは野外に二つのテントを張ったのだった。


「そういえばケビンさん、ハルさん、もらう物って何にしましょうか?」


「うーん、どうかなあ。ほら、いっつもボクはもらってこなかったから! 今回もそれでいいんじゃない?」


「え? 宴の時、やっと言葉が通じる! 施されるばかりで我らの戦士の誇りが傷付いていたのだって言ってましたよ? さすがにマズいんじゃ」


「ふふ、ユージさんもその辺りがわかるようになったんですね。ええ、今回はもらったほうがいいと思いますよ。里まで来て何ももらわないというのは、『あなたたちが持つ物は価値がありません』と言っているようなものですからね」


「うむ。それを伝えるためにあえてもらわないこともあるがな」


「はあ、貴族はコワイんですねえ……」


 一つのテントではアリスとシャルル、コタローが眠っている。後ほどユージがそのテントで眠る予定であった。

 いまはもう一つのテントに大人たちが集まって、何をもらうか相談していた。

 そもそもユージたちが里に招待されたのは、湿原のモンスターの素材を貰ったお礼と、スライム討伐の報酬を渡すため。

 リーダー格のリザードマンは「ニンゲンが欲しがる物がわからないから」とユージたちを里に招待して、直接見てもらうことにしたのだ。

 ユージでさえ、これで何もいらないと言ったら失礼なことぐらいはわかったようだ。


「装飾品はどうですか? 色使いとか形とか変わってましたよね?」


「そうですね、それが第一候補でしょう。彼らにとっては価値があるようですから納得するでしょうしね」


「ケビンさん? その言い方だと、実はあんまり価値がないように聞こえますけど……」


「ユージ殿。たしかに珍しくはあるのだが、モンスターの素材から作ったものじゃ。それほどの値はつかぬじゃろう」


「うーん……あ、じゃあ食べ物とかお酒はどうですか? お酒はスッキリしてて美味しかったですよね?」


「そうですね、第二候補が彼らが作る保存食。お酒は……迷います。人の街にはない珍しいお酒でした。高値で売れるのは間違いないのですし、余剰分もあるようですが……」


「え? じゃあお酒でいいんじゃないですか?」


「ユージさん、作り方を聞きましたか?」


「いえ、聞いてません」


「私、身振り手振りで聞いてみたんですよ。お酒を指さして。四苦八苦しましたけどなんとか通じたようです」


「あ、ケビンさんそんなことしてたんですね。それで?」


「原料は問題ありません。芋によく似た食物で、湿地で採れるもののようです。これは元を見せてもらいましたし、料理にも使われていました。問題は作り方です」


「お酒の作り方……ふかしたり発酵させたりするんですよね?」


「ユージさん、よくご存じですね。だいたいのお酒はそうして作ります。ただ、彼らはずいぶん原始的な作り方で……いえ、人間にもそのような作り方をする酒はあるんですが、その、奉納酒でして……」


「……なんと。ううむ、それは……」


「あはは! まあ美味しければいいんじゃないの? ボクらも美味しく飲んでたしね!」


「あの俺、なんのことだかわからないんですけど……」


「ユージさん。彼らのお酒は、()()()()なんですよ」


「え?」


「原料となる芋を噛み砕いて咀嚼して、その、吐き出して、発酵させる。ざっくり言うとそんな作り方です」


「……マジかよ。で、でもほら、俺たちみたいに知らないで飲む分には……」


「ええ、ですから迷ってるんです。ケビン商会は誠実な商売を心がけてますからねえ」


 口かみ酒。それも、二足歩行するトカゲによる。

 ユージは気づかなかったが、やはり元の世界にいるトカゲとは違うのだろう。

 日本国外には毒を持つ種も存在するし、毒がない種でも人間に有害な菌を保菌しているケースもあるので。


 それにしてもユージ、リザードマンの口かみ酒を飲んだわけだが、それにはあまり抵抗がないらしい。

 たくましくなったものである。あるいは業が深いのか。

 いや、それはない。

 いかにユージが日本で育って10年間引きこもっていた元ニートであっても、そんな性的嗜好はないようだ。

 そもそもユージは巨乳好きなのだ。

 二足歩行するトカゲにおっぱいはない。ベースは爬虫類なので。

 リザードマンは、ユージのストライクゾーンにかすりもしなかったようだ。

 まあストライクだったところで、ユージは何もしないのだが。

 盗み見る程度がせいぜいである。


 ユージが異世界に来てから6年目の夏。

 ユージの春は遠い。



次話、明日18時投稿予定です!

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