第二話 ユージ、ケビンたちと一緒にプルミエの街に向かう
「ふふふ、ふふ、ふふふ」
「あの、ケビンさん?」
「ケビン、ちょっと気持ち悪いわよ?」
「ああすみませんユージさん、ジゼル」
ホウジョウ村開拓地、南側にある道への出入り口。
そこにはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべたケビンがいた。
めずらしくユージに突っ込まれる始末である。
「これだけの量ができるとは! いやあ、犬ぞりさまさまです!」
ケビンの目線の先にあるのは、ぎっしりと木箱が載せられた2台の荷車。
木箱の中には冬の間にホウジョウ村開拓地で造られた缶詰と衣料品が入っている。
「ユージさんもアリスちゃんも、コタローさんもオオカミたちも。ありがとうございます! ご褒美をもっと持ってくるべきでしたね」
ケビンの言葉に、ガフガフと口を動かしていたコタローの目がキラリと光る。
先ほどケビンからコタローとオオカミたちに冬の労働のボーナスとして干し肉が渡されていたが、まだもらえるのね、と期待しているようだ。安い女である。
「コタローたちもみんなもがんばってくれましたから!」
「ふふ、そのようですね。ふむ、食べ物より寝床を整備したほうがいいか? 今後、冬も期待できるとなれば……」
ケビンはブツブツ呟きながら考え込んでいる。
本来は雪が積もるとホウジョウ村開拓地とプルミエの街の間の流通は完全にストップする。
だがこの前の冬は、犬ぞりで多少の荷をやり取りできたのだ。
来年以降の冬も継続的にやってもらうなら環境を整えようか、と考えているのだろう。
オオカミの家畜化である。
ボスのコタローは元々家畜である。
「ほれケビン、考えるのは後にしろ。出発するぞ!」
「ユージさん、アリスちゃん。ケビンにゲガスにみんなも! ボクはここでお別れだから!」
「そっか、ハルさんは街まで行かないんですね」
「うん、こっちに来てないことになってるからね! ボクは水路に出て、そこから船で王都に帰るよ!」
「そうですか……ちょっとさみしくなりますね」
「あはは、ありがと! でもユージさん、夏ぐらいにはまた遊びに来るから!」
「遊びに? ハル、頼まれ事をされてただろうが……」
「わかってるよゲガス! ユージさん、ちゃんと連れてくるから期待して待っててね! アリスちゃんも!」
「うん! アリス、楽しみに待ってるから!」
「湿っぽいのはキライだし、この辺で! じゃあねみんな!」
ひらひらと手を振って歩き出すハル。
王都を拠点にしているエルフの1級冒険者・ハルは、開拓地の西の水路から川をたどって王都へ帰る。
次にホウジョウ村開拓地へ来るのは、夏頃の予定。
その時には、ユージが元いた世界とこの世界の繫がりを調べている研究者と、可能ならアリスの兄・シャルルを連れてくる約束となっていた。
アリスは兄との再会を期待して、祈りを込めてブンブンと大きく手を振っているようだ。
ユージは単にサヨナラの挨拶である。
「ユージさん、私たちも行きましょうか。まずはいつも通り、宿場予定地で一泊です」
「あ、はい」
「マルクくん、今回は護衛見習いじゃなくていいわよ! その代わり、お父さんとたくさん話をしてね!」
「あの、ジゼルさん、ボクはもうすぐ大人で、その」
「そう言うな、親はいつまで経っても自分の子供が心配なんだ!」
「お義父さんはちょっと心配しすぎですけどね」
「余計なこと言うなケビン!」
「もう、おじちゃんたち! 行くよー」
ケビンとその妻のジゼルはホウジョウ村開拓地で造った商品を積んで、商会で売りさばくためにプルミエの街へ。
ユージは領主か領主夫人、代官のうちの誰かに文官となることを挨拶して、今後の予定を決めるために街へ。
アリスとコタローはユージの付き添いである。どちらが保護者かわかったものではない。いつものことである。
さらに今回は、犬人族のマルセルとマルクの姿もあった。
マルクは引き続き、強くなる・見聞を広げるために街での生活を。
マルセルはついに自分を買い戻すお金が貯まり、主のユージとともに手続きに。
馬が引く2台の荷車とともに、一行はホウジョウ村開拓地を出発するのだった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「土さん、平らになってー!」
雪が融けた春の森にアリスの声が響く。
ぺたりと地面に手をつくと、窪んでいた地面が周囲と同じ高さまでぐいっと持ち上がる。
エルフから魔法を教わっても、アリスのお願いだか詠唱だかよくわからない掛け声はそのままのようだ。
あるいはエルフに教わった魔法ではないのかもしれない。
「いやあ、助かりますよアリスちゃん!」
「けっこう道が傷んでますねえ」
「雪解けの時期はどこもこんなものです。行きはほぼ空荷だったから問題なかったんですが……」
ホウジョウ村開拓地からプルミエの街へと続く道。
7人の男たちや冒険者が中心となって造られた道は、森の中を走っている。
路面はむきだしの土のまま。
木箱を満載した荷車は、雪解け水でぬかるんだ路面に深い轍をつけていた。
雪が解けて長い冬を終えた春、路面の状態は良くないようだ。
「そういえば王都までの道も、プルミエの街も土のまんまですもんね。こう、石畳とか難しいんですか?」
「ユージさん、王都の貴族街を覚えていますか? あのあたりは石畳になっています。馬車は走りやすいのですが、費用がかかりますからね」
「うーん、お金かあ。なんか簡単な方法で舗装できないかな……」
「ありがとうアリスちゃん! 助かるわ!」
ケビンの妻・ジゼルに褒められて、へへーっと嬉しそうに笑うアリス。
ユージの独り言は全員無視だった。
いつものことである。
「そういえばみんなが何か言ってたような……決まった道を行き来する馬車。鉄道馬車!」
「ユージさん、どうしました? 何か思いつきましたか?」
「ケビンさん! 鉄道馬車ですよ鉄道馬車! 金属のレールを敷いて、その上を走る!」
「金属。それならこうしたぬかるみを通ることはなくなりますが……ユージさん、窪地なんかはどうするんです? それと、馬車の重さで地面にめり込んでいきませんか?」
「えっと、それは枕木で、こう、金属のレールの下に木材を敷いてなんとかするんです! 道の全部を舗装するよりは大変じゃないと思うんですよ」
「はあ、木材と金属」
「村に戻ったら木工職人のトマスさんと鍛冶師さんたちに相談してみますね! そうだ、門が使える!」
ユージ、一人で盛り上がっている。
いまいち通じていないケビンは置いてきぼりである。というか同行しているアリスもジゼルもゲガスもマルセルもマルクも。
いつものことである。
「門……ああ、例の。エルフのみなさんもわからなかったという謎の現象」
「ええ、そうです! 門を使ってレールを作ってもらって、それでホウジョウ村から街までレールを敷けば」
「ユージさん、直るまでに一晩かかると言ってませんでしたか? 逆に言えば、一日に一度、門の長さの分しか増えないような」
「あ。えっと、門が格子状のガラガラ開くヤツだから4メートルか5メートルぐらいで、それで街までは二日かかるから距離は……あれ? 全然足りない?」
「どうでしょう、私はまだユージさんがどんなものを思いついたか正確にはわかりませんから。街に着いたら一緒に検討してみましょう」
「あ、はい、よろしくお願いします!」
「どんな方法でも、安定して道を進めればいいんですけどねえ。これからは頻繁に往復することになりますし」
「そうよケビン! 缶詰も服もさっさと売って、また開拓村で作ってもらわなくちゃ! 移住希望の人たちも集めないと!」
「ええ。雪がなくなれば素材はいくらでも持ち込める。信頼できる工員を集められたら、缶詰のほうは輸送が弱点になるでしょうからね」
「開拓村だと行き来が大変だけど、街で造るには秘密を守りづらい。うーん、痛し痒しね!」
「そこで鉄道馬車ですよ!」
「ユージさん、あとで詳しく聞かせてください」
そもそもホウジョウ村開拓地に缶詰の生産工場を造ったのは製法を秘密にするため。
わざわざケビンが領主夫妻と交渉して高級缶詰を造ったのも、貴族の庇護を受けて秘密を守るためである。
輸送がネックになることはわかっていたが、それでも製法が盗まれるよりはいい。
特許という概念がないこの世界で、ケビンはそう考えて缶詰工場を開拓村に造ったのだ。
ユージが思いついた『鉄道馬車』が実現すれば、輸送は問題なくなるだろう。
まあ『無限増殖する門を使う』というユージの思惑は、まだよくわかっていないケビンにすら無理じゃね? と突っ込まれていたが。
ともあれ。
缶詰工場は試運転を終えて生産が始まった。
冬の間の生産量はケビンの想像以上であったらしい。
今年はまた新たな開拓民を迎えることになるだろう。
ホウジョウ村開拓地は、さらなる発展の時を迎えそうだ。
村長ユージ、さすがの手腕である。村長のおかげである。きっと。