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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 14

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閑話17-12 宿場予定地、宿場ができる前からおかしな来客だらけになる

副題の「17-12」は、この閑話が第十七章 十二話終了ごろという意味です。

ご注意ください。

「ゲガスさん、みなさん、じゃあまた!」


「またねー」


「おう、気をつけてな! イアニス、道中きっちり守ってやれよ!」


 プルミエの街からホウジョウ村開拓地を結ぶ道の途上、宿場予定地。

 いまは木が伐り拓かれた広場があるだけの場所で。

 ゲガスと7人の男たちは、開拓地へ向かうユージとアリス、ケビン商会の専属護衛を見送っていた。


「ゲガスさん、ホントに良かったんですか?」


「ああ? 言ったろ、俺もここのほうがちょうどいいんだよ!」


「は、はあ……」


「うし、じゃあさっそく働くか! おう、まずは周辺を案内してくれや」


 宿場予定地から大人の足で、一日歩けばプルミエの街にも開拓地にも行ける。

 それは、ゲガスが荷物を持たずに本気で走れば2時間弱の距離であった。

 娘夫婦が住むプルミエの街にも、娘夫婦の商会の生産拠点がある開拓地にも、何かあればすぐに駆けつけられる。

 ゲガス、親バカであるようだ。


 ともあれ。

 プルミエの街の冒険者ギルドでユージに絡んだ木こりと猿、そして犯罪奴隷の5人は、ゲガス商会の元会頭『血塗れゲガス』を迎えるのだった。

 見た目はアレだが、盗賊団が結成されたわけではない。更生中の男たちである。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おう、まず柵を造るぞ。雑魚モンスターと獣が近づけねえだけでも安心できるからよ。特にお客人はな」


「はあ、そういうもんですか……よし、やるぞお前ら!」

「うっす!」


「あー、それから猿は見まわりな。道の周辺、裏道。モンスターもだが人に気をつけろよ」


「了解っすゲガスさん。開拓地、そんな危ないんすねえ……あの戦力なら狙われても余裕でしょうけど」


「ああ、こりゃ訓練みたいなもんだ。気を抜くなよ。開拓地はともかく、お前らの安全は猿にかかってるんだ。頼むぞ猿」


「俺に……へへ。じゃあ行ってきます!」


 ゲガスの指示を受けて作業に散る7人の男たち。

 さすが元会頭、指示出しは慣れているようだ。

 それにしても、自分の安全は見まわりの猿にかかっていない。

 『血塗れゲガス』なので。


 簡素なものでも、まずは宿場予定地を囲う柵を造る。

 その後は馬を休めるための馬屋を。

 7人の男たちはもとより、この道を通る者も野営用のテントは持っている。それにこの道は長旅でもなく、野営してもせいぜい2泊。

 人間用の宿より馬を優先させることにしたようだ。

 なにしろこれから先、この道はケビン商会の馬が荷車をひいて何度も往復する予定だったので。


 宿場予定地に移住したゲガス。

 時に開拓地に出かけてアリスとユージに剣の稽古をつけて帰ってくる。

 時に街に出かけて必要な物資を揃え、愛娘の様子をチェックして帰ってくる。

 7人の男たちを従えつつ、ゲガスは快適な生活を送っていた。

 会頭、そしてエルフと人を繋ぐお役目という枷を投げ捨てたゲガスは、自由を満喫しているようだ。



「お義父さん、本当にここに住んでるんですね」


「言ったろケビン? ほれ、掘っ建て小屋だが馬屋ができてるからよ。馬はそっちに連れていってやれ」


「さっすがパパ! 仕事が早い!」


「ん? ああ、まあな。だがコイツらががんばったからだ。なあおまえら?」


「うっす! ありがとうございます!」


「それにまだ人用の宿はできてねえからな。鍛冶師のみなさんにはすまねえんだが」


「俺も弟子もそんなヤワなカラダはしてねえ」


 ゲガスが移住して開拓がすすむ宿場予定地。

 ユージやアリスといった開拓地組、ケビンやジゼルなどケビン商会関係者以外の最初の客は、開拓地に向かう鍛冶師たちだった。

 まあ鍛冶師たちのうち二人は移住者なのだが。


「それと、ドワーフのお二人にゃすまねえんだが……酒は勘弁してくれねえか。コイツら、まだ自信ないらしくてなあ」


「うん? 酒を飲んで暴れたところで俺たちゃ気にしねえが?」


「そう言ってくれるのはありがてえが、気持ちの問題だな。せっかくここまできてんだ、真っ当にしてやりてえんだよ」


 この世界のドワーフは酒飲みである。

 開拓地に向かう鍛冶師のうち、親方とその妻はドワーフ。

 ゲガスの懸念通り、二人は荷物の中に酒を持ち込んでいたようだ。

 仕方あるまい。

 鍛冶場は暑く、水分補給のための酒は必須なので。ドワーフにとってビールはただの水なのだ。ドイツ人か。


「ああケビン、出発の時に俺も出るわ。ユージさんに知らせてきてやるよ」


「お義父さん?」


「ありがとうパパ!」


 受け入れ態勢を整えるための先触れ。

 ゲガスが立候補したのは、ユージと開拓民たちのことを思ってだろう。

 決して娘からの『ありがとうパパ!』を聞きたかったわけではあるまい。決して。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 夏、宿場予定地は順調に伐り拓かれていた。

 労働力としての6人の男たち、索敵要員の猿、指揮をとるゲガス。

 男たちの働きっぷりもさることながら、開拓地ではじめようとしている缶詰生産工場の試運転のため、荷車が往復する環境になったことが大きい。

 必要な物資の入手がたやすくなり、「いつも世話になってるから」と鍛冶師が釘や農具・工具を融通してくれるようになったのだ。

 ゲガスはポケットマネーを使って原価に毛が生えた程度の格安で金属製品を入手していた。

 タダでもらわなかったのは、元商人としての矜持だろう。


 ゲガスと7人の男たちが額に汗して開拓に汗を流した夏がすぎて、秋。


 宿場予定地から開拓地方面に行った森の中で、オオカミたちが何度も遠吠えしていた。

 索敵を担当する猿が向かったものの、オオカミがいるだけで異常は見当たらない。

 7人はコタロー配下のオオカミの存在を知っているため、猿、というか猿人族の男もオオカミを敵だとは認識しなかったようだ。

 猿から状況を聞いたゲガスが、首を傾げながら単身でオオカミたちに近づいていく。

 と、オオカミの遠吠えがピタリと止む。


「ん? 俺を呼び出したかったのか? ああ、そうか。『ハルか? それともハルと同じ魔法か?』」


 オオカミだけではなく誰かいる。

 ゲガスが気づいたのは、元1級冒険者のギルドマスター・サロモンや騎士でもある領主と渡り合えるほどの戦闘力と観察眼。

 そして、ハルに何度かその魔法を見せてもらったからであるようだ。

 何もない空間に声をかけるゲガス。


 ()()()()()()()()()()()()姿()()()()()


『さすがじゃのうゲガス』


『うむ、ハルに信頼されてお役目を務めていただけある』


『テッサが考えたこの魔法、難しい割にあんまり役に立たないのよねえ。リーゼには丸見えだったし』


『魔眼持ちと一緒にするでないわ。風魔法を主にした風と水の混合魔法。ムダに難しくて、使い手は儂とハルとあと数人じゃぞ? 普通のニンゲンには効果的なはずじゃ。そうじゃろゲガス?』


『まあな、様子を見に来た猿は見つけられなかったみてえだし。ただまあ、見る人が見りゃ違和感はある。本気で隠れるつもりなら、ハルみたいにその魔法と併用して別の場所に物音でも立てたほうがいいだろうな』


『ほう、ハルはそんなことをしておるのか』


『あの男、けっこう細かいのじゃな』


『そりゃまあ『()()()』のハルだからな。その魔法と離れた場所の物音、反応したら弓矢でズドンで終わり。それで、ぞろぞろとどうしたんです?』


 現役の1級冒険者、『不可視』の二つ名を持つエルフのハル。いないところであっさりネタバラしされていた。

 まあ同郷のエルフたち相手なのだ。問題はないだろう、たぶん。


『ほら、開拓地に水路を引き終わったのよ! あとは川までの排水路なんだけど……宿場予定地があるっていうじゃない? せっかくだから、こっちまで引いてこようかと思って!』


『ああ、そりゃありがてえ。ただ排水か? 飲用にはちとキツイか』


『案ずるなゲガス。ついでじゃ、井戸の一つや二つ掘ってやるでな。その代わり……』


『その代わり?』


『ゲガス。この道以外で、街のほうから開拓地へ行けそうな場所を教えてちょうだい』


『稀人の保護のために抜け道を潰しておこうと思ってな。場所次第じゃが川を通してもいいし、崖でも造ってやろうかのう』


『ゲガスがいるなら一つぐらい残しておいてもよいのではないか? 誘い道じゃな』


『この道以外に、隠れて通れる細道。いざ行こうとすると鬼が出るのね』


『気づかねえ道を辿られるよりはいいかもな。ありがてえ。とりあえず周辺を案内すりゃいいのか?』


『ええ、お願いよゲガス』


『あー、それから井戸もうれしいんだが……アイツらに見つからねえよう夜中でいいか?』


『ふむ、夜中にこっそりか。そういうのはイザベルが得意じゃったのう?』


『そうじゃそうじゃ。里がいまの場所になる前は、何度里を抜けられたか』


『もう! 子供の頃の話じゃない!』


 男も女も、エルフは見目麗しい。

 ユージに絡んだ木こりと猿は別としても、残りの5人は罪を犯した者である。

 酒もさることながら、森の中である種の禁欲生活を続ける彼らの前にエルフは毒かもしれない。

 ゲガスなりに気を遣ったようだ。



 こうして。

 7人の男が知らぬ間に宿場予定地には井戸ができ、ユージが知らぬ間にホウジョウ村開拓地の防衛はより強固になるのだった。

 朝起きると井戸がある。

 7人の男たちは、もはや崇拝の眼差しでゲガスを見つめるのだった。

 いちおう「こっそりエルフに来てもらってよ」とゲガスは説明したのだが。

 姿も見えなかったエルフより、男たちはゲガスに尊敬と感謝の気持ちを抱いたようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ユージとアリスといった開拓民やケビン商会、鍛冶師たち。あとコタローと配下のオオカミたち。

 宿場予定地は、すでにそれなりに利用されていた。

 7人の男たちは気づかなかったが、エルフという珍客もあった。

 そして、秋も深まってきたこの日。

 宿場町は、ありえない客を迎えるのだった。


「ゲ、ゲガスさん、どうしましょう? 俺たちよそに行ってたほうがよくないですかね?」


「ああ? 気にするこたねえよ。普通に過ごしてりゃ気にするような人じゃねえ」


「そ、そんなこと言われても……」

「そうっすよおやっさん。なんか粗相があったら俺たち犯罪奴隷の首なんて……」


「まあ気持ちはわかるがよ。犯罪奴隷なら、むしろこの場にいなきゃいけねえんじゃねえか? 木こりと猿はともかく、おめえらは役務なんだろ?」


「そうか、そうだ……」

「マ、マジかよ」


「おーい! 馬が見えたぞー!」


 来客を迎える前からざわつく男たち。

 そこへ、樹上から道を見張っていた猿人族の男の声が響く。


「ほれ、なんにしたってもう遅えよ。腹くくれ」


「……うっす! やるぞお前ら!」

「うっす!」


 ゲガスの言葉に、男たちもついに覚悟を決めたようだ。

 今日、ゲガスはプルミエの街に行った際、門衛に告げられて引き返してきた。

 街に入らずに。

 顔見知りになった門衛から、ゲガスは言われたのだ。

 これから領主様と代官様が開拓地に向けて出発されるぞ、と。

 今日はそっちで過ごしといたほうがいいんじゃないか、と。

 機密漏洩である。

 ついうっかりのほか、善意から漏れるものである。言ってはいけないことを堪えるのは、わかっていても大変なものなのだ。いやマジで。


 馴染みの門衛のアドバイスを聞いたゲガスはすぐに宿場予定地へ取って返していた。走って。

 騎乗した領主より先にたどり着けたらしい。

 人外の脚力である。


 そして。


「はははっ、ほんとにゲガスがおる!」


「ファビアン様、落ち着いてください」


「おひさしぶりです、ファビアン様」


「ええいゲガス、固いわ! ここにはうるさい貴族もいないのだ! 代官は儂の部下! 無視してよいぞ!」


「……ほう? ではオルガ様に……」


「あ、すまぬ。ほどほどにするからの? 旧友との仲を温めるだけでの?」


「はあ、あいかわらずだな」


 二人で森に入る。

 その危険性を考えて、騎乗した領主は金属鎧をまとったフル装備であるようだ。

 代官はただの旅装だが。


「お、おい、ゲガスさん領主様と普通に会話してるぞ」

「マジかよスゴすぎんだろ俺らの大将」

「おい、跪いとけ。目を合わせんな」


 領主と代官。

 まだできたばかりの開拓地、その途上にある宿場にもなっていないただの広場。

 ゲガスと7人の男たちがいるその場所に。

 領地のトップと、プルミエの街のトップの登場である。

 男たちは跪いて震えていた。

 普通に、というか親しげに対応するゲガスへの崇拝の念を強くして。


「うむうむ、はじめたばかりというのに順調ではないか。この分では次の春には宿も建っておるかのう」


「はは、さすがにそりゃ気がはええよ。木材も乾燥してねえからな」


「うむ? そうは言っても一軒ぐらい先行して建ててもよいのではないか?」


「ではそのように。木材と職人を手配します」


「おお、そりゃありがてえ。俺も建築は素人だからなあ」


「本職は盗賊狩りか。騎士の詰め所に首ばかり持ってきおってからに」


「はは、最近じゃもうやってねえよ。開拓地を襲うヤツらがいりゃ()る気なんだがなあ」


 物騒な会話である。

 辺境の領主は、王都で騎士としての務めを果たしている。

 どうやらゲガスと領主が知り合ったのは、盗賊の討伐絡みであるらしい。

 さすが天秤に乗せたドクロと財貨の旗印、『お前の首が金になる』を掲げるゲガス商会の元会頭である。


 盛り上がるゲガスと領主、実務をまわそうとする代官。

 そんな三人から離れた場所で、7人の男たちは固まって小さくなっていた。ガタイのでかい小心者である。いや違う。封建制の世界で、目の前に領地のトップがいるのだ。これが普通の反応である。

 ゲガスがおかしいのだ。

 あと開拓地で普通に接するユージ。

 まあユージは畏まった対応ができないだけなのだが。


「明日は開拓地に向かう。ゲガス、その前にどうだ?」


「おう、ひさしぶりにやるか」


 持っていた木のカップを置いて、ゴツンと拳をぶつける二人。

 横で見ていた代官は静かに首を振っている。


「お、おいマジかよゲガスさん」

「知り合いどころじゃねえぞアレ」

「俺、ゲガスさんに一生ついてくわ」

「おいずりいぞ木こり! 俺だって!」

「ちょっ、二人とも。俺たちだってついてきますよ」

「働こう。明日からもちゃんと働こう」


 拳をぶつける二人を見て、7人の男たちはひそひそ声で大騒ぎだった。


 そして翌朝。

 徒手空拳で模擬戦をする二人を見て、7人の男はさらに大騒ぎだった。

 騎士でもある領主と、『血塗れゲガス』。

 8級冒険者の木こりと猿人族の男にとって、犯罪奴隷の5人にとって。

 二人の模擬戦は、理解不能な人外の領域だったので。



 プルミエの街とホウジョウ村開拓地を結ぶ宿場予定地。

 冬を前に、宿場予定地にはすでに木の柵と馬屋、排水用の小川と井戸ができている。

 珍客を迎えながら、この地も順調に発展していくのだった。

 ゲガスを(かしら)とした木こりと猿と5人の犯罪奴隷。

 7人の男たちは、真っ当な人間として成長をはじめながら。

 ちなみに海賊顔のゲガスも含め、見た目は盗賊団のままである。

 ずっと森の中で暮らしているので。



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