第二十二話 ユージ、ホウジョウ村開拓地で領主と話をする
「おはよーアリス」
「ユージ兄、おはよ! あのね、アリスが起きたらコレが置いてあったの! ユージ兄が作ってくれたんだよね?」
「ちょっと下手だけどね……誕生日おめでとうアリス!」
「ありがとうユージ兄!」
ホウジョウ村開拓地、収穫祭を終えた翌朝。
自室からリビングに下りてきたユージを待っていたのは、満面の笑みを浮かべて朝からハイテンションのアリスだった。
アリスはリビングのテーブルに置いてあったぬいぐるみを抱えている。
ネットで型紙を探して使えそうな布を探し出し、ユージが夜なべして縫いあげた手製のぬいぐるみである。
ちなみに、使われた布の大半はユージの両親の部屋にあった絨毯である。
「えへへ、コタローだあ。そっくりだね!」
ユージがアリスにプレゼントしたのは、お手製のコタローぬいぐるみだった。
だが。
アリスの笑顔とは裏腹に、コタローはユージの手をカプカプと甘噛みしていた。
ちょっと、わたしはあんなにぶさいくじゃないわよ、とでも言いたいようだ。裁縫初心者によるぬいぐるみの仕上がりに満足できなかったらしい。ワガママな犬である。オンナなので。
「いてっ、いたいって、すまんコタロー、俺にはあれが精一杯だったんだって」
コタローとじゃれあうユージ。
しょうがないわね、とばかりにそっぽを向くコタロー。
「ありがとうユージ兄! アリス、コタローもユージ兄も大好き!」
告白である。
まあ10才になった少女なのだ、告白ではなく家族愛的なアレだろう。
なにしろ34才のおっさんと犬が並列なので。
収穫祭の翌朝。
アリス10才の日は、こうしてはじまるのだった。
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「ユージ殿、よい湯であった! いつでも湯につかれるとはなんと素晴らしいことか!」
「あ、ありがとうございます領主様」
家を出たユージは、さっそくケビンとゲガス、副村長のブレーズと合流して男性用の共同住宅に向かう。
昨日から共同住宅には辺境の領主とプルミエの街の代官兼開拓地の徴税官が泊まっている。
予定外の来訪であり、収穫祭を優先させていいという言葉もあったため、昨日は特に会談も視察もしなかった。
今日、ユージたちはあらためて領主と代官と話をするようだ。
「それは何よりです。この地を訪れた際は、私も必ず利用するんですよ。ゲガスも気に入ってるようですね」
「ああ、露天風呂か。あれはいいもんだ」
緊張しているユージとブレーズ、畏まったケビンとは違い、ゲガスはいつもと変わらぬ態度であった。
なにしろ領主とは『拳を交わし合う』ほどの仲らしいので。
「それで領主様、昨日、開拓地をこの目で見たいということと、褒美を持ってきたとおっしゃっていましたが」
「うむ。さて、どうするか……レイモン、ちと外せ。ああいや、誰ぞに開拓地を案内してもらえ」
「かしこまりました」
「あまり聞かれたくない話か? だったら俺とブレーズが案内しよう」
「ゲガスは……ユージ殿の事情を知っておるのだろう? であれば残ってほしい」
「ユージさん、じゃあ俺は外すぜ。レイモン様、副村長のブレーズが開拓地を案内いたします」
「『深緑の風』のブレーズか。頼む」
そう言って共同住宅から出ていく代官のレイモン、副村長のブレーズ。
開拓団長 兼 村長のユージが口を挟むまでもなく事態が進行している。
いつものことである。
「さて。徴税用の視察はレイモンが行けば充分。まあ儂もあとで案内してほしいところだが、それはよい」
「は、はあ。その、もちろん案内しますので。いろいろ見所もありますし」
「うむ、ありがとうユージ殿。では本題に入るとするか。まずコレだ」
今日の領主は金属鎧を着ておらず、鎧下だけのラフな格好。
少し離れた場所に置かれた鎧、その横の木箱から布袋を取り出す。
じゃらりと音を立てた布袋には金銭が入っているのだろう。
「エルフとの交易、まあ交流だな、これを継続的に成せるようにした。その褒美なのだが……オルガとも話し合ってな、金銭で報いるのがよかろうと」
「ありがとうございます」
「領主様、お心遣いありがとうございます」
「うむ。ユージ殿が使う短槍や大楯、鎧や馬なども考えたのだが……ユージ殿は開拓団長。物品よりも金銭のほうが入り用であろう」
領主、どうやらユージのことを考えたセレクトであったようだ。まあ領主というより領主夫人のオルガの案のようだが。さすが豊かな丘の持ち主である。関係ない。
「さて、ここからが人払いしても話しておきたいと思ったことだ」
「はあ、なんでしょうか」
「薄々予想はついておりますが……」
「まあそういうことだろうな。今のままじゃなんとでもできるからなあ」
「ユージ殿の事情を知っているゲガス、ケビン殿はやはりそう思うか」
「えっと、その?」
何やら通じ合う三人のおっさんを前に戸惑うユージ。
ユージのコミュニケーション能力が低いせいではない。いやそれもあるだろうが。
ユージはしょせん元の世界で育ってきた人間で、この世界の事情や常識には疎いのだ。当然の反応である。
「ユージ殿。もしよければ儂の部下になってほしい」
「え? い、いや、その、俺、強くありませんよ? 騎士なんて……」
「ああ、そちらではない。ユージ殿にその気があるのならそれでもよいのだが」
「えっと、騎士ではなくて部下? その、代官様のような?」
「うむ、そう言えばよかったな。例えばこのホウジョウ村を治める代官、あるいは儂の下で働く文官。なに、難しく考えずともよい。なんなら仕事を限ったうえで、名目だけという状態でもよいのだ」
「……え? その、なんでですか?」
「領主様、背景ごと話されたほうがいいかと思います」
「そうであったな。ユージ殿。まず、儂とバスチアン侯爵はユージ殿が稀人であることを知っておる」
「あ、はい。アリスのお祖父ちゃんのバスチアン様は、領主夫妻が気づいてそうって聞いて手紙を出しておくって」
「うむ、ユージ殿が王都から戻って儂らと会う直前にその手紙は届いておるよ。アリス殿の事情の他に、ユージ殿の事情も書かれておった。初代国王の父・テッサ様以来の稀人であると」
「……はい」
「ユージ殿が稀人であることが知られれば、他の貴族がユージ殿と繫がりを持とうとしてもおかしくない。貴族に限らず、商人もか」
「ええ、そう思います。まあ私やゲガスも人のことは言えませんが」
「それが平民であればよい。儂とバスチアン侯爵が退けるからの。武力で来るような相手も問題ない。この開拓地の戦力は知っておるし、中継地点にはゲガスもおる。そもそもプルミエの街の北門を通る武装集団がおれば、儂かレイモンに連絡が入る」
「すでにそこまでしていただいていましたか」
「え? え?」
またも通じ合う領主とケビン、ゲガス。
ユージはいまだピンときていないようだ。
「問題は貴族じゃ。儂とバスチアン侯爵が後ろ盾であるゆえ、後ろ暗い方法は使いにくいだろう。だが、高待遇を提示した勧誘はあり得る。それに……ユージ殿、美しい女性はお嫌いか?」
「え? いやそんな、嫌うわけありませんけど。あ、でもできれば巨にゅ――」
「であろうな。となれば、女性をあてがう貴族が出てもおかしくはない」
ハニートラップである。
イチコロだろう。ユージが口にしかけた、巨乳な女性であれば特に。
「もちろんそれもユージ殿の選択ではあるのだ。だが、そういったわずらわしい勧誘や貴族による強引な手を避けるため……ユージ殿、儂の部下にならんか?」
「えっと……」
「ユージ殿はエルフとの交流の窓口となった。それを担当する唯一無二の部下ゆえ、勧誘はお断りする。いなくなれば種族間の問題になるのだぞ? そう言えば他の貴族を抑えられるだろう」
真剣な目でユージを見つめる領主。
ユージも言っている中身を理解できたのか、じっと考え込んでいる。
「いま考えておるのは、このホウジョウ村の担当、かつエルフとの交流を担当する文官という名目だな。であれば今のまま開拓地に住み、これまで通り生活しているだけでよい」
「その、他に何かすることが増えたりしないんですか?」
「儂からしたら文官としての仕事をしてくれればありがたい。このホウジョウ村開拓地は発展が見込めるゆえ……将来的には代官を務めてもらうのが理想だな!」
「だ、だいかん」
「なあに、それはまだまだ遠い未来の話だ! そこまでいかずとも、ユージ殿が儂の部下である、という名目があればいいのだ」
「は、はあ……その、領主様はなぜそこまで考えてくださるんですか?」
「うむ、一つはユージ殿がいることでこの辺境が開拓されるということ。ケビン殿と組んで新しい商品を創り、さらに税収にも貢献しそうだとも聞いておる。だがそもそも……」
姿勢を正し、領主はじっとユージを見つめる。
「初代国王の父・テッサ様と初代国王、そして最初の辺境の領主が交わした約定があるのだ。辺境の領主、そして国王様には今も変わらず伝わっている、な」
「初めて聞いたな。それはどんな内容なんだ?」
「ちょっとお義父さん!」
「よいよいケビン殿。儂はゲガスもケビン殿もユージ殿も、その人間性を信頼しておるのだ。約定は『稀人が辺境に在ることを望んだ場合、何人たりとも妨げてはならぬ』となっておる。ユージ殿はこの地にいることを望んでいるのだろう?」
「えっと、はい。いろいろ見てまわりたいですけど、基本はやっぱりここがいいです。俺の家はここにあるので……」
「うむ。ならばやはり、他の者からユージ殿の希望とユージ殿自身を守れるようにしておきたい。まあ無理にとは言わんし、いますぐ決める必要もない。早めのほうが動きやすくはあるのだが」
「……ちょっと考えさせてください」
「ユージさん、私でよければ相談に乗りますので」
「俺もな。ケビンよりも他所の事情は詳しいぞ?」
「ありがとうございますケビンさん、ゲガスさん」
「ユージ殿、儂は二日ばかりこの地と宿場予定地を見てまわろうと思っておる。それまでに結論が出なければ、街に報告に来てほしい」
「あ、はい、わかりました。いろいろありがとうございます」
「ではユージ殿、ゆっくり考えるように。質問があればいつでも声をかけるがよい」
そう言って領主は立ち上がる。
2m近い偉丈夫は、身を小さくしながら共同住宅への外へと出ていった。
遅れて領主を追いかけるゲガス。
開拓地には住んでいないものの、ゲガスは一通り開拓地のことを知っている。
どうやら旧知の領主のために案内役を務めるようだ。
残ったのはユージとケビン。
「エルフの里での話も考えると……おそらくテッサ様が政に利用されるのがイヤだったんでしょうね。これだけの功績を残しておきながら、自らは王座につかなかったようですし」
「……あ、それで。自分が望んでないから、辺境でのんびりするのを邪魔するなってことですかね?」
「ええ、おそらく最初はそうだったんでしょう。エルフたちの話を聞くに、ずいぶんのびのび暮らしていたようですから」
「そうですか……」
「ユージさん、私は受けた方がいいと思いますよ。仕事は増えるかもしれませんが……領主様は稀人のユージさんに気を遣ってくれてます。そんな貴族ばかりじゃないですから」
「はあ……ちょっと相談してみます。ケビンさん、聞きたいことができたらいろいろ教えてください」
誰に相談する、とは言わない。
言わずともケビンはすでに知っているのだ。
ユージはいまも連絡が取れることを。
収穫を終えたホウジョウ村開拓地。
エルフ護送隊長の任は終わったが、開拓団長にして村長で防衛団団長のユージは、さらに新たな役職に就かないか提案されたようだ。
出世、なのかもしれない。
成り上がり感はゼロである。解せぬ。