第十八話 ユージ、妹のサクラといろいろ情報交換する
前話から1ヶ月ほど時間が飛んでいます。
ご注意ください。
「ユージ兄、今日は涼しいね!」
「そうだなあアリス。もうそろそろ秋。今ごろ日本ではキャンプオフの準備かなー」
「ユージさん、エルフが来るのもそろそろなんじゃねえか? 収穫前の予定なんだろ?」
「あ、はい、ブレーズさん」
ユージがこの世界に来てから5年目。
暑さのピークを過ぎ、朝晩は少し肌寒いほど。
晩夏あるいは初秋。
早朝、ホウジョウ村開拓地を歩く三人と二匹の姿があった。
エルフの里から戻って以降、缶詰生産工場の建設を手伝っていた開拓団団長にしてホウジョウ村村長のユージ。
エルフの里でまた魔法を教わったらしく、切り株の処理に活躍しまくっている少女・アリス。
しょっちゅういなくなるユージに代わって開拓団を仕切る元3級冒険者で副村長のブレーズ。
三人の横を歩くコタローと、オオカミの群れの元ボス・日光狼。
三人と二匹は朝の散歩をしているようだ。
まあうち二人はこの開拓地の責任者である。
巡検のようなものだろう。
「それにしても……ついに完成しましたね!」
「ああ、けっこう苦労したけどな。この秋と冬で試運転して必要な人数を割り出して、春から本格的に動かすってケビンさんが言ってたぞ」
「そっか、こういう工場は初めてですもんね。容器は鍛冶師さんたちが来たからアレでしょうけど、料理はなにか言ってましたか?」
「ああ、とりあえず猫人族のニナとイヴォンヌちゃんの妹さんがやるってよ。雪が積もるまではその二人でいろいろ試してみるそうだ」
「はあ、そうですか」
ユージ、気の抜けた返事である。
そもそも開拓団長なのに把握していないのか。
いまさらである。
「冬はヒマになるからな。針子たちはそのまま衣服やら装飾品やらを作って、他のメンツは伐採と狩り、できるヤツは料理だな」
「そうですか。俺も手伝ったほうがいいのかなあ」
「アリスは? ユージ兄、アリスはどうしよっか?」
「まあユージさんたちは好きにすりゃいいんじゃねえか? でもアレだぞ、工場でも針子のほうでも、働いた分だけケビンさんが給金出すってよ……ってユージさんには関係ねえか」
「その、俺は売れた分だけ入ってくるんで」
保存食、そして服飾類。
ユージはケビンに知識を提供した際に、商品が売れるたびにいくらかをもらう契約を結んでいた。
すでに販売されている保存食と服飾により、ユージの懐は潤っているようだ。
使うところもないので。
「ああユージさん、マルセルに確かめておいたほうがいいぞ。冬の時期にあの夫婦が二人で工場に入ったら、これまでとあわせて自分を買い戻せるぐらい貯まっててもおかしくねえからな」
「あ、はい、軽く伝えられてます。冬で終わるかはわかりませんけどって。でも、もうすぐなことは間違いないみたいですね」
「ええっ!? マルセルおじちゃんとニナおばちゃん、いなくなっちゃうの!?」
ナチュラルにマルクのことを除外するアリス。
マルクはいまだプルミエの街、ケビン商会で強くなるべく修業中なので。
ここにいないため、名前を呼ばなかったのだろう。決して忘れていたわけではないはずだ。たぶん。
「自分を買い戻して奴隷じゃなくなるのはいいことですけど……平民になっても、マルセルにはここに残ってほしいですねえ」
「マルセルが農業を仕切ってきたからな。ユージさん、きっちり引き止めろよ? ここにゃもう家もあるんだしよ」
「だいぶ畑も広がりましたし、マルセルがいないと困っちゃいますもんね! がんばります!」
ユージの奴隷、犬人族・マルセル。
開拓地の農業はマルセルが主導していた。
ユージも元冒険者たちも農業はさっぱりだったので。
マルセルが主導というか、マルセルの指示に従ってユージと元冒険者たち肉体労働チームが動くだけ。
マルセルが自分を買い戻すお金が貯まりそうな今は、実はホウジョウ村の農業壊滅の危機であったようだ。
ユージがこの世界に来てから5年目の初秋。
ホウジョウ村開拓地とプルミエの街を結ぶ道は開通し、鍛冶師が移住してケビン商会の缶詰生産工場も完成した。
木工職人トマスと助手の二人、常駐する鍛冶師4人はいるが、街から出張できていた職人たちはすでに帰路についている。
用水路などを造るため、間もなくエルフがやってくる。
ホウジョウ村開拓地は順調に発展しているようだ。
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夕方、ユージは部屋のパソコンと向き合っていた。
モニターに映っているのは妹のサクラ。
Skyp○のビデオ通話とチャット機能の併用である。
ユージ:開拓はそんな感じで順調なんだ
サクラ:「順調なんだ」じゃないよお兄ちゃん! こっちは大変なんだから!
ユージ:え? ああ、キースさんの件?
サクラ:それじゃないの! ううん、子孫が見つかって手紙を見せて、そっちも大変なんだけど!
ユージ:あ、見つかったってメールは見たけど、会えたんだ! それでなんて?
サクラ:お兄ちゃん……うん、それはまたメールするね。それより! こっちは情報が公開されたの!
ユージ:あ、はい、待ってます。情報? 公開?
サクラ:もう! もう! お兄ちゃんが異世界に行ったっていうドキュメンタリーと検証番組!
ユージ:ああ、俺がインタビューされたヤツね
サクラ:そう! 冬にアメリカで放送するって公開されて、番組内容の紹介もあって……日本もこっちも大騒ぎなんだから!
ユージ:え?
サクラ:「え?」じゃないわよ! なんでお兄ちゃんがそんなにのんびりしてるの!
ユージ:その、なんかごめん。いまいち実感なくてさ
サクラ:マスコミとかちょっと変な人とかがすごいから私にもボディガードがついてるんだからね! 日本も郡司さんたちが手配した警備会社が大変だって!
ユージ:え?
サクラ:ウチの跡地なんてアメリカと日本のマスコミに取り囲まれてるんだって! マスコミならまだよくて、あっちにも変な人もいっぱいって!
ユージ:は、はあ
サクラ:テスト開催のキャンプオフが有名になったのはいいけど、警備費がかさんで大変とかさ!
ユージ:そんなことになってるんだ……
サクラ:もう! お兄ちゃんが一番のんびりしてるなんて! そっちにいるからしょうがないんだけど!
ユージ:大変そうだねえ……でもほら、それだけ広がればいろいろ情報が集まったり?
サクラ:はあ、もうお兄ちゃん……よし。うん、お兄ちゃんが訳した研究書も偉い学者さんに見せたり、それなりに進んでるみたい
ユージ:おお!
サクラ:あとでメール送るけど、それも大変なのよ……
ユージ:え?
サクラ:ほら、そもそも魔法ありきで書かれてるでしょ? じゃあこっちの世界にそれは存在するのかって議論がはじまっちゃって
ユージ:なるほど。掲示板の人たちも言ってたもんな
サクラ:そっちの研究者も探したんだけど、うさんくさい人だらけでね。オカルトこわい……
ユージ:アメリカだとよけいにすごそうだね……
サクラ:日本でもそういう人が近寄ってきちゃって大変なんだって
ユージ:う、うわあ
サクラ:まあそれはそれとして。研究ははじまってるけど、それ以外で集まってくる情報はいまのところ怪しいのばっかりね
ユージ:そっか……あ、テッサの家族はどうなったの? 番組をやるしちょっとは信じてくれた?
サクラ:うん。それも後でメール送るけど、半信半疑よりちょっと信じる寄りになったみたい。プロデューサーさんにお願いして、映像もちょっと見せたんだって
ユージ:そっか、よかった!
サクラ:それでテッサくんのことを知る人と話したいって言われてて。確かめたいからって
ユージ:あ、じゃあリーゼのお祖母さんを呼んでくるよ! もうすぐ水路造りでエルフたちが来るしね!
サクラ:お願いするね。郡司さんたちにもメール送っておく。あとは……
ユージ:うん?
サクラ:研究書、魔法ありきって言ったでしょ? それでこっちの世界に魔法があるか知りたいって
ユージ:うん、それはさっき聞いた
サクラ:魔法を使う元になる魔素はそっちだと『すべての物に宿ってる』んだよね?
ユージ:そう聞いてるよ。それがどうかしたの?
サクラ:お兄ちゃん、家にあったこっちの世界の物には魔素は宿ってるの? それがわかれば、こっちにも魔法があるか研究するヒントになるかもって
ユージ:おお!!! どうだろう……っていうかどうやって確かめるんだろう
サクラ:それは私に聞かれても。魔法に詳しい人に聞いてみたら? それこそエルフさんは?
ユージ:ううん、ハルさんもリーゼも家に入った時に何も言わなかったからなあ
サクラ:ハルさんとリーゼちゃん……お兄ちゃん、リーゼちゃんは魔眼持ちだって言ってなかった? 魔素が見えるって
ユージ:そうか! サクラ天才!
サクラ:お兄ちゃん……
ユージ:ちょっとリーゼに、あ、里から出られないからエルフの里に行って、ああでもエルフたちとすれ違っちゃう可能性もあるから
サクラ:落ち着いてお兄ちゃん。それを聞いたってこっちですぐ研究結果が出るわけじゃないんだし
ユージ:了解! とにかくもうすぐエルフたちが来るから、その時いろいろ聞いてみる!
サクラ:うん、お願いね。それにしても……リーゼちゃん、その時に何も言わなかったのかー。じゃあ違和感がなかったってことよね
ユージ:どうなのかなあ。そもそもリーゼは、里から出てニンゲンを見るのもニンゲンの家もはじめてだったから
サクラ:ああ、そうだったね。違和感があってもそういうものって思った可能性もあるのか
ユージ:うん。でもとにかく聞いてみるよ
サクラ:お願い! わかったらすぐ教えてね!
ユージ:あ、そのドキュメンタリーに間に合わせるのかな?
サクラ:初回のヤツはもうほぼできあがってるから、たぶんやっても次回ね!
ユージ:え? 何回もやるの?
サクラ:反響によってはそのつもりみたい! それで盛り上げて映画だーって言ってたよ!
ユージ:映画……ますます実感がわかないなあ
サクラ:そっちにいればそうなのかも。はあ、また騒がしくなるのかなあ
ユージ:な、なんかごめん
サクラ:あ、ベイビーが泣き出しちゃった! じゃあお兄ちゃん、またね!
アメリカ、日本、そしてユージがいる世界。
ユージと妹のサクラのSkyp○は唐突に終わってしまった。
まだ三ヶ月のサクラの子供が泣き出したので。
ユージもサクラも、泣く子と地頭には勝てないようだ。
ユージは地頭にあたる貴族や代官と普通に話しているようだが。
ユージがいる世界ではホウジョウ村の開拓が順調に進んでいる。
元いた世界でも、大騒ぎを伴いながらいろいろと進んでいるようだ。
ユージがこの世界に来てから5年目の秋。
激動の5年目は、まだまだ終わらないらしい。