第十三話 ユージ、ホウジョウ村開拓地で開拓に取り組む
「ユージさん、次はコイツを荷車に積み込んどいてくれ。よっと!」
「了解です、ブレーズさん!」
木の柵と空堀に囲まれたホウジョウ村開拓地の外。
森の中に男たちの姿があった。
ブレーズの気の抜けた掛け声が響いた後。
ヒュッと空気を斬り裂く音が聞こえてくる。
続けて聞こえてきたのは、ダンッ! という大きな音。
ホウジョウ村の副村長にして元3級冒険者のブレーズが、木を斬り倒したのだ。両手剣一振りで。
「ほんとすごいですねー。俺も剣にすればよかったかなあ」
「はは、ユージさん、剣だからってそうそう真似できるもんでもないぞ?」
「あ、そうなんですね。あれ? でも、ブレーズさんとエンゾさん、ギルドマスターのサロモンさんに王都のグランドマスターのお爺さんも、ゲガスさんもハルさんもやってたような……」
「お、おう。そういやユージさんのまわりはバケモノ揃いだったな」
ポリポリと頭をかくブレーズ。
自らの魔素で武器を覆い、斬れ味を高める。魔素で覆った剣は魔法すら斬り裂くのだという。
ユージはブレーズとゲガスから教わっているものの、まだ成功していない。
感覚で魔法を使いこなす魔法少女のアリスもいまだに成功していなかった。
イメージではなく、まだ位階が低いのかもしれない。
「どれ、もうちょっとバラすか」
倒れた木を見て呟くブレーズ。
歩きながら剣を振り、一抱えはある太さの木をズバズバ斬っていく。人間チェーンソーである。
「あ、ブレーズさん、枝は俺が切りますよ。あとは任せてください! コイツと一緒に運んでおきます!」
「おう、頼むぜユージさん」
なんとか持ち運べる長さまで斬ったブレーズに声をかけるユージ。
ユージが示す方向には、一頭のゴツい馬がいた。
ケビンが開拓地に提供した馬である。
いまは後ろに荷車がセットされ、荷台には伐り倒した木が積まれている。
今日は運搬業務に役立っているようだ。
ちなみに馬が引く荷車は、木工職人のトマスが手直ししたもの。
つい最近まで道造りに活躍した二台の荷車に使っていた軽自動車のタイヤを取り外し、馬用の荷車に4つ取り付けられている。
ユージは丸太となった木を持ち上げ、荷車に積んでいく。
位階が上がっているためユージの身体能力もたいがいであった。人間重機である。
「土さん、ちょっと下にいってー!」
「おお、アリスちゃんも活躍してるみたいだな」
ブレーズとユージから離れた場所では、アリスが土魔法で切り株のまわりの土をどかしていた。
いつもの魔法である。
アリスのまわりにいるのは元3級冒険者『深緑の風』の盾役・ドミニクと元5級冒険者が3人。
二人一組で手にノコギリや鉈を持ち、アリスが次々に露出させる切り株の根を処理している。
「この調子ならすぐに開拓地を広げられそうだな。いやあ、馬が来てくれて助かるわ。アリスちゃんもあいかわらずすげえし」
「ほんと大活躍ですよねえ。それに……」
「ああ、アイツらな……俺も予想外だった」
ケビンが提供して、ユージが連れ帰ってきた2頭の馬。
だが、ホウジョウ村開拓地で活躍している動物はこれだけではない。
「あ、遠吠えが聞こえる」
「おう、そろそろケビンさんかな? それともまたゲガスさんか」
「どうですかねえ。ブレーズさん、俺、コイツと開拓地に戻って、そのまま対応してきますね」
「了解。何かあったら知らせてくれ」
ホウジョウ村開拓地まで届く遠吠え。
コタローと15匹のオオカミたちである。
いや。
エンゾとコタローと15匹のオオカミによる、早期警戒システムである。
オオカミたちが来た当初こそ道に近づかないようにさせていたが、『深緑の風』の斥候・エンゾとコタローがいる時は全方位の行動を許されていた。
ユージが元いた世界でもオオカミの縄張りは広い。なにしろ時速30kmほどで走りながら長時間の連続行動が可能なのだ。
この世界のモンスターである日光狼と土狼はスピードも持久力もさらに上。
賢さも上なのか、それともコタローの教育の賜物か。
縄張り内に開拓民以外の人間が姿を見せたら、遠吠えで知らせるようになっていた。
15匹のオオカミの群れは、人間と共存しているようだ。
ボスは犬なのだが。
初夏のホウジョウ村開拓地では、缶詰生産工場の建築、外周部の開拓、農地の開墾が進められている。
針子たちは共同作業所でひたすら生産中。
エルフの少女・リーゼを送り届け、領主夫人に報告してハルと別れ。
ホウジョウ村には大きな変化もなく、のんびりと開拓が進んでいた。
変わったことといえば、時おりゲガスがやってきてユージやアリスに稽古をつけることぐらいだろうか。
二人への訓練を終えた後、ブレーズがゲガスに模擬戦を申し込むことがもはやお決まりになっている。
間もなく、ケビンが移住する鍛冶師を連れ、荷物を持ってやってくる。
開拓が大きく変わっていくのはそれからになるだろう。
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「おお? よーしよし! 今日は一緒に行こうな」
「あははっ、もう、くすぐったいよー」
朝食と日課の訓練を終えたある日の朝。
まだ気温もそれほど上がっていない森の中で、ユージとアリスがしゃがみこんでいた。
まとわりつくのはコタロー、そしてオオカミたち。
ユージ、ずいぶん仲良くなったようだ。
特定の人間にとっては天国のような光景である。特に、とある掲示板住人あたりには。
「ユージさん、ほんとに俺もいいのか? いや、別にナニする気もないけどよ」
「あ、はい。外を見まわるエンゾさんとは顔を合わせてもらっておいたほうがいいと思って」
「まあそりゃそうなんだが……うし、行くか!」
エンゾの声に反応してワンッ! と勇ましく吠えるコタロー。
ユージたちから離れ、さっと先頭を歩き出す。ついてきなさい、と言わんばかりに。
じゃれ合っていたオオカミたちは、コタローの鳴き声を合図に森に散っていった。
自由行動、ではない。
索敵のために散開したようだ。できる子分たちである。
ユージとアリス、コタロー、エンゾとオオカミたち。
一行が向かったのはホウジョウ村開拓地から西。
エルフの二人がいる用水路予定地である。
「ああ、いたいた! もうこんな近くまで……え?」
「エルフのおねーちゃーん!」
「……おいおい、マジかよ。なんだコレ」
西に向かったユージたちは、2時間ほどでエルフの二人を見つけていた。
なにしろアリスとリーゼが魔法で造った用水路をたどるだけなのだ。迷うはずもない。
ブンブンと手を振るアリス、予想以上に近くまで来ていたことに驚くユージ。
そして。
エンゾは目を丸くしていた。続けてユージも。
「ユージさん! ちょうどよかった、相談したかったの!」
「……ですよねえ。あ、こちら開拓民のエンゾさんです。元3級冒険者の斥候で、周辺を見まわりしてもらうことが多くて、紹介しておこうと」
「エンゾだ、よろしくな。エルフは美形揃いってのはホントだったんだなあ」
「あら、ありがと。ユージさん、いい子じゃない。でも私に惚れちゃダメよ?」
「子って……あ、そっか、エルフは長生きだから」
「ああ、そりゃ大丈夫だ。なんたって俺はイヴォンヌちゃんってサイコーの嫁がいるからな! 美人で気立てもよくって、それによう、エルフと違ってこう、胸がな」
「……このガキ、死にたいのかしら?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください! エンゾさんも悪気があったわけじゃ、ね? そ、その、それぞれの良さがあるっていうか、でも貧にゅ――」
「ユージさん? いくら稀人でもその先は許さないわよ?」
世界が違っても、気にする女性には禁句であるようだ。
「それで、二人はなにを驚いていたの?」
「そりゃ驚きますよ! なんですかコレ! 用水路っていうか川じゃないですか!」
「俺もアリスちゃんが造った分は見てたんだが。コレはさすがになあ」
「え? 大丈夫よユージさん、ちゃんと水門も造ってるし、流れが速くなりすぎないよう勾配も調整してる。湾曲させたり障害物を造ったりもしてるのよ? 水制って言うんだけど」
「は、はあ、じゃあいいのかな?」
「おいおいユージさん『いいのかな?』じゃねえよ」
「それにほら、ある程度の川幅と深さがないと困るでしょう? あんまり詳しくは言わないけど」
チラリとエンゾに目をやるエルフ。
ユージとアリスはエルフが船で移動することは知っているが、エンゾは知らない。
そのため具体的には言わなかったようだ。
「あ、そういえばそうか。じゃあこれぐらいの規模は必要なんですね」
「そうよ! まあつい乗ってきちゃったってのもあるんだけど」
テヘッとばかりに舌を出すエルフの女性。仕草が古い。テッサのせいである。
「そうですか……それでその、相談ってなんですか?」
ユージ、諦めたようだ。
まあきちんと水の勢いまでコントロールされているのであれば、用水路がでかくても問題はないのだろう。たぶん。
「そうそう、そろそろ開拓地が近いんでしょ? 見つからないようにコッソリやったほうがいいのかしら?」
「ああ、それがありましたね! でも見つからないようにって……できるんですか?」
「無理ね!」
「じゃあなんで聞いたんですか……」
ユージ、どうやらエルフとは相性が悪いようだ。
リーゼはともかく、長老や里のエルフたちには振り回され続けている。だいたいテッサのせいである。
「エルフさん、開拓地近くの用水路を造るのに何日ぐらいかかるんだ? すぐ終わるようなら、出張組とかち合わないようにすりゃいいだろ。もし開拓民の誰かが口を滑らせたとしても、その頃にはもう開拓地にエルフはいないんだから」
「それでいくしかないですかねえ。その、何日ぐらいかかりますか?」
「そうね、開拓地に通して、排水路も作っちゃいたい。期間は短いほうがいいのよね? だったら応援を呼んで、三日で終わらせるわ」
「はい? 三日?」
「あら、長かったかしら。さすがにもっと短くするのは……待って、長老たちを引っ張り出せばひょっとしたら……」
「違います違います! 短すぎてビックリしたんです! エンゾさん、大丈夫ですよね?」
「ああ、時期を合わせりゃ問題ないだろ。エルフを狙うバカが出たとしても、三日じゃ街まで往復もできねえ。開拓民がトチ狂ったって、俺たち『深緑の風』が止められるしな」
「ご心配ありがと。でも大丈夫、自分の身は自分で守れるわ」
「……まさか、ハルさん並に強いのか?」
「ハルよりは弱いけど、ちょっとだけね!」
「そっか、じゃあ安心ですね! 応援を呼ぶならエルフの言葉をしゃべれる人がいたほうがいいでしょうし、ゲガスさんも呼んでおきますね!」
「ブレーズが暴走して模擬戦とか言い出さなきゃいいんだが……」
「エルフのおねーちゃん、アリスも手伝う! だから、リーゼちゃんにお手紙渡してほしいの!」
「うふふ、アリスちゃん、手伝ってもらわなくてもちゃんと渡すわよ。それに、ほら」
「ああっ! お手紙だ!」
「そう、リーゼお嬢様からの手紙。こっちはアリスちゃん、こっちはユージさんに」
「ありがとうございます! ほら、アリスも」
「ありがとうエルフのおねーちゃん!」
「どういたしまして。それじゃユージさん、日にちが決まったら教えてね。それまでほかの場所を調整しておくわ!」
「わかりました!」
いま、ホウジョウ村開拓地の水はユージ宅の水道から提供されている。
生活用水、農業用水、さらに今後必要になる工業用水。
いずれ必要になるからとユージとアリスがはじめ、リーゼにも手伝ってもらった用水路造り。
エルフの長老たちが『稀人の保護の一環』だと派遣したエルフによって、用水路造りは一気に進むのだった。
もはや用水路というより小川の規模となって。
エルフたちは、開拓地まで船で行ける水路を造るつもりのようだ。
予想外の協力を得て、ホウジョウ村開拓地はさらに発展していくのだった。