第七話 ユージ、プルミエの街に向けて出発する
ユージ:あれで大丈夫だったのかな……
サクラ:うん、問題なかったと思うよ! むしろ普通に話ができててビックリしたぐらい!
ユージ:それにしても、けっきょくチャットでインタビューになっちゃったね
サクラ:うーん、まあそれはしょうがないよ、お兄ちゃんのせいじゃないし。インタビューっぽい動画が別撮りになっちゃったのはアレだけど
ユージ:読唇術って思ったよりいけないもんなんだねえ
サクラ:読み取られるほうが慣れてないととか、クセを知らないとっていうのもあるんだって
ホウジョウ村開拓地にあるユージの家、その部屋で。
ユージはパソコンに向かい、キーボードを叩いていた。
アメリカ組とのインタビューを行なったのだ。
読唇術こそダメだったものの、インタビューはそこそこうまくいったようだ。
10年間家の敷地に引きこもってきたユージだが、この世界に来てからは外に出て様々な人と会話している。
慣れない交渉や貴族との会話、武器を持った強面の人物との会話をこなしてきたのだ。
ネットを通したインタビューにそれなりに対応できたのは、これまでの経験が役に立ったのだろう。
インタビューを終えたユージは、Skyp○のビデオ通話とメッセージを同時に併用して、妹のサクラと会話をしていた。
最近のSkyp○はビデオ通話中であってもメッセージの送受信ができるのである。
普通、異世界には繋がらないのだが。
ユージ:そういえば日本はどうなったの? もしかしたらテッサの家族と繋ぐかもってメール来てたけど
サクラ:うん、こっちに報告あったよ。まだご家族は半信半疑だから、ひとまず繋がないって
ユージ:そりゃそうだよなあ。でも連絡取れたのはいいことか
サクラ:私はお兄ちゃんと直接やり取りできたから信じられたけど、なかなかね
ユージ:そうだよなあ。テッサはもう亡くなってるわけで……。ああ、こっちでやれることがあったら教えてね。リーゼのお祖母さんかハルさんを連れてこようか?
サクラ:うーん、どうなんだろ。ひとまず郡司さんたちに伝えてみるね
ユージ:うん。嫁さんや家族しか知らないこととかあるかもしれないし。俺を確認した時の……サクラみたいに……
サクラ:ごめんねお兄ちゃん! あの時はちょっとカリカリしちゃってたから。でもそうね、それで信じてもらえるかなあ
ユージ:なかなか難しいかもね。ああ、スマホが動けば!
サクラ:難しいんじゃないかなあ。どっちにしろ郡司先生にがんばってもらおう!
ユージ:それしかないよなあ。あ、サクラ、キースさんの方の家族、子孫かな? はどうなってるの?
サクラ:そっちはまだ捜してるよ! ジョージとルイスが張り切ってるけど、けっきょく信用できる調査会社に依頼することになったんだ
ユージ:そうなんだ。けっこう時間が経ってるからアレかもしれないけど、見つかるといいね
サクラ:うん。お兄ちゃん、キースさんの手紙はどうするの? その、エルフの人に伝える?
ユージ:リーゼのお祖母さんが友達で長老だから、相談してみるよ。書かれてたエルフの人は、思い出を忘れる薬を使ったから……
サクラ:そうだったね……うん、どうするかはお兄ちゃんに任せる。だからこっちは任せてね!
ユージ:ああ。でもとりあえず、先に街に行って領主夫妻に報告してからかな。あんまり報告を待たせるのもアレだし
サクラ:領主夫妻……こっちで言う市長とか州知事とか……ううん、封建制だからもっと立場は上よね
ユージ:俺もいまいち実感ないけど、たぶん
サクラ:うん、先に報告しちゃったほうがいいかもね。帰ってくるまでにキースさんの子孫が見つかるかもしれないし!
ユージ:よし、じゃあ準備して近いうちに行ってくるよ! 今回はほら、道もできてるみたいだし。長くても一週間ぐらいだから!
サクラ:そっか、道ができたならラクになるね! ……話はこんなところかな?
ユージ:え? ああ、たぶん
サクラ:じゃあお待ちかねの……ジョージ!
サクラの合図を受けて、夫のジョージが画面上に登場する。
と、ジョージが両手で抱いていた乳児をカメラに近づける。
ユージ:おお! サクラとジョージくんの子供か! ちっちゃいなあ、かわいいなあ
サクラ:でしょー? もうジョージもデレデレよ! お兄ちゃんももうおじさんだね!
画面いっぱいに映し出された甥っ子を見て、ユージはデレッと相好を崩していた。
伯父バカである。
ユージ:あ、笑った!
サクラ:ふふ、まだちゃんと見えないのに。お兄ちゃん、ジョージと同じこと言ってる
ユージ:ああ、かわいいなあ
サクラ:お兄ちゃんはどうなの? その、そっちでいい人見つかった?
ユージ:え?
サクラ:掲示板は見てるしメールはもらってるけど、ほら、お兄ちゃんぜんぜんそういうの言わないから
ユージ:い、いや、その
サクラ:還る方法はいまのところわからない……だからその、もしそっちで好きな人ができたら、それもアリだと思うんだ
ユージ:サクラ……
サクラ:その後に還る方法がわかってもそれはそれ、その時考えればいいじゃない。それよりお兄ちゃんに幸せになってほしいから
サクラ:お兄ちゃんになかなか会えなくなるのは、アメリカに行った時からわかってたから
サクラ:だからお兄ちゃん、遠慮しないでね。そりゃ還ってきてくれたらうれしいけど……どこにいたってお兄ちゃんと私は兄妹で、お兄ちゃんが幸せならそれでいいの
ユージ:うん
サクラ:だから、好きな人ができたらちゃんとアプローチするのよ! もう34才なんだから!
ユージ:うっ
サクラ:ふふ。あ、ぐずっちゃってる。お兄ちゃん、また連絡するね。ドキュメントの話も映画の話もあるし、もっと頻繁になるかも
ユージ:わかったよ。あ、泣き顔も見えた。一生懸命でかわいいなあ
サクラ:でしょー? まあお母さんは大変なんだけどね! それじゃまた!
ユージ:ああ、またね
画面の中のサクラが立ち上がり、ビデオ通話が切れた。
ユージはキーボードから手を離し、ギシリとイスを鳴らしてのけぞる。
「幸せかあ……でも、こうやって暮らして、まわりにみんながいて、コタローがいて、アリスがいて。ネットでも繋がってるし、サクラと話もできる。幸せなんだよなあ」
のけぞったユージは、天井を見つめてぽつりと呟く。
誰にも聞こえない独り言。
だが、それは5年前とは違う内容で。
「これでインタビューも終わり! いつでも街に行けるってケビンさんとハルさんに伝えてくるか!」
のけぞっていた体勢を戻し、イスから立ち上がるユージ。
部屋を出て、外に向かう。
当たり前のことだが、昔のユージには当たり前ではなかったことである。
ユージは外に出て『友達』に話しかけ、明日からの予定を話し合うのだった。
好きな人うんぬんはスルーである。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「あれ? ケビンさん、どうしてマルクくんが?」
「ユージさん、道中でお話しします。ご両親には了解を得ているそうです」
「え? マルセル、いいの?」
「ユージさま、よろしくお願いします。マルク、ユージさまやケビンさんに迷惑をかけないようにな」
「マルク、男ニャんだからしっかり」
「はい! ユージさん、よろしくお願いします!」
ホウジョウ村開拓地、その南側の柵の前。
プルミエの街に向けて出発するユージたちの中に、一人の少年の姿があった。
緊張で耳をピンと立て、尻尾を下げている。
二足歩行するゴールデンレトリバー。
犬人族のマルクであった。
強くなりたい。そんなマルクの相談を受けたジゼルは、ひとまずプルミエの街を見せることにしたようだ。
ちなみにユージは犬人族のマルセルを奴隷として所有しているが、妻で猫人族のニナと息子で犬人族のマルクは奴隷ではなく平民である。
また、マルクはまだ大人ではない。
開拓団と村の庇護下にはあるようだが、未成年なため自由な立場でもあるようだ。
モラトリアムというヤツである。
まだ大人として扱われる年齢ではないため、ちょっと違うが。
「マルクくんは強くなって将来みんなを守りたいそうですが……ひとまず街を見せてあげようと思いましてね」
「はあ、なるほど。こっちは15才で大人なんだもんなあ。マルクくん、街でいろいろ見せてもらうといいよ。俺も最初の頃はケビンさんにそうしてもらったから」
最初の頃は、ではない。
いまもだいたいそうだ。
ユージ、少年を前にちょっと大人を気取りたかったようだ。34才なので。
『ああ! ユージさん、また遊びに来るからね! 今度は空飛ぶ機械が見たいな!』
『あのハルさん、それはちょっと実物は見せられませんから』
決意を秘めたマルクの横では、王都を拠点にしている1級冒険者でエルフのハルが悲嘆にくれていた。
稀人のテッサと知り合いだったハルは、ユージが元いた世界にずいぶん関心があるようだ。
エルフの里から開拓地に帰ってからというもの、ユージの家の車庫にあった動かない軽自動車やネット上の動画を見てはテンション高く日々を過ごしていた。
だが、ハルは王都で情報を集めるという役目を担っているのだ。
稀人であるユージを里に連れていく、里に帰れなくなったリーゼを送り届けるために一緒に行動してきたが、いつまでも一緒にはいられない。
ユージたちがプルミエの街で領主たちと会談するのに同席し、その後、王都に帰ることになっていた。
「ユージ兄、行かないの? みんな準備できたって!」
「ありがとうアリス。ブレーズさん、そろそろ出発しますね。今回はすぐに帰ってきますから!」
「おう、あとは任せておけ。ああユージさん、道の様子も確かめておいてくれ」
「はい、了解です!」
ユージ、アリス、コタローといういつもの二人と一匹。
ケビン、ケビンの妻のジゼル、その父親のゲガス。
エルフの冒険者・ハル、将来のために街を見に行く犬人族のマルク。
開拓地の面々に見送られ、7人と一匹はプルミエの街に向けて旅立つのだった。
開拓地で作られた衣料品を詰めた布袋を背負い、開拓民に見送られて。
「ユージさん、気をつけてな!」
「はい! じゃあ行ってきます!」
ユージがこの世界に来てから5年目の初夏。
開拓団長で村長でエルフ護送隊の隊長だったユージは、けっこう忙しいようだ。
サクラに聞かれた好きな人うんぬんをスルーしたのは、きっと日常が忙しいからだろう。きっと。