第十七話 ユージ、アリスと一緒にリーゼに別れを告げる
『あれ、どうしたの? もう夜なのに』
『えへへ、来ちゃった』
バカップルの会話である。
違う。
エルフの里、ユージたちに提供された宿。
「あー! リーゼちゃんだ!」
夕食を終え、あとは寝るだけとなったユージの部屋を訪れたのは、エルフの少女・リーゼだった。
「アリスちゃん! 『あのね、お祖母さまが言ってくれて、お父さまもお母さまも許してくれたの! しばらく会えなくなるからって』」
リーゼを家族のもとに送り届ける、稀人の情報を得る。
目的を果たしたユージたちは、帰ることになっていた。
明日。
今夜はエルフの里で過ごす最後の夜であった。
『あのねユージ兄、リーゼ、一緒に寝たいの』
エロフである。
違う。
「わあい! じゃあリーゼちゃんはこっちで、ユージ兄はこっちね! コタローは……ここ!」
アリスとコタローと同室のユージは、二人と一匹で寝ていた。
今日は追加でリーゼも一緒に寝るようだ。
ユージ宅では、アリスはリーゼと一緒に眠っていた。
ひさしぶりの同衾がうれしいのか、アリスはノリノリである。
ブンブンと尻尾を振って、コタローも。
ベッドの端にユージ、隣にアリス、その向こうにリーゼ。
コタローはさらに向こうで寝そべっているようだ。
里の客人に用意されたベッドはさすがに大きく、三人と一匹もなんとか並べる。
一人の男に対して、二人の女と一匹のメス。
ユージ、モテモテである。
少女と犬に。
『アリスちゃん、寝ちゃったみたい』
『あれだけはしゃいでたらね。リーゼは眠くないの?』
『うん、リーゼまだ寝ない!』
ピロートークである。
違う。
いや、寝ながら会話するという意味では合っているかもしれない。
三人と一匹が並んだベッドで、アリスは誰よりもテンション高く話をしていた。
もうすぐ別れることになるリーゼにくっついて。
だが、ユージの言う通りはしゃぎすぎてしまったのだろう。
いまはスヤスヤと寝息を立てている。
ユージの胸に顔を押し付けて。
一緒に寝る時のお決まりの体勢である。
『だから、アリスちゃんを起こさないように気をつけて、リーゼ、ユージ兄とお話しするの』
『はは、じゃあ付き合うよ』
『うん。だって明日になったら、ユージ兄もアリスちゃんも行っちゃうから』
『リーゼ、また来るよ。長老たちもいいって言ってくれたしね、アリスを連れてさ』
『うん……』
胸元のアリスの頭を撫でながらリーゼと話すユージ。
二人の女性を手玉に取る鬼畜の所業である。
ベッドの上にはさらに雌犬も控えている。
『リーゼね、やっぱり寂しい』
『そっか……アリスも寂しがってたしね』
『でもねユージ兄、お祖母さまに言われたの。強くなるのよって。大丈夫、二人はまた会いに来てくれるんだからって』
『実はけっこう近いしね! 開拓地から川まで普通に歩いて一日と、船でちょっと。一日半で来られるから』
『うん。それで、お祖母さまは、いまのうちに寂しさを乗り越える強さを身につけなさいって。本当は、エルフが大人になる100才までに身につけるんだけどって』
『リーゼ……』
『また会えるのはうれしいの。でもね、リーゼ、お祖母さまに言われたの』
リーゼは静かに目を伏せる。
それは、寿命が違う種族同士の宿命。
エルフが里に籠もる原因の一つ。
稀人の墓の守り人が、忘れ薬を飲んだ理由。
『いつか、リーゼを残してみんないなくなっちゃうから。だから、寂しさを乗り越える強さを身につけなさいって。ユージ兄も、アリスちゃんも、コタローも、開拓地のみんなも、シャルルくんも、リーゼより先に死んじゃうんだって』
リーゼの瞳から涙が落ちる。
『覚悟しておきなさいって、強くなるのよってお祖母さまが……』
『そっか、エルフは長生きだから……』
アリスの頭を撫でていた手を止め、ユージはリーゼへ手を伸ばす。
『リーゼね、大冒険できて楽しかったの。たくさん思い出ができたの。忘れたくないの』
はらはらと涙を落とすリーゼ。
思い出を忘れさせる薬は、長命種のエルフだから必要だったのだろう。
他種族と仲良くなれば、エルフは友達を、愛する人を看取る定めなのだから。
『あのね、お父さまは稀人のテッサさまとお祖母さまの子供だけど、エルフのほうが出たんだって。違う種族と結婚して子供ができても、はあふじゃなくってどっちかになるんだって』
『あ、そうなんだ。そういえば開拓地のマルセルは犬人族で、奥さんのニナは猫人族で、子供のマルクは犬人族でお父さんそっくり。そういうことか』
ユージ、いまさらである。
『うん。お祖母さまが言ってたの。お父さまがいたから幸せだったのよって。だからリーゼのことをすごく心配してくれたの』
『リーゼ?』
『リーゼ、もっと大人なら、よかったなあ。それか、ユージ兄と逆なら、ユージ兄がエルフで、リーゼがニンゲンなら』
頭を撫でるユージの手を取ってぐすぐすと泣き出すリーゼ。
ユージは何も言わずリーゼを見守っていた。
『そしたら、リーゼ、追いついたのに。それでユージ兄に、この子をお願いねって。でも、リーゼはエルフだから、追いつかないから』
涙を流しながらもぞもぞと体を動かすリーゼ。
『だけどユージ兄、アリスちゃんと会いに来てね。リーゼ待ってるから』
そう言ってリーゼは、ベッドに腕をついて体を動かす。
片手でユージの体を掴み、間で眠るアリスを越えて。
ユージの頬に、キスをした。
『え? リーゼ?』
『えへへ。ユージ兄、覚えててね。リーゼの、レディのファーストキスなんだから』
『え? あの、はい?』
『おやすみなさい、ユージ兄』
『えっと、リーゼ?』
問いかけるユージだが、リーゼの返事はない。
寝たフリである。
あの、リーゼ? などとユージはなおも言い募っている。
一番遠くに寝ていたコタローがリーゼの体ごしに顔を覗かせ、呆れたようにワフワフッと小さく声を上げる。
くうきよんでねるのよゆーじ、おとめにはじをかかさないの、と言うかのごとく。どうやらコタローは眠った振りをして聞き耳を立てていたようだ。狸寝入りである。犬なのに。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ほらアリス、みんなにちゃんとさよならを言わないと」
エルフの里、船着き場。
里で数日を過ごしたユージたちの出発の時である。
別れの日、アリスは朝からずっとリーゼと手を繋ぎ、口をへの字にしていた。
里に残るリーゼも似たような表情をして、時おりアリスにくっつくのみ。
種族が違っても、9才と12才の少女の思いは同じだったようだ。
船着き場に並んだ二艘の船にはすでにエルフの船頭役が二人とハル、人間とエルフを繋ぐお役目を継いだケビン、先代のゲガスが乗り込んでいた。
王都を拠点に冒険者をしているエルフのハルも同じ船で帰るようだ。
残るはユージ、アリス、コタローのみ。
船には荷物も積み込み済み。
『リーゼちゃん……アリス、また来るから!』
黙り込んでいたアリスがようやく口を開く。
それは、リーゼを保護して以来ずっと教わってきたエルフの言葉だった。
「うん! リーゼ、待ってる!」
返すリーゼの言葉は、勉強してきた現地の人間の言葉。
ユージと一緒にアリスから教わってきた言語である。
『あのねリーゼちゃん、アリスとリーゼちゃんは、ずっと友達なんだよ!』
「違うよアリスちゃん。二人はしんゆーなの!」
『あ! えへへ、そうだね、しんゆー!』
はにかむように笑うアリス。
繋いでいた手を離し、ガバッとリーゼに抱きつく。
『リーゼちゃん! ……さようなら!』
「もう、アリスちゃん! いまは、またね、だよ!」
『リーゼちゃん、またね!』
「リーゼ、待ってる。アリスちゃん、またね! ユージ兄、またね! コタロー、またね!」
アリスと抱き合っていた体を離し、ユージに飛びつくリーゼ。
続いてリーゼは、ヒザをついてコタローに。
やがて小さな体を離す。
『うん、アリスと一緒にまた来るから。それじゃあリーゼ、みなさん。ありがとうございました! また会いましょう!』
最後に大きな声を出して手を振るユージ。
空いたアリスの手を握り、船へと乗り込む。
「ハルさん、お待たせしました」
「ふふ、気にしないでユージさん! 『さあ船を出すよ!』」
ハルの合図で、船頭役のエルフが魔法を使う。
ゆっくりと動き出す二艘の船。
「リーゼちゃん! また来るからね!」
動き出した船の上で、少女はぶんぶんと手を振っていた。
『アリスちゃん! リーゼ待ってるから!』
船着き場の桟橋の先で、エルフの少女も。
ゆっくりと船は進んでいく。
だんだん小さくなっていく桟橋の人影。
見えなくなるまで、少女はずっと手を振っていた。