第六話 ユージ、リーゼの実家を訪問する
エルフの里、滞在三日目。
朝風呂から上がったユージは、落ち着きなく部屋と中庭をウロウロしていた。
アリスはのんびりと中庭のイスに座り、コタローはその横でうろつくユージを見つめている。きもちはわかるけどちょっとおちつきなさい、もういいとしなのよ、と言わんばかりに。
今日は朝からリーゼの実家にお邪魔して、その後は『稀人が来た際に連れていく場所』に案内される予定となっているのだ。
自分以外の稀人の情報。
ユージが落ち着かないのも無理はあるまい。
「ユージさん、お待たせ!」
「あ、ハルさん! ケビンさんにゲガスさんも! あれ、リーゼは?」
「お嬢様たちは一足先に家に向かったよ! だから今日はこれで全員だね!」
「わかりました、じゃあ」
「うん、出発しよう!」
中庭にいたユージに声をかけ、そのまま止まることなく歩みを進めるハル。
ユージとアリス、コタローもその後に続くのだった。
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『ユージ兄、アリスちゃん、コタロー! リーゼの家にようこそ!』
『ほら、はしゃぎすぎよリーゼ。ようこそユージさん』
エルフの里を歩くことしばし。
ハルに案内されてたどり着いたのは、白く塗られた壁と円錐形の屋根が連なる家だった。
一棟一部屋の造りのため、多くの人が住む家は棟を繋げて『建物群』となるようだ。
家の前で待ち構えていたのは、ユージが保護して里に送り届けたエルフの少女・リーゼ。
そして、長老会にも参加していたリーゼの祖母の二人だった。
「ユージ兄、みんな、どうぞ!」
勉強してきた現地の言葉でユージたちを中へ招くリーゼ。得意気な表情である。
「リーゼ、よく言えたね。『じゃあおじゃまします』」
ユージは室内に足を進める。
横を通り過ぎるときに、リーゼの頭をさらりと一撫でして。
イケメンか。
リーゼは目を細めてユージの手を受け入れていた。
『あらためて感謝を。ユージさん、リーゼを救っていただいてありがとうございます』
『その、何度も言ってもらいましたから……リーゼ、もう勝手に抜け出したりしちゃダメだよ』
『わかってるわ! リーゼ、たくさん怒られたもの!』
案内されたリーゼの実家には、リーゼの両親と祖母、叔父と叔母をはじめとしたいわゆる親戚一同が揃っていた。
結構な人数である。
ずらりと並んだエルフから頭を下げられ、ユージはちょっとうろたえている。
『うん。リーゼ、心配かけたんだからちゃんとみんなに謝るんだよ』
10年引きこもって心配かけまくった男のセリフであった。
『はーい、ユージ兄!』
リーゼの家族や親戚は二人のやり取りを見守っていた。
同席していたハルが訳して、アリスとケビン、ゲガスも。
『ユージ殿、本当に世話になった。どんなお礼をすればいいのやら……』
『あ、いえ、ほんと気にしないでください。俺たちもリーゼにはお世話になりましたから。開拓地がワイバーンに襲われたことがあって、リーゼも魔法で戦ってもらいましたし、それに、俺やアリスのお兄ちゃんに魔法を教えてもらいましたしね』
こちらも世話になったというユージの話を聞いて、ケビンが立ち上がって後ろに置いていた木箱を手に取る。
『これ、お近づきのしるしってヤツです。俺とアリスとケビンさんと、開拓地のみんなから』
ユージ、感謝される側なのに手土産を用意していたようだ。
まあケビンの入れ知恵なのだが。
『うわあ、ありがとうユージ兄! 開けていい?』
『リーゼ、レディはどんな時でもお淑やかに。それでユージさん、開けていいかしら?』
『母さん……ユージ殿、すまぬ』
『いやそんな、気にしないでください。どうぞどうぞ』
テーブルの上に置かれた木箱を見てリーゼと祖母が目を輝かせている。
ケビンが用意したため、リーゼも中身は知らなかったらしい。
どうぞというユージの言葉を受けて、真ん中に座っていたリーゼがフタを開ける。
『あ! コサージュだ! 服もある!』
『うん、ケビン商会が開拓地で作るウチの名物だからね』
『あら、これはキレイね!』
『む、ハルが贈っていた物か』
『リーゼちゃん、布袋は、裏で』
嬉々として箱の中の荷物を漁るリーゼと祖母、興味津々で目を輝かせる親戚たち。
見られてはマズいものでも入っていたのか、ケビンが焦った様子で片言のエルフの言葉を発する。
『あ、そっか。リーゼ、その布袋に入ってるのは女の人だけのところで開けてだって。ケビンさん、例のアレも入れてくれたみたい』
『わあ! お母さま、お祖母さま! あのね、この袋の中に入ってるのもキレイなのよ!』
『あら、この金属は何かしら? こっちは食べ物みたいだけど……』
ユージとケビンが用意したのは、開拓村で作られた服飾品と保存食であったようだ。
『布袋の中身が気になるけど……みんな、いただいたこちらを持って下がって頂戴。お返しも用意しておいてね』
リーゼの祖母が告げると、ぞろぞろと親戚がはけていく。
一人が木箱を持ち、女性陣が華やいだ声をあげながら。
残ったのはリーゼと両親、祖母の4人だけ。
『ユージさん、ありがとうございます』
『いえ、その、お近づきのしるしですから』
ユージ、ケビンから説明された『お近づきのしるしとして手土産を』という言葉を信じているようだ。
もちろんウソではないが、それだけの意味でケビンが手土産を用意したわけではない。
交易品として持ちかけられそうか、リーゼの家族のリアクションを見ていたのである。抜け目ない。
『それで、その、話って……』
『そうだったわね! その前に一つ確かめたいことがあるんだけど』
おずおずと本題を切り出したユージ。呼ばれた側なのに。
思い出したかのように手を打つリーゼの祖母。
長命種ゆえか、エルフはのんびり気味なようだ。
『アリスちゃん』
『はーい!』
『うふふ、元気なお返事ね。アリスちゃんのお名前は……ううん、家名も変わっている可能性があるものね。アリスちゃん、おウチの紋章はあるかしら?』
「『どうしたんですか?』えーっと、たしかバスチアンさまの印章はここにしまって」
「ユージ兄! アリスの指輪にもついてるよ!」
ハルの同時通訳が役に立っているようだ。
がさごそと背嚢を漁り出したユージだが、訳した言葉を聞いたアリスがバッと手を開いて前に出す。
そこには、祖父のバスチアンからプレゼントされた火紅玉の指輪が嵌っていた。
「あ、それがあったか。アリス、ちょっと外してもいいかな? 紋章を見たいみたいだから」
「うん! ちょっとだけならいいよ!」
アリスの許可を受けて指輪を外し、リーゼの祖母に手渡すユージ。
受け取った祖母はまじまじとその指輪を、紋章を見つめている。
「もしかして……」
「どうしたんですかケビンさん?」
「ユージさん、里に入る前、洞窟の出口にいくつも紋章が刻まれていたでしょう? 覚えていますか?」
「あ、はい。たくさんありましたね」
「その反応、気づかなかったんですね……」
はあっとため息を吐くケビン。
首を傾げるユージとアリス。
足下にいたコタローは、ワンッと一つ吠える。わたしはきづいたのに、とアピールするかのように。
ケビンが言葉を続ける前に、リーゼの祖母が口を開く。
『やっぱり。アリスちゃんはそっくりだもの』
『お祖母さま?』
『アリスがどうかしたんですか?』
『ユージさん。アリスちゃんは300年前の稀人、テッサの子孫よ。……リーゼもね』
『え? はい?』
『稀人、エルフ、赤い髪の女の子……ふふ、昔の私たちを見ているみたいだわ』
『は? 私たち?』
『母さん、その話は』
『いいのよ。あれから長い時が経ったわ。ニンゲンが何世代も変わるほど。いつまでも悲しんではいられないでしょう? それに……せっかくの縁だもの』
まぶしいものでも見るように目を細めてユージとアリスを見やるリーゼの祖母。
その手は、かたわらに座るリーゼの頭を愛おしそうに撫でている。
『ユージさん、稀人のテッサは嫁を何人も娶ったという話は聞いてるかしら?』
『あ、はい。『みんなちがって、みんないい』って……あ! そういえば、エルフもいたって言ってたような』
『そう、そのあたりの話は残ってるのね』
どこかうれしそうに、懐かしそうに微笑みを見せるリーゼの祖母。
すっと居住まいを正す。
『ユージさん。私、イザベルはあの人の妻だったの。それから、アリスちゃんのご先祖さまもね』
『え? 稀人の? テッサさまの?』
「アリスのご先祖さま? お母さんのお母さんが?」
「アリスちゃん、ニンゲンだったらもっと遡らないとね!」
「やはり……洞窟の出口の紋章は、初代国王の父・テッサ様と奥様たちの紋章でしたか」
「ユージさんどころかアリスの嬢ちゃんも気づかなかったがな。まあお貴族さまの紋章なんて複雑すぎて慣れなきゃ覚えてられねえだろうが」
『じゃ、じゃあ稀人の情報も、どうなったかも!』
『ええ、知ってるわ。そうね、テッサのことだけはあの場所に向かう前に話しておきましょうか』
エルフの里、滞在三日目。
ユージは、リーゼの家で思いがけない事実を知るのだった。
リーゼは稀人の血を引いている。それどころかアリスも。
そして、リーゼの祖母が初代国王の父・テッサのハーレムメンバーの一員だったと。
ユージ、待望の稀人の情報である。