閑話15-7 とある二人の冒険者、次は宿場作りに取りかかることが決まる
副題の「15-7」は、この閑話が第十五章 七話終了ごろという意味です。
ご注意ください。
一人の男が木に斧を打ちつける。
一振り一振り、力強く。
男の後ろでは二人の男が同様に斧を振るい、さらに一人の男が打ち倒された木の枝を払っていた。
ほかの二人は、ざっと処理した木を開拓地まで運搬中。
そして、最後の一人から集団に声がかけられる。
「おーい、おまえら! 道の先から二人来るぞ! 一人はサロモンさんだ!」
「おやっさんが?」
モンスターや獣を警戒するため見まわりに出ていた男。
裸の上半身は短い毛で覆われており、手足を器用に使って木から木へと飛び移る。
王都育ちで冒険者ギルド学校の出ながら、道造りの役務に励む猿人族の男。
通称・猿である。見たままである。
開拓地からプルミエの街まで通じる道を造る7人の男たち。
どうやら今日は、来客を迎えることになるようだ。
「おう、やってんな。お疲れ」
「おやっさん、お疲れさまです! あの、そちらの方は……」
「ああ、直接会うのは初めてか。プルミエの街の代官さまだ」
「プルミエの街の代官、レイモン・カンタールだ」
無表情で挨拶する40才前後の男。
黒い髪を後ろに撫で付けた、痩せぎすの男である。
代官と聞いて、木こりと猿、5人の犯罪奴隷がざっと跪く。
「ふむ、ユージ殿に絡んだ男たちと犯罪奴隷とは思えぬほど従順だな」
「は、はい。その、みなさまより寛大な扱いを受けておりますので」
代表して答えたのは猿人族の男であった。
この男、見た目は猿だが王都の冒険者ギルド学校出身なのだ。ちょっとした教育は受けているのである。
まあプルミエの街ではそれを活かすことなく腐り、森で暮らすようになってから役立っているという謎の状況だが。
「それなりの受け答えもできる、と。サロモン殿、働きは如何なのだ?」
「木こりと猿は真面目にやってますよ。天職を見つけたぜ! とか言ってまして。犯罪奴隷のほうも問題ないようです」
「ふむ、森での暮らしを苦にせぬか。犯罪奴隷も欠けていないようだしな」
「はい、慣れたら街よりも過ごしやすく……それで、その、どういったご用で」
「おう。ユージさんから手紙が届いてな、開拓地を視察するついでにお前らの様子を見に来たのよ。代官さまも見たいって言うから、俺が護衛としてな」
サロモン、また冒険者ギルドを留守にしてきたようだ。
今度の名目は代官さまの護衛、である。
ギルドマスターのサロモンがプルミエの街の最強クラスである以上、文句は言えない。少人数で動こうとした場合、サロモンを護衛役にというのは適任なのだ。
ギルド職員はまた血の涙を流したことであろう。矛先がユージに向かわないことを祈るばかりである。だいたいユージ絡みなので。
「あれ? でもユージさんたちはまた旅に出るって言ってたような……」
「ああ、そりゃいいのよ。視察は開拓地がどれぐらい広がったか、今年の収穫はどんなもんかってヤツだからな。ブレーズが副村長なんだろ?」
「あ、はい」
「それによ……ユージさんの手紙には、犯罪奴隷たちに道の間に宿場を造らせてほしいって嘆願があったらしくてな。おまえらの様子を見るのも目的だったのよ」
「ユージさん……マジでお願いしてくれたのか……ありがとうございます」
サロモンから事情を聞いた木こりは、跪いたままその場にいないユージに向けてぐっと頭を下げる。
続けて猿も、5人の犯罪奴隷も。
プルミエの街の代官は、唇の端をわずかに持ち上げてその様子を眺めていた。
開拓地にほど近い休憩所。
現在7人の男たちが泊まり込んでいる場所に、プルミエの街の代官と冒険者ギルドマスター・サロモンの姿があった。
7人の男たちは、わずかに離れた場所で歓待の準備をしている。
といってもお茶と干し肉、木の実ぐらいしかないのだが。
「それで代官さま、どうなさるおつもりで?」
「開拓地を見てからだが……宿場は必要だろう。領主ご夫妻が資金援助される缶詰の生産拠点もこちらになることだしな」
「ああ、ケビン商会が売り出し中の。では道の広さの目安ということではなく、本当に荷車が通ることになりますな。頻繁であれば、野宿というわけにもいきませんか」
「うむ。それに、うまくいけば……」
「まだ何か?」
「いや、こちらは可能性が低いからな。まだ口には出さぬ」
「は、はあ」
プルミエの街から開拓地を繋ぐ、荷車が通れる道。
完成すればケビン商会の缶詰工場は鍛冶施設を建設して、本格的に稼働が始まる予定である。
貴族向けの缶詰は、ケビン商会から買い上げて領主夫妻が貴族たちに販売する約束となっていた。
そもそも缶詰の秘密を守るために、ケビン商会は人が入り込みにくい開拓地に製造工場を造ろうとしているのだ。
ともあれ。
道が完成すれば、原料の配達や製品の輸送のために往来が増えることは確定している。
代官は口にしなかったが、エルフとの交易が成れば、開拓地とプルミエの街を結ぶ道の往来はさらに増えることだろう。
誰にやらせるかはともかく、宿場は必要なのだ。
「宿は一軒。ゆくゆくはそれなりの宿をもう一軒。馬屋、水場、住人用の煮炊き場、住人用の住居が二、三軒といったところか」
「そうですなあ。あとは宿場を囲む柵も必要でしょう。住人は戦闘力も欲しいところです。例えば元冒険者はいかがでしょうか」
サロモン、さりげなく冒険者の引退先を確保しようとしている。
書類仕事がイヤで代官の護衛を名目に逃げ出したわけではないのだ。これも一つの営業活動なのだ。たぶん。
「完全に自給するのは無理だろうが、あとは農地や狩りか。……缶詰の一部が領主ご夫妻の商品となる以上は、護衛としての戦力や道を見まわる人員も必要か」
「さすが代官さま! そうでしょうそうでしょう。やはりそれにはモンスターにも人相手にも慣れた元冒険者がいいんじゃないでしょうかねえ」
サロモン、揉み手せんばかりの勢いである。
ちなみに代官さまは悪徳代官ではない。山吹色のまんじゅうはいらないのだ。
「気が早いなサロモン殿。まずは開拓と建設だろう」
「そうでした、さすがお代官さま! いやあ、うっかり!」
ちなみにサロモンも越後屋ではない。ついに揉み手しだしていたが。とりあえず、ごますりが下手すぎる。
「そ、その、代官さま、おやっさん。じゃあ」
「認めよう。領主ご夫妻は、ユージ殿に恩もあるそうでな」
「ありがとうございます!」
「あざーっす!」
男たちの感謝の言葉が森に響き渡る。暑苦しい。まだ春なのだが。
「というか、木こりと猿はどうすんだ? 道はもうすぐ完成する。そうすりゃ街に帰れるんだぞ?」
「俺たちは……」
「ユージさんやケビンさん、それに道造りを監督してたギルド職員から話は聞いてる。真面目に働いてたそうじゃねえか! 腐りまくってたゴロツキがなあ……」
「おやっさん……その、俺たちは、コイツらと一緒に宿泊場所を造るつもりです」
「乗りかかった船ってヤツですかね! それに、俺たち街よりも森での暮らしが性に合ってるみたいなんですよ。ほんと、意外だったんですけど」
意外だったんですけど、ではない。猿は街より森にいるのが普通だ。両手斧を持った大柄な男も、森で木を伐っていても何一つおかしなことはない。
「そうか……まあ、たまには冒険者ギルドに顔を出せ! ついでに受けられる依頼もあるだろうよ。金があって困ることはないだろ?」
「お、おやっさん……」
「よく役務に向き合って更生したな。まあ予想よりずいぶん早く終わっちまったが……街に帰ったら、斧と鉈でも贈ってやるよ」
「おやっさん!」
「ユージさんとケビンさんに感謝しろよ? あの二人が穏便にと言い出さなきゃもっと過酷な罰でもおかしくなかったんだ。それと、今後は領主ご夫妻と代官さまだな」
「はい、もちろんです! ありがとうございます!」
「あざーっす!」
いまいち締まらない唱和である。
「サロモン殿、ひとまず道造りが終わったら冒険者ギルドへの依頼は終了となる。宿場造りを依頼するかどうかは、ケビン殿が帰ってきてから打ち合わせることになるだろう」
「かしこまりました。ってことは、まわりには誰もいなくなるのか……」
「おやっさん、俺たちは宿泊施設を造る場所に移動するつもりですけど」
「ああ、おまえらだけになるってことだ。他に誰もいない。よし、俺からの祝いだ。そん時は酒を贈ってやるよ」
「え?」
「まわりにゃ誰もいねえ。何があろうが、そこにいるのは仲間だけ。まあ酔いつぶれるほどの量には贈れねえだろうがな」
「お、おやっさん……」
「いいですかね、代官さま?」
「サロモン殿が二人の冒険者に酒を贈るだけだろう? 止める理由はない。何があっても自分たちの責任だ」
ずいぶん遠回しな言葉である。
いかにこの世界の労働者が飲みながら働くことがあるとはいえ、5人は犯罪奴隷なのだ。もちろん酒は支給されない。
飲ませたならば、監督者の自己責任である。
「ありがとうございます! おやっさん、代官さま! 俺、俺たち、がんばります!」
「あざーっす! がんばりやす!」
安い居酒屋か。ずいぶん軽い唱和である。
だが。
男たちの目からは、滂沱の涙が流れていた。
男たちのせいではなく、唱和を教えた稀人が根本を間違っていたのだろう。たぶん。
「それで、代官さま。宿泊場所ができたあかつきには、防衛と道の見まわりとして元冒険者の移住を……」
「うむ、検討しよう」
「あざーっす!」
サロモン、うつったようだ。
ともあれ。
男たちの希望通り、7人一組で道の途中に簡易な宿場町を造ることが決まった。
領主夫妻、それに代官はひとまず無料の労働力を手に入れたことになる。
宿場町が完成すれば、冒険者の引退先も増えるかもしれない。
道が整備され、途中には宿もある。ユージやケビン商会にとっても便利になるはずだ。
関わる者たちにとって、いいこと尽くめであるようだ。
ノリはともかくとして。