第七話 ユージ、エルフの里に行くため船に乗り込む
「でもどうしようか、全員連れていけないことは確かだし……」
「ユージさん、オオカミたちは置いていってはどうですか?」
「え? そ、そんな薄情な……」
「彼らもモンスターで、これまで群れで生活していたのです。置いていっても全滅することはないと思いますよ」
「は、はあ……」
「あとはそうですねえ……言うことを聞くのであれば、先に開拓地に向かわせますか?」
「ケビン、開拓地にはジゼルがいるんだぞ!」
「お義父さん、ジゼルは日光狼と土狼程度に負けませんよ。問題にするなら戦えない人員のほうでしょう」
「うーん、みんなわかってくれますかね。それに、コタローがいなくても人間を襲わないかどうかが……」
「手紙でも持たせれば? ほら、ボクらに向けて書いた看板みたいにさ!」
「加えて、人を襲わない、開拓地の柵の内側に入った場合は殺られる、とオオカミに言い聞かせることができるかどうかですね」
「コタロー、どうだろ? 人って、マルセルたちもいるから獣人もだけど」
そうコタローに問いかけるユージ。この男、もはやコタローの知能を疑っていないようだ。
ケビン、ハル、ゲガスを交えた会話を聞いていたのか、ワンッ! と一つ吠えてから15匹のオオカミのところに向かうコタロー。わかったわ、ちょっといいきかせてくる、と言っているかのような行動である。
「野生の獣よりは知性があるって言っても……大丈夫ですかね?」
「ユージさん、心配してもしょうがないよ! もし何かあっても、開拓地には処理できる戦力がいるでしょ? ボクやゲガスには惨敗してたけど、ブレーズもなかなかやるみたいだったし」
「そうですよユージさん。まあ私たちが帰るまで、オオカミたちが無事なことを祈りましょう。それより、ユージさんは開拓民に伝える手紙を書いてください」
「はあ……」
ワンワン、ガウガウと騒がしいコタローと日光狼、土狼たちをしり目に、ユージはケビンに渡されたペンを取る。
ユージは開拓地に残った副村長・ブレーズに宛てて。
ケビンもペンを走らせ、ジゼル宛ての手紙を書いているようだ。ラブレターである。いや、オオカミたちの事情である。一部ラブレターになっていたが。
ワンッ! という鳴き声に反応して顔を上げるユージ。
ユージの目の前で、誇らしげに胸を張っておすわりするコタローがいた。
その横には日光狼が並び、二匹の後ろに14匹の土狼が二列横隊で整列している。
軍隊か。
「どうかなコタロー? わかってもらえた?」
そんなユージの問いかけに、コタローがワン! と鳴き声を返す。もんだいないわ、と言わんばかりに。
「ユージ兄、コタローはすごいねえ! みんな、ちゃんとコタローの言うこと聞くんだよ!」
コタローを撫でつつオオカミたちに言いつけるアリス。
ユージに続き、この少女もコタローの知能を疑っていないようだ。
「よし! じゃあコイツに目印をつけてやらないとなー」
そう言いながら、日光狼に近づいて用意していた物を装着させていくユージ。
前脚の後ろ、胴体にぐるっとベルト状の革を巻く。
ゲガスとケビンが削った二本の木の棒をベルトにくくりつける。
日光狼の体の横、左右に一本ずつ木の棒がつけられた。
二本の棒の先端を、紐で縛って繋げる。
体を底辺に、二本の木の棒が二つの辺になる三角形を描いた形である。
「どうでしょうケビンさん?」
「ええ、やはり一本より安定していますね」
「よし、じゃあここに……」
三角形の上部に布を取り付けるユージ。
これもコタローがオオカミたちに話をつける間に作ったものである。
白い布には、この世界の言葉で大きくユージの名前が書かれていた。
「うん、外れなさそうだ! 誰が最初に気づいてくれるかなあ」
「プルミエの街から戻ってきていればエンゾさん。あとは狩りに出ている可能性がありますから、弓士のセリーヌさんか猫人族のニナさんでしょうか」
「うまくいくといいんですけど……ま、まあみんな冷静ですしね!」
『ははは! なんだこれ、モンスターが言うこと聞いて、しかも伝令みたいになってる!』
『ちょっとハル! でもそうね、ほんとユージ兄はおもしろいこと考えるわ!』
「あとは手紙を落とさないように、ベルトのところに挟んでっと。よし、できた!」
準備はできたらしい。
そこには、木の棒にくくりつけられた白旗を背負い、手紙を挟まれた日光狼の姿があった。
視線は地面に落ちている。
後ろに並ぶ土狼たちは、哀れみの目で元ボスを見つめていた。
どうやら闇夜に忍んで獲物を襲う日光狼と土狼にとって、この姿は恥ずかしいことであるらしい。
現ボスのコタローも、日光狼に温かな眼差しを向けている。がまんするのよ、と言わんばかりに。
「うわあ! オオカミさんかっこいい!」
なぜかアリスにだけはウケているようだが。
「じゃあみんな、人は襲わないように! 俺たちが帰ってくるまで、開拓地の柵の中には入らないように! それから、日光狼は誰かに見つけてもらって手紙を渡すように!」
整列している15匹の前で大きな声を出すユージ。
まるでリーダーのような行動である。いやまあ、リーゼを送るエルフ護送隊の隊長なのだが。
理解したかのように凛々しい表情でヴォウッと吠える日光狼。旗が揺れる。
ゆっくりと森に向かう元ボスに続いて、14匹の土狼も動き出す。
「大丈夫ですかねえ」
「ユージさん、こんなことを言ってはアレですが……ダメだったら、その時はその時です。開拓地には戦力もいますから、オオカミが命を落とすだけですよ」
「そんなことにならなきゃいいけど……。それにしてもコタロー、みんなに体をこすりつけてたけど、なんだったの?」
ユージの質問に首を傾げるコタロー。当たり前である。いくら賢いとはいえ、コタローは犬なのだ。問われたところでしゃべれない。
「ユージさん、アレじゃないか? 獣が匂いをつけて縄張りを示したり、自分の物だって主張するだろ?」
「あ、なるほど! ……えっと、ケビンさん、こっちの人は匂いで判別できるんですか? 俺がいた場所では無理だったような……」
「さすがに無理でしょうねえ。いや、獣人なら可能性はあるかな?」
ユージとケビンの言葉にぎょっと目を剥くコタロー。そうなの、にんげんってふべんね、とばかりに肩を落としている。どうやらコタローはゲガスの言う通り匂いを移して開拓民たちに伝えるつもりだったらしい。無理である。
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「さあユージさん、ボクらも出発しようか!」
「はい! あ、二艘ってことは、どうやって分かれましょうか」
コタローの子分となった15匹のオオカミたちを送り出したユージたち。
次はいよいよユージたちが出発する番であった。
振り返ったユージは、旅を共にするメンバーを見て思案する。
船は二艘、船頭役のエルフを抜いてここにいるのは6人と一匹。
どう分けるか考えているらしい。
「アリス、リーゼちゃんと一緒がいい!」
『ユージ兄、リーゼはアリスちゃんと一緒に乗るわ!』
ぎゅっと抱き合う二人の少女。
現地の言葉とエルフの言葉、通じていなくても気持ちは通じているようだ。
「アリスとリーゼは同じ船、と。ってことは、ハルさんも同じほうがいいですかね?」
「ユージさん、船同士は距離を取らないし、問題ないよ! ボクは剣士じゃなくて弓と魔法のほうが得意だから!」
かつてケビンとジゼルの結婚パーティで人目を惹きつける剣舞を踊った男はのたまう。
まあ実際に魔法だけで元3級冒険者のブレーズを一蹴していたが。
「やったあ! じゃあユージ兄も一緒のお船だね!」
「うん、そうしようか! コタローもこっちでいいかな?」
ハルの言葉を聞いて、アリスが笑みを浮かべる。
どうやらアリスの中では決定事項らしい。
コタローも駆け寄ってユージの足に体をこすりつける。わたし、わたしもおなじふねがいい、と言わんばかりに。
ユージ、モテモテである。少女と犬に。
一艘にはユージとアリス、リーゼ、コタローが。
もう一艘にはハル、ケビン、ゲガスが。
それぞれ船頭役のエルフと共に、船に乗り込んでいく。
「ユージ兄、馬車と一緒に乗ったお船よりも小さいね!」
「そうだねアリス。でも、水に潜れるんだからこの船のほうがスゴイと思うよ! マジで上はフレームだけで何もないんだな……」
『わかってるじゃないユージ兄! そうよ、エルフはすごいんだから!』
ユージ、ハルがいないためひさしぶりに同時通訳である。もうすっかり慣れたものだ。
ユージからは見えなかったが、エルフの言葉でリーゼに伝えたユージの発言は、船頭役のエルフをニヤつかせていた。
『この船のほうがスゴイ』という言葉に反応したのだろう。
「ユージさん、そっちも準備はできたかな?」
「あ、はいハルさん!」
「まあ最初は潜らないでこのまま行くからね!」
「……え? そ、そんな」
「ははは、まあ慣れたら潜ってみるからさ! さーて、『じゃあ、出発!』」
「よーしみんな、出発だって!」
「しゅっぱーつ!」
エルフの里へ。
リーゼを家族のもとに送る。稀人の情報を入手する。お役目を引き継ぐ。
それぞれの目的を胸に抱いて、6人と一匹を乗せた船は岸を離れるのだった。
子供も大人も犬も、船旅とエルフの里への期待に目を輝かせて。