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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十五章 エルフ護送隊長ユージ、エルフの里に向かう』
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第一話 ユージ、用水路を造りながら森を進む

 ユージたちが開拓地を出てから二日目の午後。

 一行はあいかわらずのんびりと森を進んでいた。


「よーし、アリス、リーゼ、そろそろ魔法は止めて進もうか」


「はーいユージ兄!」


 土魔法で用水路を造っていたアリスとリーゼが、ユージの言葉で魔法を止める。

 体内にある魔素を使い切ると、気絶するように倒れる。

 『森の魔法使い』と呼ばれたユージが、初めて魔法を発動した際にノリすぎて経験したことである。

 以来ユージは、アリスが魔法を使う際に適当なところで切り上げさせていた。

 まあ倒れたところでユージが背負うつもりなようだが。


『お嬢様、もうおしまいだってさ! 魔素の残りはどう?』


『まだ余裕よ! アリスちゃんもずいぶん余裕があるように見えるけど……』


 周囲の魔素が見えるという『魔眼』で自分、そしてアリスの体の魔素を見たリーゼ。

 どうやら二人ともまだ魔法を使えるようだ。

 リーゼはここまでにしようというユージの言葉に首を傾げている。


『お嬢様の魔眼は便利ですねえ……まあいいんじゃないですか? 今回じゃなくても、ね』


『ハル……何を企んでるの?』


『ナイショです! でも大丈夫ですよお嬢様、うまくいけば良いことですから!』


 旅の途中はもしもの時に魔法が使えるよう温存するもの。

 とはいえユージはそれを狙ったわけではない。

 何しろ現役の1級冒険者のハルに加え、ゲガスもケビンもいるのだ。あと犬。

 いや、いまやユージも5級冒険者。

 ユージもいっぱし以上の戦闘力はあるのだ。



「それにしてもハルさん、エルフの里はどこにあるんですか? そろそろ教えてくださいよ」


「ふふ、ユージさん、まだ秘密!『ねえお嬢様?』」


『そうね、せっかくだもの!』


『ん? あれ? リーゼは里の場所がわからなかったんじゃないの? だから帰れなくて……』


『ユージ兄、それもすぐにわかるわ! もうちょっとだけナイショなの!』


 唇の前にピンと指を立てて、ナイショと仕草で伝えるリーゼ。ウィンクらしきものをユージにしている。ちょっと顔が引きつっているのはご愛嬌だろう。どうやらまだレディにはなれないようだ。いや、レディの必須技能なのかは疑問だが。

 リーゼと手を繋いでいたアリスは、空いていた右手で指を立ててマネをしている。両目が閉じていた。

 ワフワフッと鳴くコタロー。ありす、だめよ、こうするの、と言いたげに。普通にまばたきであった。


『うーん、まあいいや! じゃあ楽しみにしておきますね!』


 ナイショだという二人のエルフを問いつめず、歩みを進めるユージ。

 ユージの特技、先送りである。

 まあこの場合は問題ではないのだが。


 と、二人の少女とじゃれていたコタローの耳がピクピク動く。

 一行の進行方向に目をやってワンッ! と大きく吠えるコタロー。


「ん? どうしたコタロー?」


「ユージさん、たぶんコタローさんは水の音を聞きつけたんじゃないでしょうか」


「ああそうか、もうすぐ川ですからね!」


「待てユージさん。水場は危険な動物がいる可能性もある」


「あ、ありがとうございますゲガスさん。アリス、リーゼ、気をつけていこうな」


 ゲガスの言葉を聞いて、アリスとリーゼに注意を促すユージ。

 だがゲガスに注意されたのは少女たちではなくユージである。

 いや、きっとユージは自分と同じように駆け出さないように注意したのだろう。たぶん。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ハルさん、川に着きましたけど……ハルさん?」


「ゲガス、どうかな?」


「まちがいねえな、獣の足跡だ。ケビン、どう見る?」


「オオカミの群れでしょうね。獣かモンスターか。このあたりだと森林狼でしょうか。秋にゴブリンとオークの集落を潰しましたから、雪解けの後で空いた縄張りに流れてきたのかもしれませんね」


 到着した川原に残る足跡を見つめて話し込む男たち。

 ハル、ゲガス、ケビンである。

 その言葉から、ユージは川原にオオカミが出るらしいことを知った。


「えっと、ケビンさん、どうしましょうか? 野営は別の場所のほうがいいですかね?」


「ユージさん、オオカミは行動範囲が広いですから移動してもあまり変わりません。それより見晴らしのいい川原のほうがやりやすいでしょう。こちらの戦力は充分ですしね」


 地球においてもオオカミの行動範囲は広い。どうやらそれはこの世界でも変わらないようだ。

 それにしてもケビン『やりやすい』とはどういうことなのか。まあ考えるまでもない。木々や薮で視界も足場も阻害される森の中より、開けた川原の方が『()りやすい』のだろう。


「それにほら、見てくださいユージさん」


 そう言ってケビンが指を差す。

 目を向けるユージ。


 そこには怒れる女がいた。


 顔をしかめ、毛を逆立て、不機嫌そうに同じ場所を行き来する。

 グルグルと低いうなり声をあげながら。


 コタローである。


「コタロー? えっと、怒ってるのかな? 移動する?」


 ユージの問いかけにガウガウッ! と大きく二回吠えるコタロー。

 なにいってるのゆーじ、けだものにはおしおきがひつようなの、と言わんばかりに。(けだもの)なのに。


 どうやらコタローはオオカミの存在におかんむりであるらしい。

 挨拶もなかったので。

 のんびりではなく歩いた場合、開拓地から川原までは約1日。ここはコタローの縄張りですらないのだが。

 怒れる女に理屈は通用しないようだ。犬でも。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「敵がいるってわかってて野営するのは落ち着かないですね」


「ああ、ユージさんはこういうのは初めてか。まあいい経験だな」


「心配しないでユージさん! お嬢様にも稀人にも指一本触れさせないからね!」


「ハルさんの言う通りですよ。ユージさん、気楽に構えておいてください。言葉の通り、敵が尻尾を見せるまで」


 6人と一匹は夕食を終え、たき火を囲んで会話していた。

 たどり着いた川原、その開けた場所。

 中心にはアリスとリーゼ、囲むようにユージ、ケビン、ゲガス、ハルが座る。

 不機嫌な様子のコタローはさらにその外側。


 オオカミの痕跡が見られたことから、今日はテントを張らずに雑魚寝の予定であった。

 これまでの旅の野営ではテントや馬車を利用していたユージ、初めての経験である。


 落ち着かない様子のユージ、余裕の表情を見せるケビンとゲガス、ハル。

 そんな大人たちに囲まれたアリスとリーゼも余裕を見せていた。

 というか、気にせず二人でおしゃべりしている。暢気か。いや、信頼の表れだろう。


「アリスちゃん、見て! リーゼと、アリスちゃんと、ユージ兄!」


「うわあ、キレイだね! あのね、アリスも同じのをもらったんだよ! お揃いだねリーゼちゃん!」


 リーゼが荷物から取り出して大切そうに持っているのは、ユージからプレゼントされた品。

 プルミエの街の青空市場で購入した額縁の中には、一枚の紙が入っていた。

 そのために撮影してプリントアウトした写真である。

 手を繋いで笑顔を見せる二人の少女、その背後に立ってそれぞれの肩に手をおく一人のおっさん。三人の前には、一匹の犬がおすわりしている。

 リーゼが手にしているのは、いくつか贈られた写真と額縁のうち、アリスとリーゼ、ユージ、コタローが写った写真のようだ。


 掲示板住人の指導の下、ユージがワイヤレスシャッターを使って撮影した写真である。

 ユージの家の庭にたたずむ三人、背景には家の一部が写った一枚だ。


「ユージ兄とトマスさんががらす(・・・)をしたの。だから、たくさん保つんだって!」


「宝物だからね! すぐ消えちゃうのはイヤだもんね!」


 写真は透明なガラスで覆われ、A4サイズよりひとまわり小さい額縁に嵌っていた。

 プリントした写真は日光や空気に触れることで色あせてしまう。

 ユージの家のガラスは、外すのではなく割った場合は復活する。

 それを利用して、ユージは透明なガラスを切り出していたのだ。

 少しでも写真を長持ちさせるために。


 まあ切り出したのはユージではなく『武器を持っていても家に入れるようになった』ハルだったのだが。

 割れやすいガラスも、1級冒険者の手にかかれば問題なく()()()ようだ。

 さすがハルさん! とユージは褒めていたが、どう考えても異常である。技量でなんとかなるものなのか。

 ついでに掲示板住人、というか検証スレの住人も喜んでいた。ユージ以外も傷付けられるのか、また新しい情報だな、と。


 たき火の前で寄り添って座り、写真を眺めてニマニマと頬を緩めるアリスとリーゼ。

 秋以降、多くの時間を一緒に過ごしてきた二人。

 お別れが近いとわかっているアリスとリーゼは、この旅の間ずっとイチャついている。


「写真、たくさん保つ。リーゼとアリスちゃんも、ずっと友達!」


「うん! アリスとリーゼちゃんは親友なんだよ! 離れても友達なの!」


「リーゼ、忘れない。アリスちゃん、会いに来てね」


「うん! ユージ兄とコタローと、一緒に行くんだから!」


「ケビンさんも」


「あ、そっか! ケビンおじさんのお仕事のお手伝いだった! でもよかった、また会えるんだもんね!」


 確かめるように友達だと、親友だと、また会おうと口にする二人の少女。

 この旅の間、魔法を使っていない時はずっとこの調子である。


 ユージはそんな二人の様子をニコニコと微笑みながら見守っていた。保父さんか。

 これまではコタローも。


 だが、そのコタローはイライラと顔をしかめながら周辺を警戒している。


 今宵のコタローは、血に飢えておるようだ。



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