閑話14-6 辺境の領主、王都で侯爵に頼み事をされる
会話多めとなっております。
副題の「14-6」は、この閑話が第十四章 六話終了ぐらいという意味です。
ご注意ください。
「行ったか……オルガ、あれで良かったのか?」
「ええ、あなた。バスチアン様にはアリスさんが謝罪を受け入れてくれたこと、きちんとお話しくださいね」
「うむ、それはまあ。それより、エルフとの交易のことだ」
「充分ですわ。もしエルフとの交易が成立すれば……これまでなし得なかった種族間の本格的な交流となりますもの。あなたやバスチアン様が従うしかないお方から何か言われようと、ユージさんを守る大義名分ができます」
「だが、交易が成らなかったらどうするのだ?」
「あらあなた、おかしなことを。ユージさんが交易を持ちかけられるほど、エルフと友好的な関係を築いているのは事実ですのよ? 交渉できるのはユージさんしかいない、と言い張ればいいじゃないですか」
「む、たしかに。事実でもあるしな!」
「その通りですわ。もしそれでもユージさんが危ないようであれば……あなた、その時は決断してくださいませ」
「なに、心配するな。儂が剣を捧げたのは、それがわからぬお方ではない!」
「あなた」
「うむ、わかっておる。オルガ、儂はもう発つぞ。レイモンの防衛計画の見直しには、峠に兵士の詰め所を加えるように伝えておいてくれ。盗賊対策の名目で、最優先事項でな」
「では、もしもの時は」
「うむ、まあそんなことにはなるまい。『赤熱卿』のバスチアン様が味方なのだ」
「だといいのですけれど。では、すぐに峠に兵士を派遣しておきますわ。もし盗賊が出るようであれば、王都から続く道を封鎖できるように」
「うむ、だがすぐに動くことはないだろう。動きがあっても年単位よ。騎士団にいる儂が一番よく知っておる」
「備えよ、常に。志を抱き、独立独歩たれ。それが辺境の領主の心構えですわ」
「ふふ、頼りになるの。この後なにがあろうとも、オルガを娶れたことが儂の人生最大の戦果かもしれぬ」
「もう、あなたったら」
うっとりと見つめ合い、そっとたがいの腰に手をまわす二人。
辺境の領主、ファビアン・パストゥールとオルガの夫婦は今日もラブラブであるようだ。
交わした会話は物騒だが。
「名残惜しいが、儂はもう行かねばならぬ」
「ほかならぬバスチアン様の呼び出しですもの。行ってらっしゃいませ。ご無事をお祈りしていますわ」
腰にまわした手に力を入れて、妻をぐっと抱き寄せる領主。
わずかに身をかがめ、口付けを交わす。
密着した夫婦の間で、ユージとハルの目を引き寄せて止まなかった双丘がぐにゅっと潰れる。
ユージ、この場にいなかったのは幸運なのか不幸なのか。
リスクを考えれば、きっと幸運だったのだろう。ささいな眼福で打ち首になるわけにはいかない。
「ではオルガ、しばしの別れだ! この地を頼む!」
身を離した領主は振り返ることなく部屋を出る。
身支度と装備を整え、一路、王都へ向かうために。
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「ほう、ずいぶんと急いだようじゃな」
「はっ、バスチアン様のお呼び出しとあれば。プルミエの街より一騎駆けで参りました」
「ガタイばかり大きくなった小童が、いっぱしの口をきくようになったではないか」
「はっ、これでも騎士爵を賜った辺境の領主でありますので」
「辺境の領主、のう。言うではないか。ずいぶんと治安が悪いようじゃが?」
「も、申し訳ありませんでした!」
王都・リヴィエール。
貴族の館の応接室。
騎士爵を賜ったと名乗った大男が、床に頭をこすりつけて両手を投げ出す。
土下座である。
ユージが7人の男たちにされた、異世界流の土下座である。
「手紙は届いておるようじゃな。それで、ユージ殿とアリスには会えたかのう?」
「はい、アリスさんには謝罪を受け入れていただきました!」
「アリスは優しい子じゃなあ。それで、ユージ殿は?」
「エルフの里に向かうとのことでしたので、交易できないか持ちかけていただきます! うまくいかない場合も、エルフとの友好の窓口になり得るという実績になるかと!」
「ほう。小童にしてはよくできた案じゃな。……オルガ嬢か?」
「その通りです! あいかわらずのご慧眼で!」
「世辞はよい。それで、うまくいった場合はどうするのじゃ?」
「バスチアン様とユージ殿が了承されるのであれば、エルフがらみのなんらかの役職に就いてもらおうと考えております!」
「ふむ。エルフとの信頼関係を築いたユージ殿でしか成り立たない役職か。外すわけにはいかないということじゃな?」
「はっ! ユージ殿の情報が漏れた場合も、種族間の友好を盾に、ユージ殿を守ることが可能になるかと!」
「『王都の華』は見た目だけでなく中身も優秀じゃったか。……もし、もしそれでも逆らえないお方からユージ殿を求められたらなんとする?」
「テッサ様と初代国王、そして最初の辺境の領主との約定が存在します! 建国時から続く侯爵家の当主であるバスチアン様はご存知では?」
「その札を切る覚悟までしておるのか。うむ、立てファビアン。お主の腹づもりは理解した。謝罪を受け入れよう」
「ありがとうございます! ですがそれは謝罪のためではありません!」
「よいよい、わかっておるよ。ケビン殿から、お主とオルガ嬢が気づいておるようだとも聞いておる。儂はユージ殿から直接打ち明けられたしのう」
「はっ! そうでしたか!」
「稀人であった初代国王の父・テッサ様。静かに暮らすことを望まれて辺境に向かったと書物に記されておったが……その辺境に新たな稀人が現れるとはの」
「奇縁です! まさかテッサ様はそこまで見通して……」
「どうじゃろうなあ。いかにテッサ様と言えど、300年先のことは予測できないじゃろう。まあよい。国王様や他の貴族が稀人であるユージ殿を求めるようであれば……辺境の独立。儂も手を貸すことを約束しよう」
「はっ! ですが、それはあくまでも最終手段です! ユージ殿の知識を辺境の開拓、ひいては王国の発展に活かせればと!」
「うむ、儂もそのつもりじゃ。なに、今代の国王様は理解あるお方じゃ。無理を言ってくることはなかろう」
「何しろ私が剣を捧げた方でありますから! それで、ところでその、隣におられるのは……」
「ふふ、この話を聞かれたことで臆しおったか。紹介しよう、儂が引き取った孫じゃ。シャルル、挨拶せい」
「初めまして、ファビアン卿。シャルルと申します。次の春より王都の貴族学校に通いますので、領地よりこちらへ参りました」
「え? ……その、バスチアン様?」
「手紙に書いた儂の娘、その子じゃ。表向きは、流行病で死んだ娘の忘れ形見で、体が弱いゆえ領地の儂の屋敷で静養しておった、な」
「シャルル殿、申し訳ありませんでした!」
その出自に気がついたのだろう。
席を立ってふたたび土下座を敢行するファビアン。
よほどバスチアンに頭が上がらないのか。文字通り。
「ほう、申し訳ないと思っておるのじゃな。ではファビアンよ、頼まれ事をされてくれい」
「そ、それはその、どうのような? 火魔法の試し撃ちとか、鎧はどこまで熱すれば耐えられなくなるかとか、ケガをした時に火で止血する練習とか、炎の壁の中でどれぐらい耐えられるかとか、その……」
「ええい、そんなことはせぬわ! それは騎士団に入ったばかりのお主が規則を破っておったからじゃ! なんじゃ、オルガ嬢と出会う前のお主の話でも披露すればよいのか?」
「い、いえそのようなことは! では、頼み事とは?」
「うむ、シャルルに剣の稽古をつけてくれ。お主が王都にいる間はお主が、離れる場合は誰ぞ信頼できる者をよこしてくれ」
「はっ、その程度であれば喜んで!」
「ありがとうございますファビアン卿」
「言うたなファビアン。シャルル、このガタイのでかい小童は、騎士団の中でもかなりの使い手じゃ。剣の鍛錬のついでに、遠慮せず火魔法も練習してよいからの」
「えっ? その、バスチアン様、シャルル殿も火魔法を? いえ、幼いわけですし、バスチアン様ほどの使い手ではありませんよね?」
「うむ。いまのところは、じゃがな」
「えっ? いまのところは? 儂、また火傷の薬を手放せない日々?」
「騎士サマに二言はないのじゃろ? その程度であれば喜んで、と聞いたばかりじゃが。それに儂の娘、シャルルの母はのう……」
「ファビアン様、剣術は貴族に欠かせないものだと聞いております! よろしくお願いします! ……領主様」
「ええい、すべてはこの身が至らなかったゆえ! シャルル殿、喜んでお受けしよう! なに、魔法も遠慮せず使うといい! 剣技と魔法を使いこなしてこそ『赤熱卿』の血族よ! すべて受け止めてこその騎士よ! はは、ははははは……」
王都・リヴィエール。
貴族の館の応接室に、騎士の乾いた笑い声が響くのだった。