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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十四章 エルフ護送隊長ユージは一時帰還して開拓団長兼村長の仕事をする』
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第十二話 ユージ、開拓地の様子を確かめる

ちょっと長めです(6,000字オーバー)

「ユージ兄、ひさしぶりですごいよかったの! アリスぐっすり寝ちゃった!」


『やっぱり最高だわ! リーゼ、すっごく気持ちよかった!』


 ユージたちが開拓地に帰ってきた翌日の午前遅く。

 ユージはアリスとリーゼと手を繋ぎ、コタローを伴って敷地の外へ向かっていた。

 すっきりした表情で。

 事案である。


 違う。

 ひさしぶりのお風呂、そしてベッド。

 旅の間、何度かサウナを利用し、王都では貴族の館でもてなされた。

 しかし、それでも現代の家の快適さには適わなかったようだ。

 蛇口をひねるだけで温かいお湯が出てくるお風呂、適度な固さのマットレス、人目を気にせず着られる肌触りのいい洋服。

 ユージ、アリス、リーゼ、コタロー。

 ユージの家で生活していた三人と一匹は、しっかり堪能したようだ。

 ちなみにお風呂はユージとコタロー、アリスとリーゼの組み合わせだった。寝室も同様である。

 リーゼが来てから、アリスはユージと一緒にお風呂に入ることはなくなったのだった。もう9才なので。



「すみませんブレーズさん、遅くなっちゃいました!」


「まあしょうがないさ。そうだろうと思って俺もさっき来たとこだしな。ユージさん、ケビンさんたちはさっそくウロウロしてるぞ」


 ユージ宅の前、小さな広場に置かれた切り株のイスに座ってユージを待っていた男。

 元3級冒険者『深緑の風』のパーティリーダーにして、この開拓地の副村長を務めるブレーズである。

 どうやらユージは、ひさしぶりに帰ってきた開拓地の現状を知るためにブレーズに案内をお願いしていたようだ。

 ユージ、偉い人っぽい仕事である。

 いや、開拓団長で村長のユージはこの開拓地のトップなのだが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「それにしてもすごいなあ。もう5軒も完成してるじゃないですか!」


「まあ中までできてるのは2軒だけで、あとの3軒は作業中だけどな」


「あ、トマスさんだ! こんにちは!」


 ブレーズの案内で開拓地を見てまわるユージ。

 リーゼは迎えにきたハルと一緒に行ったため、ユージとアリス、コタロー、案内役のブレーズ、三人と一匹の巡検である。


 ユージが最初に気にしたのは、建築中だった家族用住居。

 最後に見た時は2軒が工事中であり、他の3軒は姿もなかった。

 昨日、開拓地に帰ってきた時に驚いたようだが、あらためて見ても驚きを隠せないようだ。


「おかえりなさいユージさん、アリスちゃん! いやあ、同じ部品を一気に作っておくってやり方をユージさんに教わったからっすよ。土地が余ってる開拓地や村ならいいっすねコレ!」


「そんなに違うもんですか?」


「まあここの場合は開拓民が手伝ってくれて、元冒険者だってのがデカいっすけどね! こっちは指示と細かい調整だけでガンガン進むっすから」


「はあ、そんなもんですか」


 ワンワンッ! とユージに吠えるコタロー。そんなもんですかじゃないわよ、と言いたいようだ。

 重機も電ノコもない世界において、明らかに異常なスピードである。

 もっともユージは気づかない。

 10年間引きニートで実家暮らし、社会に出たことがないユージには気づけなかったようだ。

 元3級冒険者のブレーズが見せるありえないほどの切れ味の斬撃、そしてほかの元冒険者たちも含めた身体能力がなせる業である。

 どうやらこの世界の冒険者たちは人間重機であるようだ。

 まあ今となっては、5級冒険者のユージの身体能力も異常なのだが。


「ユージさん、事前に相談した通り完成してるほうはマルセルたちで一軒、俺とセリーヌで一軒だ」


「あ、はい了解です。内装が途中のほうはどうなってますか?」


「ああ、けっきょく3軒やることになったからな。ドミニクんとこの夫婦、針子の夫婦で一軒ずつ。それと……」


「エンゾさんとイヴォンヌちゃんですね!」


「その二人と妹さんで一軒だな。これで妻帯者にはぜんぶまわったってことだ」


「そうですか、それはよかった!」


「ああ、ほんとにな……」


 共同住宅が2棟、家族用住宅が5軒。

 ここで暮らす開拓民たちのうち、パートナーがいる者はこれですべて家を割り当てられたようだ。

 素直に喜ぶユージ。

 一方でブレーズは深いため息を吐いて、やっと肩の荷が下りたとでも言いたげな顔である。


「これでやっとアイツらに何も言われなくてすむぜ……」


「え? どうしたんですかブレーズさん?」


「ああ、後でな、後で。ユージさんに直訴したいって言ってたしな」


 言葉を濁すブレーズ。

 開拓団長で村長のユージが帰ってきたことで、責任者はブレーズではなくなる。

 ブレーズはようやく突き上げから解放されたようだった。

 まあ突き上げと言ってもたいした問題ではないのだが、本人たちにとっては死活問題なのだ。

 精神的に。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ユージさん、ここがいまの農地。あのあたりまで開墾済みだな」


「う、うわあ、これはまたずいぶん広くなりましたね」


「ああ、張り切ったヤツらがいてな。いいとこ見せて惚れさせるんだってよ……」


「え?」


「ユージさま! どうですか、この畑! ずいぶん立派になったでしょう?」


「あー! マルセルさんとマルクくんだ! こんにちは!」


「お、おかえりなさいアリスちゃん!」


 ブンブンと尻尾を振り回し、興奮した様子でユージたちに駆け寄る二足歩行のゴールデンレトリバーが二頭。

 ユージの奴隷にして犬人族のマルセル、そしてその息子のマルクである。

 農地の開墾と農作業の指揮はマルセルの仕事。

 どうやらこちらも順調らしい。


 ホウジョウ村開拓地は、農地も広がっていた。

 エンゾが旅に同行したため不在、ほかの開拓民も時に建設を手伝っていたとはいえ、第二次開拓団として元5級冒険者の男たちが5人も加わっている。

 彼らはその力を惜しみなく発揮したようだ。


 農村において、男のモテ度は戦闘力と労働力しだい。

 この世界で生まれ育った独身の男たちはそれをしっかり理解していたのだろう。

 針子見習いの独身女性のハートを射止めるべく、懸命に働いたようだ。

 実りはまあ、いまのところないようだが。


「順調みたいだねマルセル!」


「ええユージさま。面積も広がって、今年は収穫量も種類も期待できますよ!」


「あ、水はどう? って言ってももうこれ以上増やせないんだけど……」


「日照りになっても水の量は変わらないんですよね? でしたら充分ですよユージさま」


 開拓地の水は、いまだにユージ宅から供給される水でまかなっている。

 開きっぱなしの蛇口にホースをつなぎ、ため池に流し込んでいるのである。

 人は増えたものの、いまのところ水量は問題ないようだ。


 そして、ユージの家から供給されるのは水だけではない。


「いざとなればお風呂の残り湯もありますしね! ユージさまはもうご覧になりましたか? いやあ、奴隷の身で貴族様方が好むお風呂というのに入れるとは思いませんでしたよ! まあ平民の頃も入れると思ってませんでしたけど!」


「あ、できたんですかお風呂! ……しかも露天か!」


 それを聞いたユージは、さっそく水場に駆け出していくのだった。

 わーい、楽しみ! とはしゃぐアリスと、ブンブンと尻尾を振るコタローとともに。


 マルセルとマルク、ブレーズは置き去り。

 はは、そういやユージさんはこんな感じだったな、と苦笑いを浮かべるブレーズとマルセル。

 ア、アリスちゃん、と虚空に手を伸ばすマルク。

 三人はひさしぶりにユージの突飛な行動の洗礼を受けたようだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 お湯はユージ宅から無尽蔵に供給できる。

 温度調節は使う側で調整すればいいため、湯沸かし器の設定温度を最高にしてただホースで垂れ流すだけ。

 ユージが王都に出発する前に木工職人のトマスに頼んでいた浴槽も完成していたようだ。


 水場に向かったユージとアリス、コタローが目隠しを目にする。

 どうやらトマスは浴槽の他に木の壁も設置したらしい。

 まあ開拓地には女性もいるので当たり前だが。


「トマスさんも忙しいからな、二つは造れなかったのよ。男は仕事終わりでさっさと、女性陣はそのあとでゆっくり使ってもらってる。いまの時間は誰もいねえはずだが……」


 ユージたちに追いついたブレーズが解説する。

 どうやら混浴ではないようだ。残念なことに。


「落ち着いたらもう一つ造って、男女でわけましょうか! そうすればいつでも入れますしね! 温泉じゃないのが残念だけど、露天風呂かー」


「ユージ兄、アリス今日はこっちがいい! お外でお風呂に入る!」


「俺もこっちにしようかなー」


 上機嫌なユージとアリスが目隠しの壁を回り込み、浴槽を目にする。

 そこには人影があった。


 お湯につくのを嫌ったのだろう、太陽の光を浴びて輝く金髪は紐で縛られている。

 華奢な体は上気し、もともと色白な肌がほんのりピンクに染まっている。

 気持ちいいのだろう、ユージの耳に美しい歌声が届く。


 人の気配に気づいたのか、ユージたちに背中を向けていた人物が振り返る。


「あ、ユージさん! 開拓地なのにお風呂があるんだね! 昼間から野外でお風呂って、最高だよ!」


 エルフの()、ハルであった。

 ユージにはラッキースケベもないようだ。



「いいなあハルさん。俺もあとで入るかなー」


「お風呂もあるしのどかでいいところだねえ。昨日ちょっと話したけど、みんな気のいいニンゲンばっかりだし! ユージさん、ボクこの村に家を建ててもらうことにしたよ!」


「え? 拠点を移すんですか?」


「いや、さすがにそれは無理かなあ。ここにいたら情報が集まらないし。別宅ってヤツだね! あ、ケビンさんにはもうお願いしておいたから!」


 ニコニコとユージに告げるハル。

 どうやらこの村に別宅を建てるようだ。

 まあ別宅といっても深い意味はなく、通常生活する家とは別の家という文字通りの意味のようだが。いまのところは。

 現役の1級冒険者は家の購入を即決できるほど稼いでいるようだ。


「あれえ? ハルさん、リーゼちゃんは?」


「ああ、ゲガスに見てもらってるんだ! いまごろ工場予定地かな?」


「あ、じゃあ俺たちも見に行こうか。ほら、アリス」


 差し出されたユージの手をきゅっと握るアリス。

 ユージ、自然な行動である。

 どうやらアリスにはそんな振る舞いができるようだ。


「あ、ユージさん、ボクも行くよ!」


 湯船からザバッと立ち上がるハル。

 まるだしである。


 体をざっと布で拭いて、ハルはズボンを履いてユージに続くのだった。

 まだ暑いからと、上半身裸のまま。


 針子たちの作業所となっている共同住宅の窓から覗く、三対の視線を浴びて。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「みなさん、こんにちは! ……おお、広い」


「あ、ユージさん。ここが缶詰工場の予定地です。伐採は終わって建設作業をはじめたところだそうですよ」


 ケビン商会の缶詰工場予定地。

 そこではわらわらと男たちが作業していた。

 どうやら今日は工場の建設作業が開拓民たちの仕事のようだ。

 ちなみにケビン商会の仕事をした場合、開拓民には賃金が支払われている。

 もっとも開拓民たちはその一部を現金で受け取って、ほとんどのお金は食料や嗜好品、生活必需品の購入にあてているのだが。


 ケビン、ジゼル、ゲガス、リーゼ。

 旅をしてきた面々も作業を見て話し込んでいた。

 ケビンとジゼル、ゲガスは工場の建築ペース、それから今後の予定について。

 リーゼは初めて見る大きな建物の建築現場に興味津々で。


「ケビン、やっぱりホウジョウ村にケビン商会の支店を造りましょ!」


「たしかに生産拠点ですからね、管理する人間は置きたいところですが……」


「何言ってるの、この工場で働く人も増えるんでしょ? 店舗としての営業もするわよ?」


「たしかに人は増えますか」


「そうよ、ちゃんとここでもお金を回さなくちゃ! 工場とプルミエの街を往復する部隊だって必要なのよ? それに、開拓地がぐっと発展する可能性もあるんでしょ?」


 チラリとユージに目をやるジゼル。

 明確に口にはしないが、エルフの里との交易がはじまる場合を見据えての発言だろう。


「はは、ケビン、おめえのほうが分が悪いみたいだぞ。ジゼルの言う通りだ」


「いまのうちに一等地を押さえちゃいましょ? 発展しなかったら日用品の販売と工場の管理をする場所。発展したら……。ほら、いいようにしかならないじゃない!」


「わかりました。では、ケビン商会の2号店はホウジョウ村に!」


 うろうろと工事現場を見て歩くユージをよそに、ケビンとジゼルの話はまとまったようだ。

 この日だけで、開拓地にはさらに2軒の建物を建築することが決まっていた。


 話し声が聞こえたのか、作業していた元冒険者たちが目を向ける。

 そして、5人の男たちがユージに向けて走り出す。

 第二次開拓団で元5級冒険者の5人である。

 全員独身の男たちである。


「ユージさん! というかその前にエルフさん、服を着てください! お願いだから上半身裸で開拓地を歩かないで!」


 涙目であった。

 イケメンエルフが上半身裸で開拓地を歩くなど、彼らにとってはあり得ないことらしい。

 なにしろ若い独身女性が開拓地にいるので。


 木陰からチッという舌打ちが聞こえたような気がするのは、きっと気のせいだろう。

 針子の作業所の共同住宅からここまでついてきた人たちがいるわけではないのだろう。たぶん。


「そうだね、ちょっと涼しくなってきたし! ありがとう、開拓民はみんな優しいねえ」


 ハル、持てる者の余裕である。いや、モテる男の余裕か。


「くそう、くそう」

「おい、落ち着け。比べちゃダメだって。どうせエルフさんはすぐ旅に出るんだから」


 たがいを慰めあう男たち。

 だが。


「え? 旅には出るけど、ここに別宅を建てることにしたから! これからもよろしくね!」


 男たちの嘆きはさらに深まるのだった。



「お願いしますユージさん! ケビンさんも!」


「え、いや、そりゃ募集しようと思ってましたけど……ねえケビンさん?」


「ええ。缶詰、服飾。ここはケビン商会の生産拠点になるでしょう。ここなら秘密を守るのも比較的容易ですしね。人は増やす予定ですよ」


「マジっすか! いよっしゃああ!」

「そ、それで、何人ぐらい?」

「ど、どど、独身の女性でお願いします!」


 開拓団長のユージを前に頭を下げる5人の独身男たち。

 どうやら彼らは独身女性の移住者を求めていたようだ。

 といっても、ユージもケビンもいずれにせよ開拓民を受け入れる予定だったのだが。

 なにしろ工場を建てているので。


「は、はあ、まあ考えておきます」


「ユージさん! ユージさんはいいんすか!? 結婚してないのは俺たちとユージさんとあとは出張組ぐらいなんですよ!」

「毎日毎日イチャつきとノロけばっかりで!」

「家ができてくれてホントよかったっす!」

「お、俺なんてあっさり振られて……」

「お前は脈なしで告白したからだろ!」


「コイツら最近こればっかりでなあ……俺が何か言おうにも、俺も妻帯者なワケで」


 独身男たちの直訴は、若い独身女性を増やしてほしいという内容であった。

 副村長のブレーズがなだめようにも、勝者が敗者になにか言ったところで効き目は薄い。

 まあユージもいまいちピンときていないようだが。

 独り身に慣れ切っているユージは危機感がないようだった。


「ま、まあ針子は女性が多いですし、缶詰工場は料理部門も必要なわけですから。必然的に女性が多くなると思いますよ」


「ケビンさん! いえ、ケビン様!」

「よし、よし!」

「これで俺にもチャンスが……」


 ケビンの言葉に盛り上がる男たち。アホである。

 だが、彼らは気づかなかった。

 缶詰を作るには鍛冶も必要であり、鍛冶場スペースも建設がはじまっている。

 とうぜん鍛冶師は男が多い。

 独身女性が増えると同時に、競争相手も増えることは確定しているのだ。

 健闘を祈るばかりである。



 開拓地・ホウジョウ村。

 ユージが不在の間も帰ってきてからも、開拓地は平和なようだ。

 発展の兆しは大きいが、まだまだこれからであった。


一話でおさめようとしたら長く…

次話もまた開拓地での日常回。

明後日から掲示板回の予定です。


次話は明日18時投稿予定!

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[良い点] 初感想おじゃまします。 なんだろ、なんなんだろう? 言葉にするのは難しい。 でも!! ニヤニヤして読んじゃうし、時々目から水が零れ口と顎がプルプルしてしまいます。 そして…たまに心がキリキ…
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