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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十三章 エルフ護送隊長ユージは引き続きエルフ護送隊を率いる』
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第六話 ユージ、『戦う行商人』ケビンと『血塗れゲガス』の戦いを見守る

「待てや! ケビン、てめえ表でろ!」


「望むところです。会頭に認めてもらって、ジゼルと結婚します」


「ケビン……がんばってね、愛しい人」


 殺気を放つゲガスをしり目にのろける二人。

 いとしいしと、とは呼ばれなかったようだ。指輪はないので。


 ゲガスを先頭に、応接室にいた人たちはぞろぞろと裏庭に向かっていく。

 ドレスの前をつまんで裾を上げて歩くジゼル。後ろのロングトレーンは、はーいはい! と立候補したアリスとリーゼが持っている。何がうれしいのか、満面の笑みを浮かべて愛想を振りまく少女たち。結婚式か。

 途中、何かを察したのか、その行列に商会の従業員たちが合流していく。

 裏庭に到着した時には、店番を除いて全員が集まっていた。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 王都・リヴィエールにあるゲガス商会、その裏庭。

 そこに幾人もの姿があった。

 ユージ、アリス、リーゼ、コタロー、サロモン、針子のユルシェル、ドニ、シャルル、ケビンの専属護衛の二人。

 ゲガス商会の従業員たち。


 人の輪に囲まれて中央で向かい合うのは、ケビンとゲガス商会の会頭『血塗れゲガス』である。

 ケビンの横には、婚約者となったジゼルがいた。


「パパ、どうすれば認めてもらえるの?」


「ああん? 俺の気が済むまで、コイツが生きていられたらな」


 物騒である。

 気が済むまで凌げなければ死ぬしかないのか。

 比喩、あるいはジョークなのだろう、きっと。

 遅くできた娘、美しく良い子に育った最愛の妻の忘れ形見を溺愛している男のジョークなのだろう、おそらく。


「わかりました。ジゼル、下がってなさい」


「ケビン……お願い、どんな手を使っても生き延びてね」


 ジョークなのだろう、たぶん。


 ジゼルは、ケビンの頬にそっとキスをする。

 目が血走るゲガス。

 祈りを込めたジゼルの行為は、どうやら逆効果だったようだ。


「よし、ケビン! ここで死ね!」


 ジョークなのかもしれない。


 左右それぞれの腰の鞘から剣を抜くゲガス。

 反りが入った幅広の刀身は60cmほど。

 刃先は両刃になっているようだ。


「あれは……」


「知っているのか、サロモン?」


 二振りの武器を構えたゲガスを見て言葉を漏らすサロモン。どうやらプルミエの街のギルドマスターは、ゲガスの武器を知っているようだ。

 ワンワンと吠えるコタロー。ゆーじ、さんがぬけてるわよ、わるのりね、と言いたいようだ。


「斬ってよし、突いてよし。カットラスだな。あんまり見かけねえが……」


 血塗れゲガスの得物はカットラス二刀流のようだ。


「か、海賊……」


 ボソリとユージが呟くのもムリはない。

 禿頭、顔の傷、日焼けした肌、カットラス。

 絵に描いたような海賊である。

 商人なのだが。

 ちなみに、ゲガス商会は船を使った交易はしていない。


 背負子を背負ったケビン。

 さっそくその中から二振りの短剣を取り出す。

 握りも含めた全長は40cmほどだろうか。

 鍔が大きく、手を守るように湾曲している。


「サロモンさん、あれは?」


「マン・ゴーシュだな。気が済むまでと言っていたから、ケビン殿は守りに重点を置いたのだろう」


 マン・ゴーシュ、パリーイングダガー、あるいはあるゲーム風に言うとマインゴーシュ。

 攻撃を弾き、身を守るための短剣である。

 (よろず)を使って死を与える『万死』の二つ名を捨てた男、『戦う行商人』は、守ることに特化した武器を選んだようだ。



「行くぞオラァ!」


 たがいに武器を構え、向かい合ったゲガスとケビン。

 ためらいなくゲガスが突っ込んでいく。

 その迫力に観戦していたユージがビクッと体を震わせる。

 ゲガスは、とても堅気には見えなかった。


 ユージと同様に、ビクリと体を震わす者がいた。


「シャルル、中に入るか?」


「……いいんだドニ。怖いけど、見たいんだ」


「シャルル兄、アリスが手をつないでてあげる!」


 アリスの兄・シャルルである。


 村を盗賊に襲われて家族の最期を目撃し、盗賊に囚われていた少年。

 シャルルは、その身を震わせながら二人の男の戦いを見守っていた。


 犯罪ではない、男と男の戦い。

 戦いを毛嫌いするのではなく、認めるために。

 小さな少年は勇気を振り絞っていた。

 そんな少年を背後から抱きしめる狼人族の男・ドニ。フサフサの毛並みが少年の肌をくすぐる。

 そっと少年の手を取るアリス。兄が隣にいるのがただうれしいのだと、笑顔を浮かべていた。


「ありがとう、アリス、ドニ」


 シャルルは、震える声で感謝を伝えるのだった。



「いい加減に! 死ねや!」


「ジゼルを嫁にもらうまで! 死にません!」


 戦いは泥沼の様相を呈していたが。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ゲガスさんも、ケビンさんもすげえ……あれ? でも、ゲガスさんってサロモンさんでも勝てるかわからないって言ってませんでした? ケビンさん、そんなに強いんですか?」


「ユージ殿、よく見ろ。ケビン殿はただ攻撃を防ぐことに集中している。そうなるとよっぽどの実力差がない限り崩せないもんだ。ユージ殿だって、格上の相手でも攻撃を防げるように訓練してるだろ?」


「なるほど、たしかに」


「まあ気が済むまで生き残るって条件だからな。最初に怒らせたのも作戦かもな」


「え?」


 陽が傾いても、ゲガスとケビンの戦闘は終わらなかった。

 元1級冒険者のサロモンの解説通り、守りだけに集中した相手を崩すのは難しい。

 刃がかすめて服が刻まれ、傷を負って血を流しているが、ケビンに深い傷はない。

 ケビンの血をわずかに浴びているが、ゲガスは『血塗れ』という二つ名ほどの状態でもなかった。


 ケビンが持っているマン・ゴーシュはすでに四本目と五本目。

 ケビンの守りを抜くために、体ではなく手にした武器を狙ったゲガス。

 一本目をあっさりと破壊する。

 が、ケビンは背負子から次のマン・ゴーシュを取り出していた。

 予備はそれだけだろうと再び武器を狙ったゲガス。

 二本目は取り落とさせ、三本目は破壊した。

 が、ケビンは背負子から四本目と五本目を取り出す。

 こうなることを見越して、背負子にはさまざまな武器や道具を入れていたようだ。


 いや、武器や道具だけではない。

 ゲガスが距離を取った隙をついて、ケビンは携行食を口に入れる。

 次のタイミングでは水分を補給する。

 商売道具を戦いに利用する。『戦う行商人』の二つ名は伊達ではないようだ。



 二人が戦いをはじめてからすでに四時間。

 ユージの目にもわかるほど、両者は疲弊していた。

 ゲガスのほうが疲れているように見える。


 サロモンが言った通り、最初に怒らせて無駄に力を使わせたのもケビンとジゼルの作戦だったのかもしれない。

 我を失った大振りで単調な攻撃は、ゲガスに相当の体力を使わせたようだ。まあケビンが凌げたからこそだが。


「ああクソ、かてえな。まあいい、次で最後にしてやる。凌いでみせろ!」


「ケビン、アレがくるわよ! お願い、生き延びて!」


 物騒な応援である。

 ジョーク、ではなかったのかもしれない。


 小さく手を上げて婚約者・ジゼルの声に応えるケビン。

 イケメンである。仕草だけは。


 戦いのクライマックスだと悟ったのだろう。

 目を輝かせたアリスとリーゼは、ケビンさんがんばれーと声援を送っていた。

 ドニに抱きしめられたシャルルもぎゅっと拳を握って二人を見つめる。

 足下にいるコタローは真剣な眼差し。さすが冒険者ギルドのグランドマスターに認められた女である。犬だが。

 針子のユルシェルは寝ていた。地面に横になって。ドレスを仕上げるために完徹したようだ。満足げな寝顔である。


「ケビンさん、がんばれ!」


 ユージも大きな声援を送る。

 そこに、リア充爆発しろなどという妬みはないようだ。

 まあたしかに、若くてキレイな嫁を娶るためには命がけの戦いが必要となれば、そんなに憧れないだろう。

 妬んだところで、じゃああの戦いに身を投じるかと問われれば、ユージの答えは否である。

 まあゲガスとケビンが特殊なのだが。



 ケビンめがけてゲガスが走る。

 右手の一刀は大きく上に構え、左のカットラスは地につくほど下に。

 ケビンが構える。

 ゲガスに合わせて、マン・ゴーシュを上と下に。


 カットラスの間合いに入った瞬間。

 それぞれの手に持ったカットラスを振るうゲガス。

 防ごうと手を動かすケビン。

 あっさりとカットラスを弾く。だがそれは、拍子抜けするほど軽く。


 ゲガスは自らカットラスを手放していた。

 狙いは、あいた腰めがけての高速タックル。

 上下に開いたケビンの腕をそれぞれの手で掴み、ケビンの腹に肩を押し付けて。

 文字通りの肉弾戦である。


 だが。

 ケビンの婚約者・ジゼルは言っていた。アレがくるわよ、と。

 つまり、ケビンはこの手を予測していたのだ。


 踏ん張らずに自ら後ろに飛ぶケビン。

 できるだけ勢いをつけ、背負子から地面に当たるように。


 勢いのままにケビンを地面に倒すゲガス。

 と、天地がひっくり返る。


「は?」


 タックルをしてケビンを倒したはずのゲガスは、自分の背中を地面につけていた。

 馬乗りになっているのは、倒れたはずのケビン。

 ニッコリとケビンが笑う。


「凌ぎましたよ。会頭、私とジゼルの結婚を認めてくれますね?」


「チッ、しゃあねえ、男に二言はない。まあアレだけ俺の攻撃を防いだんだ、ジゼルを守れるだろ」


 ゲガスの敗北宣言を聞いてうおおおお、と盛り上がる観衆。

 ドレスの裾をつまんで、ジゼルもケビンに駆け寄る。


「ケビン、ケビン!」


 その勢いのまま、立ち上がったケビンの胸に飛び込むジゼル。


「あ、ジゼル、いまはマズいです!」


 疲れからか、足下のゲガスに引っかかったのか。

 ケビンはこらえきれずに後ろに倒れる。

 すると。

 倒れた勢いのまま背負子が地面に当たり、ケビンとジゼルが一回転する。

 ジゼルに馬乗りになるケビン。


「で、ケビン。そりゃなんなんだ?」


「いやあ、会頭の奥の手がタックルと聞きまして。背負子に仕込んでいたんですよ」


 ジゼルを抱き起こしたケビンがゲガスに答え、背負子を覆った布を外していく。

 中から現れたのは、弧を描く木の枠と、灰色の皮だった。


「馬車の車輪に使われるモンスターの肉と皮です。サロモンさんに斬ってもらいました。これを使って、後ろに倒れたらその勢いのままグルッと。ほら、武器や食料なんかは弧の内側に入れられるんです。いやー、思った以上にうまくいきましたね」


 ニコニコと笑って解説するケビン。

 どうやら事前の情報と準備が勝負を決めたようだ。


「そんな単純な手で……ああクソ! この野郎、ジゼルを泣かしたら次は仕留めてやるからな!」


「パパ……ありがとうパパ、大好き!」


「会頭、ありがとうございます!」


「お、おう……おまえら! ぼーっと見てないで準備しろ! 宴だ!」


 ジゼルの大好き発言に顔を赤らめるゲガス。

 照れ隠しのように宴会するぞ、と宣言する。


「ケビンさん、おめでとうございます!」


「よくやったケビン殿! 高価な車輪を斬ったかいがあったぜ!」


「おめでとー!」


 口々に祝福の声をあげるユージたち。

 ゲガス商会の従業員たちも歓声を上げ、拍手で祝福している。



 だが、一人の女性は。

 憤怒の表情であった。


 歓声と拍手で起こされて怒ったのではない。

 彼女は、目にしてしまったのだ。

 魂を込めて縫い上げたドレスが、土で汚れたさまを。


 どうやら針子のユルシェルの戦いはまだ続くようだ。



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― 新着の感想 ―
ユージ!撮影はもちろんしてるよな?
[一言] お父さん!娘さんを下さい!(肉体言語) お前に父と呼ばれる筋合いはない!(肉体言語)
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