閑話 あるはぐれ狼のお話 後編
どシリアスの胸糞展開です。
読まなくても本編に影響はありませんので、
苦手な方は飛ばしていただき、次章からお読みください。
傷付いた男と、一人の男の子は逃げ切れなかった。
襲撃者の残党に見つかって連れ去られる。
二人が殺されなかった理由は二つ。
狼人族の鼻と耳が優れていると知られていたこと。
男の子を人質にすれば、その優れた嗅覚と聴覚を自由に使えること。
盗賊団・泥鼠。
アンフォレ村の襲撃で弱体化した彼らにとって、少しでも追っ手に見つかるリスクを減らしたかったのだ。
男の鼻と耳は逃亡生活に役立った。
男にとっては皮肉なことに。
辺境、そして峠を越えて王都方面へ。
移動を繰り返す男たち。
小さな宿場町に盗みに入り、少人数の商隊を襲う。
男の鼻と耳、そして夜目は役立っていた。
良心の呵責を押し殺し、男は盗賊たちに協力する。
男の子を守るために。
村の襲撃、家族の死、逃亡生活。
幼い少年は、次第に心を閉ざしていった。
抵抗せず言われた通りに動くようになった男の子は、男への人質兼小間使いとして扱われていた。
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「おいイヌッコロ。どうだ?」
「馬車は三台で、護衛は五人。馬車の中まではわからねえが……」
犬呼ばわりされて苛つく気持ちを押し殺し、男は答える。
「よし、やるぞ。散れ」
男の言葉を受けて、集まっていた盗賊たちが散開する。
各地に潜ませていた協力者を回収し、ふたたび人数を揃えた盗賊団は、辺境から王都へ向かう商隊を襲おうとしていた。
襲おうとしている盗賊たちの数は26人。
五人の護衛しかいない商隊など格好の獲物である。
本来ならば。
男はニヤリとほくそ笑む。
護衛が五人しかいないことは間違いない。
だが、先行して直接護衛を見た男は気づいていた。
あの男たちは手練れだろうと。
襲撃者を撃退し、生き残りに尋問してアジトの場所を聞き出そうとするなら協力する。
アジトに残る盗賊たちを殺し、シャルルを救い出す。
焦るな、期待しすぎるなと自分に言い聞かせ、潜んで襲撃を見守る男。
だが。
男の希望は叶わなかった。
護衛はたしかに手練れだったが、襲撃者を容赦なく殺していく。
残党を探すこともなく、生き残りに話を聞くこともなく、あっさりと始末して去っていった。
小さく一つ舌打ちをして、男は気持ちを切り替える。
今回はダメだったが、生きてさえいれば機会があると。
逃げた盗賊に連れられて、男はアジトに戻る。
盗賊団・泥鼠。
アンフォレ村の襲撃でその数を減らし、商隊を襲ってさらに数を減らした。
いまや、その規模は10人。
各地に潜ませた団員も残り少ない。
襲う者から襲われる者へ。
立場を変えて、男の生活は続くのだった。
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「この草は食える。おお、虫下しの実も」
男と少年が盗賊とともに生活するようになってから数年。
十数人に規模を減らした盗賊団は、各地を転々として再び人数を増やしていった。
税を払えなくなった農民。
貧民窟を追われたゴロツキ。
仕事にあぶれたチンピラ冒険者。
十数人では小さな街にいる程度の兵でも致命的なのだ。
盗賊稼業は数を減らし、人員の勧誘と見つからないことがメインに。
商隊を襲うことが減ったため、食料は採取や狩猟で確保することが主になっていた。
少ない食料を少年に分け与える男。
草葉を食らい、泥をすする。
男にとっては幸いなことに、襲撃時には草をまとうことから、何を採取しても怪しまれることはなかった。
時に虫下しや毒消しとなる草を利用し、狩猟した獲物の内臓や野草、実を食べて男は体力を保つのだった。
いつかくるチャンスを逃さぬように。
だが。
残り時間が少ないことを男は知ってしまった。
ある夜、男の優れた耳が盗賊たちの会話を捉えたのだ。
少年趣味の貴族に、赤髪の男の子を売っちまおうかと。
捕まった時に9才だった少年は12才となっていた。
食生活のせいか線は細い。
だが、小綺麗にすれば人目を惹く見た目であった。
自分の有用性よりも、少年を高く売ったほうがいい。
そう判断して行動されたらもう男の手は届かなくなる。
山沿いを移動しながら王都に近づく盗賊たち。
男の決断の時は近かった。
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それは最後のチャンスだった。
辺境と王都を結ぶ街道。
ここで商隊を襲って、手にした物をさばくついでに少年も売り払う。
狼人族の鼻と耳はちょっと惜しいが、殺しちまうか。
そんな盗賊たちの言葉を聞きつけた男。
少年を連れて逃げ出すか、体を張って盗賊と相対するか。
男は決めかねていた。
自分ひとりならどちらでもいける。
だが、心を閉ざした少年を守りながらである。
難易度は高く、チャンスは一度しかない。
決めかねているうちに、男の耳が音を捉える。
峠を上る馬車の音であった。
一縷の期待を胸に抱き、襲撃する盗賊たちとともに待ち伏せ場所に潜む男。
目にしたのは一台の馬車だった。
その横には、絵柄が描かれた旗が貼られていた。
「マジかよ……今だけは神に感謝してやるぜ」
ボソリと呟いて男は足下の石を握る。
それは盗賊たちにも有名な旗。
故郷を離れ、転々と旅を続けてきた男も知っていた。
おまえの首が金になる。
数々の盗賊団を屠ってきた『血塗れゲガス』率いるゲガス商会の旗である。
「マント持ちは……三人か。充分だろ」
襲撃予定地点に近づいていた馬車が歩みを止める。
そっとまわりをうかがう男。
盗賊たちも旗に気づいているのだろう。
襲う気配もなく、ただ身を潜めていた。
男は石を投げる。
ここに盗賊がいるぞ、と。
左腕で投げた石は、狙い違わず馬車の幌に当たる。
戦闘がはじまった。
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「ドニ? てめえ、ひとりか? 他のヤツらは?」
「裏切りだ! アイツら逃げやがった」
「は?」
「商隊にエルフがいたんだよ! ここに戻らねえで山分けするつもりだ!」
「エルフ……だと? なんでおめえはこっちに」
「シャルルがいるからに決まってんだろ! ほれ、証拠の指輪だ。貴族の紋章付きのな」
「チッ、マジかよ。エルフか知らんが、貴族の関係者か。おら、おめえら支度しろ! 追うぞ!」
盗賊のアジトが喧噪に包まれる。
騒ぐ男たちから静かに離れていく男。
ここまでくれば、不審がられてもいい。
盗賊に相対する者たちの実力は充分。
何があってもシャルルを守るだけだ、と男は洞窟の奥に向かっていった。
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「ドニ、てめえ裏切りやがったな!」
「チッ、そこまでうまくいかねえか」
少年を座らせ、自らもその前に座っていた男の下に二人の盗賊がやってくる。
かばうように少年を腕の中に抱えて盗賊に背中を向ける男。
「てめえを殺して、ソイツを連れて逃げてやる!」
叫ぶ盗賊が男に向かって駆けてくる。
しゃがんだ男の無防備な背中に向けて、手にした剣を突き刺そうとする一人の盗賊。
男は片目を潰され、牙を抜かれ、右腕の腱を切られ、左手の指は二本切り落とされている。
武器もない。
これまで反抗的なそぶりもなかった。
無防備な背中。
そのはずだった。
しゃがんで背中を向けていた男がさっと立ち上がって上体をひねる。
開く上半身に遅れて、足が飛ぶ。
男の左足が、攻撃してきた盗賊のこめかみを捉える。
ユージが見ていたら、きっとこう言うことだろう。
後ろ回し蹴り、あれ、でも一回転してないから違うのかな? こういう場合はなんて言うんだろ、と。
ゴスッと音を立てて頭に蹴りを喰らった盗賊は、そのまま前に沈んでいく。
残るは一人。
だが、その一人は盗賊たちの中でも腕が立つと言われていた者だった。
男の足技を警戒しながら、慎重に剣を振るう盗賊。
男は体中を傷付けられる。
それでも。
男の目は光を失わなかった。
少年を助ける最後の、そして最大のチャンスなのだ。
横なぎの攻撃を、動かない右腕を盾にして受ける男。
覚悟を決めて足を踏み出す。
加速する。
武器を持たない男の攻撃は。
喉への噛み付きだった。
自慢の牙は抜かれても、いわゆる犬歯を抜かれただけ。
残る歯を肉に食い込ませ、男は跳躍する。
まるで犬のように。
獲物の喉に食いついた狼のように。
ブチブチと肉を噛みちぎる音、こぼれ出す血。
盗賊と男が倒れ込む。
そして。
男の耳に、音が届く。
足音。
それも、男が暮らしてきた盗賊よりも速く、軽い。
倒れたまま首をひねり、少年を見やる男。
「間に合ったみてえだな。ぐっ!」
小さく呟く男。
戦闘を終えて安堵したのか、忘れていた痛みが押し寄せる。
血を失って朦朧とする意識。
ぼんやりと、いくつかの人影に囲まれたことは認識していた。
なんとなく少年の声が聞こえた気がする。
「シャルル、帰って、これた、か」
横たわる男が口を歪めて微笑む。
「シャルル、覚えとけ。狼人族はな……武器がなけりゃ爪で。爪がなけりゃ牙で。牙がなけりゃその身体で。群れを守るために戦って、死んでも殺すのが狼人族の誇りだ」
でも俺は、群れを守れなかった負け犬だがな。まあ最期ぐらいカッコつけさせてくれ。
そんな思いを胸に、少年に告げる男。
それはまるで、最期の言葉のようで。
「だから、ああ、おまえを守れて、よかった」
その言葉を最期に、男はそっと目を閉じた。
どシリアス、限界です。
おそらくこれが拙作最後のどシリアスになることでしょう。
盗賊の数が多くね?と思った方。
申し訳ありません、五章四話と七章六話のせいです。
ぶ、文明が未発達な世界だからしょうがないよね!
モンスターがいるから税が払えなくなった農民だって戦闘力あるしね、
ゴロツキとかチンピラ冒険者あがりとかね、うん!