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閑話12-12 マルクくん、がんばる。4

副題の「12-12」は、この閑話が第十二章 十二話終了ごろぐらいという意味です。

ご注意ください。

「さあマルク、今日からここが私たちの家だ!」


「うわあ、すごいよお父さん! 村に住んでた頃より立派だ!」


 開拓地に建てられた一軒の家。

 その扉を開けたのは、ユージの奴隷にして犬人族のマルセルだった。手を繋いだ先には、息子のマルクもいる。二人とも満面の笑みだ。その顔はゴールデンレトリバーだったが。

 ブンブンとご機嫌で尻尾を振りまわして中に入る二人。そのうしろから、マルセルの妻で猫人族のニナがついてきている。こちらもご機嫌だ。


 開拓地に建てられた最初の家はマルセルに、というユージの言葉。そして、ユージ不在の開拓地で副村長を務める元3級冒険者・ブレーズの提案を受け入れ、ついに獣人一家はテントから新居に移り住むのだった。



「木の匂いがするね、お父さん!」


「そうだな、マルク」


「土じゃなくて木の床も気持ちいいね、お母さん!」


「そうね、ニャかニャかいいわね」


 ニナはあいかわらず「な」が「ニャ」になるようだ。

 マルクはいま13才。あと半年、秋になれば14才である。思春期のさなかだが、どうやら反抗期ではないようだ。いや、新居を前にテンションが高いだけかもしれないが。


 木工職人のトマスと二人の助手が中心になって建てた家は木造の平屋。

 一部屋はかまどを備えた土間。一角には地下貯蔵庫もあるようだ。広々床下収納付きダイニングキッチンである。

 もう一室は木の板が床となっている。リビング兼寝室である。

 新築の木造1DK。風呂なし共同トイレの物件である。


 現代日本の感覚では三人家族が暮らすには微妙だが、一家は嬉々として絨毯を広げてそれぞれの荷物を置いていく。


 料理担当のニナは、土間に掘られた木のフタ付きの床下収納が気に入ったようだ。

 ちなみに料理は土間にあるかまどのほか、開拓村共同の煮炊き場が用意されている。主にそちらで調理して、かまどは保温や簡単な調理に使うほか、暖房として使うことになっていた。昔の日本でいう囲炉裏のようなものである。


「今日からここがボクらの家か! ……あれ、お父さん。お金が貯まったらどうするの?」


「そうだなあ。お父さんは、このままホウジョウ村に住むのがいいんじゃないかと思ってる。ニナも森が気に入っているようだし、ここなら家もあるし」


 マルセルの言葉に、コクリと頷いて同意を示すニナ。無口な女である。いや、調理器具や食器の配置が気になっていたようだ。気まぐれな女である。猫だけに。猫人族だが。


「うん、お父さん、ボクもいいと思う!」


「ブレーズさんたちがいるから、モンスターが出ても安心だしな。それに……」


「それに?」


「アリスちゃんもいるし、リーゼちゃんはわからないけど……若い女の子が三人も来たし、なあ?」


 マルクの顔を見ながらニヤニヤと笑って告げるマルセル。もちろん、妻帯者のマルセルが若い女の子に興味があるわけではない。

 ビクッと肩を弾ませるマルク。

 で、誰が本命なんだ、ん? お父さんたちに言ってみなさい、誰にも言わないから、と追及をはじめる父と母。


 種族にもよるが、この世界では15才になれば大人として扱われることが多い。つまりマルクはあと一年半で大人である。

 この世界の農村地域では、そろそろ親や周囲、あるいは本人同士で許嫁が決まってもおかしくはない年頃なのだ。

 マルセルとニナが息子の想いを聞いているのも、きっとそのためなのだ。マルクの初恋や、身近な年上女性の存在にドキドキする思春期特有の症状を面白がっているわけではないのだ。たぶん。


「も、もうお父さんもお母さんも! ボク、訓練行ってくる!」


 そう言って家の外へと飛び出していくマルク。その顔は赤い。いや、毛皮があるのでわからないが。


「青春だなあ」

「青春だニャ」


 マルクは、両親に生暖かい目で見送られるのだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「そうだマルク、待ち構えるな! 前に出て逸らせ!」


 訓練場に副村長のブレーズの声が響き渡る。

 マルクの相手をしているのは、第二次開拓団としてやってきた元5級冒険者『紅蓮の炎獄』の盾役の男。


 元3級冒険者のブレーズが中心となった朝の訓練は、五人の男を加えて賑わっていた。特に第二次開拓団の独身男たちは訓練に熱が入っている。

 大森林に囲まれた辺境において、強さはモテに直結する。特に農村や開拓地では顕著である。強くなければ死ぬこともあるのだ。身を守ってもらえる男を選ぶのは、女として当然のことだろう。


「くっそ、なかなかやるじゃないかマルクくん!」


 マルクの相手をしていた元5級冒険者の男が吠える。

 マルクは腕に固定するタイプの小盾と小剣を手に、動きまわって相手をかく乱する戦闘スタイル。元3級冒険者たちに鍛えられてきたマルクは、それなりに戦えるようになっていた。


「よーし、そこまで! マルク、だいぶ形になってきたじゃねえか」


 ハッハッハッと荒い息を吐くマルクの頭を撫でるブレーズ。

 返事をする前に崩れ落ち、疲れて四つん這いになるマルク。もはや服を着た犬である。


「あとは体力だな。まあこれぐらいやれれば冒険者にはなれるか」


「ほ、ほんとう、ですか?」


「ああ。まあ9級ってところか?」


 マルクにそう言ってチラリとほかの元冒険者に目をやるブレーズ。


「そうですね、9級か、少なくとも10級には登録できるでしょう。マルクくんは礼儀正しいから、着実に依頼を成功させていけば7級への昇格も問題なくいけるんじゃないですか? このまま鍛えれば、早いうちに5級まではいけると思いますが、そこから先は……」


 ブレーズに答えたのは元5級冒険者パーティのリーダー。彼らが20代後半で冒険者をやめて開拓民となったのは、4級昇格の壁にぶつかったからである。


 10級から8級は新人冒険者。雑用や人足のような仕事をこなす、それなりに戦闘できる初心者。

 7級に上がるには依頼の達成率や依頼主への対応が考慮されるため、誰でも上がれるわけではない。ここが一つの壁となっているが、一緒に訓練している者たちはマルクなら問題ないだろうと太鼓判を押していた。


 7級から5級の冒険者は一番数が多く、この辺りが一般的な冒険者だ。それなりに信頼され、戦える者たちである。

 4級に上がるには、信頼度のほかに強さが指標になっていた。ここが昇格を目指す冒険者たちの最大の壁である。


 元5級冒険者パーティ『紅蓮の炎獄』。

 パーティ名の印象とは異なり、斥候兼弓士が二人、盾役が三人という手堅い構成の男たち。20代後半でようやく5級に上がったが、4級に上がるには決め手がなかった。依頼の達成率や雇用主の信頼は問題ないが、戦闘力がとうてい4級に届かなかったのだ。


 4級昇格への壁は、一般人と才能がある者の壁とも言われている。努力だけでは越えられない壁もあるのだ。

 彼らは強くなるために努力することをやめ、ギルドからの高い信頼度を活かして再就職先を探したのだった。そうして見つけたのがこの開拓団である。


「まあそのへんはマルク次第だな。マルク、今度モンスターが出たら戦ってみるか?」


「はい!」


 ようやく息が落ち着いたのか、尻尾を振って元気よく答えるマルク。

 開拓地がゴブリンとオークの集団に襲われた際、マルクはクロスボウで応戦していた。だが、モンスターとの近接戦闘の経験はない。これまで師匠役のブレーズから許可されていなかったのだ。まあ開拓地の戦力が過剰なせいもあるのだが。


 一人前って認められたみたいだ、とうれしそうに笑顔を浮かべるマルク。


 その微笑みを、木陰から見つめる者たちがいた。

 二人はマルクの両親、マルセルとニナ。マルクの両親は、訓練の成果を目を細めて見守っている。


 そして、別の木陰に三人。

 針子見習いの女性たちがマルクの姿を見守っていた。

 マルクの誇らし気な笑顔を目にして、一人はじゅるりとヨダレを垂らしながら。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ああー、やっぱりマルクくんはいいわー」


「ね、ねえ、アンタちょっと大丈夫?」

「この子、こんなんだったなんて……」


「もうかわいくてしょうがない! ……マルクくん、食べちゃおっかなー」


「え? かわいいって、見守る感じとか愛玩的なアレじゃなくって? 性的に?」

「え、そっち? そりゃ人族と獣人族の夫婦はめずらしいけどいなくはないし、歳は……四つ半しか離れてないからまあそこまでおかしくは……え、ホントに?」


「フサフサの毛並み! 純粋な目! 正直な尻尾! 私が襲っちゃったら、こう、プルプル震えて、でも優しいから力で反撃はしなくて、やめてくださいって目で私を見てきて……それを見た私が言うのよ。怖がらなくていいの、お姉さんにまかせなさい、って。ああ!」


「ヤバイヤバイヤバイ、これ、この子ホントにやりそうよ」

「ね、ねえ、そんな無理やりじゃなくて、ちゃんとデートに誘ってみたら? 焦らず順番に仲良くなってさ、ほら、ね?」


「ふふふふふ、そうね、まずは二人っきりの場所に誘わないとね」


「え、なにその気持ち悪い笑い。二人でデートよ? 誰もいないからって押し倒すんじゃないわよ?」

「どうしよう……と、とりあえず誰かに相談したほうがいいのかな……」



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「よし、訓練終わり! 次は水汲みに行って、今日は農作業かなー。探索はボクの番じゃないし。それともトマスさんたちの建築のお手伝いかな? がんばろっと!」


 ブンブンと尻尾を振ってご機嫌に水場へ向かうマルク。

 マルセルが指揮している農作業か、あるいは家庭用住居の建築現場か。今日の仕事をのんきに考えている。

 迫り来る危険に気づかぬままに。


 マルクくん、13才と半年。

 マルクが「既成事実」という単語を理解するのは、もう少し先のことである。もう少し。

 将来の道を探していた汚れのない少年は、思春期に少年から大人に変わることになりそうだ。


 ユージは不在だが、開拓地は今日も平和である。


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