第九話 ユージ、旅の同行者に二人を加える
残酷な描写があります。
ご注意ください。
「ユージさん、お待たせしました!」
「ケビンさん!」
「話は後だ! 血止めの薬を!」
盗賊団を殲滅したユージたちは、そのアジトとなっていた洞窟の奥にいた。
アリスの兄・シャルルを守るために体を張った狼人族のドニ。
傷つき、血を流すドニを助けるための処置をしていたユージたちのもとに、コタローに先導されてケビンがやってくる。
ユージと斥候のエンゾの言葉に、さっと辺りを見まわして状況を把握するケビン。コタローに服を咥えて引っ張られ、呼ばれているらしいと理解したものの、詳しい状況は把握していなかったのだ。コタローはしゃべれないので。
腰のポーチからいくつかの薬を取り出すケビン。自身も手を動かしながらエンゾとユージに指示を出していく。
ケビンを連れてきたコタローは、アリスの兄・シャルルに近づいていった。こわくないわ、わたしはみかたよ、と言わんばかりにゆっくりと。
シャルルのもとにたどり着くと、コタローはそっと服の袖を咥えて引っ張る。どにをみてあげなさい、と言いたいようだ。
「ぐっ!」
時おりうめきながら治療を受けるドニ。呼吸は浅く、そして徐々に弱くなっていく。
「……ドニ」
かすれるような声でドニに呼びかけるシャルル。
「シャルル、帰って、これた、か」
「しゃべるな! 死にたくなけりゃ黙ってろ!」
元3級冒険者、『深緑の風』の斥候役・エンゾが強い口調でドニに声をかける。カモ扱いかと思いきやイヴォンヌちゃんを射止めた男は、意外に情が厚いようだ。
「ドニ」
先ほどよりも少しだけはっきりとドニの名前を口にするシャルル。
その声を聞いて、横たわるドニが口を歪めて微笑む。
「牙まで……」
血止めの薬を傷口に塗っていたケビンが顔をしかめる。ドニが微笑んだことで、わずかに歯が見えたのだ。本来、狼人族にあるはずの牙。上下あわせて四本あるはずの犬歯は、すべて抜かれていた。
ケビンの言葉を無視して左腕を動かし、シャルルの手に触れるドニ。
「シャルル、覚えとけ。狼人族はな……武器がなけりゃ爪で。爪がなけりゃ牙で。牙がなけりゃその身体で。群れを守るために戦って、死んでも殺すのが狼人族の誇りだ」
シャルルの目を見つめてドニが告げる。
それはまるで、最期の言葉のようで。
「だから、ああ、おまえを守れて、よかった」
そう言って静かに目を閉じるドニ。シャルルの手を触っていた左腕は、力なくパタリと地に落ちる。
「ドニ!」
薄暗い洞窟に、シャルルの叫びが響くのだった。
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「ケビンさん、どうですか?」
「あとはドニさんの体力次第です。狼人族は頑強な体を持っていますが、盗賊との暮らしでどれほど体力が残っていたか……」
「ユージさん、大丈夫だ。気を失う最後までしゃべってたんだ。死ぬヤツはもっと弱ってるさ」
盗賊のアジトとなっていた洞窟を歩き、外へ向かうユージ、ケビン、エンゾ、コタロー。
ドニの言葉の後にケビンが無理やり薬を飲ませ、ひとまずここでできることは終わったらしい。
狼人族の男・ドニは、ケビンの腕に抱えられていた。お姫様抱っこである。おっさんによる、おっさんのためのお姫様抱っこである。
エンゾは洞窟の中をざっとあらため、見つけた背嚢にめぼしい荷物を入れて背負っていた。火事場泥棒である。いや違う。盗賊を倒した場合、倒した人間の物になるのだ。もちろん倒した証明と申請などの手続きは必要だが。
ユージは、アリスの兄・シャルルをお姫様抱っこしていた。ドニは壊れたと表したが、名前を叫んだ少年の目にはたしかに理性の光があった。力つきた様子で崩れるシャルルを抱きとめ、そのままユージが運んでいるのだ。奇しくも、ユージがアリスを見つけた時のように。
コタローは手ぶらである。そもそも手がない。堂々たる四足歩行である。
ともあれ。三人は、盗賊のアジトとなっていた洞窟を出るのだった。
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「あれ?」
「どうしました、ユージさん?」
「ケビンさん、盗賊はどうしたんですか?」
アジトを出たユージがケビンに尋ねる。
戦闘の舞台となった洞窟前。
そこに人影も倒れた盗賊の姿もなく、ケビンの専属護衛のイアニスがただ待つのみであった。
「ああ、イアニスに後始末を頼みましたから。イアニス、問題ないですね?」
「ええ。必要なモノは揃いました」
「上出来です。さあみなさん、行きましょう」
そう言って歩き出すケビン。
鼻をひくつかせていたコタローが振り返り、ケビンにもの言いた気な目を向ける。そう、そうするのね、わかったわ、と言いたかったようだ。察しがいい女である。犬だが。
アジトの入り口で待っていたケビンの専属護衛・イアニスと合流して、一行は馬車まで戻るのだった。
ボウリングの玉のような大きさの何かをいくつも包んだ、風呂敷がわりのマントを担ぐイアニスとともに。
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「シャルル兄! ユージ兄!」
『ユージ兄! 助け出せたのね! 無事なのかしら!?』
「アリス! リーゼ!」
切通しに止まっていた幌馬車から二人の少女が飛び出してくる。
アリスは一目散に駆け出し、ユージとその腕に抱えられたシャルルのもとへ。
リーゼはアリスを追って、やはりユージのもとへ。
迎えるユージはシャルルを揺らさぬようにゆっくり腰を落とし、腕をわずかに傾けてアリスにシャルルの顔を見せる。
「アリス、シャルルくんは大丈夫だと思う。いまは疲れて眠ってるから、ちょっと待っててあげような」
「うん! うん! シャ、シャルル兄ー」
ユージに頷き、泣きながらシャルルごとユージを抱きしめるアリス。シャルルを起こさないようにそっと。三年半ぶりの兄との再会でも、気づかえるようだ。よくできた少女である。
『アリスちゃん、よかった……』
家族の再会を見ていたエルフの少女・リーゼも涙をこぼす。優しい少女である。本人も秋に保護されて以来、四ヶ月以上も親元を離れたままなのだが。
「あ! ユージ兄、ドニおじさんは!?」
ハッと思い出した様子でユージに問いかけるアリス。
ユージはうつむき、言葉を探しながらアリスに応える。
「ドニさんは……ケガをしてるんだ。だからアリス、早く準備して出発して、明日には宿場町に着くようにしよう。ドニさんを治療してもらわなきゃ」
「わかった! アリス準備する! でもユージ兄、シャルル兄が起きたら呼んでね! ぜったいだからね!」
ダダッと走り出して馬車に戻るアリス。
どうやらドニのためにシャルルを見守るのを諦めたようだ。優しい少女である。もっとも、残っていたサロモンとケビンの専属護衛の一人により、出発の準備はほとんど終わっているのだが。
旅の五日目は、あと少し進んで切り通しを抜けて予定通り野営。
明日は峠を下りて王都までの道のり、最後の宿場町へ。
一行は馬車を進めるのだった。
幌馬車の横に、ボウリングの球ぐらいの大きさの何かを包んだ風呂敷代わりの三つのマントをくくりつけて。
わずかにマントが湿っているのは、きっと中身のせいだろう。ボウリングの球ぐらいの大きさだが、それより歪な形をした何かの。
どうやらゲガス商会の象徴であるマントは、こうして色がついていくようだ。たしかに消臭効果は必須である。





