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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
『第十二章 エルフ護送隊長ユージは王都に向けて旅をする』
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第八話 ユージ、ケビンたちと一緒に盗賊のアジトを襲う

一部残酷な描写があります。

ご注意ください。

「うまくいきますかね……」


「おそらく大丈夫でしょう。一枚岩の盗賊団など存在しませんよ」


 ユージのかすかな声にケビンが返事をする。


 ドニが案内した盗賊のアジト。その入り口は、地面にぽっかり空いた穴。自然にできた洞窟をベースに掘り広げたものであるようだった。形状としては富士山麓などに存在する火山洞窟に近い。ドニによると、入り口は狭いものの、奥まで続いているらしい。


 洞窟の前、木々に隠れて入り口を注視しているユージ、ケビン、ケビンの専属護衛・イアニス。

 コタローとエンゾはさらに洞窟に近寄って気配を消している。

 一人と一匹が潜むのを見ていたはずのユージすら、目を凝らさなければいることがわからない。元3級冒険者のエンゾとコタロー、一行の索敵担当は隠密能力も高いようだ。


「それに……彼らにとってエルフはお金になりますからね。裏切る理由も、飛び出す理由も充分です。人質をとられている狼人族が戻ってくるというのも納得できるでしょうし」


 アジトにいるアリスの兄・シャルルを守るためドニを潜入させる。ケビンが考えた理由は、襲った商隊にエルフがいるというものであった。ユージは証拠としてプルミエの街の領主から預かった印章を血で汚し、ドニに託している。


 ちなみにもし印章を紛失した場合、ユージは斬首されてもおかしくない。それを説明されても、ユージはアリスの兄を助けるためにリスクを受け入れたのであった。まあようやくユージも身近にある戦力の強大さに気づいたのかもしれないが。


 洞窟の入り口を見守るユージの耳に、ドタドタと音が聞こえてくる。どうやらドニは成功したらしい。


「ユージさん、きます。容赦はいりませんし、ためらいは捨ててください。ここで逃せばアリスちゃんの兄もドニさんも死ぬでしょう。預かった印章を盗賊に奪われたことになり、ユージさんも無事ではいられません。やれますね?」


「……はい」


 言葉少なく返事するユージ。左手の盾と右手の短槍をぎゅっと握りしめる。

 ユージの顔は青ざめているが、目には決意の光があった。ユージがドニに印章を預けたのは、自分の逃げ道をなくすためだったのかもしれない。


 旅の五日目、そしてユージが異世界に来てから五年目。

 ついにユージは、覚悟を持って人間と相対することになるのだった。



「くそ! アイツら自分だけいい思いしようとしやがって!」


「エルフどころか女もいるらしいぞ!」


「追え追え!」


 口々に叫びながら、洞窟から盗賊たちが姿を現す。

 商隊や村を襲撃する際は泥と草で臭いを消し、目と鼻をごまかす盗賊団『泥鼠』。

 だが裏切りと聞いて急いでいたのか、その姿は薄汚れた服や革鎧のまま。つまり一目で人間とわかる見た目である。


 ゴクリ、と喉を鳴らすユージ。その手は震えていた。


 ドニが一行に伝えていたアジトに残る盗賊の数は八人。洞窟の入り口からは六人が飛び出してきていた。


「二人居残りなのかな、がんばってくれドニさん」


 潜入したドニの無事を祈り、口の中で呟くユージ。


 ユージが見守るうち、盗賊の左右から一つずつ、影が飛び出して駆け抜けていった。

 コタローとエンゾの奇襲である。


「エンゾさんはともかく……速すぎだろコタロー」


 ボソリとユージから言葉が漏れる。

 洞窟の外に出てきた六人のうち、一人は首から血を噴き出して倒れた。駆け抜けた影の高さから、こっちがエンゾの攻撃だろうと判断するユージ。

 もう一人は太ももから血を流し、驚いた表情を見せている。


「誰かいるぞ! 油断するな!」


 最後尾で洞窟から出てきた男が叫ぶ。

 と、その頭にガゴッと拳大の石がぶつかり、後ろ向きに倒れていった。


 チラリと左を見るユージ。


「……ケ、ケビンさん?」


 どうやらケビンの投擲だったようだ。

 そういえばユージがケビンの戦闘を見るのは初めてのことである。


 潜んでいたケビンとその専属護衛が飛び出し、盗賊に向かっていった。

 慌ててユージもその後を追う。


 無傷の盗賊はあと3人。

 対して、ユージたち襲撃組は4人と一匹。すでに数も上回っている。


「エンゾさん、中へ! コタローさんは周囲の警戒を!」


 ケビンの指示が飛ぶ。

 その声を受け、初撃を終えたエンゾはほかの盗賊を無視して洞窟の中へ飛び込んでいった。

 余裕を見て取ったのか、ユージに経験を積ませるためか。

 ケビンは続けてコタローに警戒を促す。

 返事するかのように、ワンッ! と鳴くコタロー。そうね、やらせましょう、とケビンの指示を肯定するかのように。

 ところで、エルフ護送隊の隊長はユージである。


「落ち着いて訓練を思い出す。防御優先、攻撃は小さく」


 ユージは呪文のように、これまでの訓練で習った元3級冒険者の盾役・ドミニクの教えを呟いていた。武器を手に独り言を繰り返す男。通報ものである。


 すでにケビンと専属護衛の一人は、残る三人の盗賊と戦闘をはじめていた。

 追いついたユージが盾を構えて戦線に参加する。

 数の上では一対一だ。


「くそ、なんだコイツら!」


 盗賊の叫びに反応することなく、ユージは敵の攻撃を危なげなく盾で防ぐ。開拓地での訓練の日々は無駄ではなかったようだ。

 余裕が出てきたのか、ユージは小さなモーションで短槍を突き出し、攻撃できるようになっていた。

 相対する盗賊はユージの槍を受け、傷ついていく。


「ユージさん、あれを!」


 ユージの緊張がほぐれたのを見て取ったのか、あるいはユージが人間相手でも戦えると確信できたからか。

 ケビンの指示が飛ぶ。


「あ、そっか。万物に宿りし魔素よ。我が命を聞いて光を放て! でも俺は禿げてないよ(フラッシュ)


 思い出したかのように魔法を使うユージ。

 ユージの額のあたりから、指向性を持った光が放たれた。


 目の前で強烈な光を浴びた盗賊は、目が、目がぁと言いながらうずくまる。

 ユージはワイバーン戦で使ったフラッシュバンではなく、目つぶし魔法を使ったようだ。

 ユージのフラッシュバンの魔法は光の球を投擲して炸裂させるもの。目前にいる敵には予備動作なしで使える目つぶし魔法のほうがいいと考えたのだろう。これも訓練通りの流れであり、そのまま使っただけかもしれないが。


 うずくまった相手を見下ろすユージ。

 だが、手にした短槍は動かない。

 戦闘中はともかく、無力化した相手を攻撃することはできないようだ。


「ユージさん……いいでしょう、こちらは任せてください」


 攻撃するでもなく、うずくまる盗賊をじっと見ていたユージにケビンから声がかかる。

 顔を上げるユージ。

 すでにケビンも専属護衛も戦闘を終えていたようだ。


「ユージさん、私とイアニスはここでほかに誰か来ないか警戒しておきます。コタローさんと中へ。ドニさんとシャルルくんを助けてきてください。……後始末はしておきますから」


「ケビンさん……わかりました! いくぞコタロー!」


 助ける、という言葉に反応したのだろう。ユージはコタローに声をかけ、洞窟の中に飛び込んでいった。

 どうやら途中から小声になったケビンの言葉は聞こえていないようだ。後始末とはなんなのか。

 ユージを見送ったケビン。『血塗れゲガス』の弟子の『戦う行商人』は、血染めのマントを外し、懐から短剣を取り出していた。



 先行するコタローに続いてユージが洞窟を進む。剥き出しの石の壁には、ところどころに松明が置かれて光を放っていた。

 ドニとアリスの兄のためにエンゾが洞窟に侵入しているはずだが、コタローは警戒態勢を緩めない。ここはてきちなの、あんぜんかくにんはまだよ、とばかりに。


 粗末な布やいくつかの木箱が置かれた洞窟のさらに奥。

 かすかに音が聞こえてくる。


「ぐっ、ぐうっ!」


 苦しそうにうめくドニの声。

 先導するコタローもユージも足を速める。


 おそらく洞窟の行き止まり、小さなスペースにエンゾとドニ、そして少年の姿があった。

 狼人族のドニは仰向けに倒れ、その下には小さな血だまりができている。

 エンゾはその横に屈んでいる。どうやら手当をしているらしい。

 三人の横、壁際には折り重なった二つの体。

 外に出ていた六人、この場に横たわる二人。ドニから告げられたアジトに残る八人の盗賊は、すべて倒したようだ。


「エンゾさん! ドニさん! アリスのお兄ちゃんは!?」


「ユージさん、安全は確保した! ここを押さえてくれ!」


 ユージの声に反応して、ドニの手当をしていたエンゾから声が飛ぶ。

 駆け寄ったユージはエンゾの指示に従ってドニの傷口を押さえる。圧迫止血である。

 血に怯むことなくエンゾの指示に従うユージ。どうやらこの世界に来てから鍛えられてきたグロ耐性が役に立ったようだ。


「コタロー、ケビンさんを呼んできてくれ! 血止めの薬を持ってるはずだ! あとはユルシェルだが……くそ、しゃべれねえか」


 ユージに続いてコタローに指示を出すエンゾ。バウッと一つ鳴き、コタローが洞窟の出口に向けて駆け出していく。立ってるものは犬でも使え、である。


「アリスの兄ちゃん! おい、おい!」


「お兄ちゃん! えっと……シャルルくん!」


 エンゾとユージが、少年に声をかける。

 だが。

 アリスと同じ赤い髪を持ち、やせ細った少年。その目はぼんやりと何もない空間を見つめていた。

 まるで、目の前の事態に気がついていないかのように。


「がっ! ムリだ、シャルルは、あの日に、壊れちまったんだ、俺の、せ」


「しゃべるな! くそ!」


 痛みをこらえ、荒い息を吐きながら言葉を絞り出すドニ。

 余計な体力を使うなとエンゾが声を荒らげる。


「そんな……シャルルくん、外にアリスがいる! キミの妹は生きてるんだよ!」


 ドニの傷を押さえ、目をアリスの兄に向けて叫ぶユージ。

 虚空を見つめていたシャルルの目がかすかに揺らぐ。


「そうだ、シャルルくん! キミのおかげでアリスは助かったんだ!」


「…………アリス?」


「そう、アリス! キミの妹だよ! 生きてる、近くに来てるんだ! ドニさんはキミを守って!」


「アリス。ドニ」


 ユージの叫びが効いたのか、あるいは身を呈してかばったドニの姿を目にしていたのか。

 シャルルの目に小さな光が灯る。


 傷を負い、倒れたドニの傷を押さえるユージ。

 腰につけたポーチから何やら軟膏を取り出し、ドニの傷に塗っていくエンゾ。

 ふらふらと揺れながら立っているだけのアリスの兄、シャルル。


 盗賊は潰した。

 ドニは体を張ってアリスの兄を守ったようだ。


 プルミエの街から王都への旅、その五日目。

 ユージにとって、アリスにとって。長い長い一日は、まだ終わらないようだった。



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[一言] お兄ちゃん…!
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