第十話 ユージ、リーゼのワガママを叶えることを決意する
サウナ、青空市場巡り、プルミエの街の観光を終え、ケビン商会の建物に戻ってきた一行。
ユージたちが街にいる間は、ここが宿泊場所となっていた。
ケビン商会の建物は、一階は店舗、二階は応接室と丁稚の小部屋、三階には店員が住み込んでいる。
今回はエルフであるリーゼが来るということで、店員と丁稚は宿を取ってそちらに宿泊。住空間はユージたちが占拠している。もちろんリーゼの護衛のサロモンもここに泊まっている。いずれもエルフのリーゼの安全のための措置だった。
夕食を終えてあとは寝るばかりとなった夜。
応接室にリーゼとアリス、ユージ、コタロー、ケビン、サロモンが集まっていた。
どこか思い詰めた表情のリーゼが声をかけ、みんなを集めたのだ。
『それでリーゼ、どうしたの? 何か話でもあるのかな?』
促すように穏やかな声で話しかけるユージ。
かつて引きニートだった男だが、女性の扱いもずいぶん進歩したようだ。
まあ幼女と少女限定かもしれないが。
『うん、ユージ兄、あのね……』
ためらいながら、それでも何かを伝えようと言葉を探すリーゼ。
『こんなこと言ったら、リーゼみんなに迷惑かけて嫌われちゃうかもしれないけど……』
『大丈夫だよリーゼ。ほら、みんなリーゼのことす、すす、好きだからさ』
ラブではなくライクである。いや、サクラのようにアメリカ的に言うとラブなのだが。それにしてもその単語に緊張したのか、ユージはどもっていた。さらっと言えるほどのコミュニケーション能力はないようだった。
『えへへ、ありがと、ユージ兄。あの、あのね、リーゼ、みんなと王都に行きたいの』
『え? 開拓地で待ってたほうが安全だよ? どうしても行きたければ領主様に言って、もっと大人数で送ってもらったっていいんだし』
『うん、リーゼもわかってるの。リーゼはレディだからガマンして、みんなに迷惑かけちゃいけないんだけど……』
そっと目を落とすリーゼ。
整った顔立ちと線の細さがあいまって、不安な様子はリーゼに儚げな美しさをまとわせていた。
『なにか理由があるのかな?』
『うん……あのね、ユージ兄。里に帰ったら、リーゼ、大人になるまで里の外には出られないの。外は危ないからって』
『そうなんだね。うん、まあ子供なら当たり前なんじゃないかな? 森は危ないし、街だって危ないみたいだからね。じゃあ、リーゼが大人になったらまた俺やアリスに会いに来てくれないかな? 開拓地のみんなも喜ぶよ!』
『うん……そうしたい。でもね、ダメなのユージ兄。リーゼ、里に帰ったら、たぶんみんなとはもう会えないの』
リーゼの瞳から涙がこぼれ落ちる。
通訳するユージの言葉を聞いて、アリスがリーゼに抱きつく。
コタローもリーゼのヒザに飛び乗り、なぐさめるように頬をペロペロと舐める。リーゼの頬にコタローの獣臭が移る。
『え? どうして?』
驚いてリーゼに問いかけるユージ。
一方で、ユージを介してリーゼの言葉を聞いたケビンとサロモンは目を落としていた。こちらは何かに気づき、納得した様子である。
『ユージ兄、エルフは100才になったら大人なんだよ。リーゼはいま12才だから、大人になるには、あと88回季節が巡らないとなの。位階が上がって、ユージ兄とアリスちゃんとコタローの寿命がたくさんたくさん延びてたら、もしかしたらまた会えるかもしれないけど……』
はらはらと涙を落としてリーゼが語る。
それは長命種ゆえの必然だった。
人間や獣人、ほかの種族とは寿命が違う。
それはエルフが里に籠る理由の一つであった。
親しくなった者は、必ず自分より先に逝くのだ。
そういえば、120才ぐらいとリーゼが言っていた両親は、エルフにしては若くしてリーゼを産んだのだとユージたちに伝えていた。
88年後。
ユージは123才、アリスは97才、コタローは107才である。
かつてケビンは位階が上がると寿命も長くなると言っていたが、それでも年を取らないわけではない。実際、実年齢は不明だがギルドマスターのサロモンの見た目は50代だ。
間に合ったとしても、とてもいまのように一緒に動きまわることはできないだろう。
『だからね、リーゼ、みんなといっぱい思い出を作りたいの。王都も見てみたいけど、大人になってから一人で行くんじゃなくて、みんなと一緒がいいの』
右手できゅっと左の手首を握り、言葉を続けるリーゼ。
『リーゼはエルフだから、危なくて、みんなに迷惑かけちゃうってわかってる。でも……』
うつむいたリーゼはそこで黙り込んでしまう。
なんとか希望を伝えたが、幼い自分のワガママでみんなを困らせるなんて、と後悔しているようだ。
『リーゼ……』
かける言葉が見つからないユージ。
たしかにユージは、里で待つ家族のもとへ早くリーゼを帰したいと思っていた。だが、それが今生の別れになるとは思ってもいなかったのだ。いや、この世界で来世があるかはわからないが。
「……なんとかなりませんか、ケビンさん、サロモンさん」
リーゼの言葉を訳し、経験豊富で頼れるおっさんたちに質問するユージ。
アリスとコタローは涙を流すリーゼにぎゅっと寄り添っている。
「ユージ殿、リーゼの嬢ちゃんに伝えてくれ。危ないのは俺たち人間のせいだ。嬢ちゃんが俺たちに迷惑をかけてるんじゃなくて、俺たちが嬢ちゃんに迷惑をかけてるんだ。だから、リーゼの嬢ちゃんが望むなら、それぐらい叶えてやるさ。不自由させてんのは俺たちだから。それにほら、そんな冒険がしたくて抜け出してきたんだしな!」
「サロモンさん……」
拳を握り、ユージに力強く言い放つ冒険者ギルドのマスター、サロモン。漢である。冒険者ギルドで目の下に隈を作って働いている代理が聞いたら血の涙を流すことだろう。
「ユージさん。まあどっちにしろ私は王都に行く予定だったんです。いいですよ、みんなで一緒に行きましょう」
「ケビンさんも……」
おっさん二人の言葉に目を潤ませるユージ。
見つめ合う三人のおっさんたち。キモい。
その時、ガチャリと応接室の扉が開き、ケビンの専属護衛の一人が入ってくる。
どうやら護衛として扉を守っていたようだ。聞き耳を立てていたのか、ケビンの言葉を受けてなにやらえび茶色の厚い布を手にしている。
「ありがとうイアニス。はあ、この手は使いたくなかったんですがね……」
専属護衛の一人、イアニスから受け取ったえび茶色の布を身にまとうケビン。
どうやらえび茶色の厚手の布はマントだったようだ。
立ち上がり、肩からすっぽりとマントで身を覆ったケビンが言葉を続ける。
「荷に危険が及ぶのは、私が命を落としたあと。『血塗れゲガス』の弟子、商人ケビンが名に誓い、命を懸けてお届けします」
ケビンの口上を、ポカンと口を開けて見つめるユージ。
何が琴線に触れたのか、アリスとコタローは目を輝かせている。
サロモンだけは合点がいったのか、うんうんと頷いている。
『リ、リーゼ、よくわからないけど、サロモンさんとケビンさんが協力してくれるって。だから、王都に行こう。みんなで一緒に!』
『ユージ兄! みんな!』
感極まったのか、リーゼが立ち上がってユージに抱きつく。手を差し出して受け止めるユージ。
遅れて飛び込んできたアリスとコタローも受け止めるユージ。
向上した身体能力さまさまである。
こうしてリーゼのワガママは叶えられ、ユージたちは王都に向かうことを決めるのだった。
ユージ、両手に花+コタローで、生まれて初めてのモテ期到来である。幼女と少女と犬だが。