第五話 ユージ、アリスとリーゼを連れてプルミエの街へ旅立つ
視点は変わりませんが、
道程短縮のため場面が飛ぶ箇所が複数あります。
ご注意ください。
『リーゼ、準備はいいかな?』
『うん、ユージ兄! でもちょっと暑いかも……』
『リーゼちゃん、かわいい!』
新緑が芽吹く春の森。
ユージの家の庭に一人の男と二人の少女の姿があった。
革鎧を着込み、盾と短槍を持ち、大きなリュックを背負ったユージ。服もリュックも、この世界で作られた物だ。
ユージの横にいるのはアリス。こちらはネットを通じて提供されたデザインを元に、針子のユルシェルが張り切って作った服を着ている。素材も技術もこの世界のもの。それでも垢抜けた服装になっていた。
アリスと手を繋いでいるのは、エルフの少女・リーゼ。ローブを着込み、耳まで覆う毛糸の帽子をかぶっている。ユージの妹・サクラのニットキャップだ。エルフの尖った耳を隠す方法を探した結果、街ではフード付きのローブとニットキャップが採用されたのだ。
ちなみにコタローは今日も全裸であった。犬なので。
「ユージさん、どうですか? リーゼさんは……ああ、それは羊の毛糸で作った帽子ですかね? ちょっと時期外れですが、それなら大丈夫でしょう」
門の前までユージたちを迎えにきたケビンが声をかけてくる。どうやら耳を隠す手段はひとまず合格のようだ。
もっとも、サクラのニットキャップはアクリルの毛糸で編まれたものなのだが。
領主から招待されたユージと、アリス、コタロー。
そしてユージを守るという名目で、ニンゲンの街ね、大冒険だわ! と初めての街行きに目を輝かせるリーゼ。
ケビンと専属護衛の二人。
元冒険者パーティの盾役・ドミニクと斥候のエンゾ。
総勢8人と一匹は、開拓地を出てプルミエの街を目指すのだった。
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プルミエの街に向かう道中、二日目の夜。
たき火を囲む四人の男たちの姿があった。
「明日には街に着きますね。はあ……」
「ユージさん、そんなに重く考えなくても大丈夫ですよ。開拓の激励とエルフを保護したことへの感謝だそうですから。ね?」
「ケビンさん、でも領主ってこのあたりのトップですよね? こう、失礼なことをしたら捕まったりとか……」
「心配しすぎですよユージさん。私も同席しますし、エルフのリーゼさんの目の前で保護してくれた人を害することはないでしょうし……ほら、リーゼさんの護衛でギルドマスターも同席するわけですし」
「ユージさん、いまから心配したってしょうがねえって。もっと楽しいことを考えようぜ!」
「エンゾさん……そうですよね! エンゾさんとドミニクさんは何しに街に行くんですか?」
「消耗品の補充と……コイツはアレだ、ついに婚約者を迎えに行くんだってよ」
そう言って元冒険者パーティの盾役・ドミニクの肩をバンバンと叩く斥候のエンゾ。
あいかわらず口数少ないが、ドミニクがわずかに口元を緩める。
現役当時、『深緑の風』がプルミエの街の拠点を管理させるために雇った奴隷。お金を貯めて自分を買い戻したその奴隷は、盾役の大男・ドミニクのプロポーズを受けていた。開拓地で住居の建設がはじまったため、ついにドミニクは婚約者を迎えに行くようだ。
「そ、そうですか……幸せそうでいいですね。ケビンさんも、近々王都にプロポーズしに行くんですもんね?」
「ええ! あのドレスを贈るんですよ。彼女がどんな反応するのか……会頭がどんな反応するのか……」
にやけた表情から一転、身を震わせるケビン。『血塗れゲガス』の愛娘に結婚を申し込む。それは、肝が据わったケビンをしてビビることのようだった。
ユージのかたわらで寝そべっていたコタローがワンッと吠える。おとこはどきょうよ、とケビンを励ましているかのようだ。眠そうだが。
「くっ……あれ? これで開拓地にいる独身の男は俺とエンゾさんだけですか? マルクくんはまだ子供ですし……」
「ユージさん、トマスとか木工職人たちがいるじゃねえか。それにな……」
ユージから視線を送られたエンゾが慰めるように答える。そして、懐から一枚の紙を取り出すエンゾ。
「俺はイヴォンヌちゃんに手紙を書いてきたのよ。へへ、喜んでくれるかな」
そう言ってエンゾは紙を広げ、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
横から覗き込んだユージは、おおっと声をあげていた。
「え、じゃあ下手したらエンゾさんも独身組から抜け出すことに……」
「へへ、そうなりゃいいけどな」
「いやいや、ラブレターなんてぜったい喜んでもらえますよ! いいなあ……」
寂しそうに呟くユージ。だがラブレターがぜったい喜ばれるなど、ただの思い込みだ。ユージは恋愛経験が貧弱な34才のおっさんであった。
夜の店で働くイヴォンヌちゃんは、ラブレターよりも四人の後ろに置かれたワイバーンの革に喜んでくれることだろう。実物と、売り払った後のお金に。
そんなことは考えもせずに盛り上がるユージとエンゾ。女性に幻想を抱いた独身チームである。いや、幻想を抱いているから独身なのかもしれない。
現実を知っているのか、口を挟まずただ見守るケビンとドミニク。
眠りかけのコタローは、目も開けずにワフワフッと鳴く。そうね、ゆめはよるにみるものよ、とでも言うように。
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ついに森が切れ、ユージたちの前にプルミエの街がその姿を現す。
ユージが初めて異世界の街を見たのと同じ場所。
周囲よりわずかに高く、遠くに街を見下ろせる場所だ。
一行は、初めて街を見るリーゼのために足を止める。
『うわあ、あれがニンゲンの街なのね! 街の中にほとんど木がないわ!』
なだらかな起伏を見せる草原。その草原を割って走る一本の道。その道の先にあるのが、プルミエの街だ。
リーゼは手をバタバタと振り、興奮している様子であった。
ワンワンッと咎めるように吠えるコタロー。りーぜ、れでぃはもっとおしとやかにしなきゃ、とでも言っているかのようだ。本人はレディでも淑女でもない雌犬だが。
『そうだね、開拓地と比べたら木は少ないね』
ニコニコと笑顔を浮かべ、リーゼに答えるユージ。
「ユージさん、先触れにアイアスを走らせますね。門衛に話は通じていると思いますが、念のために。それにギルドマスターにも声をかけないといけませんから」
「わかりました、お願いしますケビンさん。ここから街までは危なくないでしょうしね」
ケビンとユージの言葉を受け、ケビンの専属護衛の一人、アイアスが街に向けて駆け足で進む。ここから街までは歩いて二時間ちょっと。先まわりしてユージたちがスムーズに街に入れるように手をまわしてくるようだ。ユージたち、というよりリーゼのために。
ちなみにアイアスは禿げていないほうの専属護衛である。
「よし。じゃあみなさん、行きましょうか! リーゼはそろそろフードをかぶっておいてね!」
ユージの言葉に思い思いに答える一行。気がつけば、ユージは自然と指示を出すポジションにおさまっている。
ユージが初めて異世界の街を訪れたのは、四年目の春のこと。
わずか一年でユージも成長したものである。
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「お、間に合ったみたいだな。ユージ殿、お元気そうでなによりです。それに、みなさんご無事で」
ユージに挨拶を送り、チラリとエルフの少女・リーゼに視線をやる男。
プルミエの街の外壁、門に着いたユージたちを待っていたのは冒険者ギルドのギルドマスター・サロモンであった。どうやら先触れを受けて門まで迎えに来たようだ。ケビンの言う通り、このままエルフの護衛につくのだろう。
「おひさしぶりです、サロモンさん! ホントに来てくれたんですね」
わずかに驚きを見せるユージ。冒険者ギルドのトップが護衛につく。ケビンから聞いてはいても、信じきれなかったのだろう。なにしろサロモンは組織のトップなのだ。
挨拶を交わすユージとサロモンをよそに、ケビンは門の警備兵たちの責任者と話し合っていた。
「こんにちは、隊長さん。こちらが開拓民のみなさんの住人証明です。それから、あの少女に関してはこちらを……」
スムーズに話をするため、事前にユージやアリス、ドミニク、エンゾの住人証明を預かっていたケビン。あわせて、リーゼのために領主夫人から託されていた許可証を見せる。
「ええ、話は聞いております。お通りください」
ユージとアリスが初めてプルミエの街に来た時よりも、あっさりと入門を許されるリーゼ。もちろん住人証明を持っているユージたちも特に止められることなく門を通り抜ける。
ついにリーゼは人間の街の中に足を踏み入れる。
すると、数歩先を歩いていたケビンがくるりと振り返り、両手を広げて満面の笑みでリーゼに話しかけた。
「さて、リーゼさん。ようこそ! ここが開拓者の街、プルミエです!」