第四話 ユージ、後始末してケビンから話を聞く
「ユージ兄、だいじょうぶ!? ブレーズさんもへいき?」
『もう、ユージ兄、飛び出すなんてなに考えてるの!』
ワイバーンに勝利したユージのもとへ、アリスとリーゼが駆け寄ってくる。
犯罪奴隷を見殺しにできずに謎バリアから飛び出したユージを心配しているようだ。
胸に飛び込んできた二人の少女を受け止めるユージ。両手に花である。12才のリーゼと9才のアリスを抱きしめる34才のおっさん。事案である。
4月10日がユージの誕生日。ユージは34才になっていたのだ。ちなみに特にお祝いはしていない。独身おっさんの誕生日など、特に祝うこともないのだ。まあユージがアリスとリーゼに伝えていないだけなのだが。
「心配してくれてありがとう、アリス、リーゼ。俺は平気だし、ブレーズさんも大丈夫だよ」
笑顔で腕の中にいる二人の女の子に答えるユージ。勝ち組である。もっとも、巨乳派なユージはピクリとも心動かされないようだが。
「ユージさん! まったくもう、犯罪奴隷を助けるためにユージさんが傷ついたらどうするんですか!」
遅れて駆け寄ってきたケビンがユージに苦言を呈する。だが、その顔には笑みが浮かんでいた。ツンデレおっさんである。キモい。
「すみません、気がついたら身体が動いてて……。あ、そうだ、ケビンさん、ワイバーンってなにか素材がとれたりするんですか? 肉はどうでしょう?」
「ユージさん……いえ、いいです、今後はブレーズさんたちに気をつけてもらいますから。そうですね、ワイバーンの皮はいろいろ使い道があります。防具には向きませんが、高級品として靴やカバンなどに使われますよ。天然の模様で人気が高いんです。肉は……そのままだと臭いので、血を抜いて、臭みを抜けば干し肉に加工できます。この国ではそれほど出まわっていませんが、珍味だそうですよ」
どうやら地球でいうワニ革のように、ワイバーンの革は人気があるようだ。それにしてもなぜワニ革は異常に高価なのか。解せぬ。
「なるほど……。でもこれ、街まで持っていけませんよね? ここで加工できますか?」
「人手はいりますが、まあなんとか……」
「あの、ユージさん、ケビンさん」
ワイバーンの処理について話すケビンとユージに近づき、声をかけたのは道造りに励む木こりの大男。横には猿人族の男もいる。
「アイツらの中に、解体場や革なめしの作業所で働いてた経験があるヤツもいるって。もしよかったら、その、手伝うが……大丈夫だ、刃物はしっかり管理するし、俺たちが見張ってるから、だからその……」
大柄な身体を縮め、おずおずと切り出す髭面の木こり。横にいる猿は尻尾を丸めている。むさい。
「ユージさん、経験者もいるようですし、手伝わせましょうか。そうそう、ワイバーンに一撃くわえたり注意を引いたわけですから、ちょっとは報酬も渡さないと。完成したらいくらかの干し肉でどうでしょう? 作戦に協力させたわけですしね、ユージさん?」
企むように口元に笑みを浮かべ、責任者のユージに話をふるケビン。
だが。
「え、あれは作戦じゃなく」
ケビンの投げかけに否定の言葉を口にしようとするユージ。
察しが悪いユージにコタローが飛びかかり、ユージを押し倒す。わ、ちょっとコタロー、と仰向けに倒れて暴れるユージの顔に座り込むコタロー。ユージの顔にコタローの胸が当たる。あててんのよ、ではない。ユージは犬のおっぱいで喜ぶほど業が深くはないのだ。
ユージを押さえ込んだコタローが、ワンッと一つ吠える。そうね、たまにはごちそうをふるまってあげなさい、とでも言っているかのようだ。犯罪奴隷をかばった二人の侠気に免じて、作戦に協力したという建前を認め、報酬を渡すつもりのようだった。優しい女である。犬だが。
ユージの返答を待たず、さっそく7人の男たちに指示を出すケビンとブレーズ。
ようやくユージがコタローを押しのけた時には、ワイバーンの解体はすでにはじまっているのだった。
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ワイバーンの解体処理が進む中、ユージとケビンはユージ宅の敷地、庭に入って話し合っていた。
ユージの横にはアリスとリーゼ、コタローの姿もある。
ケビンの専属護衛は一人は武器を置いて同席し、もう一人は解体処理の指示にまわっていた。革を剥ぐのはともかく、肉の処理の知識があるのはケビンたちだけだったのだ。
「ケビンさん、それで王都のエルフについてはどうなりましたか?」
「そうですね、最初にその話をしましょうか。まず、雪が積もる前に領主夫人とギルドマスターは、それぞれ王都にいる領主と、王都の冒険者ギルドに手紙を送ったそうです。先日返事、ええ、返事が届いたそうですが、王都のエルフは冬の前に王都を出ていたようで、まだ連絡が取れていないと。拠点を移したわけではないので、いずれ王都に帰ってくるはずとのことですが……」
「なるほど……けっこう自由な人なんですねえ」
ケビンの話を受け、ユージはリーゼにも状況を教える。
『まったく、なにやってるのよあの人は! 彼らしいけどさ……それでどうするのユージ兄?』
ぷくっと頬をふくらませて同族のエルフに怒るリーゼ。ユージに問いかけるが、ユージが答えを告げる前にケビンが話を続ける。
「それでですね、ユージさん……先ほど手紙の返事と言いましたが……」
「どうしたんですか、ケビンさん?」
「手紙ではなく、王都から領主が帰ってきましてね。ユージさんに直接会って、開拓の激励とエルフ保護の感謝を伝えたいそうなんですよ。これ、招待状です」
「え……? あの、ケビンさん、これ、断れたり?」
「できませんねえ。開拓民とはいえ、領民ではありますから」
ケビンの言葉に身を固くするユージ。
横にいるアリスも貴族からの招待という事態に、目を見開いている。
さすがに言葉がわからないのか、キョトンとした表情でユージとケビン、アリスを見るリーゼ。
足下でおすわりしているコタローだけが、誇らしげにワンッと鳴いている。やるじゃないゆーじ、えらいひとにみとめられたのね、とでも言いたげである。
「まあ悪い評判は聞かない方ですし、領主夫人も代官も開拓の味方をしてくれていますから。大丈夫ですよ、ええ、大丈夫。開拓も順調ですしね!」
まるで自分に言い聞かせるように大丈夫、と繰り返すケビン。
ユージの顔が不安で曇る。
ワンワンワンッと吠えるコタロー。ちょっと、だいじょうぶ? それふらぐじゃない? と言わんばかりだ。
リーゼに小突かれ、ユージは事情を説明する。
『そう……じゃあリーゼもついてくわ! ニンゲンはエルフと問題を起こしちゃいけないんでしょ? 何かあったらリーゼがユージ兄を守ってあげる!』
立ち上がり、拳を握って力強く宣言するリーゼ。どうやらひと冬の間に、リーゼはユージと仲良くなったようだ。これも親愛のあらわれだろう。たぶん。リーゼから見てユージが頼りないからではないのだ。きっと。
『ありがとう、リーゼ。でも街は危ないらしいから、リーゼはここで待っててほしいな』
そんなことをリーゼに告げ、不思議そうな表情で通訳を待つケビンとアリスにリーゼの言葉を伝えるユージ。
だが、なぜかケビンは笑顔を見せる。
「そうですか、その手はありかもしれませんね」
「え、でもケビンさん、エルフが街にいたら狙われるんじゃないですか?」
「ええ、その可能性はあります。ですが、街に来ることになったら、そして王都に行くことになったら、ある方が護衛につくことになりましてねえ。まあそのせいでプルミエの街の冒険者ギルドが混乱しているんですが……」
「え? どういうことです?」
「張り切っちゃった方がいましてね、不在の間は代理がギルドをまわしとけって。まあエルフに会う機会なんてそうそうないですし、一緒に旅をするなんてまるで英雄譚のようですし。もし里にも一緒に行けるとなったら、人族としては体験できないことですから、わからなくはないんですが……。ただ当然エルフの存在は秘密なわけで、職員としたら事情も教えられずにいきなり辞めるって言い出したようなものですから……」
「え? その人が不在だとそんなに大変なんですか?」
「ええ。もしリーゼさんがプルミエの街や王都に行くなら、護衛についてくださるそうですよ。いまだプルミエの街の最強。元1級冒険者にして『魔法使い殺し』の二つ名持ち。現プルミエの街の冒険者ギルドマスター、サロモンさんが」
ケビンの言葉を聞いて、あ、あの強いおじちゃんだー! と喜ぶアリス。
引きつった笑みを浮かべるユージ。
ワフッと呆れたような鳴き声を発するコタロー。
立ち上がっていたリーゼは、よくわからないようでキョロキョロと一行を眺める。
ともあれ。
メンバーはともかくとして、いずれにせよユージの街行きは決まるのであった。
パストゥール領ホウジョウ村の村長ユージ、初めての領主への面会である。
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「待ってたわ、ケビンさん! はい、まずこれ、じいぱんとおおばあおーるね!」
「おお……ユルシェルさん、ひょっとして用意した布はぜんぶ使い切りましたか? ちょっと多めに用意したつもりだったんですが……」
「使い切ったわよ! ちょっとヒマだったぐらい。もっと売る気なら、来年の冬は大量に布を用意しておいてね!」
ユージ家の庭に立てられた針子の二人が作業場にしている仮設テント。
その中に、針子の二人とケビン、ユージの姿があった。
アリスとリーゼ、コタローはすでにユージ家の中に入っている。
どうやら針子の二人はケビンが思っていたよりも優秀だったようだ。
「それからケビンさん、心の準備はいいかしら? 頼まれていた例のモノもできてるわよ」
「お、おお、そうですか……お願いします!」
ユルシェルとヴァレリー、二人の針子が片隅に置いてあったトルソーに近づいていく。ケビンを驚かせたかったのだろう、トルソーは隠すように布で覆われていた。
ちなみにこのトルソー、ユージが木工職人のトマスにだいたいの形を発注し、木をベースに家にあった針金ハンガーをバラして形を作ったものである。要は、ある程度サイズを整えたマネキンだ。
針子の二人が、バッと音をたてて一気に布を取り去る。
「おお、おお……」
初めてドレスを目にしたケビンは、ただ感嘆の声をあげるのみ。
「どうかしら、ケビンさん? 自信作よ! 布は違ってもいいから欲しいって人が開拓地にもいっぱいいるんだから!」
「す、すばらしい……すばらしいですよお二人とも! ユージさんもありがとうございます!」
感極まったのか、目にうっすらと涙を浮かべて針子の二人に、そしてユージに握手を求めるケビン。めずらしく、ユルシェルが漏らした商売の種になりそうな話を聞き逃している。商人にあるまじき失態である。
「でもまだ完成じゃないの! あとは本人に着てもらって調整しなきゃ! それからケビンさん、まだ試作品だけど、これも……」
そう言ってユルシェルが取り出したのは、二つの布切れ。
一つは味気ない形をごまかすかのように、色や刺繍で彩りを付けている。もう一つも同様だが、そのデザインこの世界では初めて形になったもの。扇情的な形である。
「こ、これは……」
「ええ、まだまだユージさんに見せてもらった物にはとても及ばないけれど。試作品の、ぶらじゃあとTばっくよ!」
どうやら、冬に集中して取り組んだ針子の二人の努力は報われたようだ。
目を輝かせたケビンがニンマリと笑みを浮かべる。
同じようにニンマリと笑うユージ。
二人が、いや、テントの中にいる四人が握手を交わす。
とても子供に見せられる表情ではない。
アリスとリーゼを連れてこなかったユージも、うすうすわかっていたようだ。
だが、まだ作業用テントの中には、冬の間に作られた数々の服が置かれている。
この世界における服飾ブーム、そのはじまりの瞬間であった。