第三話 ユージ、開拓民と一緒にワイバーンと戦う
拙作にしては長いです(6,000字弱)
ご注意ください。
「ユージさん、来たぞ!」
「はい! みなさん、作戦通りに!」
ユージが異世界に来てから5年目の春。
ケビンが懸念した通り、やはり開拓地はワイバーンに見つけられた。森が開けている場所など数少ないのだ。当然といえば当然であった。
掲示板に相談し、ケビンやリーゼと魔法について、木工職人の親方やトマスと作れるものについて話し合ったユージ。
ワイバーンが飛来したら屋内に身を隠し、準備すること数日。
ワイバーンは朝、ほぼ決まった時間に飛来するため、準備は順調に進む。
そして、準備が整い、リハーサルも行った。
今日。
今日が、ワイバーンとの決戦の日だった。
ユージ宅の謎バリア内にいるのは、ユージ、アリス、リーゼ、コタロー。
それから元冒険者パーティのうち、盾役のドミニクと斥候のエンゾ、弓士のセリーヌ。
ケビンと、クロスボウを手にしたケビンの専属護衛二人。
ユージの奴隷にして犬人族のマルセルとマルク、そして弓を構える猫人族のニナ。
針子の二人も、門から離れた庭に控えている。
元冒険者パーティとケビンの専属護衛が手にしているのは、自分たちの武器ではない。謎バリア内には、やはり住人以外は武器を持ち込めなかったのだ。敷地のギリギリ外にそれぞれの武器が置かれていた。
弓矢とクロスボウはケビンから「開拓地の共有物」として過去に提供されたもの。自分の得物ではないが、弓士コンビと専属護衛の二人は、まあこの距離なら問題ないでしょう、という意見だった。
木工職人のトマスと親方たちは共同住宅の中である。この数日、弓矢を作り、ユージからリクエストされた物を作り、活躍を見せていた。もっとも、開拓地に住み込んでいたトマスとその助手二人以外は、ユージの発想に驚いていたが。トマスと助手の二人は慣れたもの。使い道を聞いて、納得顔であった。
道造りの役務についていた二人の冒険者と五人の犯罪奴隷は、木製柵の近くに立てたテントの中。
ユージは、犯罪奴隷を囮に使う決断を下せなかったようだ。案の定、トマスやブレーズからは囮の案も出されたのだが。
そのユージの決断を聞いてワンッとコタローが一鳴きしていた。一つ吠えるのは肯定の意。そうね、ゆーじはそれでいいわ、と言いたいようだった。身内には優しい女である。犬なので。
開拓地から見て、南東方向。
はるか彼方の空に小さな点が見える。
やがてその点は近づき、見守る開拓民にその姿をさらす。
大きく広げられた翼は10メートルほど。翼のフチ、中ほどには鋭いかぎ爪がある。
流線型のほっそりした体躯は灰色。
トカゲ頭をさらに細長くしたような頭、口にはキバが覗いている。
獲物を連れ去る後脚は、いまは何も掴んでいない。
長い尻尾は5メートルはあるだろうか。まるでバランスを取っているかのように、後ろにたなびかせている。
ワイバーンが、開拓地へ向けて飛行してきたのだ。
「みなさん、隠れてください!」
ユージの言葉を合図に、謎バリアの敷地内にいた開拓民たちはそれぞれの場所に身を隠す。
生垣の根元に伏せる者、いまも庭にある針子の作業用テントの中に隠れる者。
アリスとリーゼ、コタローを連れたユージは、ユージが持ち出した小さなキャンプ用テントの中に隠れていた。
テント入り口のジッパーを細く開けてワイバーンを観察するユージ。
仕掛けがどれだけ効果を上げるかもさることながら、合図を下すのはユージなのだ。
開拓団の団長として。この開拓地の防衛団長として。
ユージ、二度目の戦闘指揮である。
飛来したワイバーンはユージたちの思惑通り、ユージ家の門の前、簡易広場にあるモノに気づいたようだ。
ローブを着せられたモノは、まるで供物のようにロープで木の杭に結ばれている。
誘われるようにスピードを落とし、上空に留まるワイバーン。VTOLか。飛行はともかく、どう考えてもホバリングは異常。やはりワイバーンはなんらかの魔法で飛行しているようだ。
「よしよしよし、そのままかかれ!」
テントの中からワイバーンを覗きながら、ユージが小さな声でささやく。
ユージが持ち込んだキャンプ用テント、その入り口の細い隙間には、上からユージ、リーゼ、アリス、コタロー、四つの目が並んでいた。大量の家政婦である。あるいはブレーメンの音楽隊の逆バージョン。
滞空していたワイバーンが、ついに広場に置かれたモノに尻尾を突き立てる。
フゴッ! という鳴き声とともに、ローブがはだけてその姿が見える。
イノシシであった。
「くそ、バレた! アリス、リーゼ、コタロー、やるよ!」
ユージはケビンに教えられていた。「春に飛来するワイバーンが狩るのは、人間、あるいは人型のモンスターだけなんです。それしか食べないのか、ヤツらなりの成人の儀式なのかはわかりませんが」と。それは、博識なケビンがユージに伝えた情報である。
アフリカのある部族のように、狩る種限定なのか。あるいはエイリアンを狩るプ○デターのように、狩った獲物や数で優劣でもつくのか。
ともあれ、ユージは犯罪奴隷を囮にするのは避けたが、囮作戦の有効性をなんとか取り入れたかったようだ。
それが、イノシシにローブを着せて人っぽく見せるという作戦をとった理由である。無理がある。せめて二足の動物はいなかったのか。
あわよくば後脚で掴むために低空に降りる瞬間を狙いたかったようだが、贅沢は言っていられない。
騙されたことに気づいたのか、ワイバーンは大きく反り返り、ゲギャーッと咆哮を上げる。
「万物に宿りし魔素よ。我が命を聞いて輝きを放て! おまえが禿げろ!」
テントから飛び出し、ワイバーンに向けて新たな光魔法を放つユージ。リーゼに教わったのだろう、詠唱はちょっとそれっぽくなっている。詠唱は。
手元で発生した小さな光の球を、ワイバーンに向けて投擲するユージ。狙い違わず、光の球はワイバーンの顔の付近へ飛んでいく。
瞬間。
強烈な光が、全方向へ放たれた。
ちなみに音はない。フラッシュバン、名前負けである。
強烈な光を浴び、目をくらませるワイバーン。
だが。
ユージ家の門の前の簡易広場。その上空5メートルに留まったままであった。
もっとも留まりきれずにふらふらと滞空し、めちゃくちゃに尻尾を振りまわしていることから、目は見えていないようだ。
「いまですみなさん! うて、射て、撃てっ!」
門の前で盾を手にし、声を張り上げるユージ。
隠れていた面々が姿を現し、攻撃を開始する。
元冒険者パーティの弓士・セリーヌ、猫人族のニナの弓矢。
ケビンの専属護衛二人とマルセル、マルクはクロスボウで。
弓も矢も急造、使い手も慣れていないようだが、共同住宅からは木工職人チームが矢を放つ。
そして。
「んんーっ、あっついほのお、とんでけー!」
ユージの横で、アリスが新たな魔法を放つ。
これまでの火の玉と違い、生まれた炎は棒状。
アリスが手を振り下ろすと、ワイバーンに向けて一直線に飛んでいった。
ファイヤアロー的な魔法である。どうやら掲示板の住人とユージは、アリスの教育に成功したようだ。アリスは着実に魔法少女への道を歩みだしていた。
翼に矢が突き立ち、さらに火矢に襲われたワイバーンがしだいに高度を下げる。
「よし、リーゼ、お願い!」
『万物に宿りし魔素よ。我が命を聞き顕現せよ。魔素よ、水となりてその場に留まれ。水よあれ』
攻撃に参加することなく、なにやら集中していたリーゼが水魔法を放つ。
現れた水の球は直径3メートルほど。
そのまま睨みつけるような表情で水の球をワイバーンの頭上まで飛ばすリーゼ。水の球はスピードが出ず、本来、攻撃には向かない。
だが。
魔法で生み出された水だが、重さは存在するのだ。
上から水の塊をぶつけられたワイバーンの高度がさらに落ちる。
その高さは3メートルほど。
位階が上がり、身体能力が上がった面々にとってもはや届かない距離ではない。
「よし、いまですみなさん!」
ユージ家の庭から、ユージと元冒険者パーティの盾役・ドミニクが協力して大きな石を投げる。石同士はロープで繋がれていた。同様に、ケビンの専属護衛も同じモノを投げる。ボーラもどきだ。
共同住宅の高所に設けられた窓から、ネット状に繋がれたロープが投げられ、あっさり窓が閉められる。投網もどきだ。
自発的に協力してくれているが、木工職人チームに戦闘力はないのだ。いのちだいじに、というユージのお願いであった。
目がくらみ、矢が突き立ち、ロープがかかったワイバーンだが、いまだに滞空し、尻尾を振りまわしている。
ふらふらと左右に揺れるように飛んでいるが、そこに逃げ道はない。
ユージが指示し、木工職人たちが首を傾げながら作った長大な木の杭。だが、設置された杭を見て木工職人たちも納得していた。
広場の左右を囲むように、木製電柱が立っているのだ。アリスの土魔法と元冒険者の身体能力さまさまである。
ワイバーンはもはや袋のネズミだった。いや、カゴの中の鳥か。
あいかわらず暴れまわるワイバーン。
その時。
ユージたちの予想外のことが起こってしまった。
いまだ目が見えず、適当に振りまわされていたワイバーンの尻尾があたり、仮設テントが壊れたのだ。
うわあ! という悲鳴とともに、五人の犯罪奴隷の姿があらわになる。
声に反応したのか、それともただの偶然か。
ワイバーンの尻尾、その尖った先端が一人の犯罪奴隷に向かっていく。
諦めるかのように目を閉じる犯罪奴隷。
毒があるワイバーンの尻尾の攻撃。
使い潰されてとうぜんの犯罪奴隷。
しかし、身をもって助けるように、一人の男がその前に立ちはだかった。
冒険者ギルドでユージに絡んだ両手斧使いの大男。通称・木こりである。
「な、なんで……」
そんな犯罪奴隷の言葉を背に受け、大男は黙して笑う。
そして、もう一人。
隠れ場所から出てその跳力を活かして跳び上がり、ワイバーンの尻尾に身体をぶつけて軌道をそらす。
ユージに絡んだ大男の相棒、猿人族の男。通称・猿、あるいはシティボーイである。
「マズい!」
初撃を凌いだ七人の男たちだが、いまやその身は剥き出し。いまだワイバーンの注意は彼らに向いている。
このままでは死人が出る。
ユージは盾を手に、謎バリアに守られた敷地を飛び出ていた。
ユージを追うように飛び出したのはコタロー。ワンワンッと二つ鳴く。否定の意味のはずなのだが、その声はどこかうれしそうだ。もう、しかたないわねゆーじ、とでも言うように。
門の前に置かれていた自分の得物を拾った分、わずかに遅れるのは元冒険者パーティから二人の男たち。盾役のドミニクと斥候のエンゾである。やはりその顔は笑っていた。
「うおおおおおお!」
叫び声をあげ、盾を短槍で打ち鳴らし、ワイバーンの注意を引くユージ。
いつの間にか、その数歩前をドミニクが走っている。無口で鈍重に見えるほどの大男だが、元3級の身体能力は伊達ではないのだ。
音に反応して向かってきたワイバーン、その尻尾による攻撃をあっさりとさばくドミニク。飛ばれなきゃ問題ない、というのは本当のようだった。
ついにユージ家前の簡易広場で、ワイバーンとの直接対決がはじまるのだった。
そして。
ユージの家の裏手に、一人の男の姿があった。
革鎧に、手には両手剣。
男からは家が邪魔で開拓民の姿は見えないが、空を飛ぶワイバーンの姿は見える。
だが弓矢や魔法が炸裂し、ワイバーンが高度を落としたことでその姿も見えなくなる。
そこまで見届けたところで、男は行動に移る。
謎バリアを攻撃するようにぶつけられ、そのまま見えない壁に立てかけられた二本の丸太。
間に渡された横木を踏みしめ、男は梯子を登る。
ユージが確かめた謎バリア。
それは家屋よりも上、10メートルほどの上空まで囲うように存在していた。
武器を持つ者は侵入できない謎のバリアが。
両手剣を手にした男は、その上に立つ。
まるで空に見えない足場があるように。
「ははっ、こりゃすげえや」
ボソリと独り言を発する男。
上空から戦場をうかがう。
家の敷地を飛び出したユージたちの姿を見る。
「ああ、マズいな。ユージさんも犯罪奴隷なんて見捨てりゃいいのに。まあその優しさがユージさんっぽいか。あんな甘い男に俺たちが惹きつけられるなんてな。ははっ」
作戦とはちげえが行くっきゃねえかと呟き、男が走り出す。
一歩、二歩。
両手剣を手に何もない空間、いや、ユージ家上空の謎バリアを踏みしめて駆け出す男。
そして。
元3級冒険者パーティ『深緑の風』のリーダー。
ブレーズは、空を跳んだ。
両手剣を振り上げ、ワイバーンに向かって。
「うおおおおおお!」
大声を、いや、咆哮をあげてワイバーンへ跳んだブレーズ。
その声を聞きつけたのか、ワイバーンが行動を止め、大口を開いてブレーズに狙いを定める。
だが。
ブレーズを待ち構えるように動きを止めたワイバーンの目に、矢が突き立った。
元3級冒険者パーティ『深緑の風』の弓士・セリーヌが放った矢だ。
動きを止めた相手なら、狙い撃つことは可能なようだ。
そして、その下では。
ワイバーンの尻尾を二人がかりで防ぎ、それぞれが持つ盾で尻尾を挟み込んだ盾役のドミニクとユージ。
そのユージの肩にタンッ、と音を立て、わずかな重さがかかる。
見上げたユージの目に入ったのは、斥候のエンゾ。
エンゾはユージの肩から跳躍し、手にした短剣で深々とワイバーンの尻尾を切り裂く。
ちっ、切り落とせねえか、と呟くエンゾだが、すぐにその目を見開いた。
風魔法で空を駆け、コタローが追撃したのだ。
ドサッと音を立て、断ち切られたワイバーンの尻尾が落ちる。
ワフッと満足げな声をあげるコタロー。えんぞもなかなかやるわね、と褒めているようだ。女上司気取りである。犬のくせに。
ワイバーンの注意をそらし、空中にいるブレーズを援護する『深緑の風』。
そして、空を跳んだブレーズは、ワイバーンに届く。
一閃。
勢いのままワイバーンに激突し、一人と一体が3メートルの高さを墜ちる。
「ブレーズさん! 大丈夫ですか!?」
「おお、いてて……。ユージさん、確認してくれ。手応えアリだ」
身体を起こしたブレーズから指示され、ワイバーンを見るユージ。
ワイバーンは首を断ち切られ、絶命していた。
「一撃で首を落としたんですか……すげえ……」
「ああ、まああれだけ注意を引いてくれたらな」
当然のように言い切る元冒険者パーティのリーダー・ブレーズ。
身体を起こし、ユージに右の拳を向ける。
「ユージさん、お疲れ。全員無事で、第二次防衛戦の勝利だ!」
「そっか、そっか……よし!」
ブレーズの言葉で思いいたったのか、ユージは顔をほころばせる。
そして。
右の拳をブレーズにぶつける。
ユージがこの世界に来てから5年目の春。
防衛団長として臨んだ第二次防衛戦。
ユージが指揮する開拓団は、今回も全員無事で、敵の撃滅に成功するのだった。