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閑話 11-0 第三回キャンプオフ当日part2

閑話は地の文でだいぶ遊んでいますが、今回はさらに会話多めでお送りします。

また、途中で視点変更があります。

今話は、人によってはSAN値が削られる可能性があります。

ご注意ください。


ちなみに作者は今話を書き終えた後、謎の頭痛に襲われました。

 4月12日。

 三回目のキャンプオフの日。

 一人の男、いや、コテハン・洋服組Aは、女性と一緒に佐野のアウトレットモールに来ていた。

 服を選んでもらうために。

 カバンを、靴を選んでもらうために。


 男が欲しがっていた靴は、デザートブーツで有名なブランドのものを。やはり定番のデザートブーツを購入する。

 カジュアルでもジャケットでもいけるし、ちょっと高いけどわりと流行なく履けるからという女のアドバイスに従って。

 靴を購入した男はさっそく履き替え、カバンと服を購入しに次の店へ。

 三年モノのノーブランドの運動靴は、購入したデザートブーツの箱に入れ替える形でしまわれていた。


 次に向かったのは、大学生御用達のセレクトショップである。ここにはセレクトショップのアウトレット店も存在するのだ。

 佐野なら文也くんが住んでる場所からも遠くないから。お店のことを知ってれば、一人で来た時も迷わなくていいでしょ? ここなら一通り揃うし。そんな女からのアドバイスに従ったのだ。まあ男に異論があるはずもないのだが。


「文也くん、どう? 開けてもいい?」


「あ、加奈子さん。はい、もう大丈夫です」


「失礼しまーす。うん、思った通り! すごくよく似合ってるよ、文也くん!」


 試着室から出た男が目にしたのは、自分の姿を見て心からうれしそうに笑う女だった。



 二年前。

 引きこもりから脱却し、ありあわせの服を着て洋服を買いに行った男。

 男が服屋でフルセットを試着してカーテンを開けた時、迎えてくれた女の笑顔。


 二年前。

 男は、その笑顔がまぶしく思えた。

 明るい場所で生きている人の笑顔だ、と。

 こんな自分にもその笑顔を向けてくれるのか、と。

 気になりはじめたのは、その時からだった。



 そしていま。

 男は、引きこもりから抜け出し、自ら行動をはじめ、働いてお金を稼ぎ、服や髪に気を使い、少しだけ自信をつけた。

 手助けしてくれた女の、うれしそうな笑顔を見た。


 そしていま。

 女は、10年以上に渡って学んだ知識で、培ってきたセンスで、男の服を選んだ。

 少しだけ自信をつけた男の、わずかにはにかむ笑顔を見た。



 男が、女が。

 恋に落ちたのは、この瞬間だったのかもしれない。



「お客様、いかがでしたかー?」


 まあそんな魔法のような時間は、無粋な店員にあっさり破られるのだが。

 アパレル店員は、女のようにできる人物ばかりではないのだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「こちらチャーリー。エコー、トニー、目標の状況は?」


「え、あ、ああ。こちらエコー。目標は……なんか、幸せそうよ」


「こちらトニー! 俺たちいますごいもん見たかも!」


「こちらミート。おいトニー、どういうことだ? 俺とチャーリーがアメリカ発の超有名カフェチェーンでなんちゃらフラペチーノを楽しんでる間に何があったの? ってかホント注文めんどくせえなコレ」


「こちらエコーよ。なんか、この二人ホントにうまくいくかもしれない……」


「こちらトニー! たぶん人が恋に落ちる瞬間ってものを見た! もうアレよ、こんなの見ちゃったら、氏ねばいいのにとか、爆発しろとすら思わないわ。店内の離れた場所からでもビンビン感じたね! いやエロい意味じゃないよ?」


「おお、ファック! こちらミート! くっそ、くっそ! 見たかったあああああ!」


「こちらチャーリー。落ち着けミート、朗報なんだ。ではスネーク班は撤収するか」


「こちらエコー。そうね、もう大丈夫でしょう」


「こちらミート! くっそアイツ、キャンプオフで質問攻めにしてやる!」


「マジカル・モーメントか。実際にあるんだな。確かに見たかった」



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「加奈子さん、今日はありがとうございました」


「いいのよ、私も楽しかったし」


 買い物を終えた二人は、先ほどまでクールなニートと名無しのミートがいたカフェに座っていた。

 けっこう歩いたし、休憩してから帰ろうか、という加奈子の誘いである。

 ちなみにここで言う『休憩』に卑猥な意味はない。

 カフェで座って話をするだけだ。


「それにしても文也くん……うん、かっこよくなったね!」


「そんな、俺なんて……でも、加奈子さんのおかげです。本当にありがとうございます」


「文也くん、ちょっと気になってたんだけど……敬語、使わなくていいよ?」


「え、あ、はい。でもちょっと慣れなくて……あんまり女性と話したことないですし」


「そっか……じゃあ、私で練習しよっか!」


 覗き込むように問いかける加奈子。

 ちなみにここで言う『私で練習』に卑猥な意味はない。

 敬語なしで女性と話してみるだけだ。


「うっ……、が、がんばります」


「ほら、また敬語ついてる!」


「わかった、がんばるよ?」


「ちょっと、なんで私に聞くのよ」


 笑顔を浮かべ、他愛ない会話を交わす二人。

 どうやら二人の距離は近づいているようだ。

 精神的にも、物理的にも。


「文也くんは25才かあ……まだまだこれからだねー」


「そうですか? でも俺、フリーターだし高校中退だから中卒だし……」


「文也くんはどう思うかわからないけど……失敗して、そこから立ち直るって、何才からでも遅くないと思うんだ」


「え?」


「私さ……高卒で東京に出て、好きだったアパレル業界に入って、結婚して、すぐに子供も産まれて。順調だったんだ」


「そうなんですね……俺には縁がない世界だなあ」


「でも、旦那が荒れだして。DVってヤツだったんだよね」


 なんでもないように口調を保ちながらも、うつむく加奈子。

 ギリッと、文也は奥歯を噛み締める。

 意外に純粋な男である。


「娘がいるからって我慢してたんだけど。あの子が3才の時にね、言われたの」


「なんて言われたんですか?」


「まま、どうして泣いてるの? ひなこが、いたいのいたいのとんでけーってしてあげる、って」


「……優しい子、なんですね」


「うん。でもそれで、このままじゃダメだって思ったの。娘に心配されるなんてってね。それで、この子のためにもって、26才で離婚して、住む場所も職場も変えて、もう一度はじめようって。まあよくある話よ」


「……加奈子さんは、強いですね」


「ふふ、ありがとう。ほら、また敬語! まあね、そこそこ大変だったんだよ?」


「すごいと思いま、思う。俺よりずっと」


「ううん。私には、親もいたしあの子もいたから。だから立ち直れたの。文也くんは、一人だったんでしょ?」


「俺は……いえ、俺にもいたんだ。友達、なのかな。あと母ちゃんと」


 どこか遠い目をしながら、当時のことを思い出す文也。

 友達と言い切れるかどうかはわからない。

 それでも、ユージや洋服組B、掲示板の住人たちが立ち直るきっかけになったのは事実だ。あと母ちゃん。


「そっか。でも、やっぱり私より厳しかったと思う。だからスゴいなあって。これからどうなっていくんだろうって」


「どう……ですか? でも、俺にできる仕事なんて……」


「そんなこと言って。文也くんさ、何年前かわからないけど……その頃の文也くんは、何年後かにいまの文也くんみたいに立ち直るんだぞって言われたら、信じてた?」


「無理! いやぜったい信じなかったね!」


「でしょ? だから先のことなんてわからないよ」


「そっか、うん、そうだね……」


「うん。文也くんはこうやって踏み出したんだしね。これからどうなるのかなあって、ちょっと楽しみ。私も……」


「私も? なんですか、加奈子さん?」


「私も、手伝えたらいいなって」


 照れくさそうに笑う加奈子。

 遠藤文也、25才。

 二時間ぶり二回目。恋に落ちた瞬間である。


「さ、そろそろ行こうか! いま出れば、娘が学校から帰ってくるまでに帰れるし!」


「……え、あ、はい、なんですか?」


「もう! 聞いてなかったの? ほら、行くよ、文也くん! あ、どこで降ろせばいいのかな?」


 加奈子の言葉と笑顔にぼーっとしていた文也。

 その文也の手を取って、加奈子が立ち上がる。


 そのまま、その手を離さずに。



 遠藤文也、25才。

 コテハン、洋服組A。

 人生で初めてのデートは、これ以上ないほどの成功に終わるのだった。


 だが。

 男は、まだ気づいていない。

 今日はこれで終わりではないことに。


 このあと男は第三回キャンプオフに向かうのだ。

 スネーク班の情報を元に、手ぐすねひいて住人たちが待ち構えているのだ。

 男が森林公園に到着したその時から、長い長い尋問タイムがはじまるのだ。


 もっとも、何人かまったく興味がない業の深い住人もいるのだが。

 

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[良い点] …うっ、あたまが… [一言] よーし!ふたりなかよくばくはつしろー!
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