第九話 ユージ、妹のサクラやその他の人々と打ち合わせする
アリスとリーゼ、コタローが寝静まった深夜。
ユージはひとり、パソコンに向き合っていた。
モニターに映っているのは二つのウィンドウ。
一つにはユージの妹サクラ。そのうしろには夫であるジョージやその友達のルイス、年配の夫婦の姿が見える。モニターの向こうの時間は午前10時。どうやらユージがいる世界とロサンゼルスは、時差があるようだった。
もう一つのウィンドウには、郡司が映っていた。その横にはもう一人、中年の男の姿が見える。こちらはユージがいる世界同様、深夜である。
モニタに映るサクラたちを見ながら手を動かすユージ。
あいかわらず音声はおたがいに聞き取れない。チャットのようにキーボードで打ち込み、コミュニケーションを取っているようだ。ちなみに日本語である。ユージの英語力は絶望的なのだ。
ユージと日本語でチャットしながら同時通訳するサクラ。およそ10年アメリカで暮らしてきたサクラの英語力はネイティブレベルなのだ。
この兄妹差たるや。
今夜のテレビ会議のテーマは、顔合わせ。
たとえユージやアメリカ組、日本の弁護士コンビがどんなことを言おうと、方向性だけで本決まりではない。
それを踏まえたうえで、ユージが顔を出すことになったのだ。
社会人経験のない10年引きニートの能力を理解した日本サイドとサクラの功績である。
「はじめましてっと。うーん、やっぱりこういう形で会話するのには慣れないなあ。急いで打ち込まないといけない気がする」
ブツブツ呟きながらキーボードに挨拶を打ち込むユージ。掲示板と違い、チャット形式のテレビ会議には不慣れなようだ。
「おっ、なんかめずらしくジョージくんが興奮してるな。うん? 隣の男はジョージくんの知り合いかな?」
ただの挨拶に、アメリカ組、サクラの後方に控えるジョージとルイスが小躍りしている。ちなみにユージはルイスの姿を見るのははじめてであった。
「おおう、日本サイドの勢いすごいな……この人が郡司さんか。遺産関係の時に会ってるって言われても、あんまり覚えてないからなあ……」
どこか苦い笑顔を浮かべるユージ。
10年間、家に引きこもっていたユージ。両親が死去した後、その遺産や保険金の受け取りで郡司とは顔を合わせているはずだし、サクラからもそのことを指摘されていた。だが、ユージの記憶は曖昧だった。
そんなユージをよそに、郡司が見つけてきた弁護士からは日本サイドの進捗状況が打ち込まれていく。はやい。そのタイプ速度にアメリカ組もちょっと引き気味である。
「ちょっと落ち着き……ああ、サクラがいったか。そうだよな、うん、非公式の集まりだったはずだし」
暗い部屋の中を照らすのはモニターの光のみ。深夜にブツブツ呟くユージ。
まるで引きこもり時代に戻ったかのようだ。だがいまは違うのだ。引きニートを脱却してから四年弱。ユージはいまや開拓団長にして防衛団長にして村長なのだ。
ユージの声か、キーボードの音か。
耳をピクピク動かしていたコタローがのっそりと起きだしてくる。どうしたのゆーじ、と心配げな顔つきだ。やはりコタローも昔のユージを思い出したのかもしれない。優しい女である。犬だが。
ちなみに、アリスとリーゼはサクラの部屋でお休み中だ。リーゼが来て以来、アリスはリーゼと一緒にサクラの部屋で眠るようになっていた。ユージ離れである。まあ9才という年齢を考えれば、ちょうどよかったのかもしれない。幼女が少女になっても血の繋がりがないおっさんと寝ていたら、事案といわれてもおかしくない。
「この人たちがプロデューサーと脚本家かー。なんか思ってたよりも穏やかそうな人たちだな。もっとギラギラしてる人かと思ってた」
しょせんユージは一般人である。ハリウッド映画のプロデューサーと脚本家と聞いて、なんかギラギラしたパーリーピーポーなイメージしかなかったのだ。貧相な想像力である。
ブツブツ言いながら、はじめましてと打ち込むユージ。ひさしぶりに独り言がでかい。
そんなユージが心配になったのか、コタローが寄ってきて、イスに座ったユージの太ももにそっと頭を乗せる。
「ん? ああ、コタローも見たいか? ほら、サクラだぞー」
コタローの両脇をつかみ、ぐっと持ち上げてモニターに向かって掲げるユージ。
両前脚の脇をつかまれ、後脚をだらんと伸ばしたコタロー。腹まるだしである。
ワンッと小さく吠え、ジタバタと暴れるコタロー。あらさくら、ひさしぶりね、ちょっとゆーじおろして、はずかしいわ、と言わんばかりの動きであった。
ユージの太ももに後脚を乗せ、デスクに両前脚を乗せてモニターを覗き込むコタロー。まるでコタローも参戦しているかのような絵面だ。
「えーっと、なになに? ああ、うん、もう顔バレも身バレも問題ないですっと。もし何か知ってる人がいたら情報をもらえるようにしてほしいなー。いちおう伝えておくか」
あっさりと顔バレも身バレも了承するユージ。まあこれはサクラに伝えていた通りだし、いまさらなのだ。掲示板に上げている画像も動画も、ユージはいっさい顔を隠していない。クソ度胸である。いや、異世界にいるから油断しているのかもしれないが。
ひさしぶりに動くサクラを見たからか、コタローはご機嫌な様子である。バッサバッサと尻尾が振られていた。コタローのお尻とユージの体のわずかな空間で。
「ちょっ、コタロー、くすぐったいよ。落ち着いて!」
めずらしくコタローをなだめるユージ。そういえば、一人と一匹になるのはひさしぶりだ。思えばユージのまわりにも人が集まったものである。
「えーっと、うん? いままであげたぜんぶの動画の音声を教えてほしい? 日本語でかまわないって、そりゃ俺は英語できないけどさ……けっこうな量だよなあ」
サクラを通して伝えられたアメリカ組のリクエストに眉をしかめるユージ。
それもそのはず。一本一本は短いが、アップした動画はそれなりの量になるのだ。冬とはいえ、開拓地は忙しい。もはや時間を持て余していた引きニートとは違うのだ。
難色を示すユージだが、すぐに態度を変える。
「えっ? 検討する間、ほかを断るだけでこの金額!? 映画化した場合は……oh、マジか……しかも音声の日本語打ち込み作業は別料金……」
大きく体をのけぞらせ、ギシッとイスを鳴らすユージ。プロデューサーから聞いて、震える手でサクラが打ち込んだ数字には、ゼロがたくさん並んでいた。
だが、日本サイドから注釈が入る。
「え? ……この値段で本決まりじゃない? まだ上がる可能性があるから目安程度に考えとけ?」
目を見開くユージ。もはや現実感はない。いや、異世界に現実感もクソもないのだが。
体をひねってユージを振り返り、ワンワンッと吠えるコタロー。どうしたの、だいじょうぶ? なにがすごいの? と言いたいようだ。どうやらコタローに金銭感覚はないようだった。しょせん獣である。
「よっし! じゃあ日本語打ち込みがんばりますよっと。それにまたいろいろ撮らなきゃな! そうだ、リーゼの魔法もいろいろ撮らせてもらおう!」
金額を聞いて張り切りだすユージ。
だが。
「え? 動画はどっちにしろ映画にはそのまま使えない? ま、まあ市販のカメラだしもう型落ちだろうし……しょうがない、よなあ……」
がっくりと肩を落とすユージ。
掲示板の住人からも指摘されていたが、ついに映画化を考えているプロデューサーたちから言われたのだ。これまでの苦労が水の泡か、とユージがへこむのも仕方あるまい。
しかし、続く言葉が再びユージに火を付ける。
「え? いままでとこれからの動画でドキュメンタリーかテレビドラマ作って、そこから作り込んだ映像で映画化? 別契約? ま、まじか……」
プロデューサーから声をかけられ、目を丸くしたサクラ。
そのサクラが打ち込んだ情報が、ユージに驚きをもたらす。
ユージ同様、日本サイドの二人の弁護士も目を丸くしていた。
ユージの物語が、ハリウッドで映画化する。
そんなお話は、さらに大きくなっていくのだった。
ユージも、コタローも、アリスも、リーゼも、そして開拓民たちも。
どうやら遠く離れた、いや、ここではない世界で、テレビデビューすることになるようだ。