第十一話 ユージ、モンスターの集落で生き残りを殲滅する
残酷な表現があります。
苦手な方はご注意ください。
めずらしく真面目?な回です。
「それにしても……あの嬢ちゃん、また魔法の威力上がってないか? 今やったら……いや、愛剣で相手すればなんとか……」
ブツブツと呟くギルドマスターのサロモン。
ギルドマスターがモンスターの集落の中央からまわりを見渡すと、焼け焦げたゴブリンやオークの死体が目に入る。開戦を告げたアリスの魔法、その威力にあらためて驚いているようだ。
周囲にいた斬り込み隊の冒険者たちも、あのちっこい嬢ちゃんがなあ、ウチのパーティに勧誘してみるか、などと話している。彼らにとっても驚くべき威力であったらしい。アリスに二つ名がつく日も近い。
「それで、サロモンさん。この後はどうするんですか?」
オークの長にトドメをさしたユージが、ギルドマスターのサロモンに問いかける。
すでに集落に動くモンスターの姿はない。
「この後は、包囲を縮めていって隠れてるヤツがいないか確認だな。それとまだ息があるヤツを殺していく。そこまで終わったら、あとは片付けだな。死体やらを一箇所に集めて、アリスの嬢ちゃんの魔法で燃やしてもらうか」
ユージに向けて言ったギルドマスターは、右腕を上にあげてグルグルと大きく回す。どうやらそれが合図だったようだ。モンスターの集落を包囲していた6級から8級の冒険者たちが、外縁部から姿を現してゆっくりと集落の中心へ向かっていく。
「あ、じゃあ俺は元の場所に戻って参加しますね」
そう言い残し、ユージはコタローを連れてアリスのもとへと向かっていくのであった。
どうやらこの後は、コタローの索敵能力が活躍する時間のようだ。
「……というわけで、中央に向かってゆっくり進みます! 木の陰やウロとか、隠れられそうなところはぜんぶチェックする! アリスはあんまり離れないようにね!」
アリスとケビンの専属護衛が待つ場所へと戻ったユージは、さっそくこの後の動きを教える。もっとも、専属護衛は知っている内容であったが。立てていた三脚を回収し、カメラをしまうユージ。このあとは、移動しながら場合によっては戦闘になるのだ。さすがにカメラを持ちながら戦うわけにはいかない。
ユージの言葉に、はーい、と手をあげて返事するアリス。
バウバウッとコタローも勢いよく吠える。討伐で出番がなかったコタローは、やっとわたしのばんね、と張り切っているようだ。さっそくフンフン鼻を鳴らし、ピクピクと耳を動かしている。ねずみいっぴきのがさないわ、と言っているかのようだ。犬なのだが。
ケビンの専属護衛が、倒木に立てかけられた枝に手をかける。
ごちゃごちゃと木や枝が重なる場所の前にいるのはユージとコタローだ。
バサッと音を立てて枝がどけられ、ユージは槍を構えて露になる空間を見つめる。モンスターはいなかった。
ワフッとコタローが小さく吠える。だからいないっていったじゃない、と言わんばかりである。だが仕方あるまい。コタローはしゃべれないし、コタローの意図がわかってもユージたちは調べないわけにはいかないのだ。
「ふう。ここもいませんでしたね。あと俺たちの進路にあるのは、あのひとつか」
そう言ってユージは、木が重なった粗末な建物らしきものに目を向ける。
足下のコタローはユージと同じ方向を向き、毛を逆立ててグルグルとうなり声をあげている。どうやら、ユージたちが担当する最後の掘っ建て小屋には、何かがあるようである。
準備はいいか、とばかりにユージに目を向ける専属護衛。
さきほどと同じように短槍を構えたユージは、目を合わせてコクリと頷く。
コタローは臨戦態勢。
アリスも何かを察したのか、静かに小屋を見つめている。
バサバサッとどけられる壁代わりの枝葉。
午前の陽光が差し込み、露になった空間を照らす。
ユージの目が捉えたのは、かばうように両手を広げた一匹のオーク。
そのオークの後ろには、数匹の小さなオークの姿が見える。
「当たりですね。メスのオークと子供。おそらくここで産んで育てていたんでしょう。小さいんで逃げられないよう気をつけてください」
ケビンの専属護衛の冷静な声がユージの耳に届く。皆殺しを前提とした発言である。
だが。
ユージは動かない。いや、動けない。
目の前のオークは、ユージたちを攻撃するでもなくただ両手を広げている。これまでのオークとは異なり、体の前には膨らんだ乳房がいくつも並んでいた。複乳である。それはさておき、明らかにメスであるようだ。
母が、子をかばっているのだ。
短槍を構えたまま硬直するユージ。穂先が震えている。
これが戦闘の最中であれば、勢いのままユージも攻撃できたかもしれない。だが、すでに決着がつき、落ち着いているこの状況で、しかも目にしたのは子をかばう母の姿。この世界ではなく、日本で育ったユージがためらうのも当然である。
「ユージ兄、どうしたの? アリスがやる?」
固まるユージの耳に、後ろにいるアリスの声が届く。
ユージは固まったまま、アリスになんの言葉もかけられない。
そんな姿を見たのか、ケビンの専属護衛に向けてワンワンッと吠えるコタロー。まあしょうがないわね、わたしたちでやるわよ、と言っているかのようだ。
ふうっとひとつ息を吐き、ケビンの専属護衛が動き出す。あわせてコタローも動き、その爪を振るう。
数分と経たず、動くオークはいなくなるのだった。
「ユージさん……いえ、そうでしたね。冒険者としても初めての依頼でしたか」
いまだ固まったままのユージ。
殲滅を終えたケビンの専属護衛がユージの肩を叩き、声をかける。
ユージの足下にはコタローの姿。返り血でところどころ青く染まった体をユージの足にこすりつけている。汚れを落としているのだ。いや違う。ユージの精神状態を気づかっているのだ。体をこすりつけるのは親愛の表現なのだ。決して青い血がついたのが不快なわけではないのだ。
アリスはユージの気持ちがわからないようで、どうしたの、と言わんばかりに小首を傾げていた。アリスはモンスターとの命のやり取りが当たり前のこの世界で育ち、ケビンの専属護衛と違って戦場の経験もないのだ。察しろというのも難しい話である。
「……すみません、ぜんぶやらせちゃって……」
力なくうなだれ、小さな声を出すユージ。
その身は震えていた。
「ユージさん。何を気にしてらっしゃるかはわかりますが……あれを見てください」
そう言ってユージの顔の目前で手を振り、注意をひいてからある方向を指差すケビンの専属護衛。
その指の先にあるのは、白い物が重なった場所だった。
骨。
おそらく、オークの母や子供たちの食べ残しであろう。
ケビンの護衛がずかずかと足を踏み入れ、手にした剣でガラガラと骨の山を崩す。
そして。
「ああ、やはり……。ユージさん、これが何かわかりますか?」
そう言って剣先で指し示すケビンの専属護衛。
その先にあるのは、頭骨であった。
いや。
ユージにもわかる。
それは、人間の頭蓋骨であった。
「開拓地を襲ったオークリーダーが錆びた剣を持ってましたからね。冒険者を襲ったか、死体を見つけたか。いずれにせよ、不運な冒険者はコイツらに食われたんでしょう。ユージさん。かわいそうに見えたかもしれませんが、ここで逃がしたらゴブリンやオークは必ずどこかで人を襲うんです。それに……」
ケビンの専属護衛が、ユージに言い聞かせるように語る。
殺すか殺されるであり、モンスターを殺すことに罪悪感など持つな。それは、モンスターと生存競争を繰り広げるこの厳しい世界の常識であった。
ためらうユージの気持ちをアリスが理解できなかったのも当然なのだ。
「コイツらはね、他種族でも女性なら孕ませることができるんですよ。まだ小さいからアレでしょうが、コイツらを逃がして、もしいつかアリスさんが捕まったら……」
ギリッとユージが歯を食いしばる。
ケビンの専属護衛の言葉に、そんな未来を想像してしまったようだ。
「そう、そうですか……。ええ、もうためらいません」
ユージの目に決意の光が灯る。
足下ではコタローが吠える。そーよゆーじ、やっとわかったのね、ちゃんとねきらないとだめなの、と言っているかのようだ。
『血塗れゲガス』の下で修業し、『戦う行商人』ケビンに引き抜かれた専属護衛。これまで何度も経験してきたのだろう。初めての戦場でためらいを覚えたユージへのケアもお手の物であり、それどころか焚き付ける始末であった。
それでもユージは心に小さなしこりを抱きながら、集落の中心、冒険者たちの集合場所を見やる。
「俺たちの進路にある分は終わりましたし、合流しましょうか」
それでもユージの心の中の問題は、先送りできるほどには軽くなったようだ。
だが、その時。
ユージたちの後方から、咆哮が聞こえる。
振り返るユージとコタロー、アリス、専属護衛。
目にしたのは、三匹のオークと八匹のゴブリンの一隊であった。
中でもフゴーッと怒りを表すかのように咆哮するオークの体は、ひとまわり大きい。オークリーダーであろう。
そして。
その後方にいた二匹のゴブリンが、抱え持っていたモノをドサリと地に落とす。
陽光を反射する細やかな金髪。
長い金髪からのぞく素肌は抜けるように白い。
見るからに華奢なその体。
地に落ちても動かないのは、すでに命が失われているのか。
いや、肌は白いが、血の気がないほどではない。
それは、人であった。
しかも、少女であった。
その姿を遠目にとらえたユージの頭に、先ほど専属護衛から聞いたばかりの話が浮かぶ。
他種族でも女性なら孕ませることができるんですよ、と。
ユージの表情が憤怒に染まる。
足下のコタローは牙を剥き出し、毛を逆立て、四肢に力を込める。
「アリス。サロモンさんのところで待ってて」
オークとゴブリンから目を離さず、言葉少なに告げるユージ。
雰囲気を察したのか、アリスはコクリと頷き、すぐにパタパタと集落の中央、ギルドマスターや元冒険者パーティ二人のところへ、てきだーと告げながら駆け出す。
そして、ユージとコタローも駆け出した。
全速力で、オークリーダーとオーク二匹、ゴブリン八匹の集団に向けて。
怒りにまかせ、おおおおおお、と言葉にならない叫びをあげながら。
だが言葉にするまでもなく、一人と一匹は、その表情で、全身で、駆ける速度で、ただ二つのことを語っていた。
ゴブリン死すべし、慈悲はない。
オーク死すべし、慈悲はない。
モンスターの母性を目の当たりにしてユージの心にあった小さなしこりは消えたようだ。
決して、倒れ臥した少女の長い金髪からのぞく尖った耳のおかげではないだろう。
たぶん、きっと。