第十話 ユージ、ゴブリンとオークの集落を冒険者たちと討伐する
拙作にはめずらしくちょっと長めです(5300字ぐらい)
ご注意ください。
また、残酷な表現があります。
苦手な方はご注意ください。
早朝。
空が鮮やかな夜明けの色に染まる頃。
静かな森に、わずかにカサカサと葉が擦れる音が聞こえる。
息をひそめ、その時を待つユージ。
ユージの横にはアリスとケビンから遣わされた専属護衛。そして、足下にはコタロー。
ユージの斜め後ろには、三脚が立っていた。セットされているのは、ユージお手製の衝撃緩衝ボックスをまとったカメラである。なんとか全景を映そうと努力したすえのカメラアングルであった。
やがて、ケビンの専属護衛がユージにささやき声で告げる。
「合図が来た。開戦だ」
ユージにはわからなかったが、場数を踏んだ専属護衛の目は逃すことなく合図を捉えていたようだ。
ゴブリンとオークの集落は、森がぽっかり開けた場所にあった。自然にできた空間のようだ。
集落の南側には小さな沼地が存在していた。とても飲めるような水には見えなかったが、この開けた空間と水場があるためにモンスターもこの地に集落を作ったのだろう。
その集落には、倒木や切り倒した木々、枝葉を使って掘っ建て小屋とも呼べない粗雑な建物らしきものが20棟ほど点在していた。雨風を凌げるかどうかも怪しいが、オークと一部のゴブリンはその空間で寝起きしているようだ。中に入らず雑魚寝しているゴブリンたちの姿も見えるが、おそらく下っ端なのだろう。
集落の中央には数本の木を重ね、枝葉で覆った建家が見える。集落の中心に見えること、しかも周辺の掘っ建て小屋よりも大きいことから、開戦の合図、アリスの魔法の目標はその建家であった。
攻撃目標を眺めるユージ。その目に、ふわふわと風に揺られるようにゆっくりと飛ぶゆきふりむしの姿が映る。
どこかのどかで幻想的な風景。
だが、これからこの場は戦場となるのだ。
「アリス、出番だよ」
専属護衛同様に、ユージもささやき声でアリスに告げる。
右手を上げ、声は出さずにはーい、と口の形だけで答えるアリス。
ちなみに、ギルドマスターのサロモンは集落南側の沼地の存在を知っており、だからこそアリスの火魔法の使用許可を出したのだった。いざとなれば冒険者たちのバケツリレーで消火する所存である。
ユージの横で、アリスが力を込める。
初撃ということもあり、相手に気づかれる可能性を考慮して詠唱は禁止されていた。んんーっといううなり声がちょっと漏れていたが。
やがて、アリスが頭上にかざした手の上に炎の球が生まれる。
えいっと腕を振り下ろすアリス。やはり小さな声が漏れていた。
ゆるやかな放物線を描いて炎の球が集落の中央に飛んでいく。
着弾まであとわずか。
アリスの狙い通り、中央の粗末な建家に当たりそうだ。
盾を持つ左腕と、短槍を持つ右手にぐっと力を込めるユージ。
ユージの足下にいたコタローが、その体をユージの足にすり寄せる。きんちょうしないで、にげてくるてきをころすだけよ、と言いたいようだ。
たしかにユージは気負っている。もっとも、これはユージにとって初めての攻撃側の大規模戦闘。がむしゃらだった開拓地の防衛戦とは違うのだ。緊張もむべなるかな。
ちなみに、ユージとアリスを守る役目を与えられているケビンの専属護衛は余裕の表情だ。その実力は4級冒険者に相当するものであり、彼はコタローの実力もアリスの実力も知っている。余裕の表情もクソも、実際余裕なのだ。
そして、ついにアリスの魔法が着弾する。
集落の中心の建家に直撃した魔法は、爆発することなく炎が広がる。
赤い炎が木を重ねて作られた粗雑な建家を包み、さらに広範囲に燃え上がる。
20棟ほどの粗雑な小屋が並ぶゴブリンとオークの集落。
その中央の建物に命中したアリスの魔法は、中央の建物どころか集落の面積のうち半分ほどに広がり、燃え盛る。
3秒、5秒と時が経ち、ようやく集落を包んだ大火が消える。
建物に入ることなく雑魚寝していたゴブリン。黒こげである。
木と枝で作られた粗末な建家。アリスの火が燃え移ったのか、轟々と炎を上げている。
集落の外縁部にあったいくつかの粗雑な木の建物だけがアリスの炎を免れていた。
燃え盛る建家から、数体のオークが飛び出てフゴフゴ、フゴーッと大きな声をあげる。
その声が聞こえたのか、外縁部の木と枝を重ねた家らしきものからゲギャグギャ、フゴフゴとゴブリンとオークの声が聞こえ、姿を現す。
モンスターたちにとっては、目が覚めたら、住んでいた村が半焼しているのだ。どうやら混乱しているようだった。
まだ状況を把握できていないのか、キョロキョロと首を振ってまわりを見渡すモンスターたち。の、首が落ち、血が噴き出る。
おお、アリスの魔法はすごいなー、おっ、ゴブリンとオークが出てきたか、と暢気に考えていたユージには、何が起きたのかわからなかった。
目を見開いて驚くユージ。
その間にも、次々とモンスターたちは倒れていく。
「『宵闇の風』の二人と、開拓地にいる斥候の男です。さすが3級冒険者」
ユージに解説するかのように、ケビンの専属護衛が言葉を発する。斬り込み隊が動いたことで、沈黙の時は終わったのだ。
「え……。斥候のおっさん、こんなに強かったんですか……。ほとんど姿が見えないんですけど……」
開拓地に住む元冒険者パーティの斥候の男は、流れるようにモンスターの間を高速で駆け抜け、左右それぞれに手にした二つの短剣で斬りつけているようだ。
ユージやゴブリン、オーク程度ではその姿を視認することさえ難しい。
斥候役のおっさんは、ただのエロいおっさんではないのだ。強くて稼げるおっさんなのだ。ちなみにここで斥候のおっさんが張り切って倒した分の討伐報酬は、プルミエの街の花街勤務のイヴォンヌちゃんに捧げられる予定であった。イヴォンヌちゃんに移住の予定はない。カモである。
ユージの足下では、コタローが興味深そうに元冒険者パーティの斥候の動きを追っていた。ちょっとそわそわしている。
いっちゃだめ、だめよね、きょうはゆーじとありすのおもりだもんね、ああもう、こっちにもこないかしら、と言っているかのようだ。敵には容赦ない女なのだ。
「おらおら、行くぞ! 現役がワシら引退組に遅れるんじゃねえぞ!」
続いて威嚇するような大声を出し、手にした両手剣をかざして駆けていったのはギルドマスターである。年甲斐もなく張り切っている。元1級冒険者として、ひさしぶりの戦闘に血がたぎっているようだ。
集落の全方位から、残り8人の4級・5級冒険者と、開拓地の住人でもあるパーティリーダーが集落に駆け込む。
ゾロゾロとゴブリンやオークが現れては冒険者たちに襲いかかるが、そのほとんどが一刀の下に斬り捨てられていた。
元冒険者パーティのリーダーも斥候のおっさんも、フラグなんぞ知らんとばかりの活躍っぷりである。まあ彼らには実際、フラグという概念もないのだが。
それにしても。
アリスの魔法で集落の半分が火に包まれ、軽く見積もっても100弱は仕留めているだろう。それでも150対13と圧倒的にモンスターの数が多いはずなのだ。
が、すでに討伐は掃討戦の様相であった。
「あの……なんか、楽勝すぎません?」
思わずユージは専属護衛に質問する。もっともである。
「アリスさんの魔法が強すぎましたね。この状況なら、半分の人数で充分だったかもしれませんが……。ただゴブリンやオークの場合、逃がさないことが肝心ですからね。ほら」
そう言って右の方向を指差す専属護衛。
その方向には、集落から離れていく5、6匹のゴブリンの姿が見えた。
あ、逃げられる、とユージが思った瞬間に、ゴブリンに矢が突き立つ。
続いて待機していた冒険者パーティが飛び出し、あっけなく逃げ出したゴブリンを殲滅する。
それを見てワンワンワンッと吠えるコタロー。そうよ、いっぴきもにがしちゃだめ、うー、こっちにこないかしらね、と言っているかのようだ。
「なるほど……だから包囲する人たちが必要なんですね」
「ええ。包囲殲滅がゴブリンとオークの集落に対する鉄則です。ヤツらはあっという間に増えますから。あとは集落には長となる存在がいる可能性が高いので、ソイツにも注意が必要です。そろそろ出てくると思いますが……ああ、アレでしょうね」
教え込むような専属護衛の解説を聞いていたユージが、集落の中心に目をやる。
そこにいたのは、ほかのオークよりもふたまわりも大きな巨体。
2mを超す身長もさることながら、横幅もでかい。
建物がわりにしていた木を左右それぞれの手につかみ、そのまま武器として使うつもりのようだ。
あんなでかいヤツ、どこにいたんだ、と小さな声でユージがつぶやく。ワンッと同意するかのように吠えるコタロー。
アリスは小首を傾げ、ユージをじっと見ている。ねえユージ兄、アリスが魔法使う? と言いたげな視線であった。初撃の範囲魔法以外にも、アリスは単体攻撃できる魔法もある。
だが、戦場はすでに乱戦なのだ。
フレンドリーファイアの危険性を考え、ユージはアリスに使わなくていいよ、と首を振る。
天にも届けとばかりに、フゴーッと大声で咆哮するオークの長。
なんらかの命令であったのか、恐慌をおこして逃げまわっていた残り40匹ほどのゴブリンとオークたちモンスターが落ち着きを見せる。
が、モンスターは次々と倒れていく。
冷静になっても、雑魚は雑魚なのだ。
そんな光景に憤るかのように、オークの長は左右の手に持った丸太を振りまわしはじめる。
ブウンッと聞こえてきそうな迫力ある動きに、遠方から眺めているにもかかわらず、ユージが身を硬くしたその時。
朝日を反射して白刃がきらめき、オークの長が振りまわした二本の丸太が切って落とされる。
元1級冒険者にして、『魔法使い殺し』の二つ名を持つプルミエの街最強の男。
プルミエの街の冒険者ギルドマスター、サロモンの姿がそこにあった。
どうやらアリスの魔法で死にかけただけの男ではなかったらしい。
オークの長と相対したギルドマスターの両腕と愛剣は、ほんのり青く輝いているように見える。
一瞬のにらみ合いの後、ギルドマスターが踏み込んで横なぎにその剣を振るう。
あっさり、まるで熱した包丁でバターを切るかのごとくあっさりと、オークの長の両足が切断された。
切断された足を残し、ドオンッと音を立てて倒れるオークの長。
間髪入れずにギルドマスターが愛剣を振るい、オークの長の両腕を斬り飛ばす。
完膚なきまでの無力化である。
集落を包囲していた冒険者たちがうおおおおお、と沸き立つ。
斬り込み隊の面々は、あっさりと長がやられて呆然とするゴブリンとオークを、これ幸いとばかりに斬り殺していく。
殲滅はもはや時間の問題であった。
すげえ、なんだあれ、どうなってんだ、と独り言を呟くユージ。
感化されたのか、アリスはさっそく真似するかのようにどこからか拾った木の枝を振りまわしている。開幕の魔法以降は見守るだけだったため、アリスはヒマしていたようだ。
コタローはガウガウガウッと吠えながら、ユージとアリスの足下を跳ねまわっていた。ギルドマスターの本気に大興奮である。だが、うれションはしない。コタローは淑女なのだ。犬だが。
ゴブリンとオークの集落に、動くモンスターが見えなくなった頃。
ギルドマスターが、ユージたちがいる方向を向いてなにやら手を動かしている。
ハンドサインである。
「ユージさん、ギルドマスターがユージさんを呼んでいます。アリスちゃんのことは俺が見てるので、行ってきてください。ああ、コタローさんもユージさんと一緒にお願いします」
ギルドマスターのハンドサインを読み取ったケビンの専属護衛がユージに告げる。なぜかコタローにも直接告げていたが。しかも言葉から考えるに、コタローはユージの護衛扱いである。犬に護衛される33才であった。
え、なんの用だろ、とまごまごするユージをよそに、コタローはワンッと一吠えしてすたすたと向かっていく。追随するかのように歩き出すユージ。
「ああ、ユージ殿。コレにトドメをさしてください。開拓団の団長が位階を上げて強くなることは、開拓地の安全に繋がりますからな」
ニコニコと笑顔でユージに告げるギルドマスター。口から頬にかけて残る大きな傷跡が歪めた笑顔で、しかも顔には返り血がついている。いつにもまして凶悪な笑顔であった。
え、トドメ、俺がさすんですか? 理解できなかったのか、ギルドマスターを見て、そして周りにいる斬り込み隊の面々を見渡すユージ。
ほかの冒険者たちも笑顔で首肯する。
チラリ、とコタローを見やるユージ。
ワンッと小さく吠えるコタロー。ひとおもいにやってあげなさい、と言わんばかりである。コタローも賛成のようだ。
「ささっユージ殿、グサッと。それで強くなって開拓地を安定させて、また開拓民の募集なんかを……」
揉み手をはじめんばかりの勢いでユージに迫るギルドマスター。
え、ちょっと募集はわかりませんけど、じゃ、じゃあ、と言って、手にした短槍を逆手に振りかぶるユージ。チラッと仰向けに横たわるオークの長を見る。
両手足を斬り落とされ、防ぐ術も逃げる術もないオークの長は、先ほどまでの勇壮な姿とうって変わり、なぜかうるうると涙目であった。
だが、もはやそれに心動かされるユージではない。異世界も4年目なのだ。数々のモンスターを屠ってきたのだ。
ためらうことなく、穂先を下にして、心臓に向けて突き刺すユージ。
ゴフッと血を吐くオークの長。その頬には、ひとしずくの涙がこぼれていた。
間もなくピクリとも動かなくなる。
どうやら絶命したようだ。
こうして。
開戦を告げたアリスの魔法から、わずか一時間ほど。
白い綿毛のようなゆきふりむしが舞う中で行われたゴブリンとオークの集落の討伐は、あっさり終わりを告げるのだった。
最後はまさに、言葉通りの接待プレイで。