「工藤君…ごめんなさい」
それは本当に唐突だった。
灰原が突然そう呟いた。
「…? どうした?なんかあったのか?」
俺は怪訝そうな顔をして言った。
「バレたのよ、私の正体が…。あなたを幼児化させた、あの組織にね…」
「なに!?」
うまく状況が飲み込めない。
登下校や学校にいる間はこいつと一緒だったはずだ。
一体どこでどーやって奴らに気づかれたというんだ?オレが頭の中をフル回転させていると、灰原は言った。
「どうして彼らが私の正体に気づいたのかは分からないけど、恐らくこの米花町で偶然私を目撃したんでしょうね…。昨日、博士の家に彼らがやってきて…もう一度組織に戻ってこいと言われたわ…」
「じょ、冗談だろ…?」
オレは恐る恐る聞いたが、灰原の目は真剣だった。
「安心して?私が組織に戻ればあなたも博士も…もちろん他の人にも手は出さないようだから…」
灰原は口元を緩めてそう言うと、俯いた。
「私が戻らなかったら皆殺されるわ…」
俯いてはいるが、自嘲気味に笑っているのがわかる。
オレは知ってる。
灰原がいつもこんな表情を浮かべるときは、素直じゃないとき。強がっているとき。
だから、守りたくなるんだ。
「オレが何とかしてやっからここにいろ!奴らと真っ向勝負してやろうじゃねえか…!」
FBIもいるし、作戦を練れば何とかなるかもしれない。
そんなことを考えていたが、それはすぐに灰原の一言で遮られた。
「ダメよ工藤君…」
灰原は少し悲しそうに真っ直ぐオレを見た。
「あなたや他の人を巻き込みたくないの…。組織と向き合うことが、どんなに危険なことか分かるでしょ?だったらお願い…私のことは放っておいて…」
「灰原……」
オレは何も出来ないのか?
いつも灰原を守ってきたのに、
結局は何も出来ない無力な探偵かよ…
「あなたがそんな顔する必要ないのよ? 私は元いた場所に…あなたと私が出会う前の状態に戻るだけ。だから…私のことは忘れて今まで通り生きてちょうだい…」
「………」
「心配しないで?組織に戻れば薬のデータも入手出来るし、APTX4869の解毒剤も完成する可能性がある。もし完成したら、組織にバレないようにあなたに薬を届けるから…」
「薬のことなんてどーでもいい!!行くなよ灰原!!」
「…ごめんなさい…」
灰原はオレに背を向けて、闇に向かって歩いていく。
「待てよ…待ってくれ!」
「彼女のこと…大切にしなさいよ?」
まただ。
またそういう表情をする。
自嘲気味な笑み。悲しそうな瞳。
そうやっていつも自分一人で不幸を背負うから、本気で守りたくなるんだ。
けど、腕を伸ばしても届かない。
走っても前に進まない。
闇に飲み込まれそうなあの背中を、オレは必死に追いかける。
「行くな、灰原ぁーーッッ!!!!!」
そう叫んだ瞬間、オレの視界が明るくなった。
そこは見慣れた教室で、周りには見慣れた顔がたくさんある。
小林先生もみんなも、オレをきょとんとした顔で見ている。
もちろん、隣に座っているアイツも。
「あ、あれ…?」
今までのは全部夢…?
小林先生がオレに近づく。
「コナン君?授業中に居眠りはダメよ?」
「あ、ごめんなさい…」
「おい、コナン。オメー大丈夫か?」
「いきなり大声出さないでくださいよ…」
「いきなり哀ちゃんのこと呼ぶから、歩美びっくりしちゃった!」
「わ、悪ぃ悪ぃ…」
うっわ、オレって超恥ずかしい…
きっと灰原のやつ、オレのコトからかうんだろうな…
皮肉を言われるのを覚悟して、灰原のほうに顔を向けた。
しかし、待っていたのは皮肉でも、呆れ顔でもなく、
複雑そうに優しい笑みを浮かべた灰原だった。
「あ、あれ…?」
予想外だった。てっきりバカにされると思っていたから。
「どこにも行かないわよ…」
「は…いばら…」
「心配してくれたんでしょ?ありがと…」
「……あのよ…もし灰原の正体が奴らにバレたとしても、オレが絶対に守るから…だから…」
「クス…どこにも行かないって言ったでしょ?あなたこそ、消えたりしないでよね…」
「ったりめーだ…」
灰原の顔を見て、オレは安堵した。
だけど、これが本当に現実なのか判らなかった。
またこれが夢で、灰原に手が届かなかったら…
そう思うとオレは居てもたってもいられなくなった。
ちゃんと灰原がここにいるってことを実感したくて、オレは灰原の手を握った。
「え…?」
「少しだけ…」
夢とは違い、ちゃんと灰原に触れることが出来る。
ちゃんとオレの側に灰原がいる。
この手が離れぬよう、ずっと君を守ると決めた。
*終*
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