いよいよレミリア編でございます。また一段とキャラ崩壊が進んでおります。
とくに今回の話は、少々危険な表現が含まれておりますので、食前、食後、食中の閲覧は後悔を招きますのでご注意下さい。
それでは覚悟の出来た方から、どうぞごゆっくりお楽しみ下さいませ。
2011年。世界は謎の秘密結社Googleにより完全に支配され、人々は膨大な情報の海へと投げ出され、その渦へと飲み込まれつつあった。
結社の正体は依然として謎のベールに包まれており、結社の正確な情報を知る者は少なかった。その為、結社が世界征服作戦が着々と進行させている現状に気付く者は誰もいなかった。
そして、利用するつもりで利用されている人々を尻目に、世界中の情報を我がものとした結社の世界征服作戦は、ついに最終段階に突入しようとしていた……。
……。どうも。『れ・み・り・あ・う〜〜☆』こと、レミリア・スカーレットです。
と、まあ、そんなこんなで情報化社会である。過密に緻密な秘密の機密であふれる超情報化社会である。情報の完全支配が出来れば、世界征服も夢ではないのである。そして、それほどまでに情報が重大な意味を持つのはこの幻想郷も同じで、日々刻々と変わっていく経済情勢を把握していなければ、私が今日の地位を築けることは無かっただろう。世界の情報、運命を支配するこのレミリア・スカーレットに、貿易商という職業はまさに天職だったと言える。毎日のように変わっていく物価の上がり下がりを見極め、需要に適した商品をいち早く仕入れてを売り捌く。簡単なようだが時流を見極める目がなければ出来ることではない。
つまり、私は運命を操る能力を持っているのである。
だが。だがである。私が操ることが出来るのは、あくまで経済の話である。それはつまり、突出した商人の目を持っているだけに過ぎず、人の運命を操る訳ではない。
人の運命は人が決める。その者の意志が運命を作るのである。それは何も人だけではない。全てのものの運命は、そのものの意志によって決定されるのである。それはつまり、その者の今まで歩んできた歴史が、未来を作るということである。生まれた環境、経験、遺伝子に刻まれた歴史が、意志を作り運命を決定するのである。それは因果によって生み出される必然。因果の及ばない偶然と呼ばれるものでさえ、歴史を辿れば必然となる。全ての事象は歴史によって決定されているのである。
そして、偶然を必然とし運命を歴史とするそれは天命と呼ぶ。天命の眠るこの地では、過去も未来も現在も、天命に定められし歴史となるのだ。
つまり、
「……困った」
のである。
素敵に無敵、不敵に不気味なプリティー吸血鬼たるこの私、レミリア・スカーレットは、現在大変な困難にぶち当たっている。そしてそれは私の能力の及ばない、天命より与えられし困難であった。神が私に与えた試練であった。目に見えない強大な存在の意思が見え隠れする歴史の陰謀であった。
そう。それはまさに高き壁の如く。何物をも拒む絶壁の如く。世界を見下ろす神霊の地、エベレストの如く。私の前に立ちふさがるそれは、強大にして凶悪な高き高き壁であった。そのあまりにも巨大で圧倒的な存在感を前にすれば、私の存在もまるで小っぽけなものに見えてくる。普段は他者を見下ろす(立場的な意味で)この私が、その壁に見下ろされていたのである。つまり私は、それ程までに高き困難な壁にぶち当たっていたのだった。要するに、
「……。紙がないわ」
困難に、ぶち当たっていた。
順序よく話していこうか。
まず最初に断っておくが、皆のアイドル、プリティー吸血鬼たるこの私であっても、生理現象はどうにもならない。認めたくない者はこれ以上先に読み進めることはお勧めしないが、しかし、いい訳くらいは聞いていただきたい。
例えば。これはあくまで“例えば”の話であるが、現在テレビでちやほやされている天才ゴルフ少年だって、こっそりパチ屋でガチャガチャやっていたり、トイレに隠れてスーパッパしている可能性もゼロではないのである。いや、大いにあり得るのだ。「まさかそんな!」と思うかもしれないが、彼だってまだ20にも満たない子供である。健全な青少年のすることは大体そんなものなのである。全くあり得ない話だと言い切ることは、本人以外出来ないだろう。
だが。だがである。だからと言って彼を責めてはいけない。いや、法律違反だから叱ってもいいんだけど責めてはいけない。なぜならさっきも言ったように彼だってまだ若いのである。悪さの一つや二つくらいあってもいいだろう。それに彼はアイドルではなくプロゴルファーなのである。我々の方が勝手にそう呼んでいるだけにすぎないのである。だから、ちょっと何か仕出かしたとしても、大目に見てやる器量が我々には必要なのではないだろうか。
そもそもアイドルとは漢字で虚像と書く。イメージという先入観に囚われて虚像を追い求め過ぎた結果、イメージと違ったからと言ってそれを責めるのはお門違いだろう。多くの場合、それは騙された方に問題があるのだ。「イメージなんてそんなものだ」と割りきることが出来なかった側に問題があるのだ。
そしてこれは、あくまで“例えば”の話ではあるが、こんな風に扱ってしまったことに対して、本人様及び関係者各位には、深く謝罪を申し上げさせていただきます。本当、スイマセンでした。
……つまり私が何が言いたいのかといえば、皆のアイドルの私だってトイレにくらい行くということである。そしてそれは、まったくもって仕方ないことなのである。しつこいようだが、それは決して罪ではない。それを隠し、否定することの方が罪なのだ。なぜならそれは自分を偽り、他者を騙していることに他ならないからだ。勝手に騙されてくれている分には別にどうでも良いが、意図的に騙してしまう事はやはり罪である。なので私は自分の良心に従い、ここに宣言しよう。
「アイドルだって、トイレに行ったっていいじゃない!」と。
大体、人だろうが妖怪だろうが、この世に生れ存在する以上、何も食べないわけにはいかないのである。そして食べてしまえば必ず不純物が出てくるのだ。全ての資源を栄養素に変換する機能は、妖怪にだって無い。食べたら出るのが自然の摂理。つーかこれは細胞やら細菌やらの死骸を排出しているのであって、次に進むために絶対必要な大事なステップなのだ。そしてそれこそが、この世に生まれてきたことの証なのだ。私が私であることの証明なのだ。
つまり大便なのだ。
少々話が脱線気味なので元に戻すが、これは、そう。私に訪れた困難の話だ。
私はその時、本日の業務予定を一通り終え、優雅で甘美で濃厚な時間を過ごしていた。部屋に置いてあるツイスターを、一人でプレイしながらエキサイトしていた。そして、しばらくそのような時間を過ごしていると、私の超人的かつ天才的な頭脳に、画期的に斬新な前衛芸術のように神秘的な天才レベルの遥か上をいく完璧な悪戯のプランが舞い降りてきた。いつも一瞬の閃きを無駄にしない『思いたったら即実行』をモットーにしている私は、自分の信念を貫き通すため、さっそくその準備に取り掛かった。
あまりにも圧倒的かつ壮大な芸術作品(悪戯)を、脳内で組み上げられた設計図通りに進めていく私。いや、もはやその時の”私”という存在こそが、完成された一つの芸術であったといってもいいだろう。咲夜のシャワー中に、『名前を言ってはいけない例のブツ』をこっそりと失敬するところなんかは、ハリウッド級のスペクタクルがあった。
そしてそんな芸術(悪戯)の創造も佳境に入ろうとしていた時、不意に直腸あたりから発せられた異変の電気信号を大脳がキャッチした。そう。なんと私の下半身からメーデーメーデー救難信号(便意)が発せられていたのだ。
しかし、一生物でもあるこの私は、こんな事態に対する処理の仕方は心得ており、慌てず騒がず冷静に判断を下した。つまり、目の前の芸術作品(悪戯)の完成を急ぐより、生理現象の処理の方を優先したのだ。そして、非常に的確なジャッジメントを下した私は、可及的速やかかつ経済的に事態の対処を図るべく一直線にトイレに駆け込んだ。そう、云わずと知れたベンジョイ(トイレを満喫するの意)である。
ところで話は少し変わるが、紅魔館のトイレは、『全国トイレ水洗化計画』の煽りを受けて、すでに近代化が進められている。当然館内にある全トイレはお年寄りにも優しい洋式水洗トイレである。バリアフリーである。親切設計である。人類の未来は明るい。
そして当然私が向かったトイレ(共用トイレ)にも最上級の近代化が進められており、便座に付いていたヒーターにより冬でも快適なベンジョイ(もう一度言おう。トイレを満喫するの意だ)を送ることが出来る。臭いに関しても最大限の配慮がなされており、長期戦の際でもまるで気にならない。念のために室内には読書グッズが入ったガラス棚も完備されているし、さらに緊急時の為に個室が二つも設けてあり、誰かが先に入っていてガッカリする心配も少ない。お腹が弱い私でも安心して使える設計である。
だが、それより何より、その外観こそが我が家のトイレの肝であると言っていいだろう。その高度で高級感あふれる内装は、トイレそのものを一つの芸術作品であると称せるほどに美しい。しかもただ美しいだけでは無く、落ち着いた色合いの壁と相まって非常に居心地がいい。華やかさと安らぎを併せ持つそのトイレは、どこか古代の芸術を彷彿とさせる至上の一品といえるだろう。例えモナリザの横に並んでいたとしても何の違和感も感じない。まさにトイレ革命。ルネッサンスである。
惜しむらくはただ一つ、ウォシュレット機能がまだ付いていないのだが、これも近日中に改善されることになっている。まさに我が家の自慢のトイレなのである。
そして、その時も私は、そのトイレの中で悠々とした時間を過ごしていた。もっとも、どういう訳かトイレに入ると便意が薄れてしまったので、長期戦を覚悟して読書にて心を落ち着かせていたのだが。しかし、こんな事態でも慌てず騒がず落ち着いて対処出来る点は、さすが私であると言わざるをえない。私はこんな時間でさえ無駄にはしないのだ。いや、むしろ積極的に無駄を楽しんでいるともいえよう。優雅にベンジョイ(念のため言っておく。トイレを満喫するの意だ)を楽しむことも淑女の嗜みなのである。まさにカリスマが溢れんばかりであった。
そして、そんなこんなでしばらくの後、長きに渡る戦いを終えた私は、スッキリと出すものを出すことができ、暫し安堵感とほんの少しの快楽を感じていた。そうして自然の摂理に則りある物に手を伸ばそうとしたのだが、目の前の光景に愕然とさせられた。なんとそこには絶対にあるべきはずの超重要物がどこにも無かったのである。快適なベンジョイライフ(トイレを満喫することで日常をより快適に過ごそうとする活動のこと)には欠かせない、白く優しくまるで母の温もりのように慈愛に満ち溢れた禁断の必須アイテムが。トイレ三種の神器の一つと呼ばれる幻と伝説の超歴史的アイテムが。紙が。そう、紙が無いのである。
……いやはや紙である。紙がないのである。神ではない。そんなものはなくてよろしい。紙である。イッツ、ペーパー。より正確に表すならばトイレットペーパー。さらに具体的に表すならば、出すもの出してスッキリしちゃった私のケツを拭くためのロール状に巻いてある少し柔らかめの紙だ。それがない。
それはつまり私は、出すもの出しちゃったにもかかわらず自身のケツを拭く術を持っていないということなのだ。
おお、なんたる悲劇。シェイクスピアの四大悲劇なんて、目じゃないくらいに圧倒的絶望的な悲劇である。しかし、これはなんということであろうか。『テメーのケツはテメーで拭く』がモットーの私が、なんて様だろうか。不様である。非常に不様である。非常に無情に不浄に不様である。今までのベンジョイ(おやおや。まだ覚えていないのかね。トイレを満喫するの意だ)ライフ上はじめての汚点である。大便だけに。
だがしかし、実際これは大変な事態である。運命を読むこの私でさえ、この運命は読めなかったのである。この運命、つまりこの部屋には紙が無いという情報が、私には一切入って来なかったのである。世界征服すらも可能な情報量を取り扱う私が、こんな些細な情報を取り漏らしていたのである。
つまりこれは、間違いなく何か強大な意志が働いている。それは私の情報ネットワークを掻い潜り、その事実を隠蔽し続けるほどの超強大な意志。私の目を欺き、運命の螺旋を意のままに操る歴史の道しるべ。
成程。これこそが世界の意志、“天命”だというのか。
……私は絶望していた。今回の敵はあまりにも強大過ぎる。幾多の戦い(便意)をくぐり抜けた屈強な戦士であるこの私でさえも、今回の敵の前には足が竦んでいた。なぜならこれは、勝てる勝てないの問題ではないのである。それは勝負にすらなっていない。試合が始まる前に、退場を言い渡された気分である。戦力外通告である。仲間外れである。みんな揃ってイレブンではないのか。
いやいや、もしかしたら私のケツは大便垂れた後でもキレイなままかもしれないが。でも本当、確かに綺麗なのだ。この私が。この私の尊さが。たかだか大便ごときで汚されるはずがないのである。
だがしかし。だがしかし、これはそういう問題ではないのである。なぜならこれは儀式なのだ。とてもとても神聖な儀式。太古より伝わりし神(紙)との契約。
出す。拭く。流す。
この一連の流れはベンジョイ(いい加減にしたまえ。何度言ったらわかるんだ。トイレを満喫するの意だ)を行うものが避けては通れない神聖な儀式なのだ。いや、生粋のベンジョイプレイヤー(ベンジョイを行う者たちのこと。つまり私もあなたもベンジョイプレイヤー)たるこの私が、この儀式を避けて通ることは許されない。それは偉大なる便所神に対する背信行為だ。
出す。拭く。流す。
その三つが揃ってのみ神の儀式は完結するのだ。便所神の威光にあやかることができるのだ。
……うん。とりあえず流そう。なんで流してなかったんだ。
……。
さあ、気を取り直してまずは状況の再確認だ。私は、やはりトイレの中。ケツにはもしかしたら不純物が付着。私はどうあってもそれを拭きたいのだが、しかしそれを拭くための紙がない。となると私はトイレから出られない。紙があれば、この問題はたちどころに解決するのだが、やっぱり私の手元には紙がない。即ち、紙を手にしたければ外に出て助けを呼ばなくてはいけない。だがしかし、私は外に出られない。紙は欲しいが、この状態で外を歩くことは私のプライドが許さない。さらに言うならこんな醜態は誰にも知られたくない。故に紙は手に入らない。……ああ、ジレンマだ。
いや、だがこういう時こそ、冷静に慎重にかつ迅速に対応しなくてはならない。今こそが正念場。私という存在の可能性が試されているのだ。
そうして覚悟を決めた私は、再び辺りを見回してみる。何もない。それは知っている。ここは個室。狭い個室。いくら探したところで無い物はない。
私は限界を超える速度で脳をフル回転させる。その回転数はもはや並の計器では計測不能なほど。火花飛び散るF−1マシンのエンジンよりも早い。そして、その回転がマッハのスピードに到達した時、私は素晴らしいアイデアを閃いた。
そう。ここは共用便所。しかもご自慢の共用便所。隣にもう一つ緊急時用の個室が存在する。つまり、私のところに紙が無いのなら、隣から取ってくればいいのである。何、すぐ隣だ。しかも帰りの心配はいらない。大股で行けば3歩くらいといったところだろう。自分ルールでは7歩以内なら許容範囲である。というかもうそれしか手が無い。躊躇っている場合ではないのだ。
おお、何ということか。これほどの難題も私の頭脳にかかれば解決可能なのか。五つの難題を遥かに超える、超ドレッドノート級のハイレベル難題も私ならば解け得るのか。
私はその時、感動していた。戦慄さえしていた。私の頭脳に。私の才能に! 私という一つの世界遺産に! 人間国宝に! 妖怪国宝に! いやっほーいっ!! 世界征服どころか宇宙ごと征服出来そうなハイパー頭脳である。ちなみに私は、『神の見えざる手』を産まれた瞬間に理解し、さらに『フェルマーの定理』を5秒で証明したことすらある。嘘である。
とか思いながら大いに浮かれていると、……隣の個室から何やら物音が聞こえてきた。
「うっうっ。……ひっく……ううっ……」
あれれ? なんか人がいるぞ。しかも泣いてるっぽいぞ。咲夜に苛められた妖精メイドでも入ったのか?
ちっ。少し自画自賛が過ぎていたか。先を越されてしまったようだ。私はさっさと己のケツを聖浄しなくてはならないのに。事は一刻を争うというのに。
仕方がないので、しばらく様子をうかがってみる。しかし、全く泣き止まないその女に、私は段々イライラしてきた。それから私は、鼻を鳴らしたり、壁越しに叩いてみたりそれとなく合図を送ってみたりしたが、まるで止まる気配がない。まるで私の存在に気付いていないようだ。その女はまだしくしくと泣き続ける。
(……まったく。泣きたいのはこっちだってーの)
いい加減にブチ切れた私は、壁上部の隙間から隣を覗いてみることにする。まったく、泣くのなら屋上で泣け。私のケツを優先させろ。大惨事になったらどうするんだ。私のケツが。
そうして、文句の一つでも言ってやろうと壁に手をかけるが、どう頑張っても背伸びじゃ届かない。『届かない』……腹の立つ言葉だ。さらにイライラした私は、仕方なく、ご自慢のコウモリ羽をパタパタと駆使して、何とか上部にしがみつく事に成功する。そうして私が中を覗いてみると、そこにいたのは妖精メイドではなく、長身で黒の長髪の若い女だった。この期に及んでまだ泣き続けるその女に、めくるめく憎悪と殺意を抱きつつ、どう言ってやろうかと睨みつけていた私は、ふいに顔を上げたその女の顔と、女が放った一言に愕然とした。
「ねぇ……、私キレイ……?」
そこにいたのは、口の端が耳元までざっくり裂けた、『口裂け女』だった。
「なんでだよっ!!」
思わず、すべり落ちながらツッコミを入れてしまった私。あまりの出来事に完全に冷静さを失ってしまった。
いや、おかしい。おかしいだろう! それはおかしいだろう! なんかいたとしてもそこは“花子さん”にするべきだろう! 何で口裂け女なんだよっ!
いや、待って落ち着いてレミィ。大丈夫。多分あれは見間違いよ。悪戯か何かよ。まさかこんなところにそんな大物がいるはずがないわ。
そう。口裂け女といえば、一昔前、全国のキッズ達を漏れなく恐怖のどん底に叩き落し、黄色い救急車という架空の戦術部隊まで生み出した奇跡の存在。くやしいことだが、その知名度で言えばこの私を遥かに上回る。まさに伝説級の存在。それがこんなところにいるはずがない
そうよ。これは何かの間違い。だって口裂け女はCIAの陰謀が作り出した架空の化け物だったはず。こんなところにいるはずが無いわ。断じて。絶対完璧勇気りんりん100パーセント。
徐々に冷静さを取り戻した私。そしてこの非常事態に対する解決策を模索する。とりあえず返事をしなくちゃいけない。どう言えばよかったんだっけ。確か何通りかのパターンがあった気がする。しかし、何を言っても結局襲われる、ということだった気もする。えーい面倒くさいな。
いや、駄目よ。焦っては駄目。落ち着くのよ。今こそ商人たちとの商談で鍛えた交渉力が試される時。私の真価が発揮される時。そう。今こそ私は私の運命を操るのだ!
私は私の脳細胞をさらにフル回転させる。最早、思考回路はショート寸前。今すぐ会いたい。だが私は諦めない。そして私の脳は限界速度の臨界点を悠々と突破し、はるか宇宙の彼方へとめくるめく思想の旅を終えた果てに、ようやく答えを得た。――そう。これが私の答えだ!
「ちょっと待ってね」
先延ばしだ。いや、待て。これこそが正しい返答。今私が求めているものを正確に提示し、相手にもその有用性を説く高度な交渉術。つまり時間だ。私は時間を求めている。慎重かつ冷静にあらゆる可能性を考慮した上で総合的に判断を下す為には猶予期間が必用なのだ。そうなのだ。そうなのである。……とか思いながら恐る恐る相手の反応を待っていると、
「いいわよ」
いいらしい。話のわかる口裂け女だ。善良な口裂け女だ。しかし、そう。大抵の問題ごとは話し合いにより解決可能なのだ。先走って暴力に訴えてはいけない。平和と人権を尊ぶ博愛の人、レミリア・スカーレットは無駄な血は流さないのだ。吸血はするけど。
そんな訳でとりあえず気を落ち着かせ、ついでに便器に腰を落ち着かせた私は、壁越しの話し合いにより平和的解決を試みることにする。
「まずはお互いのことを知りましょう。私はこの館の主、ひいてはこのトイレの主、レミリアよ。貴女は?」
「私は幽霊の花子よ」
「花子かいっ!!」
花子だった。ある意味正解だが腹立つなこいつ。なんか余裕しゃくしゃくな態度も気に入らない。さっきまで泣いていたクセに。大体何で私が下手に出なければいけないんだ。確かに”トイレの花子さん”は全国区レベルの超大物だが、それでも私だって今をときめく大物吸血鬼だ。こんな扱いをされて黙っている訳にはいかない。
「一応言っとくけどね。この家は私のものなのよ。勝手に入らないでほしいわ。何様のつもりよ?」
「……う、ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「え? 何?! 何なの?」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「待って! いい! いいから! 別に勝手に入ってもいいから! 落ち着こうっ! ねっ?」
「うお。」
……びっくりしたじゃない。何? 何よもう。何で叫んじゃったわけ? 意味わかんない。レミィもう意味分かんない。
ていうかもう嫌だこいつ。腹立つ。大体なんだよ「うお」って。返事みたいに使ってんじゃねーよ。しかも私は別に本当のこと言っただけよ。幽霊だろうと何だろうと私の許可なしに勝手に入ってくんじゃねーよ。まったく、門番は何をしてるんだ。……あ。門番は今、使いに出しているんだった。くそ。私の馬鹿。よりにもよって美鈴の留守中に、こんなおっかない奴が侵入してくるなんて。ああ。もう駄目。私はこのまま伝説の存在になってしまうんだわ。さよなら、みんな。バイバイ。グッバイ。残念でした。また来世。
いやいや。何を恐ろしいことを考えているんだ。駄目だよ。駄目。とにかく落ち着きなさいレミィ。相手のペースに乗っては駄目。交渉を有利に進めるにはこっちのペースに持っていかなければ。かき回されては駄目よ。
「むかしむかしあるところに一人の美しい娘がいました」
「……って何勝手にしゃべってんだよ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「分かった! いいから! 勝手にしゃべっていいから! 落ち着こう!」
「うお。」
下手に刺激しないほうがいいようだ。というか最大限に腹が立つな。しかし私の思いはどこふく風で、花子と名乗ったその女はまたまた勝手にしゃべりだした。
「……その美しい娘はそれは大きなお屋敷で使用人として働いていました」
それは古い昔話だった。
むかし、むかしとあるところに一人の美しい娘がいました。その美しい娘は立派なお屋敷に仕える使用人の一人でありました。その娘の美しさは館の中でも一番で、みんな彼女のこと羨みました。
娘は美しいだけでなく、大変働き者でもありました。皆が嫌がるような仕事も喜んで引き受けました。その為、お館様はその娘を大変可愛がりました。他の使用人より多くの賃金を支払い、また待遇も使用人とは思えないほど好条件でした。娘はそれが嬉しくて、より一層仕事に励みました。明らかに贔屓されていた娘でしたが、他の者達も娘の働きっぷりは知っており、異論を唱える者は誰もいませんでした。
しかし、娘をあまりよく思っていない者が一人だけいました。お館様の奥方様です。奥方様は、お館様があまりに娘を可愛がるのでその娘に嫉妬していました。そうして意地悪な仕事を押し付けるようになりました。
それでも喜んでその仕事を請け負うその娘がますます気に入らなくなった奥方様は、こっそりお館様が大事にしていたお皿を割り、なんとそれを娘のせいにしました。
それには、ついに反論する娘でしたが、お館様はそれを信じませんでした。なぜなら他の使用人で娘が皿を割るところを見たという者がいたからです。その使用人は実は奥方様に脅されて仕方なく嘘をついていたのですが、お館様はそれを知りません。一向に罪を認めない娘に業を煮やしたお館様は、とうとう娘を解雇してしまいました。
……その娘はとても悲しみました。自分は嘘なんかついていないのに、どうして誰も信じてくれないんだろう、と。そして、ひどく落ち込んでいた娘は偶然信じられないことを耳にしました。全ては、奥方様が自分に罪を着せる為にやったことだと。お皿を割ったのは奥方様だと。
娘は怒りました。許せませんでした。そして井戸の側にいた奥方様に食らいつきます。激しく口論になる二人。そしていつしか、どちらともなく手を出し合っての大喧嘩になりました。そして他の者達が止めに入ろうとした時、なんと勢い余ったその娘は奥方様を井戸に突き落してしまいました。真っ逆さまに井戸の底に落ちていった奥方様。そうして二度と口を利けなくなってしまいました。
お館様は激怒しました。当然です。あれだけ良くしてあげたのに。自分の大事な皿を割ったばかりではなく、自分の妻をも殺してしまったのですから。激怒したお館様の耳には、使用人たちが告げる真実はもう入って来ません。そうしてその娘を縛りあげたお館様は、その口に大きな皿を押しこみました。当然、入りきらないほどの皿を無理やり押し込められた娘の口は、びりびりと裂かれていき、綺麗だった顔は二度と見られないほど酷いものになってしまいました。
しかし、お館様はまだ許しません。怒りの収まらないお館様は、なんとそのまま娘を便所に突き落としてしまったのです。
……可哀そうに。縛られて身動きの出来ないその娘は、受け身も取れず便所の底で頭を強く打って死んでしまいました。
以来、その便所には口を裂かれ、無念のうちに死んでいった娘の怨念が残り続けているそうです。そして、今なお恨みを抱えたその娘は、やって来た人々を時々あちらの世界に連れていってしまうこともあるそうです……。
「……それが私なの。驚いた?」
「そう、だったの……」
「私はここで殺された娘の幽霊なのよ」
「そう。あんたも辛い思いをしてきたのね……って、そんな話聞いたことねーよっ! 私、500年くらいここに住んでるけど一度も聞いたことねーよっ! つーかその話でいくとお館様って私じゃん! 身に覚えがねーよっ!!」
「そりゃあそうよ。今、即興でつくった嘘だもん」
「嘘かいっ!!」
何なんだよもう。疲れたぞ。私、ツコッミ過ぎで疲れたぞ。こんな疲れ方、初めての経験だよ。500年生きてても初体験だよ。こんなもん体験したくねーよ。大体なんでホラーなんだよ。いや、存在自体ホラーだけど、時季考えろよ。もう夏は終わってんだよ。おれたちの夏はもう終わってんだよ。
私は、なんか激しい頭痛に悩まされながら混乱の極致を迎えていた。するとそんな私を嘲笑うかのように花子がまた話しかけてくる。
「……貴女、面白いわね。レミリア」
「それは私を馬鹿にしてるの?」
「いいえ。でも貴女はいいわ。すごくいい。……そうね。貴女には特別に、……とっておきの『笑える話』をしてあげる」
何故か気に入られてしまった。私的にはすごく迷惑なんだけど。腹立つんですけど。しかし、そうこうしている間に花子はまたしゃべりはじめてしまった。
「私ね。本当は口裂け女じゃないんだ」
――それはまた、古い昔話だった。
「これは丁度口裂け女の話が流行ってた時のこと。私ね。生まれつき口が少し大きかったの。それは本当にほんの少しだったけれど、でも話題にするには十分だった」
「……」
「だから、みんなが私を指差して言うんだ。『あいつは口裂け女だ』ってね。馬鹿みたいでしょ? 実際、馬鹿な話なの。だって言っている人たちだって本気でそんなこと思っている訳じゃないんだもん。ただの暇つぶし。ちょっと変わってた奴を少し弄ってみただけ。しょーもない理由。ただそれだけの理由で、私は除け者にされた。……その時付き合っていた彼も一緒にね」
それはよくある話だった。花子の語るそれは日常的に行われている、どこにでもある話だった。
人間は仲間意識が強い。逆に言えば仲間を作らないと不安で不安で仕方がない。そして、一人、共通の敵を作りあげることは非常に有効な手段だった。的がはっきりしていれば感情を共有しやすい。それは群れることでしか生きられない人間の知恵だった。昔から行われている、生きる為の知恵だった。
私はそれをよく知っていた。とても、……とてもよく知っていた。
「そして彼にもふられてしまった。もちろん彼も口裂け女なんか信じていなかった。ただ周りの反応が鬱陶しくなって、私から距離を置きたかっただけ。ただそれだけ。……ショックだったな〜。本当、ショックだった。何がショックって、彼にとって私っていう存在がその程度のものだって知っちゃったことが。彼にとって私はそれほど重要じゃないんだってわかっちゃったから」
花子はしゃべり続ける。何かに突き動かされるように。まるで何かにとり憑かれたように。
「それから私はずっと無気力だった。心に穴が空いたような気分。何をしても心ここに在らずって感じ。その時も私はぼ〜っとして道を歩いてた。周りが全然見えてなかった。信号赤なの気付かなかった。だから、一瞬すっごい眩しい光と音を感じた後、私は空の上から私の体を見ていた。ぐちゃぐちゃの血だらけ。ほとんど原型留めてないんじゃないかって感じ。……大型のトラックに撥ねられたんだって。即死だったみたい。しかもその後、反対からやって来た車にも撥ねられて、そりゃ酷い有様だった。自分のじゃなきゃ見てられないほどだった。でもね。私ってば案外のん気だったみたいで、これが死んじゃうってことなんだな〜とか、幽霊って本当にいたんだな〜って、そんなことを考えてたの。それで、すごく不思議な気分で地面に転がっている私を眺めていたら、……気付いたの」
花子は、そこで間を置いた。きっとそれは一番言いたくて、一番言いたくない事なんだろう。だから私は無言で答える。
「私の顔、……口が裂けてた。それはもう無残にぱっくりと。耳の近くまでざっくり切れていた。もっとも、顔自体ぐちゃぐちゃで見れたもんじゃなかったけど。まるで、本物の口裂け女のような顔になっていた。どう撥ねたらこんな風になるんだよって、私思わずツッコミ入れちゃったわ。多分、撥ねられた衝撃で、ガードレールの端かなんかに思いっきり顔をぶつけたんじゃないかな。しかもね。それだけじゃないの。幽霊になった私の顔もね。……やっぱり口が裂けていたの。他の傷は残っていなかったのに。何の因果か口元だけはしっかり幽体の方にも残ってた。……そう。醜い醜い口裂け女のが。とうとう私は、みんなが恐れる口裂け女に本当になってしまってた」
花子は続ける。心に深く刻まれたその傷を、誰かに聞いて欲しいかのように。ただ必死で。ただただ必死で。
「そうして気が付いたらこんな場所まできていた。この館に入ったのも偶然よ? ただこの館が少し楽しそうに見えたから。もしかしたら仲間に入れてもらえるかもしれないって。そう思ったから。……本当、馬鹿よね。どこにいったって私は私なのに。この顔が変わるわけじゃないのに。この顔を見て平気な人なんているわけないのに。だから、結局誰にも話しかけることが出来ずに、こうしてトイレで泣いてたの。……ふふふ。馬鹿よね。本当に馬鹿。馬鹿で惨めで醜い口裂け女は、やっぱり馬鹿で惨めで醜い口裂け女なのでした。めでたしめでたし。どう? 笑える話でしょ?」
……沈黙。私は言葉に詰まった。何て答えたらいいか分からなかった。それでもどうにか言葉を絞り出す。
「それはどこまで本当の話なわけ?」
「さあ? 好きなように考えてもらっていいよん。レミリアちゃん」
「……」
分かってる。こんなの冗談で言える話じゃない。少なくとも花子は冗談でそれを言えるとは思えなかった。会って間もない得体の知れない奴だが、私は何故かそう思えた。その声を聞いていれば分かる。冗談でこんな悲しい声は出ない。それくらいは分かる。私だって伊達に長生きしているわけじゃない。
……。
一体、誰が悪いんだろう。馬鹿な話で騒ぎ立てた周りの方か。それに影響され自分の女を簡単に切り捨てたその男か。または、そんな馬鹿な男に惚れてしまった花子の自業自得なのかもしれない。
でもきっと、この物語には悪者は登場していないのだと思う。誰もが自然に振舞っただけ。その中で少し意見の食い違いがあっただけ。すれ違ってしまっただけ。それくらい些細なことだ。どこにでもある、ちょっとした不幸だ。誰の身にでも起こり得るような、そんな不幸だ。ただそれが重なってしまっただけ。悪いといえばそれくらいのことなんだろう。
だから私は悲しかった。ただ少し運がなかっただけでこの花子はこんな場所まで来てしまったのか。ただそれだけで、花子はその顔を誰にも見せることが出来なくなったのか。だから花子は、自分の痛みを誰にも打ち明けることができなかったか。……その声を。その叫びを。誰にも聞いてもらうことが出来なかったのか。
……そりゃそうだ。だってあの顔だ。確かに誰もが恐れるだろう。私だって怖かった。私だってその顔から目を背けた。だから花子はこうやって、互いに顔を見ずに壁越しで冗談まじりでしか、その傷を打ち明けることが出来なかったのか。
今までずっと? 一人で? それは、それはあまりに酷だった。
「ねえ。あんたの目にはこの館は楽しそうに見えた?」
「うん。少なくとも私のいた世界よりは。だから、ありがとう。話を聞いてくれて。誰かと会話するのは久しぶり。とても楽しかったわ」
「なら、来ればいいじゃない。あんたもこっちの世界に。私は別に歓迎するわよ?」
「それは駄目。私には出来ない。こんなに醜い顔の私は、みんなの輪に入ることは許されない。今だってそう。この壁越しでしか貴女とお話なんかできないわ」
花子はそう言って黙り込んだ。
……何故だろう。私は腹が立っていた。無性に腹が立っていた。なんだか分からないけど腹が立って腹が立ってしょうがなかった。だってそれは。……まるで、どこかの誰かさんみたいじゃないか。
私は再び宙を舞う。私と花子を隔てるその壁をよじのぼる。こんな壁が何だ。邪魔だ。見えないだろう? 私はまた壁の上にしがみついた。そして、壁の向こうには花子がいた。私が二度目に見た花子は、うずくまっていた。顔を隠してうずくまっていた。花子はやっぱり、……泣いていた。
「おい。こら。そこの根暗野郎」
花子は顔を手で隠したまま、ゆっくりとこちらを向く。ええい。その手が邪魔だ。私は花子を睨み付ける。そして、存分に尊大な態度を取ながら言い放ってやった。
「笑え」、と。
私はそのまま睨み顔を笑顔に変えた。反応のない花子を無視して飛びっきりの笑顔を送る。おいおい何やってんだ。よく見ろよ。安くないんだぜ? 私の笑顔は。
少し間を置いて、花子の顔が少しだけ動いた気がした。両手はまだ顔を隠している。だが、私は負けない。めいいっぱい、これ以上ないくらいの笑顔を作ってやる。どうだ。私がここまでしてやったんだ。お前はその程度か? さっさと見せろよ。お前の笑顔。あんまり待たせるから疲れてきたきたじゃないか。
これは私と花子との根比べだった。相手は中々に手強い。でも私は諦めない。私は、無理やりにでも花子の笑顔が見たかった。
しばらくして、とうとう根負けした花子は、その両手は少しずつ降ろしていった。少しずつ。ほんの少しずつ、花子の顔が露わになる。微かに。でも確かに。花子は笑っていた。それはひどく不恰好な作り物の笑顔だったけど。それでも、花子は笑っていた。
「……綺麗よ。あんた」
「え?」
「綺麗だって言ってるの。あんた最初に聞いたでしょ? 私は綺麗かって。これが私の答え。あんたは綺麗よ。だってあんた、こんなに綺麗な心を持ってるじゃない」
それは笑っちゃうくらいクサイ台詞だった。本当、よく言えたものだ。多分私の顔は真っ赤だろう。二度は言えない。それは本当に馬鹿みたいな青臭い台詞。キザッたらしくて、まるで私には似合わない台詞。でもこの馬鹿にはこれくらいで丁度いいんだ。だって、これくらいストレートじゃなきゃ伝わらないだろう?
自分は醜い? 自分は輪の中に入ることは許されない? なんだそりゃ。誰が決めたそんなこと。誰が?
「花子」が決めたんだ……! 自分で勝手に決めたんだ。勝手に自分で自分の評価を決めているだけだ。勝手に妄想しているだけなんだ。だからそれを私に押し付けるな。自分の考えを私にに押し付けるな。勝手に私を判断するな。私は私の目で判断する。私の心で判断する。私は私の魂で相手を見る。私の”友達”は、私が決める!
「誰かが言ってたわ。幻想郷は全てを受け入れるって。それが本当か嘘かは知らないけど、少なくとも私はあんたを受け入れる」
だから、
「友達になりましょう?」
花子は、わんわん泣いていた。ただがむしゃらに。必死に。犬かお前はってくらいに。ぶんぶんと、首を縦に振りながら。
まったく。その時の花子の顔ときたら、しわくちゃで涙と鼻水でべとべとで、それはとても……。
とても綺麗な笑顔だった。
「ふーん。行くんだ」
「ええ。私自身が変わらなきゃ駄目でしょう?」
「うむ。大変よろしい」
しばらくトイレの中で泣き続けた花子は、館を出ることになった。里の方やいろんな場所を回ってみたいそうだ。その決心がようやく着いたとの事。確かにこのまま私のもとのいたとしても花子が変わらなきゃ同じ事だろう。私は少し背中を押してやっただけだ。
もしかして花子は、またキツイことを言われるかもしれない。また酷い罵声を浴びることになるかもしれない。だが、そんな奴らばかりじゃないはずだ。ちゃんと目を見て話し合えば、花子がどんな奴かは分かってくれる。ここにはそんな奴らが沢山いるのだ。ここにはそんな馬鹿でいい奴らがいっぱいいるのだ。
「レミリア知ってる? 友達は100人作らなきゃだめなんだって」
「随分頑張るわね。まあ、やってみなさい」
「出来るかな?」
「……出来るわよ。ここには変人が多いから」
「レミリアみたいな?」
「ほっとけ!」
何だ。全然大丈夫じゃないか。そこには、さっきまでの花子はもういなかった。幽霊だけど、その表情はとても活き活きしていた。そして、
「ありがとうね。レミリア。また、また絶対来るから」
別れの際に花子はこんな言葉を残していった。満面の笑みでそれ言う花子は、もう口裂け女のそれではなかった。全然醜くなんかない。全然怖くなんかない。そこにいたのは、ただ普通の少女であった。――そう。これなら大丈夫。きっといくらでも友達が出来る。
そうして私は、勇気をだして一歩を踏み出そうとしている花子を心の中で見送る。私はまだここから出られないが、ずっと応援している。花子が100人の友達を引き連れて会いに来てくれることを、楽しみにしている。だから、頑張れ! 花子!
そして私は、”友達”の言った「また絶対来る」の言葉を反芻しながら、一人、トイレの中でニヤニヤするのであった。
――東方な日々 レミリア編 完――
「……って、ちょっと待て。まだ何も解決していないぞ」
そう。そうなのである。まだ根本的な問題が未解決なのである。花子が去った後確認してみたが、隣のトイレにも神(紙)はいなかったのである。つーか、こんだけかかって未だ進歩なしってのはどーゆう了見だ。
いやいや、むしろ事態は悪化しているではないか。そう。時間が経過してしまっている。このままいけば時間切れのタイムオーバーである。そして私のケツは、ごわごわしてもぞもぞして痒みに襲われること請け合いなのである。デンジャラスな無法地帯の乾燥地帯に突入してしまうのである。
……。
もう、助けを呼ぼうか。咲夜なら大声で呼べばすぐに来てくれるだろう。
いやいや駄目だ。私が『名前を言ってはいけない例のブツ』を所持している限りそれは出来ない。あまりにも危険すぎる。人生最大級の修羅場が展開されてしまうかもしれない。ドメスティック・バイオレンスである。そんな危険な橋は渡るべきではない。その橋は例え端を歩いていても崩落する一休殺しの橋だ。あな恐ろしや。
うん。やっぱり咲夜は駄目だ。命のリスクが付きまとう。では、他の誰か。
……あの真性の根暗(パチェ)は図書館に引き籠ったまま。おそらく出てこない。というかこの前の恐竜事件の修復作業を行っているはずだ。その部下の小悪魔共々、期待出来ない。
では、あのウドの大木(美鈴)はどうか。……駄目だ。私が使いに出したのだ。さっき自分で言ってたではないか。美鈴に助けは望めない。
つーかこの件については全面的に魔理沙が悪い。全面的に全力で全速力に魔理沙が悪い。というのもあのスカポンタン、本日ふらふらっと紅魔館にやって来ては、何か仕事が欲しいとか言いながら急に暴れだしたのである。その様子はまるで駄々っ子の如くである。しかし、なんとも心優しい私は、魔理沙の空を自由に飛ぶ能力を見越して、運搬の仕事を斡旋してやったのだ。なにしろ魔理沙は、箒に乗れば空を飛べるというお気楽スタイルを持つ貴重なキャラなので、私的にも色々使い道はあるのだ。それに実際、空を自在に飛べるというのは非常に便利なことで、私も魔理沙のその能力については高く評価している。
幻想郷広しといえど空を飛べる人間は限られる。弾幕ごっこというスポーツの中においてはその限りではないが、普通は飛べないだろう。つまり私の判断は魔理沙の持つアイデンティティーを尊重しながら私も助かるという、まさに一石二鳥な非常に優れた判断だったのである。
そんなこんなで魔理沙には、荷物の運搬の仕事をやらせていたのだが、彼女は致命的なミスを犯してしまった。どうやら途中で荷物を落として失くしてしまったらしいのだ。しかし私としては、初めから妙にテンションが高く、何か仕出かしそうな気配があったので、「やっぱりか」という感じだったのだが、その後がいけない。なんとあの馬鹿は、そのまま荷物の捜索を始めてしまったのである。まったく。まずは私に報告を入れろというのに。しかも、取引先の商人の話では森の中で捜索しているらしい。なんだかんだ言っても森はやはり危険である。仕方なく、私は美鈴に魔理沙を迎えに行かせる羽目になってしまったのである。
そもそも森は妖怪の住処である。現在その線引きは非常に薄いが今も昔もそれは変わらない。もっとも現在は妖怪が人を襲うことは全面的に禁止されているのだが、だからと言って、全く心配ないわけではない。人だろうが妖怪だろうが、ふとした瞬間に一線を越えてしまうということは大いに有り得る。
それに、もうすぐ日が暮れ始める時間帯だ。これからどんどん暗くなれば、妖怪の活動も盛んになる。しかもその場所は、最近謎の黒い妖怪が暴れているという話だ。どんなに魔理沙が優秀な魔法使いだといっても、魔理沙はやっぱり女の子だ。それはあまりにも危険すぎる。手遅れになったらどうするんだ。何かあってからでは遅いのだ。
まったく。あいつはもうクビだ。雇い主にこんなに心配かけるような奴に仕事は任せられない。そもそもあいつが心配かけるせいで、もともと不安定な私の胃腸はさらに不安定になり、さらにこんな事態にまで発展してしまったのである。そうなのである。全てはあいつが悪いのである。全部、魔理沙が悪いのである。おのれ許すまじ魔理沙。
……というわけで美鈴は使えない。そもそもこの場所から門までは遠すぎる。まったくもって使えない奴だ。なら他の妖精メイドはどうか。
駄目だな。咲夜との繋がりが怖い。何だかんだで仲のいい奴らのこと。恐らくいざとなったら主たる私ではなく、メイド長たる咲夜のほうの味方をするだろう。ついでに他の連中も咲夜を味方するに違いない。何故なら、咲夜が拗ねて調理を放棄してしまうと我々は空腹で餓死するからだ。もしくはパチェあたりから創作料理だとか言って危険物を食わせられるかもしれない。そうなると館内に発生した0157を止める手立てはなく、皆そろってお陀仏となる可能性もある。
何だこれ。咲夜最強じゃん。私はもしかすると開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのか。
いよいよ八方塞りな私。迫り来るタイムリミット。時限爆弾を前に格闘する爆発物処理班の気持ちである。鈴木さんも爆発である。PSである。加藤さんも大好物である。そんな感じで一歩間違えば大惨事になりかねないのである。主に私のケツが。
……。
うん、いや。……うん。大丈夫。キレイだよ。私のケツ。
そう。私のケツはキレイだから、もともと拭く必要がなかったのだ。だから、大丈夫なのだ。そうなのだ。問題ないのだ。まさにノープロブレム。無問題なのだ。
だが。だがこれは偉大なる便所神への、明確な背信行為ではなかろうか。私は今まさに、大いなる罪を犯そうとしているのではあるまいか。
いやいや待て。大体これは便所神が先に私を裏切ったのだ。超優良なベンジョイ(そのうちにも大辞林にも登録されると思うがトイレを満喫するの意)プレイヤーたるこの私に対して、ベンジョイ(もともとは作者が中学の授業中(体育)に友人と雑談していた時に生まれた奇跡の言葉。トイレを満喫するの意)する上では絶対なくてはならない必需品である、白い救世主ホワイトナイト(紙)を私から奪うなどとは絶対にあってはならないことだ。まさに私は神(紙)の裏切りを受けたのだ。もはや神(紙)は死んだのだ。
そうは言うも、私はまだ迷っていた。ここは決断の時である。私のこれからに。下手をすれば一生に関わる大事だ。間違った判断は許されない。私はノーペーパーライフ(紙使わずに事を終わらせること。作者はまだ未経験)に切り替えるべきなのだろうか。果たしてそれが正しい選択なのであろうか。私は私の一生を左右しかねない、この大きな案件について、今までにないくらい真面目に真剣に悩んでいた。
……。
うん。やっちゃおっかな。
と思うも私の意志はまだ揺らぐ。なぜならば、私の今までのベンジョイ(この前、Googleで検索したところ5000件以上ものHitがあり、思わず小躍りしてしまった魔法の言葉。トイレを満喫するの意)ライフ上、出しちゃったのにも関わらずケツを拭かずに外へ出たことは一度もない。まさにそれは初体験。私はそれに関しては全くの処女なのである。果たして私はその処女膜(ノーペーパーライフについてである。卑猥な想像をしてはいけない)を破ることができるのであろうか。それをすれば私のこれからの生活が一変してしまうのではないだろうか。私のベンジョイ(おそらくこれから一大ムーブメントを巻き起こすであろう波乱の言葉。トイレを満喫するの意)が根底から覆ってしまうのではないだろうか。
……。
誰だって、初めの一歩は怖いものだ。初めの一歩が一番重いんだ。はじめ君だって、ジョー君だってノックアウト寸前なんだ。
だが。だがしかし、勇気を持て! レミリア・スカーレットよ! 立ち上がれ! 立つんだレミィ! お前はそれを乗り越えるんだ! そう。私の倒れるリングはこんなところではない! このリングの中には魔物が棲んでいる。頼れる仲間はみんな目が死んでる! そう。今こそ私が立ち上がるのだ! 私は更なる高みへと昇りつめる。私はまだ、燃え尽きるわけにはいかない!! 私は私のベンジョイ(準備はいいかい? さあ、レッツ・ベンジョイ!)を変えるのだ!
……よし、行こうじゃないか。新世界とやらに。そして今、私のケツは新たな成長のステージに進みはじめるのである。
私は今、新たな私への第一歩を踏み出した……!
……。
……。
……。
「……。あれ? 紙がある……」
「……まったく。手間の掛かるお嬢様だこと」
そう言って、銀のメイド長は自分の仕事に戻っていくのであった。
お疲れ様でした。貴重なお時間をこんなものに使ってもらい、ありがとうございます。
はい。反省はしています。しかし、後悔はしていません。妙にすがすがしい気持ちであります。
・・・ええ、はい。反省します。本当すいませんでした。
という訳で、今回はいろいろ不満がおありの方もいらっしゃるでしょうから、その旨は感想にてぶちまけてやって下さい。
ええ。大丈夫です。少しくらいでは泣きません。
それで次回に関してですが、現在、絶好調に進んでいませんのでいつになるかは分かりません。もしかしているかもしれない楽しみにしておられる奇特な方は、しばしの間、お待ちくださいませ。
おまけ
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