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  東方な日々。 作者:春風夜風
遅くなりました。いつの間にかサイトの雰囲気が変わっていることに戸惑い気味の作者です。

遅くなりましたが話はいつも通りのアホな話です。ただ長いです。しかもほとんどどーでもいい話です。
途中で疲れた方はぜひ追加された”しおり機能”を試してみて下さい。そして使い心地教えてください(笑)

それでは前置きはこれくらいにして、気張らずゆっくり本編をお楽しみ下さいませ。
紅魔郷組
咲夜編
『PAD』
 胸や肩の衣服の形を整える詰め物。主にシリコン等を原材料とする。また、女性が見栄の為にバストアップを図る目的で使用する場合もある。
 ……なんだ。全然関係ないじゃないか。何やらPADがどーのこーのという話が聞こえたので、近くの書店にて辞書を引いて調べてみたが、私とは全く関係のないものだった。私とは一切、完全に、1ミクロンも関係のないものだった。
 どうも。『あなたの時間は私のもの。私の時間も私のもの』 十六夜咲夜(通称さっちゃん)です。
 謎の言葉の意味と私との関連性の薄さを、改めて認識していた私は現在、食糧調達の為人里に買い出しに来ていた。時刻は昼時。そこの団子屋ですでに昼食は済ませてある。
 たまに驚かれるのだが、私がこうやって人里に買い出しに繰り出すことは、それほど珍いことではない。というか結構頻繁に訪れている。そもそも紅魔館は、目前に広がる湖によって、幻想郷内でも隔離された場所にある。こうした買い出しは重要任務だ。とは言っても、毎日の食事の為の新鮮な食材は宅配業者に届けてもらっている。なので別に、私が調達に行く必要も無いのだが、それでも調味料や生活必需品といった雑貨物、お嬢様がだだをこねて急遽必要となった食材など、業者ではどうにもならないモノもある。だから私は週に1,2回くらいのペースで直接買い出しに行くようにしている。部下に任せてしまうことも出来るのだが、ちゃんと頼んだものを買ってきてくれるか心配だし、また調味料なんかは私のこだわりがあるので人任せにはしたくない。そもそもこの買い出しは、私のちょとした息抜きみたいにもなっている。私は普段紅魔館の中でばかり仕事をしていて、休みらしい休みも無く中々外に出る機会も少ない。だから、気分転換の意味も兼ねているこの買い出しを、誰かに代わってもらうのは、正直惜しかったりする。ずっと同じ場所にいれば、誰でもストレスが溜まるのだ。
 また、今回の買い出しはいつもとは少し違い、どうしても私が直接行く必要があった。というのも、急遽改装の必要がある部屋がでたので、その為の必要物資を揃えることになっているのだ。ベッドやらの家具は紅魔館内に山ほどあるので、それを流用するが、カーテンやシーツといった小物類はさすがに買ってやりたい。だから、より今回の買い出しは重要な意味をもつのだ。判断を誤らないよう、慎重に行動する必要があるだろう。
 そんな訳で、息抜きも兼ねつつ、数軒店を覗きながら里の中を散策する。買うつもりはまったく無く、ただの冷やかしだ。ちょろっとのぞいて、店主と一言二言会話してはまた出る。遊んでいるように見えるが、別に遊んでいる訳ではない。妖精メイド達をまとめ上げるメイド長たるこの私が、本来の目的を忘れる事などあり得ない。社会勉強である。現代経済の動向を調査しているのである。全てはお嬢様の為なのである。だから、「このマグカップ可愛いな。私のコーヒー用に使おうかしら」等とは決して思っていない。
 ……でも気に入ったので一応買っておくことにする。
 そんなこんなで、軽快に愛車のママチャリを飛ばしながら、里の中を行く。このママチャリ(さっちゃんスペシャルエディション)は、私がメイド長就任の時にお嬢様に買って頂いたもので、買い出しの際はよく利用している。前と後ろには大量の荷物に対応するべく、大きめのカゴがついており、これがなければ買い出しなんか出来ない。また、傘スタンドとアームカバーも装備されており、日常的に使用するには、非常に理想的な自転車となっている。ちなみに幻想入りする前の私の地元では、このスタイルが標準であり、この全装備をセットしてくれない男は結婚出来ないとされていた。まだ幻想郷では同じ装備の自転車はあまり見かけないが、じきにこれが標準となるだろう。
 よいものはどんどん取り入れる。それが幻想郷のスタイルなのだ。

 そんな感じで息抜きも程々にして、買い出し業務に戻りたかったのだが、ふと思うところがあったのでこの場を借りて少々語りたい。自転車の話だ。
 私は日常の足として使用する場合は、ママチャリこそが最強のマシンだと思っている。そしてそれは別に、今、私の横を通り抜けていったロードが羨ましくて言っている訳ではなく、私が常日頃から持っている持論だ。これからその根拠を上げつつ、他のマシンとの比較をしていこうと思うが、興味の無い人は読みとばてくれて構わない。
 まずはロードのからだ。これは路面走行において最速で、確かにそのスピード感は凄い。軽く漕いだだけなのに「え?こんなにスピード出るの?」というある種、感動的な体験は、死ぬまでにぜひ一度だけでも味わっておくべきだ。まさに走ることに特化したマシンといえる。
 だがしかし、本体価格が異様に高く、本体やグリップの独特な形状から、一般人は中々手が出しにくいのも確かだ。また、タイヤが細く、雨や路面の影響がフルに出てしまうので、町中では走りにくかったりもする。ちょっとした段差でも、すぐにコケてしまうのだ。その為、非常にデリケートなマシンになっており、日常の足とするには、とても向いていないだろう。
 次にMTBはどうか。これはその名の通り、悪路、いわゆるオフロード走行用に設計されており、ママチャリやロードでは困難な道、まさに道なき道を走ることが出来る。さらに見た目が格好良い為、小学生からの絶大な支持を受ける。まあ、正直私は、奴らが乗っているようなのはMTBとは断じて認めないが、いわゆる童心に帰れるという意味でも、MTBという存在は大きい。
 だが実際問題、日常的にそんな悪路を走っている者はまずいないし、そもそもそんな道は、例え走れるとしても走りたくはないだろう。しかし、そうなるとそのオフロード仕様のタイヤや、各パーツが邪魔になり、無駄に重くて使いにくいというのが現状だ。そのくせ日常的に使うとしたらまず欠かせない、買い物カゴなどが装備されていないことが多い。不便を感じることだろう。ロードと同じく本体価格の高さもネックだ。
 ではママチャリはというと、一番の利点はその入手のしやすさだろう。大量生産により価格は一番安く、1万しないものも多い。また、買い出しに便利な買い物カゴは、標準的に装備されており、さらに先程言ったような各種装備を追加し、より快適な走行をすることが出来る。というか、そもそもママチャリは市内を快適に走る為に初めから設計されており、誰にでも安心快適な走行が出来るようになっている。ハンドルは軽く切りやすいし、少々の段差ではビクともしない。
 スピードは今挙げたものの中では一番遅いが、これは街中を走るという点では逆にメリットになる。歩行者も歩いている町中では、スピードが出るということはむしろ危険なのだ。遅い方が安全に走行できるだろう。
 さらにママチャリは基本的な構造が簡単で、各パーツ類の汎用性が高く入手しやすいことから、メンテナンス及び修理がしやすいことも、大きなメリットと言えるだろう。素人でもママチャリならいじれるという者は多く、私もパンクしたりチェーンが外れたりした時はよくウチのじぃじに直してもらったものだ。
 そんな感じで、これらのことを総合的に判断すると、日常的に使うものとして一番適しているマシンはママチャリだと言えるだろう。他のマシンは趣味で使うのが一番良いのだ。
 大体、街中でそんなものを乗り回していたら、いらぬトラブルを巻き起こさないとも限らない。駐輪中に悪戯でパンクさせれたり、もっと悪ければ盗まれたりといった可能性も十分にある。誰も、せっかくの大事な自転車をそんな目に会わせたくないはずだ。
 その点ママチャリは、もしそういった事態に見舞われても、まあいっかと結構あっさり割り切れたりする。いや、良くはないけど、まだ許せるだろう。いや、本当に腹は立つけど。まだ許容できない訳でもない。
 だから要するに私が言いたいことは、大事なものは日常的に使うのではなく、ここぞという場面で使えということなのだ。日常的に使うならママチャリで十分。皆に見せびらかす為に使用するべきではない。そしてそれは、また私を追い抜いていったクロス(クロスには勝てないので語りたくない)が憎くて言っている訳では決してないのだ。
 ……でも、カッコイイよなぁ。やっぱり。

 というわけで、長々としたママチャリ談義はこれまでにして、買い物も終えた私は自慢の愛車に揺られながら帰路についていた。全身で感じる風が気持ちいい。道端に咲いているコスモスの花も、風に揺られて気持ち良さそうだ。つーか何故かカマキリを異様に見かけるのは気のせいか。
 そんなことを思いながら、のんびりまったりぼけっと空を眺めていると、随分空が高くなったいたことにに気付く。いつのまにか、入道雲もひつじ雲に代わっていた。
 そういえば、最近は朝晩も少し涼しくもなってきたっけ、と改めて思い出す。今日の里までの道のりも、随分快適になった。昼時の今だって、日陰に入れば居眠り出来そうなくらい心地よさそうだ。私も、買い出しの大量の荷物を乗せていても、それほど汗をかいていない。実に快適。本当いい季節になったものだ。
 というか夏場の買い出しは、それはそれはしんどいものだった。
 自転車漕いで里に来た時点で、もうすでに汗だく。買い物終って帰ってまた汗だく。特に帰りは荷物が多いため、余計に体力を使うからもう最悪だ。さっさと帰ろうと急ぎすぎて買い忘れなんかしたこともあり、その時は、精一杯太陽を睨みつけて呪いの言葉を吐いたものだ。本当は全部私が悪いんだけど、暑さでイライラしていると人は冷静な対応をとれなくなるのだ。郷ひろみだって、暑さで冷静さを欠いて全部太陽のせいにしている。
 しかしそれに比べると、うん。本当にいい季節だ。今度秋の神様にお礼を言ってもいいかもしれない。
 ……天高く馬肥ゆる秋、か。馬が肥えているかどうかは知らないが、どうやら秋は確かに近付いてきているらしい。
 そしてまた自転車を飛ばす。こうやってサイクリングを楽しめるのも、秋の買い出しのいいところだろう。もう少し寒くなれば、また買い出しが億劫になるに違いない。
 私は、春雪異変なんかするより冬秋異変を起こせばいいのに、などと考えながら、一時の息抜きを満喫するのであった。


「へぇ。あの霊夢がバイトを」
「そう。今その話題で持ちきりさ。お陰で蕎麦屋のじいさんは儲かってるらしいよ」
 波をかき分け揺れる船。一定のリズムを刻むモーター音。私は現在、紅魔館行きの、この船の上で船頭のおじさんと雑談を交わしていた。
 紅魔館は霧の湖、紅魔湖を挟んだ向かい側に位置するので、湖を渡らなければならない。当然、私のママチャリがいくら高性能だからといって、E・Tの加護なしには空を飛ぶことは出来ない。故にこうして、船に乗って紅魔館を目指すわけだが、この船、本来は漁業の為の船で、渡し用ではない。だが、紅魔館は商人の出入りが多く、その商人たちからの要望も受けて、漁師さんたちが渡しの仕事もやってくれている。漁師さん側からしても、最近漁業が不調なので渡しの副業は助かっているらしい。持ちつ持たれつといったことだろう。私も、もちろんこの渡し船は頻繁に利用しており、というかこれがなければ買い出しが成立しないので、とても助かっている。たまに漁で捕れた新鮮な魚をくれることもあり、本当に有り難いことだと思っている。
 船は漁業用の船ということで、船内には網やら銛やらが置いてあり少し狭く、私とおじさんと自転車とでもうスペースが一杯だ。また大分痛んでいるようで、自転車を乗せる時ぎいぎい鳴るので、沈まないかと不安になる。今のところ沈んだことはないが、これからもあっては困る。なにしろ紅魔湖の湖は、暗く深い。まるでメガロドン的な何かが潜んでいそうなこの湖を、私は苦手だったりする。絶対沈みませんようにと祈るばかりだ。まあそんなものはいないだろうし(メガロドンを幻想入りとするのはまだ惜しい)、大体鮫は淡水にはいないはずだ。でも何故か不安になってしまうので、おじさんとの雑談は気を紛らわせるのに丁度良かった。そんなこんなで今日は、霊夢のバイトの話で盛り上がっていた。
「霊夢って結構人気あったんですね」
「まあ、昔から祭りやら何やらの行事は博麗のがやってたからね。霊夢ちゃんも小っちゃい頃から有名人ってわけさ」
「そうなんですか?」
「そうだね。まあ、さっちゃんはちょっと前に来たばかりだから知らなかったかもしれないけど」
 ……ふむ、あの霊夢が。
 いまいち想像がつかないが、幻想郷で博麗の存在は重要である為、そういう事もあるのかもしれない。里の住人達からすれば、博麗のお陰で妖怪たちとの和解も出来たということだし。確かにぐーたらだが、妖怪関係のトラブルに関しては意外と敏感だし、里で行うイベントにも大体出席しているらしいし、霊夢が人気者というのも、頷けない話ではないだろう。ぐーたらなだけでは無いということか。
 まあ、人には二面三面があるのが当然で、私の知る霊夢は、ほんの一面でしかないということなんだろう。今度こっちに来る時は、冷やかしでその“別面”というやつを、覗いてやってもいいかもしれない。
 そんな感じで雑談を交わしながら、のんびりと船は行く。こんな風に雑談交わすことも、私にとっては貴重な時間だ。そもそも地形的に閉鎖的な紅魔館では、商売の情報は入って来ても、こういったいわゆるローカルな情報は入りにくい。紅魔館が世間知らずなお馬鹿さんと呼ばれない為にも、こうして雑談をする価値はあるだろう。まあ、もっとも私は、そんな大層なことは考えてなくて、ただ楽しいから話しているだけなんだけど。
 そうして、最近、里の近くに出ていた人食い妖怪が、いつのまにかいなくなったという話をしていた時、……轟音と共に、上空から何かが落ちてきた。
「……ざっぱーん、と。見事な落ちっぷりね」
「ううっ。いきなりマスパはひどいです……」
「アタイったら墜落ね」
 落ちてきたのは、仲良し妖精二人組の、チルノと大妖精だった。もう少しで船の上に墜落するところだったが、おじさんの野性の勘で、避けることに成功している。大きな水柱を上げて落ちる二人に、おじさんは驚いていたが、私からすればそれほど珍しいことではない。毎日世界のどこかで落ち続けている。しかし、二人同時に落ちるとは、本当に仲のいいことだ。
「マスパ喰らって意識があるだけ大したものよ」
「いや、何というか食らい過ぎて慣れてしまったというか」
「嫌な慣れね」
「アタイったら常習ね」
 私ならそんな習慣は願い下げだ。とりあえず事情を聞いてみたが、どうやら二人は、また魔理沙にちょっかいを出したらしい。いい加減、懲りればいいのに。お供の大妖精の苦労が窺われる。まあでも、何でもかんでもマスパで解決しようとする魔理沙にも大いに問題ありだが、その魔理沙は、よほど急いでいるのか猛スピードで飛んで行きすでに姿は見えない。
 妖精の二人は、意識はあってもぐったりしているようで、おじさんが船に乗せてあげていた。おじさんは心配そうにしていたが、妖精は基本的に回復力が早いので、すぐにまた飛び立つだろう。大勢の妖精メイドを従える、メイド長である私はそれを知っている。このくらいのことでは心配しない。
 というか私的には、魔理沙が飛んでいった方角が問題だ。里の方に向いて飛んでいったところを見ると、間違いなく紅魔館から来たハズだ。魔理沙はよく紅魔館に遊びに来るので、それは珍しいことではないのだが、あんなに猛スピードで飛んでいくととなると、また紅魔館でよからぬ事をしでかしたんじゃないかと不安になる。
 余計な仕事が増えてなければいいなと切に祈りつつ、館を目指すのだった。


 無事に紅魔館側の岸に着いた私は、おじさんに礼を言って、そのまま自転車で紅魔館を目指す。ちなみに妖精の二人は「カエルの池に行く」とか言って途中で飛び立っている。大妖精はともかく、チルノのあのテンションはメイドには向いていないな、と別に雇うつもりはさらさら無いが、雇用リストから外しておいた。
 そうして、そんなことを考えている私の眼前に、最後の難関、心臓破りの坂が現れた。この道が、紅魔館への唯一の道なのだが、道幅が細い上に傾斜が大変キツイ。何かの嫌がらせの様なこの坂で、私はいつも挫けそうになる。なんでも元々紅魔館は、敵が攻めにくいように、という思想から建設してあり、わざとこのような不便な場所に建てたらしい。何のためかは知らないが、ひょっとして、大昔に戦争でもやらかしたのかもしれない。
 だが、今の私に言わせれば、こんな坂は迷惑なことこの上ない。大体ママチャリは坂に弱いのだ。先程の談義ではあえて言わなかったこの弱点が、今私を苦しめている。つーか荷物が重い。ちょっと油断すると荷物の重さで下に引っ張られる。私は、乗ったまま走るのを早々に諦め、自転車を押しながら歩く。額にはすでに大量の汗が浮かんでいる。まったく誰だ。涼しくなったとか、いい季節になったとか言ってた奴は。
 お嬢様に、ベスパを買ってもらえないか相談しようかと思ったが、今度はさすがに船が沈むかもしれない。タイタニックよろしく、船頭のおじさんと共に沈んでいく私を想像しながら、少し涼しそうだなあと、訳の分からない思考が働き出した時、ようやく紅魔館の門が見えてきた。
「あ。咲夜さん。おかえりなさい」
「……ただいま美鈴。そして暑いわ」
「今日は一段とお疲れみたいですね。呼んでくれたら手伝えたんですけど」
「じゃあ今度からは、自転車に乗った私ごと、お姫様抱っこで連れて帰ってもらいましょうか」
「それは謹んでお断りさせて頂きます」
「私もごめんね」
 門番の美鈴と、どーでもいい会話を交わす。これをすると、紅魔館に帰って来たという気がしてくる。気が抜けるというか、ホッとするというか。まあ、通過儀礼みたいなものだ。
 ふと、あることを思い出した。私は、船の上で食べようと思って、里でアイスを買っていたのだった。涼しくなってきたし妖精騒ぎもあったりで、すっかり忘れていた。もうヤバいかも、と恐る恐る買い物袋の中を覗いてみる。すると、……成程。これが融解というやつか。自然の摂理に則り、私のガリガリ君は、無残にもただの液体へと成り果てていた。
「そうそう美鈴。お土産があるわ。はい、溶けたアイス」
「わーい。これはイジメと判断してもいいんでしょうか」
「冷やせば大丈夫よ」
「そういうものですか」
「そういうものよ」
 しかし、実にどうでもいい会話だ。しばらく、そんな下らない会話をsていると、何かの気配に気付いた美鈴が館の方を向く。
「これは森下様。もうお帰りですか?」
「ああ。なかなかいい商談が出来たよ」
 そこは、中年の素敵なおじ様が、館から出てくると事だった。背は高く、背広にシルクハットが似合っている。口元にダンディな髭を蓄え、いかにもVIPといったところ。というかVIPである。私も何度か見たことがある。お得意様である。今回も何か商売の話をしていたのだろう。
「森下様。またのお越しを心よりお待ちしております」
「いやいや。ちょっとまだ紅さんにお話があるんだよ」
 まさか口説くつもりか?とも思ったが、何やらマンガの話で盛り上がりだした。何もこんなところで話しこまなくてもいいのに。というか、そういうものに疎い美鈴はすぐ影響されるから、余計な知識を入れないでほしい。
「森下様。何でしたらお部屋をご用意致しますけど……」
「……だからギニュー特戦隊は……」
 無視された。何なんだお前らは。仲いいのか。というかまたDBネタか。もういい加減鬱陶しい。そして、全然関係ないが気になってしまったので述べておくが、私は偽乳ではない。
 何故かその単語をそれ以上聞きたくなかったのと、話題から仲間はずれにされた気分だった私は、仕方なく、とぼとぼと館に入っていくのだった。


私は次の仕事に向かう為、長い廊下を歩いていた。汗をかいていたので、さっき、ざっとシャワーを流してきたので、少し身体が火照っている。
 廊下を歩きながら、本日の仕事を脳内で確認する。本日は通常業務に加えて、今日買ってきたもので、部屋の改修工事をしなくてはならない。しかも、もう少ししたらお嬢様におやつを用意しなければならない。……少し急いだほうがいいか。そう思い、やや急ぎ足で廊下を歩いていた私は、……ふいに、誰かに呼びとめられた。
「メイド長!お帰りなさい!」
 呼ばれた方に振り返ってみる。そこには一人の妖精メイドががいた。……誰? と一瞬そう思ったが、それは今日入った来たばかりの新人だった。胸に『修行中』のプレートが付いている。まだ、放っておいたら館内で迷子になるので、私が直接指導することになっていたハズだ。
 ちなみに紅魔館は、この子のような妖精メイドたちが数多く働いている。広い紅魔館では、自由に飛び回れる妖精は大変役に立つのだ。しかし、妖精でメイドときたら、そちらの趣味の方にはたまらないかもしれないが、あいにく紅魔館ではそういう商売はしていない。あくまで通常の使用人扱いだ。だが実際、妖精たちが館内を飛び回っている様は、中々にメルヘンでファンタジックで、幼いころ、信じていれば必ず会えるとティンカーベルとの邂逅を楽しみにしていた、私のような純粋な者には、確かに感動的な光景だろう。慣れるとどうでもよくなるんだけど。
 とにかく、そんな妖精メイドの新人に挨拶されたので、私はそれに返すことにする。
「ただいま。今帰ったわ」
「私、仕事終わりました!」
「そう。御苦労さま」
「仕事、終わりました!!」
「……」
 どうやら仕事っぷりを見てほしいらしい。そういえば今日は買い出しがあったので、留守中に廊下の掃除をするようにと、命じていたような気がする。私的には、早く次の仕事に向かいたかったりするのだが、自分の部下、さらに新人にこう言い寄られてしまうと、見ないわけにはいかない。
 「いいんじゃないの?」みたいに簡単に済ませてしまっても良かったけど、それじゃこの子の為にならないので厳しくチェックをする。絨毯にゴミやシミがないかを丹念に確認するが、成程、大体出来ているみたいだ。私が新人の時は、よく手を抜いて怒られてたけど、この子はそういったことは無さそうだ。ふむ、妖精は素直で大変よろしい。
 そう思い、私が「合格」を言おうとした時、窓ガラスがすこし汚れていることに気づく。良く見ると全てのガラスに掃除したような形跡はない。私は任せる時に、窓も含めて全て綺麗にしなさいと言ってある。恐らく床の掃除に一生懸命になり過ぎて忘れてしまったのだろう。
「……窓、やった?なんか汚れてるように見えるけど」
「ご、ごめんなさい! 床ばっかり夢中になってて……それで」
「やっぱりね。私、言ったよね? 全部やっときなさいって」
「ごごごご、ごめんなさい! すみません! だから、えと、その……」
 ごもりだしたその妖精は後ずさりしつつ、まるで化け物でも見たように怯えだした。少し言い方きつかったかもしれない。でもそんなに強く言ったつもりは無いんだけど。というか、これくらいで怯えられても困る。それでは鬼のメイド長の下にはつけない。
 しかし、私がそんな悠長な事を考えている隙に、今にも泣きだしそうな顔をしたその子は、とんでもない事を言い出した。
「私、食べないで下さい!」
「え……?」
「私、おいしくないんで! だから、食べないで下さい!」
「……」
 何故そうなる。一体、私をどういう人だと思ってるんだ。そんなに怖いのだろうか。いやそれでも話が飛びすぎだろう。大方他の妖精連中に、よからぬ事を吹き込まれたに違いない。メイド長は極悪非道の冷徹人間で、妖精だって丸のみにするとでも言われたんだろうか。というかそれを信じたのだろうか。
 言いたいことは色々あったが、とりあえず私の名誉の為に、妖精の肉は食べないということだけは伝えておかねばなるまい。そこまで私は人間を辞めてないのだ。
「何ばかな事言ってるのよ」
「……? あの。食べないん、ですか?」
「食べるかっつーの。誰から聞いたの? それ」
「……」
 そう言うとその子は黙ってしまった。また泣きそうな顔になる。別にそんなに怒っていないんだけど。まあ、メイド長が怖いのは、私の新人時代の時に嫌というほど理解している。そうでなくても、新人の時は全てが初めてで怖いものだ。だから、まずは私から近付いてみることにしよう。
「もう一回やろう。私も手伝うから。掃除道具持って来て」
「……え?」
「何度も言わせない。返事は?」
「は・はい!」
「じゃあ早く持ってきて。とっとと終わらそう。あ・新聞紙も忘れずに」
「はい! すぐ持ってきます!」
 そう言ってその子は走って道具をとりに行く。廊下は走るなっていってのに。後で叱らねばなるまい。と言っても、私も忙しいときは走るんだけど。
 そうして、戻って来たその子と一緒に、しばらく窓拭きをする。あまり汚れていないので、そこまで時間は掛からない。というか、そもそも私がやったら意味がない気がする。……ちらりと横を見る。成程。一生懸命なのは確かな様だ。なら、仕方ないか。少し甘いかもしれないけ最後まで付き合うことにした。
 ま・そんなに厳格にするつもりもないし、そもそも私には出来ないし、これくらいが丁度いいのかもしれない。気張らず、頑張りすぎず、でも手は抜かない。それが私のスタイルだ。このスタイルが正しいかどうかは、これからの彼女の成長で教えてもらうことにしよう。ただ、
「……はぁ」
 もう少しリラックスしてやってほしいなと、バケツをひっくり返して慌てている新人を見て、思うのだった。


 窓の清掃を終え、ついでに地下にも挨拶してきた私達は、館の主レミリアお嬢様の元へ向かっていた。時刻は3時。正確に表すなら15時。おやつの時間だ。
 おやつが大好きなお嬢様は、例え夕食が遅れることがあっても、おやつが遅れることは絶対に許さない。一度遅れた事があったが、その時はそれはもう酷い有様だった。怒り狂い、荒れ狂い、自我を忘却し鬼神の如く暴れまわった。少し、嘘だ。
 だが、そこまで酷くはないが、やはり文句をたれることは間違いない。なので遅れることは許されない。第一、時を操るこの私(※初心者の方はパチュリー編をご覧下さい)が、時間に遅れることなどあってはならない。それは許されない。
 なので、私が、腕によりをかけて余り物ので作ったドーナッツを、新人の持つお盆に載せて、少々急ぎ足で歩く。お砂糖多めの激甘ドーナッツだ。甘いものが大好きなお嬢様は、きっと満足して下さるだろう。そうして、お嬢様の部屋の扉を叩き、いつも返事を返さないお嬢様の返事を待たず、中に入ったのだが、
「失礼します。レミリアお嬢様。おやつを……」
「……?」
「……いませんね?」
 いない。いないではないか。いつもなら、扉を開けて目の前にある大きな机(大人用)に、いらっしゃるはずなのに。おやつと聞けば、すぐ飛びついてくるはずなのに。
 不審に思い、新人に目配せをして一緒に他の部屋を探すことにする。こういうことは初めてではない。お嬢様は悪戯好きな方でもあるので、どこかに隠れているのかもしれない。なので私は、可能性の高そうな場所を重点的に探す。何しろお嬢様は小っこいので、ぱっと見では中々見つからないこともある。以前の例でいくと、大きなぬいぐるみに抱きついて同化していたり、ベッドの下に縮こまって『う~』とか言っていたこともあった。なので、その辺りも含めてよく探してみるが、どこにも見つけることが出来ない。
 そうなると大変困る私。お嬢様は外には出ないので、自分の部屋にいることが多い。そもそも、お嬢様は日光に当たることを極端に嫌っており、私が仕事で窓開けをしていたら文句も言ってくる。そういう方なので、部屋から出たとは考えにくいのだが。しかしこれは非常に困ったことになった。この部屋にいてくれないとどこに行ったか検討がつかない。仕方なく私はお盆に乗ったドーナッツを手に取り、
「……ん。甘い」
 などと、お嬢様のドーナッツを一口かじり、う~んと頭を抱えて困り果てていると、どこかに行っていた新人が何か持って走ってきた。
「警部、大変です! 机の上にこんなものが! 書置きです! ダイイングメッセージです! 殺人事件です!」
「誰が警部じゃ。何て書いてあったの?」
「私、字が読めません! 警部、読んでください!」
「そうなの? うーんとね。どれどれ」
「ああ、もう! 何やってるんですか警部! 早く早く!」
「……」
 この子ってこんなキャラなのか? やや違和感えお覚えながら、渡された手紙をざっと眺めてみる。確かにそれは手紙か何かのようで、文字が数行ほど書いてある。そしてそれにはサスペンスな匂いを全く感じさせないまる文字でこう書かれてあった。
『わっはっは。お前の大事なものは預かった。 ――貴女の愛する美鈴より』
 ……。わなわなと肩が震えている。それに連動して手紙を持つ手も震え、手紙にしわを作る。頭に血が昇っていくのが分かった。
「な、なんて書いてあったんですか! 警部!」
「ふふふ。新人。これはダイイングメッセージなんかではないわ」
「ええ?! じゃあ一体……」
「これはね、“挑戦状”よ! これは美鈴から私への、宣戦布告なのよっ!!」
 そう。これは紛れも無い挑戦状。どうやら美鈴は、私に喧嘩を売っているらしい。いい度胸だ。せっかく私がアイスのお土産をあげたのに、その恩をこんな形で返してくるとは。私はめくるめく殺意に身を焦がしながら、カチャカチャとナイフを弄り始める。ただでさえ忙しいというのに、何をやってくれたんだあのアホは。なにが『貴女の愛する美鈴より』だ。こめかみがひくひくする。しかし、これで合点がいった。どうやら美鈴がお嬢様を引っ張りだしたらしい。この私を差し置いてお嬢様と二人っきりでデートだと? 許せん。しかしそうか。これがお前の戦い方ということか。こんな卑怯で姑息な手を使ってでもお嬢様のハートをゲットしたいのか。
 ふふふふ。そうか。いいだろう。待っていろ。今すぐに見つけ出して湖に沈めてやる。メガロドン(だからいないってば)の餌にしてやる。ふふふふ。
「メイド長。顔が怖いです」
「……」
 ごほん。
 ともかく、お嬢様の保護を最優先にしなければならない。これは緊急事態である。お嬢様の拉致事件である。館内の妖精メイドをフル動員して取りかからねばなるまい。
 そう考えた私は、懐から取り出したメイド長ホイッスルを吹く(歴代メイド長に伝わるメイド長七つ道具のひとつ。妖精にのみ聞こえる音波を出しメイド達を結集させる。よく訓練された妖精メイドならどこにいても15秒以内に集合することができる)。これでしばらくすると全員集まるハズだ。集合次第、事件の内容説明とグループ分けを行い、効率的かつ迅速に対応できるように指示を出さねばならないだろう。
 ちなみにこのホイッスルは私のお気に入りで、よく活用させてもらっている。笛のひと吹きでメイドがどんどん集まって来る様は、見るのものが見れば狂喜乱舞したところだろう。しかしこの、全員集合! みたいな感じは、中々爽快で私も病みつきになる。なんか偉くなった気分になれる。
 しかし、そう。それこそがメイド長の証。長がつく者の特権。いかりや長介に代表されるように長がつく者は下の者を呼び寄せる力をもっているのだ。そして同時に不埒な部下に裁きの雷を与える権力も持っているのだ! 
 くくく。待っていろよ! 紅美鈴! どこにも逃しはしない!! ……とか思いながら悦に浸っていると、ぞくぞくと部下たちが集合してきた。
「よーし諸君。よく集まった。今回集まってもらったのは他でもない。なんとお嬢様が拉致されたのだ。これは緊急事態である。私がメイド長に就任して以来の大事件である。容疑者は美鈴。お嬢様に部屋に、こんな書置きが置いてあった」
 そう言って私は先程の手紙を見せる。すると、
「ボス。字が読めません」
 そうだったね。そういえば皆そうだったね。
 仕方ないので私が手紙を朗読する。さらに緊張感を持たせるため、情報を誇張し曲解し、事態の重大性をメイド全員に伝える。するとメイド達にもちゃんと伝わったらしく、辺りにピンと張りつめた緊張感が覆った。そうして、さあ、これから捜索を開始しようという時なのに、横にいた新人から横やりが入った。
「あのー。これって普通に散歩に行っただけなんじゃないですか……?」
「黙りなさい新人。これは戦争。互いの意地とプライドを賭けた戦いなのよ。美鈴の分際で、お嬢様と二人っきりで散歩なんて230万光年早いわ」
「アンドロメダ? ていうか、それってただメイド長が一緒に行きたかっただけじゃ……」
「シャラーーーーップ!! 戦う気が無いなら去りなさい!」
「えー……」
「新人。これは戦争なのよ。勝つか負けるか。生きるか死ぬかの世界。そんな軟弱な考えでは生き残れない」
「……」
「相手は美鈴。曲がりなりにも紅魔の門を任されし者。甘くはないわ。もっと気を引き締めなさい」
「……はい。すみませんでした」
 ようやく新人も事の重大性に気が付いたようだ。これからは一致団結して掛からねばならない。こんなところで輪を乱すわけにはいかないのだ。そうして私が、班別け及び捜索範囲とその担当を決め、お嬢様救出作戦を開始しの号令をかけた時、
 ――キッチンの方から爆音が聞こえた。


「あちゃー。失敗失敗。上手くいかないものね」
「とりあえず、現状の説明と弁明があればをどうぞ」
 他の者には作戦の続行をさせ、新人と数名の妖精メイドと共に、爆音のしたキッチンに向かった私の前には、博麗神社の巫女、博麗霊夢がいた。奴はどこからひっぱり出したのか、エプロンを装着していた。それは割と似合っていなくもなかったが、そんなことはどうでもいい。霊夢の状態が問題だ。霊夢は何故か全身煤だらけで、ついでに口元の煤は髭のようになっている。さらに髪は爆発パーマにセットされており、さながら何かの実験に失敗した博士のようだ。
 それにしても……、ここは果たして何をするところだったけ。現場の凄惨な状況を見た私は、私にとって一番身近であるはずの、キッチンの使用目的を忘れそうになっていた。それくらいキッチンの中は酷い様相だった。一緒に付いてきた新人は今の状況が信じられない様で、魚類のごとく口をぱくぱくしている。私もこれはきっと夢なんじゃないかしらと、現実逃避に走りたい気持ちになるが、それをなんとか抑えて冷静に今の状況を確認することにする。
 まずキッチンの床は何故か水浸しになっており、あたりには調理器具が散乱している。さらに鍋からは火が噴いており、そこが爆心地であったことは容易に想像できた。また、部屋の中は肉の焦げた臭いが充満しており思わず鼻を塞ぎたくなるような有り様だ。この状況からは考えにくいが、もしかして霊夢は“料理”とういうものをしていたのかもしれない。しかし、もしそうだとすると、随分前衛的な“料理”に挑戦したようだ。つーかどう失敗してもあり得ねえだろうよ。これは。
 そう。それはまさに惨劇と呼ぶに相応しい光景が広がっていたのだった。
「いやー、ここに来る途中で宅配のおじさんの出会ってさ。紅魔館宛てだっていうから私がついで届けに来たのよ」と霊夢。
「この惨劇の原因は」
「袋の中になんか美味しそうなものが入ってたから、私の今晩のおかずにしようと料理してたんだけど……」
 どうやら霊夢は紅魔館の食材に手を出しただけでは飽き足らず、キッチンを我がもの顔で使用しこの惨劇を引き起こした様だ。なんかもう頭が痛い。
「……水浸しな理由は?」
「思ったより火が強くてね。何か爆発しちゃって。火事になりそうだったから、そこにあったホースで水をぶっかけたんだけど、そしたらそっちも思ったより勢いが強くてさぁ。でも、上は大火事、下は大洪水ってどっかのナゾナゾみたいよね」
「あ・私答え知ってます! お風呂ですよね!?」
「正~解♪」
「二人とも黙りなさい」
 とにかく私は霊夢を力技で黙らせ、「それは逆だ」と思いつつ、その場の状況を改めて眺めてみることにする。
「……」
 なんつーか、もう目を逸らしたい。考えたくない。夢だと思いたい。ちょっと誰か私の頭をしばいてくれたら、目が覚めるんじゃないかしら。そう思い、とりあえず私は霊夢の頭を2,3回しばいてみたが、目は覚めなかった。ここは現実逃避を企てるのではなく、建設的な行動が必要だろう。
 私はとりあえず霊夢に現場の復旧を手伝わせることにする。新人も私と共に作業に取り掛かかった。再爆発の危険性を考慮し、窓を開放してコンロにはしばらく触らないようにする。言ったそばからコンロに近づく新人に呆れながら、私は、散乱した調理器具の清掃および床面の排水作業を行う。たまに思い出したように霊夢をしばくのも忘れず、復旧を急ぐ。
 食材は使用不可能になっていたので、他の妖精メイドに買い出しに行かせた。復旧の目処が立たないので、もう今日は簡単なものしか作れないだろう。妖精にお使いを任せるのは少し不安だが、私はさっき帰って来たばかりだし、何より霊夢を野放しにするのは危険過ぎる。かといって霊夢を縛りあげて何もさせないのも腹が立つ。つーかこんなことをやっている場合ではないのだ私は。
「蕎麦屋のバイトやってて料理が出来ないってのはおかしいと思うんだけど」
「うるさいなぁ。誰にだって失敗はあるって。というかここの台所使い方が良く分からないだよね」
「分からないなら使うな。あとキッチンとお呼び」
 イライラと焦りを感じつつ、床面の排水作業が完了したので、次は焦げた鍋の辺りの復旧に取り掛かる。鍋の中の可哀そうな豚さんは、水分を全部飛ばされ炭化していらっしゃる。無残な姿にされた豚さんの冥福を祈りつつ、霊夢をもう一度しばいておく。しかし、中々シバキ心地がいい頭だ。癖になるかもしれない。だがあんまりやると、さらにアホになりそうなので、これくらいにしておくことにする。
「っ~! 痛いっての! そんなにバシバシ叩かなくてもいいじゃない」
「あの、元は豚さんだったハズものを見ても?」
「真っ黒です」
「……ご、ごめんなさい」
 しゅんとする霊夢。一応反省の念はあるらしい。つーか反省がなかったら豚の代わりに焼いている。
 そんな訳で再び作業に取り掛かる。つーかコンロが使えるかが心配だ。これが使えないと今日の夕食は大変残念なことになる。そしてそうなると、霊夢には刺身になってもらわなくてはならないなあ、などと危険な発想をしといると、霊夢が私に話しかけてきた。
「そういえば、あんたって時間を止められるって聞いたけど。本当なの?」
「えっ? そんなことも出来るんですかメイド長!?」
「……」
 どうやら霊夢は、私の能力について興味があるらしい。新人も興味深々といった風に瞳を輝かせている。「どうなのよ」と二人に詰め寄られながら私は考える。
 確かに私は、一応、時間を操るメイド長ということになっている。なので霊夢の言うように時間停止も出来る。時間停止と言えば、誰もが一度は憧れる能力だ。二人が興味を持つのも当然なのかもしれない。確かに、新人は当然として、霊夢の前でも使ったことは無かったなと思いだす。まあ、例え使っていても私が言わなきゃ分らないんだけど。
 あんまり人に言いふらしたくないので、しばし考えていると、ふいに昔のことを思い出した。紅魔館メイドの面接の時だ。
 私はその時、前代メイド長とレミリアお嬢様を前にとても緊張していた。おろおろしたり、上手くしゃべれず詰まったりしてばかりだった。元々おしゃべりが好きではなく、人前で話すことなんかあまり無かった私は、失敗するたびに声が落ち込み下ばかり見ていた。そして、ああもう駄目だと思ったとき、時間停止発言をしてしまったのだ。そしてまさに一瞬時間が止まり、その直後、周りから大爆笑が起こった。それを見てさらに沈黙する私だったが、お嬢様の、『いい! それ最高にウケる! あんた採用!』の一言で採用が決まってしまった。それでいいのかとも思ったが、今思えば、実際面接なんてそんなものなのかもしれない。
 だから、今就活で頑張ってる皆。面接はインパクトだ。第一印象だ。名前を覚えてもらうことが重要だ。つまり趣味 読書とかでは駄目なのだ。趣味 忍者、特技 影分身くらいのインパクトが必要だ。どうせ一回の面接なんかで自分の良さなんか伝わるわけ無いんだから、いかに相手に自分を印象付けるかが大切だ。初回のインパクト、第一印象で全てが決まってしまうと言っていい。そしてそれが面接というものなのだ。まあ、強烈な第一印象だけ残して消えちゃう人もいるんだけど。少なくとも印象に残らなければ採用はまず無い。
 そんな感じで、現在就活中のみんな。あの手この手で、現在の厳しい雇用状況に打ち勝ち、希望ある未来への第一歩を踏み出してくれたまえ。以上さっちゃんの面接講座でした。
 ……話が逸れてるような気がする。つい夢中になって話しがこじれるのは作者の悪い癖だ。しかも、どうでもいい話に限って長くなる。つーかなんだっけ。なんの話だったっけ。そうだね。時間の話だったね。しかしこれについて言うと残念ながら、
「……止められるわけないわ。貴女は回ってる地球を人間の力で止められると思う?」
 と言わざるを得ない。本当の事を告げてはならない。霊夢には悪戯に情報を流してはいけないと、私のシックスセンスが警鐘を鳴らしている。
「うーん。無理かなぁ。じゃあ、ガセな訳? つまんないなぁ。色々やりたいことがあったのに」
「えー? 私もやりたいことがあったのに」
「新人は自重しなさい。というか何にしても霊夢にだけは協力したくないわ」
「ちぇーっ」
 やはり何か企みがあったらしい。私の判断は正解だったようだ。霊夢の前では絶対能力を使わないことを誓う。しかし新人のがっかり具合をみると、こっちも何か企みがあったのかもしれない。
 私メイド長なのに。新人に利用されそうになるメイド長ってどうよ? なんか教育方針を間違えているような気がしてならない。まあ、別にそんなに深く考えていたとは思ってないけど。とりあえずこの子の前でも能力は使わないことにする。
 それに大体、便宜上時間停止と謳ってはいるけど、厳密に言うと私の能力は、時間停止ではないのだ。
 というのも時間というものは、全てのものに流れている。その流れ方に差はあれどそれは絶対。存在するということは、時間が流れているということなのだ。即ち時間停止とは全ての存在、この宇宙の全てを止めるという事。そしてそれは絶対に不可能。それこそ宇宙全部を吹き飛ばすくらいのエネルギーが必要だ。
 というかそもそもエネルギーの問題でもない。私が存在している時点で、それは時間停止とはいえないのだ。凍った氷をみても、時間が止まったとは言えないだろう。止まった人間を見ても同じこと。時間停止には、一切の観測者がいてはならない。少しでも、原子の一かけらでも存在すれば、それは時間停止ではない。存在が存在すれば時間は流れ続けるのだ。
 だから時間の止まった世界とは、何も無い世界のこと。一切の存在が存在し得無いゼロの世界。究極の”無”の世界のことだ。
 しかし、私が時間を操れるということも、そう間違いではなかったりする。私は一定空間内における、モノの時間の流れ方を変えることが出来る。と言うよりも変えたように見せることが出来る。それはある意味絶対零度に近い。私の能力は、私が指定する一定空間内における原子間の振動を制限し、物体を停止させること。すると時間が止ったように見せられる。その応用で、早く見せたり遅く見せたりといったことも出来るのだ。まあその結果、対象との温度差によって私には空間が歪んで見えるんだけど。デタラメな能力であることは間違いない。でも、決して時間停止ではない。
 私には、物心付いた時から、何故かその能力が備わっており、今ではそれを自分の意思でそれをコントロールすることが出来る。もっとも使用後は一気に体力を消費するので、あまり頻繁に使える能力でもない。そもそも私自身、あまり使わないようにしている。
 おそらく私の能力は、人の身には過ぎた力。一度の使用で、身体に大きな負担をかける。使えば使うほど身を滅ぼす。そういう類の能力だ。ひとりぼっちの世界のために、未来を犠牲にするのは馬鹿らしい。使わなくてもいいのなら、使わないほうがいい。ついでに霊夢の悪巧みに使われたくもない。さらに言うなら、あまり不用意に使ってタイムパトロールに職質をかけられたくもない。しかも頭の固いお役所連中は「私さっちゃん。まだ17才です」を信じてくれない可能性がある。そうなると、場合によっては22世紀まで連行されてしまうかもしれない。無闇に使うべきではないだろう。
 なので霊夢には残念だが、諦めていただくことにする。どんな悪巧みを考えていたのか少し気になったが、霊夢のことだから楽してお金儲けでもしようとしたのだろう。私はこうして、犯罪を未然に防いだのであった。
 と、そんなアホなことを考えているうちに、コンロ周りも大分綺麗になった。一応使えるか試してみたけど、とりあえず火は使えそうだった。刺身は勘弁してやる。命拾いしたな霊夢。
 そして周りをざっと見渡してみる。なんとか『ここはキッチンです』と言えそうなレベルにまでは復旧した。凄惨な状態だったキッチンは、ようやくキッチンの名を取り戻すことに成功したのだった。
「大分落ち着いたわね。思ったより使えそうだし」
「さすが私だわ。バイトの経験がここにきて活きるとは」
「とりあえず最後にもう一度黙りなさい」
「ぎゃふ……っ!」
 最後に一発強めにしばいておく。すると霊夢は、情けない声を出しながら床に沈んでいった。これで悪は去った。正義は必ず最後に勝つのだ。めでたしめでたしだ。
 しかし、霊夢にしろ魔理沙にしろ、毎回毎回何かしでかさなきゃ気が済まないのだろうか。私や小悪魔の苦労も分かってほしいものだ。事件さえ起こさなければ歓迎してあげなくもないのに。まったく、こいつらのお陰で私は毎日大忙し……、というか今日も私は急いでいるんだった。忘れていた。こんなところで霊夢と遊んでいる時間は無いのだ。私は、私に課せられた重大な使命を思い出し、さっさとキッチンを出ていくことにする。念のため霊夢を縛りあげ、行動を封じておくことも忘れない。縛られた霊夢の姿を詳しく書いてしまうと、年齢制限がかかってしまうので想像にお任せするが、まあこいつなら縄抜けぐらい出来そうだから、そのうち勝手に帰るだろう。
 そして新人を手招きで呼び寄せ、出口に向かって歩き出す。そのままここから立ち去ろうと、キッチンのドアノブに手をかけた時、ふと考えて少し立ち止まる。後ろから付いてきた新人は、きょとんとした顔をしている。
「……」
 迷ったけど、気絶しているから別にいいだろう。どうせ聞こえはしない。だから私は、背中越しでぼそっと言っておくことにした。
「いつも悪いわね霊夢」
 訳が分からない。そんな顔をしている新人を連れて、私は今度こそキッチンを後にするのだった。



「まずい、まずいわ! すごくまずいわ!」
 叫ぶ私。舞散る水飛沫。気絶している新人。踏んばるモーター。ひっくり返りそうな船体。それを操る泣きそうなおじさん。美鈴が人里方面に向かったという情報を受けた私は、再び戦場(船上)に舞い戻っていた。
「おじさん! もっとスピードでないの? この船」
 既に可哀そうなモーター音を奏でている船に、更なるスピードアップを求める。おじさんはもう無理ですと体全体でアピールする。しかし、こんなところで時間を浪費している場合ではないのだ。霊夢のせいで時間をかけ過ぎた。このままではお嬢様の身が危ない。
 いや、もしかすると既に美鈴はお嬢様とあんな事やこんな事やそんな事まで。うう、許せん! 断じて許せん! 許してはおけぬ! もはや湖を怖がっている場合ではない。別の恐怖が私を支配しはじめている。
「ああ。お嬢様! 今、さっちゃんめが助けに参ります!」
 さらに軽快に跳ねるように進む船。というか跳ねている。若干浮いている。もういっそのこと飛んでしまえばいいのに。
 ガクンガクン揺れる船は、もはや船酔いとかいうレベルではない。立てない。船から振り落とされないようにするのが精一杯だ。というか船がバラバラになりそうだ。さっきからモーター音とは別に、嫌な音が鳴り響いている。これ今バラバラになったら、泳いで帰れるかしらなどと思っていると、新人がむっくりと起き出した。
「……」
「最悪なタイミングで起きたわね。寝てた方が良かったのに……」
「来る。……奴が、奴が来る!」
「は?」
 何か怪しげな電波でも受信したのか、妙な事を言い出した。サイコミテリアスガールな感じでも出したいのだろうか。しかしジャンプではアリでも東方ではそんなキャラは許されない。さらに言うと作者にそんなキャラは描けない。しかし紅魔館での警部発言といい、この子は一体何を目指しているんだろうか。私がいまいち新人のキャラがよく掴めないでいると、船頭のおじさんが情けない叫びをあげながら私の後ろを指差した。
「さっちゃーーん!! 後ろ後ろ!!」
「何ですか。大の大人が大きな声を出し……」
「……」
 振り返る。瞬きをする。一端、前に向き直る。目を瞑って頭を振る。もう一度振り返る。ゆっくりと目を開ける。すると、開けた瞼のかすかな隙間から確かに奴を確認した。
 船の後ろ。30メートルくらい離れた場所。そこに波を立てて揺れながらしっかり船についてくる、奴の姿があった。
 周囲の湖面は盛り上がり大きくうねっている。湖の暗い水はさらに暗く黒く影をつくっていた。そして湖面に何か黒く長いものが立っている。それは三角の形をしており、蠢く湖面に合わせて揺れていた。水飛沫を上げながら迫りくるそれは、まさしく魚の背びれだった。ゆうに2メートルはあろうかというほどの巨大な背びれ。そしてそれは、間違いなく奴が奴である証拠。奴を奴たらしめる根拠。心の中に例のテーマソング響き渡る。それは私にトラウマを思い起こさせ、ありったけの恐怖へと導いた。
 そして、私は叫ぶ。
「メガロドンーーーーっ?!!」
 来る。近づいくる。もう船のモーター音は聞こえない。しんと静まりかえったような世界。その中で、例のテーマソングだけが盛大に鳴り響いている。徐々に加速していくジョーズのテーマ。それに伴い加速する奴と私の恐怖心。
「いーーやーー!! 逃げてーー!! 超逃げてーーっ!!」
 さらにスピードを上げ逃げる船。それでも奴は追って来る。それはまるで、幼き日の私の心にトラウマを植え付けたあの映画のような展開。だから嫌だったんだ。だから怖かったんだ、この湖は! 何かいると思ってたんだ! 
 嫌だ。認めたくない。認めたくないぞ。こんな展開、認めたくない。
 船は最大速度以上で走った。それはもう、ほとんど飛び続けてるんじゃないかというほど。もう着水時間より飛行時間の方が長いんじゃないかというほど。しかし、奴を引き離すことは出来ない。なおも迫る。その姿は実に悠々と。堂々と。巨体をうねらせながら真っ直ぐこちらに向かってくる。互いの距離は確実に狭まってきている。
「走りなさい飛ばしなさい走りなさい飛ばしなさいーー!!」
「痛い痛いってさっちゃん! 引っ張らないで抓らないで!」
「いーーやーー!! こんなの、いーーーやーーー!!」
「メイド長! もうそこまで来てます! あ! 鼻先が!」
 ――ゴツン。
 船体に鈍い音が響き渡った。ひっくり返るんじゃないかというほどの衝撃が走る。私の心にも、これ以上ないんじゃないかという程、重い衝撃を与える。
「駄目! もう駄目! 死ねる!」
「諦めないで下さいメイド長! たしか公式でメイド長は空が飛べるはずです!」
「無理よ! だって公式とはメディアが違うんだから! 設定どおりにはいかないわ!」
「言っちゃったよこの人……」
「あ・また鼻先が」
「いーーーーやーーーーーっ!!!」
 ……その日、紅魔湖の湖の上ではメイド長の叫びが何度も何度も木霊していたという。


「まったく、あの河童は死刑よ!!」
「どうどうどう。一端落ち着きましょう」
 その後、メガロドンと奇跡的な危機的恐怖体験をした私達は、なんとか無事人里に到着していた。恐怖の魚類はさっちゃんの咄嗟の機転で撃破した、とかいうのでは無い。そもそも魚類では無かった。あれは河童の科学が作った機械だったのだ。
 なんでも、外界の海に生息していたメガロドンを模倣して造った新型潜水艦(こうりゅう 試作機)のテストをしていたらしい。なんでだよ! と突っ込みたくなるが、あいにく潜水艦の造形にメガロドンを真似てはいけないという法律は幻想郷には無い。全く許し難いことだが、現在の法では彼らの非道を罰する手段が無いのだ。今後同じような被害者を出さない様に、早急な法改正が求められる。
 とにかく、その時彼らは、ようやく完成した潜水艦の試運転も兼ねて紅魔湖で起動実験をしていた。そこまではいいだろう。しかし、優雅で知的な湖底散歩を満喫していた彼らは、真上を猛スピードで走る私達を発見し、黒い感情を芽生えさせてしまった。なんと私のあまりの美しさに嫉妬してしまったのだ。科学を超える私の美貌に対して、めくるめく嫉妬と羨望と欲望の黒い火を着けてしまった科学の子らは、その浅ましい悪戯心を爆発させてしまったのだ。……ああ何という事だ。私の美しさは科学の歯車さえ狂わしてしまうのか。
「メイド長。なんかものすごく都合のいい解釈をしていません?」
「……していません」
 突っ込まれた。鈍そうでいて案外鋭いらしい。まあいい。所詮過去の事件。今は今やるべきことをしなければならない。
 そんなこんなで私達は、本来の目的であるお嬢様の救出作戦を再開する。随分時間をロスしている。本来なら、もう夕食の準備に取り掛からなくてはならない時間だ。というか、実際もう帰った方がいいんじゃない? という私の中の悪魔の囁きを断固として拒絶し捜索を続ける。でも時間やばいよなぁと焦る心を抑えつつ、里の者達に聞き込みを行っていると、美鈴を見かけたよという人が出てきた。そしてその人から詳しい話を聞いていた時、私たちの前を信じがたい光景が横切った。
「ぎゃあああああ!! こっちに来るなぁ~!!」
「わーい。妖精さんが食べ物を持ってきたくれたわぁ~」
 ……。あまり信じたくはないのだけど、そこには大食漢で有名な西行寺幽々子嬢と、その嬢に襲われている私の部下たちの姿があった。確か、あの妖精メイド達は、霊夢に駄目にされた食料の調達に行かせたメンバーだ。彼女達は、紅魔館の為の食料を必死に抱きかかえ泣きながら走る。成程、嬢の目当てはその食料か。
 逃げ惑う妖精メイド達をニコニコしながら追いかける嬢は、見ていて大変微笑ましかったが、実際危険である。『まさにカモネギね~♪』などと言いながら迫って来る嬢はまさしく恐怖。それこそ妖精くらい丸のみにしてしまいそうな勢いである。
 楽しそうに追う嬢と、死に物狂いで逃げ回る妖精たち。これがサバンナでの食物連鎖なら私は止めはしないが、今目の前で行われているのはれっきとした犯罪である。強盗である。刑法236条に定められし強盗罪である。……まったく、霊夢といい幽々子といい、紅魔館に何か恨みでもあるのだろうか。私は、とりあえず嬢を要注意人物リストに、改めて加えておくことにする。そしていい加減危険なので、食糧及び部下の救出の為、両者の間に割って入った私は、新人と共に嬢の前に立ちはだかった。
「……!!」
 嬢は勢いよく飛び出した私達を前に呆然としている。そんな嬢の前で格好良くポーズを決める私達。
 決まった。効果音と共に、背後に爆発の演出が入ったような気がする。なんか少し快感を覚えながら、予め新人と打ち合わせしておいた決め台詞を叫ぶ。
「そこまでよ、小悪党! これ以上の狼藉は、このマジカルさっちゃん許ぴまへ……」
 ……。
 噛んだ。一番いいところで噛んだ。
 微妙な空気が辺りを包む。私の顔はみるみる赤くなっていく。激しい自己嫌悪と羞恥心に苛まれる私。にたぁ~と笑う嬢。呆然とする部下たち。そして、気付いた時にはもうすでに嬢のペースに持っていかれ、私は妖精共々追いかけられる羽目になっていた。
 とりあえずよく分からないまま逃げ惑う私。そして走りながらも、「何であそこで噛むかなぁ」と再び自己嫌悪にに陥てっていると、『大丈夫です。決めポーズはバッチリでした』と新人に励まされて少し泣きそうになる。……うん。さっちゃん負けない。
 というか、あれ? 何で私逃げてるんだろ? と正気に戻った時には、主の粗相を咎めにきた、ちびっ子庭師により事態は収拾していた。瞬く間に事件を解決したその鮮やかな手腕は、見ていて惚れぼれするほどだったが、はじめからしっかり見張っていてほしいものだ。主の躾は従者の仕事なのである。つーか結局私は何しにきたんだ。
 まあ、そんな訳で私は、無事に食糧とついでに部下たちの保護にも成功したのだった。


「……情報をまとめますと、どうやら美鈴さんは一人で里に来ていたみたいですね」
 無事に悪夢から解放された私達は、一端メイド達に集合をかけて情報の整理をしていた。しかし便利なホイッスルだ。ナイフより使えるかもしれない。
「そのようね。だとするとお嬢様は美鈴とは別行動をしている、ということか。ん? 待てよ。なら私にもチャンスが……」
「ストップ。それ以上は危険です。自重して下さい」
「……」
 なんか完全に主導権を新人に奪われた私。少し遠くを見る。うん。泣いてなんかいない。
「というより美鈴さんは初めから単独行動をしている様です。今までの証言をみると二人一緒に行動しているところを目撃した者は一人もいません。というかお嬢様の目撃例がありません」
「何か、一緒に行動出来ない訳があった……?」
「メイド長。もしかしてお嬢様は初めから館から出ていないのではないでしょうか? 美鈴さんは自分の用事で出かけただけで、今回の事件には関係ないと思います」
「でも、手紙があったわ。あれはお嬢様を誰かが連れ去ったということじゃ……」
 そう。あの手紙には確かに『大事なものは預かった』と書いてあり、確かにお嬢様はどこにもいなかった。お嬢様が一人で外に出るとは考えにくい。間違いなく美鈴が絡んでいるハズだ。
「いや、多分あれはお嬢様自身が悪戯で書いたんじゃないですかね? だから書置きに書いてあった『大事なもの』はお嬢様ではないと思います」
「じゃあ何なの? お嬢様以外に大事なものなんて……」
「それは……、えーと。メイド長。大変言いにくいんですが。……その、気付いています?」
 彼女は、非常に言いにくいことを言おうとしている様だった。そして口での説明を諦め、自分の胸の辺りを指さした。その手を動かしてジェスチャーで何かを伝えようといている。その手は盛り上がったりへっこんだりを繰り返していた。
 ……おそるおそる自分の胸を見てみる。認めたくないから良く分からない。触ってみる。……確かに、何かが足りなかった。
「……」
「て、撤収ーーーーっ!!!!」
 ……その時メイド長は、本日一番大きな叫びをあげるのだった。


「だーーっ!! 疲れた!!」
「メイド長。さっきからそればっかりですよ。というかそんなところで寛いでないで手伝ってください」
「――さっちゃんはねー。さくやっていうんだ本当はねー」
「うわっ無視だ!」
 全ての仕事を終えた私は、洗い物を新人に任せ、キッチンの隅に座り込んで呑気に歌を歌いながら一息ついていた。丁度換気扇の真下。自分ルールでこの下なら煙草を吸ってもいい事になっている。ビールケースに腰掛け、床に置いた缶ビールで晩酌しながら首を回してみる。ボキッっていった。ちょっと痛い。そのままの角度で目を上に向けると、洗い物をする新人とその向こうにある窓が見えた。窓から見える景色は黒。時計を見ると、そろそろ明日になりそうだ。ちなみに夜の王と呼ばれる吸血鬼のお嬢様は、ベットの中でお休み中。妖怪は夜の生き物って聞いたけど、そういう意味でも吸血鬼というのは他の妖怪と別格なのかもしれない。まあ、私のイメージする吸血鬼がお嬢様と一致することはあまりないので、どうでもいいことなのかもしれない。
 結局、お嬢様は紅魔館内で無事に発見された。どうやらお嬢様は私がシャワーを浴びている隙に、私とは1ミクロンも関係ないものを盗み、あんな怪文書を作られたのだそうだ。どんな反応をするのか見物するつもりで罪を美鈴に擦り付けた、とのこと。お嬢様が悪戯好きなのは知っていたが、しかしさすがにこれはやりすぎだ。罰として夕食から一品抜くことにした。「そんなあ」と涙目で訴えてきたが、超えてはいけない一線というものがある。ここは心を鬼にして罰を貫き通した。やはり主の躾は従者の仕事なのである。ちなみに自室にいなかったお嬢様は、ちょっとした事件に巻き込まれていたのだが、お嬢様がどこにいたのかはお嬢様の沽券に関わるので、私からは教えられない。
 一方の美鈴はというと、これまたお嬢様から頼まれごとをされ紅魔館を空けたとのこと。あの時のVIPはその頼みごとを美鈴に伝えるようにお嬢様から頼まれていたようだ。何を頼んだのかは知らないし、別に興味も無かったのでそれはいいのだが、その間、門がガラ空きだったというのはどうなんだろう? まあ、お嬢様からの許可が出ているので仕方ないのだけど。
 と、まあ要するに私の勘違いで事が大きくなっただけで、本日も紅魔館は平和だったということだ。部下の妖精メイドからはものすごいブーイングを受けたが、特別手当をつけると言う事で手打ちとなった。今度皆で何か食べにいくことにしよう。そうやって私のお財布はどんどん寂しくなるばかりである。
 ……。
 しかし、今回の事件、よく考えれば分かることだった。もしかしたら、という気持があったのかもしれない。だがお嬢様は外には出ない。皆、知っている事だった。例え美鈴が誘ったところで絶対に出ないだろう。もちろん私が誘っても同じ。お嬢様が一緒に外で散歩したい相手は別にいるのだから。ただ一人とだけ、それを渇望している。私でも美鈴でもパチュリー様でもなく、ただあの方とだけ。
 だったら、……そんなに思っているなら、そこまで悪いと思っているのなら、早く出してあげればいいのにと思う。何を恐れているのだろうか。
 ……もう一本、煙草に火をつけながら新人の様子を眺める。私からのヘルプを諦めたのか、一心不乱に食器を洗い続ける。ごしごしと一生懸命に洗っている様は、見ていてどこか微笑ましい。そんな姿を見ていると、何故か少しだけ嬉しい気分になった。部下というより、妹を見ているような気分だったのかもしれない。
 今日はこの子も頑張った。それに少しだけ明るくなった気がする。もしかするとこっちが方が彼女の本当の姿なのかもしれない。仕事面ではまだ不安だが、それはこれからどんどん覚えていけばいい。これならきっと良いメイドになってくれるだろう。彼女ならきっと出来るだろう。
 まあ、何にしてもこれから不出来なメイド長を支えていかなければならないんだから。せいぜい頑張ってもらうとしよう。……そんな事を思っていると、彼女は笑いながらこちらを向いてきた。
「本当、今日は大変でしたね」
「何よ? まだ文句言うの?」
「いえ。そんなんじゃありあません。……ただ」
「ただ……?」
「……すごく楽しかったです」
 そう言って笑顔がさらに明るくなる。花でも咲いたような笑顔につられてうっかり私も笑ってしまう。
 そしてその子は、
「だから、これからもよろしくお願いします。“さっちゃん先輩”」
 ……うん? あれ? いいのかこれで。
 なんか“メイド長”から“さっちゃん先輩”に格下げされてしまった。これは上司としてどうなんだろうか? でも、やっぱり嬉しそうに笑うその子を見て、やっぱり私も嬉しい気分になった。まあ、多分私は“メイド長”なんて畏まって呼ばれるより、気安く“さっちゃん先輩”と呼んでもらう方が、性にあっているのかもしれない。だから、二人の時はそう呼んでもいいことにしてあげよう。
 そう思い私はもう一本缶ビールを開けることにする。乾いた音がキッチンに響いた後、私は彼女を手招きする。そして、
「新人。ちょっと貴女もこっち来て飲みなさい」

 ……可愛い後輩の為にささやかな歓迎会を開くのだった。




お疲れ様でした。そして最後までお付き合い頂きありがとうございます。
感想批判等、随時受け付けておりますので何かあればそちらもよろしくお願い致します。

おまけ
挿絵(By みてみん)


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