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  東方な日々。 作者:春風夜風
妖々夢組
妖夢編④


 しかし、やはり月にも引力はあるのだそうだ。
 地球の衛星として周回軌道を始めた月は、その引力をもって地軸を傾かせた。地球表面にある海水が、月の重力によって引っ張られる“潮汐力”が起こったのだ。結果、地球は太陽光の照射角度が時季によって異なる“季節”というものを手に入れた。
 月の潮汐力は、他にも、地球の自転速度を抑えるという役目も果たしていた。もし月の引力が無ければ、地球は大気の流れを抑えられず、地表は強風の吹き荒れる厳しい環境となっていただろう。月は月で、様々な影響を及ぼしたのである。
 その話をしてくれたのは、意外なことに幽々子様だった。おそらく、幽々子様の親友である八雲紫様から聞かれたのだろう。うろ覚えで所々が曖昧な話だったが、私はその話をよく覚えていた。
「月のゆりかごに揺られて、やがて生き物が誕生していくの」
 幽々子様はさらに仰った。潮汐力は海流を作り、そのダイナミックな渦は、生命の進化に不可欠な混合と拡散を促したのだそうだ。海流の渦は、より大きな力と合わさり、さらに大きな循環を作っていく。それは現在にも続く巨大な渦であった。
 閉じた循環系は、外へ向かう開放系の循環として機能し、やがて、散逸構造を持った流体が現れる。流体は意思を持っていた。その中には“ヒト”と呼ばれる者たちもいた。
 その話を聞いたのは、嵐の日の夜だった。冥界に天候があるのかは定かでないので、おそらく単にそう思い込んでいるだけだろう。怖くて眠れなかった私に付いて、幽々子様がそんな話をしてくれたのだ。
 私がその時、何を怖がっていたのかは覚えていない。ただ、とても不思議な話だなと思った事だけは、はっきり覚えている。
 また、幽々子様が握ってくれた手が、とても優しかった事もよく覚えている。


  ◇


 試合会場にはたくさんのギャラリーが集まっていた。こんな話は聞いていなかった。勇儀さんの仕業だった。派手好きな勇儀さんのことだ。祭りにせねば気が済まないのだろう。私は勇儀さんに詰め寄った。
「なんだよ。世紀の一戦じゃないか」
「そんなんじゃありません!」
「ちびっ子美少女剣士と仙人じいさんとの戦い。絵になるだろう」
「だから……!」
 私はそれ以上追求する気力も失せていた。何を言っても無駄だろう。口では勇儀さんに決して敵わないのだ。
 試合会場となったのは、博麗神社だった。神社の当主は、その手のイベントに目がないという。彼女もまた、勇儀さんと同じ質の人物なのだろう。
「あのおじいさん、もう来てるんでしょうか」私は串焼きを頬張っていた勇儀さんに聞いた。
「さあ?」
「さあって……」
「まだ時間あるし。そんなことより、今は楽しもーぜ」
 そう言って勇儀さんは、両手に抱えていた串焼きを一本差し出した。私はいらないと拒否したが、押し切られて一口含んだ。
「あ・おいし……」
「ちょっと回ってみるか」
 私は勇儀さんに連れられて、神社の散策をはじめた。
 博麗神社は、すっかりお祭り状態だった。境内は出店や芝居などで賑わっていた。おそらく大半の者が、ここで剣の試合があるなどとは、思ってもいないだろう。知った顔も二、三見かけたが、剣道の「け」の字も出てくることは無かった。
 私と勇儀さんは、出店を中心に回っていくことにした。勇儀さんは、鯛焼きやお好み焼きなど、食をメインに満喫しているようだった。勇儀さんも、美味しい食べ物には目がないようだった。もし幽々子様が来られていたら、二人はすぐさま意気投合した事だろう。
 勇儀さんは、私にも是非にと勧めてきたが、試合前なのでさすがに控えた。隅の方で金魚すくいを見つけたので、それを一度だけやった。私はそれで満足した。
「楽しんでるか?」
 勇儀さんは仕切りに聞いた。私はその度に曖昧な頷きをした。何か言いたいことがありそうだったが、それ以上は追求してこなかった。
 小一時間ほど回ると、見たことのある顔を見つけた。彼らも私たちに気付いたようで、小さい集団がとてとてと駆けてきた。
「妖夢さん、今日の試合頑張って下さいね!」
 勇儀さんのチームの子供たちだった。確かブレイブ・キングだったか。彼らは口々に激励の言葉を投げかけてくれた。その中には意外な人物もいた。
「フン。この俺に勝ったんだ。情けない試合は許さないぞ」
 哲郎だった。彼も私の激励にきてくれたらしい。私は後ろ頭をぽりぽりと掻いた。
「うん。頑張るよ」
 何となく、こそばゆい感じだった。
 悪い気分じゃない。
 私は、神社の当主に断って、社務所を貸してもらう事にした。持ってきた大きなバッグを開ける。さっそく道着に着替えようと思った。順に袖を通していると、当主が不思議そうにそれを見ていた。
「なんか変なの」
「霊夢のも同じじゃない」
「えー。全然違うし」
 彼女は、剣道には興味は無いが、道着の方には、少しだけ興味があるようだった。聞けば、自分の巫女装束とは、少し形が違うらしい。私には、その違いは分からなかったが、あのゲーム用の衣装ならば、なるほど、大いに違うだろうと思った。
 私は淡々と防具の装着を続けた。
「何でもいいけど、ここ使うんだから、神様に挨拶くらいした方が良いんじゃないの」
 彼女にしては珍しく、職に見合った意見が述べられた。それもそうかと思った。私は素直に従うことにした。
 博麗神社の社殿の方までは、さすがに出店も拡がっていなかった。ただ、周りで背の低い子供たちが休憩しているようだった。賑やかな祭りから一歩外れたそこは、子供たちにとっても都合のいい場所なのだろう。
 拝殿の前には背の高い人もいた。祭り客ではない。あのおじいさんだった。おじいさんは目を瞑り、一心に祈りを捧げていた。
 私はとっさに柱の影に隠れてしまった。邪魔してはいけないように思えた。私は、おじいさんの背中をただ見つめていた。
(……気のせい、だよね)
 当たり前だった。浮ついた心からくる幻想だった。私はすぐに自分の妄想をかき消した。


  ◇


 試合会場は、社殿の裏にある古い神楽殿を使うことになっていた。私が向かうと、おじいさんはすでに準備を終えているようだった。私は、遅れてきた詫びを言ったが、おじいさんは、時間など初めから決まってなかったよと漏らした。勇儀さんを見ると、彼女は明後日の方向を向いて、口笛を吹いていた。
 審判には、これまた勇儀さんの知り合いの剣道家が就いた。勇儀さん自身は、セコンドだとか言って嘯いていた。一応、主催者に当たる博麗の当主は、試合開催の宣誓をすると、すぐに横に引っ込んでいった。余程、興味が無いようだった。彼女らしいなと思った。
 先日の試合は、無効試合として仕切直し、この試合では三本勝負とした。先に二本取った方が勝ちとなる。私は、あの日に一本取られていたので、それもカウントして欲しいと願い出たが、おじいさんは、頑として譲らなかった。
 私たちは互いに位置へ向かった。剣先の相手を見据える。先程までと違い、今度は射殺すような視線が返ってきた。私はそれに応えなくてはならないと思った。
「はじめッ!」
 そして試合が始まった。
 直ぐ様、自分の視界から自分と相手以外の全てを葬った。場に存在するのは、この二人だけだった。何人かいたギャラリーの姿もない。そうしないと負けると思った。
 音も消え、何もない真っ黒な空間で、生死を懸けた戦いに挑む。
 相手はやはり慎重だった。間合いまでが遠い。決して無理に開けようとはしなかった。自分の間合いと相手の間合いを正確に測っている。私は、その間合いのぎりぎり外で、打ち込む機会を伺っていた。一瞬、踏み間違えば、あっという間に斬られてしまうと思った。
 相手の守りをどう崩すのか。やはりおじいさんに隙は無かった。かと言って、無理に動けば、先日のように簡単に弾かれる。隙を作れば、奪われるのは自分の方なのだ。どう攻めればいいのか、私は半ば途方に暮れていた。
 知らず知らずのうちに眉根が寄っていく。気ばかりが焦った。
 それは突然だった。
 私の両手から、剣の感触が無くなっていた。遅れて過ぎていく影を追うと、一本の竹刀が宙を舞っていた。それは間違いなく私の竹刀で、先程まで、しっかりと握っていたはずの竹刀だった。
 現状の理解が追いつかなかった。意味を解するまでに、私は阿呆のようにそれを眺めていた。
「一本。面あり!」
 頭部に衝撃が走った。先に取ったのはおじいさんだった。
 視界が開けた。ギャラリーは不思議な顔をしていた。私自身、今の出来事を上手く消化できずにいた。
 試合を再開する前に、おじいさんは、審判に一時休止を申し出た。私の竹刀にヒビが入っているという。私は指摘されるまでそれに気が付かなかった。試合は一次中断し、私は代わりの竹刀を取りに戻った。
 勇儀さんが、さっそく声をかけてきた。
「目は覚めたか」
「はい」私はただ頷く。
「そう落ち込むな。まだ負けた訳じゃない」
「……」
 何故こうなったかは分かっていた。理由はいくらでも挙げられた。集中を欠いていた。前面に出過ぎていた。剣の扱いが雑になっていた。しかし、問題は何故そうなってしまったかであった。
「私、勝てないような気がします」
「弱気になるなよ」
「私はあの剣を知っています」
 勇儀さんは、どういう意味かは問わなかった。私は唇を噛み、あの人の剣を思い出していた。あの太刀捌きは、あの人とそっくりだった。ならば、結果はすでに見えていると思った。
「はじめッ!」
 試合が再開した。おじいさんは、相変わらず、強い眼力でこちらを睨んできた。それは冷厳な剣だった。一切迷いのない剣。背後に仁王の姿を見た気がした。
 私は、既に一本取られていた。勝つためには、これ以上一本たりとも奪われてはならない。私は、この剣豪から二本も取らなければならないのだった。
 そう思うと、また寒気が蘇ってきた。手は震えている。もう駄目だと思った。勝てるはずがないと思った。
 あの剣は、私が越えられなかった剣だった。越える時間すら与えられなかった剣だった。永劫、追いつくことの叶わない剣だった。
 私は、あの剣を超えたかった。この呪縛から開放されたかった。この引力から逃れたかった。しかし、私の速度は、脱出速度までは及ばなかった。
 おじいさんが動いた気がした。これで負けるのだろうと思った。紅い椿が見えたような気がした。
 意識が拡散する前に、ギャラリーから聞き覚えのある声が聞こえた。
「負けんな! 妖夢!」
 はっとした。今度ははっきり聞こえた。声の主は、勇儀さんはではない。私の記憶が確かなら、あれは哲郎の声だった。
 おじさんはまだ剣を構えていた。私と目が合うと、にやりと笑ったように見えた。じりじりと間合いを詰めると、強烈な一本を仕掛けてきた。
 私は咄嗟に剣を振り上げていた。防ぐことは思いつかなかった。真っ白になった意識のまま振り切った。
 私は無我夢中で一歩を踏み出していた。


お疲れ様でした。
次は幽々子編を頑張ります。
乞うご期待?


おまけ
挿絵(By みてみん)
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