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  東方な日々。 作者:春風夜風
※※今回のお話には残酷な描写が含まれます※※

……いや、含まないかもしれません。面倒だから一括で警告付けることにしているけど。

どうも作者です。今「さくしゃ」と打とうとして「さくや」となってしまったワタシは、おそらく末期患者です。レベル5発症です。どうでもいいですね。

フランドール編、更新でございます。まだ終わりでは無いです。もう短編とは呼べない長さになっており、短編集という触れ込みの虚偽が問われそうではありますが、まあ気にしない気にしない(笑)

では、戯言もほどほどにして、本編の方ごゆっくりお楽しみ下さいませ。
紅魔郷組
フランドール編⑨

 最近雨漏りが酷い。
 ぽつぽつ、ぽつぽつと。どこからかやってくるのか、伝ってきた水が床を濡らしていく。
 ああ、そうか。こんな地下にも外との繋がりはあるらしい。私はそんな事実に今更気付く。

 暗い部屋の中で目を覚ました。これが昼なのか夜なのか私には分からないけど、ただ、とても体がだるい。頭がぼうっとして、起きあがる気もしない。それと、少しだけ寒かった。

 ……あれから長いながい年月が過ぎた。
 数を数えるのも億劫になるほどの時間が、無為に流れていった。全てを受け入れたとはいえ、過ぎ去っていった月日に何も感じないわけでもない。
 でも、私は変わらない。私は相変わらず私は私のままだし、この部屋もこの部屋のままだ。
 私の罪は、決して消えない。
 しかし、そんな私とは裏腹に、それ以外のものは、目まぐるしく変わっていった。私を一人置いていくかのように、時の流れはどこまでも容赦がなかった。

 まずメイリーが、今では紅美鈴(ホン・メイリン)と名乗るようになった。
 館の使用人が増え、メイリーが門番職に転任した際に、自ら改名した。門番に必要な防衛力を得る為に、「紅」という武術集団から、武芸の手ほどきを受けたらしい。紅メイリーでホンメイリン。簡単な話だ。
 変わったのはそれだけではない。
 姉の親友となった魔女が、新しく館に住まうようになった。この魔女の名前をパチュリーというが、相当な変わり者だ。重度の本の虫らしく、崩壊から免れたヴアル地下の図書館に、日がな一日籠もり続けているらしいのだ。それは、少しだけ私と似ている。ただ、魔女は時々地下に来ては、勉強だと言って本を聞かせてくれた。
 他にも変わった事はある。館の使用人の頭には、人間を置くようになった。人間を雇うことはままあったが、人間にそんな重役を任せることは無かった。どういった心境の変化があったかは知らないが、少し寂しい気がしないでもない。
 現在、三代目の婦長を務めているのは、十六夜咲夜(いざよい さくや)という名のまだ若い女だった。私はよく知らないが、この女も、やや複雑な事情を持っているらしい。
 咲夜は、地下に居る私にやたらと構ってきた。私がこの地下に居る理由は知らない様だが、薄々勘付いている節もある。何を思って地下に足を運ぶのかは分からないが、ただ、咲夜がいい奴だという事は分かった。
 最後に。最近、人間の客が頻繁に館を訪れるようになった。もちろん商人の事ではない。それは、咲夜よりも若い少女だった。
 少女は一度、この部屋に来たことがある。赤と白のハイカラな衣服を身に纏った変な奴だった。聞けば、あの姉に戦いを挑み、完膚無きまでに叩きのめしたらしい。姉が負けるのはいい気味だが、この少女は一体何者なのか少し気になった。
 少女の瞳は、とても不思議な色をしていた。吸い込まれる様な黒い瞳。それはどこか懐かしい様な、寂しい様な。
 その瞳は少しだけ母に似ていた。

 他にも、様々な事が変わっていった。挙げていったらキリがない。本当に色々な事が変わっていった。人が増え、人が減り、知った顔はいつのまにか居なくなり、知らない顔が新しく現れる。それは、お日様も見えないこの地下でも、月日の流れを感じさせるに十分だった。でも、だからこそ、気がかりが一つある。
 姉は、一度もここに来ていない。
 長い長い年月が流れた。でも、それでも一度も、私は姉には会っていない。最後に会ったのは私を閉じ込めた時。それ以来、一度も姉の顔を見ていない。
 私は姉が嫌いだ。私をここに閉じこめた姉が嫌い。もちろん罰だということは知っている。でも私は姉を許すことが出来ない。それは怒りでも憎しみでもない。義務のようなものだ。
 ただ嫌い。ただ姉が嫌い。それが、長い年月をかけて辿り着いた答えだった。

 地上の方から微かに笑い声が聞こえてきた。今日もあの少女は来ていた。姉と親しげに話している。雨漏りが伝わってくるくらいだ。それくらい分かる。とても楽しそうな姉の顔が浮かぶ。私はそれが、どうしようもなく気に入らない。
 何で、お姉ちゃんばっかり。
 瓦礫となったヴアルの上を歩いていた。あの時の記憶はあやふやだ。ただ、酷く泣いていたのは覚えている。でもそれは、怖いでも無く、寂しいでも無く、申し訳なくて泣いていたように思う。後悔で泣いていたように思う。私はあの少女のことを思うと、何故かこの記憶が蘇ってくる。
 私は姉が嫌いだ。私に無いものをいっぱい持っているから。私に出来ないことを簡単にやってのけてしまうから。
 もし私が、あの少女のように姉に刃向かうことが出来たなら、私は後悔しなくても済んだのだろうか。




 けたたましい目覚まし時計の音で目を覚ました。
 現在午前六時。外はまだ暗い。私の朝はこうして始まる。
 起きた時、私は今日も汗だくだった。寝る直前までは確かに重ねてあった布団が地に落ち、ベッドからはみ出した片足は軽く痺れている。鏡を見ると、縦横無尽に飛び跳ねたこの髪を直すのは、中々骨が折れそうだ。
 今日も、嫌な目覚め方だった。
 最近、よく夢を見る。古い、昔の夢だ。私がまだ、メイリーと呼ばれていた頃のこと。あの時、ヴアルの崩壊の時。その時聞いた泣き声が、私の脳裏から離れない。

 ……フランドール様が泣いている。

 フランドール様は、まだ自分を責めていた。全ての理由をそこに見出すことで、納得させようとしている。自分を保とうとしている。
 昨日の夜、私が様子を見に行った時も、フランドール様は泣いていた。顔は笑っていたけど、その笑顔が仮初のものであるくらい、私にだって分かる。
 フランドール様は、ずっと泣いているんだ。

 顔を洗い終わった私は、さっそく仕事着に着替えて現場に向かう。朝食は向こうで取る為、昨日の内に作っていたサンドウィッチをバックに入れる。卵とハムと、これにハーブティーでもあれば言う事無いのだけれど、それは冷めてしまうので止めておく。
 私の仕事は紅魔館門周辺の清掃から始まる。重い鉄柵の門扉を開け、紅魔館を開放すると、箒とちり取りとで、せっせとお仕事に励む。朝はまだ寒い。お山の上に建っているので風も強い。
 ふと、屋敷の方で人が動く気配がした。目を凝らして見てみると、窓辺にまだ眠たそうな咲夜さんがいた。咲夜さんはこちらに気付くと、軽く手を振って、広間の方へ消えていく。
 紅魔館が目を覚まし始める。
 私は、その紅魔館の主の部屋を見やる。三階の右奥。いつもと同じ様に厚いカーテンで閉め切られ、ここから中の様子は見えない。
 それがレミリア様のお部屋だった。
 ……レミリア様は、まだフランドール様を地下から出そうとはしない。私はその理由も知っているし、それがレミリア様をずっと苦しめているのも知っている。それでも何も出来ない私に、レミリア様を責める資格は無い。
 レミリア様は、あれから日の元に出る事を極端に嫌った。それは種族特性でも何でもなくて。責任を感じているからの様に思う。自分の妹を地下に閉じ込め、日光を奪ってしまった罪の意識から、自分自身からもお日様を取り上げたのだ。
 レミリア様はフランドール様の事をずっと思っている。
 でも、それはフランドール様もなのだ。フランドール様は、ご自分では気付いていないようだけど、フランドール様が私とお話をする時、必ずレミリア様の事をお聞きになる。自分のお姉さまなんだ。気にならないはずがない。フランドール様もレミリア様の事を思っている。
 なんとも奇妙な関係だ。互いに互いの事を思っているのにすれ違っている。それがこの紅魔館の状況だった。だから、あとは切っ掛けさえあれば、この状況を打破出来るのではないかと思う。そしてそれには、私たちの力だけでは足りない。
 段々と日が昇る。外は今日も快晴だった。青い空が広がっている。こんな空を知らずに生きるより不幸な事が、この世に一体どのほどあるだろうか。
 そんなことを思っていたからか、今日のお日さまは少しだけ痛かった。




 朝なら涼しいと油断した。
 どちらにしろ動けば暑くもなるのだ。丁度、赤い鳥居も見えたので、一度休憩を挟む事にした。

 私が立ち止まったそこは、ある程度草木が処理されており、ちょっとした広場になっていた。太陽の恵みを十分に受けた大地からは、若草がのびのびと生い茂っている。鳥居の横には申し分程度の小さな祠があり、一応お祈りしておくことにする。
 背負っていたリュックを地面に下ろし、巫女服の裾を叩く。すでに緋袴には泥が固まっており、何となくテンションが下がる。
 それを無視する事にして、今度は頭のリボンを解く。汗で固まりそうだったポニーテールを開放してやる。先程からずっと歩き続け立った足も、すでに悲鳴を上げている。どこかに座りたい。すると、うん。広場の端に丁度いい岩がある。
 そこに決めて、どかっと岩の上に座りこむ。登山の苦行から自分を解放してやる。岩は丁度日陰になっていて、ひんやりと気持ちよかった。
 せっかくだ、とリュックから神社で作って来たおにぎりを取り出した。どのみち今日は長くなるだろう。あそこで食べるのは嫌だし、少し早いが昼食をとる事にする。
 一口目を含んだ時、頬をやさしく撫でる穏やかな春風が吹いた。まだ芽吹いたばかりの若草の良い香りがする。狐の像がこっちを見ている為、あんまり気分は良くないが、中々の昼食ポイントだったのかもしれない。

 結局、レミリア達は何も教えてはくれなかった。岩戸をこじ開けるのに必要な何かは、私が自分で見つけてこなければならないらしい。世話が焼けると思いながら、でも何とかしたいと思う私がいる。
 それに手がかりが無い訳じゃない。確かに何も教えてくれなかったが、パチュリーがヒントをくれた。あの部屋にあった仕掛けは、魔法のそれというより私の方に近いらしい。

 ――なら“あいつ”だ。“あいつ”しか居ない。
 元よりあんな大がかりな仕掛けなんて、あいつにしか出来ない。

 軽い昼食を済ました後、私はまた立ち上がった。もう少しのんびりしていたかったが、あまり遅くなると夜の山を下山する事になる。あいつに家に泊まるのは絶対に嫌なので、必然的にそうなる。いくら自分が博麗の巫女だからと言っても、そんなものは御免だ。早々に目的地を目指す。
 鳥居の正面に立ち、じっくりとそれを見上げてみた。成程、中々の迫力だ。かなり古臭いが、それが却って威厳を出している。これでもかと鳥居に張られたお札の数々は、あいつがそれ程までに恐れられてきた証拠なのだろう。
「はぁ……。これからが本番ってわけか」
 思わずため息が出る。随分とんでもない所に来てしまったものだ。そう思いながらも、私は一歩を踏み出す。
 ……空気が重い。
 身体ごと押しつぶされそうだ。
 一歩、鳥居を潜っただけで、計り知れないプレッシャーに襲われる。これが大妖怪の力か。ここは既にあいつのテリトリーだ。
 鳥居の向こうには、さらなる鳥居の群れ、千本鳥居が並んでいた。中々壮観だったが、観光に来た訳ではない。ここから先は集中していかなければ、あっという間に森に飲まれる。それで永遠に戻らなくなった人間は数知れない。妖怪だって、ここから先は禁忌としている。
 軽い目眩を覚えた。さらに、その先に居るあいつと対峙しなきゃいけないとなると、弱音の一つも吐きたくなる。何せこの向こうにいるのは、本当に化け物みたいな奴なのだ。下手を打てば、次の瞬間には首が飛んでいる。相手が相手だけに命の保証は無い。
「仕方ないか。私が自分で決めたんだし」
 リュックを背負い直し、再び登山を始める。ああ、神様。どうか私を見守って下さい。

 私は今日、妖怪の賢者、八雲紫(やくも ゆかり)に会いに来たのだ。




「メイド長。本日の閉館に伴い、西区画の閉鎖及び門扉の施錠、滞りなく終了しました」
「ん。御苦労様。今日はもう上がっていいよ」
「わっ、やった」
 そう言うと、彼女は嬉しそうに廊下を駆けていった。廊下は走るな。大方、娯楽室で遅くまでよろしくやるつもりなのだろう。でも、ようやく仕事から解放されて嬉しいのは分かるが、せめて扉くらいは閉めて欲しいものだ。
 そうしてまた、執務室にはペンの走る音が響く。偶に、うんうんと唸る声も、ついでに響く。机の上には煩雑に置かれた書類の束。この、几帳面に並ぶ数字の羅列とにらめっこしながら、私はいつも頭を抱える事になる。
 まったく面倒なものだ。人の上に立つ立場になって、こういった書類仕事の量は一気に増えた。元来、私は、頭を動かすより体を動かす方が好きなので、デスクワークは苦手だったりするのだが、しかし、メイド長にも立場ってものがある。今まで通りモップを持って奔走している訳にもいかないのだろう。
 愚痴は程々にして、私はまた作業に戻る。次々と書類に目を通す。次第にアラビア文字みたいに見えてくる。そろそろ眠たくなってくる。
 そういえば掃除機が一台、まだ届いていないんだっっけ。納期はとうに過ぎているの、未だ連絡すらない。明日、河童工業に話を着けなければならないだろう。
 そんなことを思い出して、メモをとろうと立ち上がったとき、不意にノックの音が聞こえてきた。執務室の扉が遠慮がちに開く。
「メイド長。お疲れさまです。眠気覚ましのコーヒー淹れてきました」
「おっ、気が利くじゃん。ありがと」
 現れたのは例の新人妖精メイドだった。お盆の上にカップが二つ置いてある。どうあっても休めということだろう。有り難く休ませてもらうことにする。
「あんた、寝る前にコーヒーなんか飲んで大丈夫なの? 眠れなくならない?」
「私のはホットココアです。ついでに明日は非番だったり」
「このやろう」
 額を軽く小突きながら、カップに口を付ける。苦いコーヒーの味が広がる。やっぱり、これが無くては仕事にならない。
 しばらく他愛も無い話をして過ごした。先輩妖精がどうの、パチュリー様は絶対におかしいだの、美鈴みたいに背が高いのに憧れるだの。また、意外と人気が小悪魔らしい。目標としては丁度良いのが人気の理由だそうだ。当の小悪魔が聞いたら、さぞ複雑な顔をするのだろう。
 そんなゆったりとした時間は流れる。こんな時間が過ごせるなら、メイド長もいいものだ。
 しかし、レミリアお嬢様の話題になった時、新人は急に深刻な顔になった。
「さっき、妹様に会ってきました」
「……」
 私は答えない。
 一口、コーヒーを啜る。
「私には普通の子供にしか見えません。そんな恐ろしい方だとは……」
「あんたにもそう見えるんだ? 私もよ。あんな子を、暗く冷たい地下にずっと閉じこめておくなんて、普通じゃない」
 私は、レミリアお嬢様とその妹様の間にある確執をよく知らない。妹様の幽閉の理由も、よく分からない。お嬢様はもちろん、美鈴もパチュリー様も、何も教えてくれないからだ。
 いくつか噂を聞いた事はある。妹様は、情緒不安定なのだと言う。気がふれているのだと言う。でも、私の会う妹様は素直ないい子だった。とても信じ難い。
 それに私には、互いに意地を張っているだけの様にしか見えない。元の理由がどうだかは知らないけど、今の二人が心底憎しみ合っているとは思えない。互いが互いに、少しだけ歩みれば、この問題はたちどころに解決する。そんな気がする。
「二人とも、どうにかならないんでしょうか」
「どうにかしたいんだけどね。でも結局、これは姉妹の中の問題だから」
 でも所詮、私たちは何も知らない部外者なのだ。部外者の言葉は部外者の言葉でしかない。部外者だからこその言葉というのもあるだろうが、情けない話、もう私たちの言葉はあの姉妹に届かない。あまりに近すぎて、二人の心に届いてくれないのだ。
「あの人、今日は来ませんでしたね。明日は来るんでしょうか」
「さぁね。あの子が何を考えているかなんて、私には分からないわ」
 でも、
「多分、明日は来るわよ」
 あの子が、あの子なら何かやってくれる。私はそんな気がしてならない。何にも縛られず自由に動ける、お人よしな少女。あの子が、この状況を全部吹っ飛ばしてくれそうな気がするのだ。

 博麗霊夢。

 もしかして霊夢は、初めから全部知っていて、首を突っ込んだのではないだろうか。情けない私たちに喝を入れる為に、その為に来たのではないだろうか。
 勝手な思い過ごしかもしれない。でも、会って間もない少女だが、不思議とそう思うのだ。そんな気がしてならないのだ。
 こんなことを思うのは、虫が良すぎるのだろうか。




 結局、昨日、霊夢は来なかった。
 もちろん、だからと言って、どうという訳でもない。まさか霊夢が、毎日来ている訳でもない。週に一度来るか来ないか。その程度だろう。
 ただ、昨日はどこか不安だった。私の目の下には隈がある。まともに眠ることすら出来なかった。嫌な、悪い予感ばかりがする。そして、悪い予感とは得てして当たるものなのだ。私はそれを、経験から知っている。
 今日は、朝から上の方が騒がしい。ちょうど真上だから、ヴアルでパチュリーが何かやっているのかもしれない。偶に実験だと言って騒いでいる事がある。今日は料理の実験だろうか。僅かに香ばしい匂いがする。お腹も空いてきた。
 だからという訳でもない。ただの気紛れだ。扉の方を見てみたのだ。さっき美鈴が出ていった扉。それは、今日も変わらずそこに在り続ける。
 ばーか。お前なんか大嫌い。
 そう言って終わる筈だった。それでいい筈だった。でも、今日は少し様子が違った。扉の隙間から風が抜けている。少しだけ傾いて見える。いつも忌々しい音を立てて落ちる錠の音が、そういえば今日は聞こえなかった。
 今、扉の鍵はかかっていない。
 偶にあるんだ。美鈴は偶にかけ忘れる事がある。おっちょこちょいな奴だなぁと、その度に思った。私はもう外には出ようとはしていなかったから、今まで気にはなる事は無かった。
 ……でも。
 でも、今日はそれが、天が与えた奇跡のように思えた。私は今、この扉の向こうに行く事が出来る。あの少女に、霊夢に会う事が出来る。
 会ってどうしたいのかも分からない。ここを出れば姉に怒られるはずだ。でも、霊夢に会いたい。霊夢は今、どこにいるんだろう。お姉ちゃんなら知っているのかも知れない。いや、お姉ちゃんが霊夢を隠してしまっているのかも知れない。そう思うと、もう体は止まってくれなかった。
 錆びついていた筈のドアノブは、意図も簡単に回ってしまった。




「こ、こあ〜〜っ!!」
 うむ。それは中々いい反応だった。
「パチュリー様っ、何をするんですかっ!」
 そして、私の(しもべ)的存在である小悪魔は、主人たる超天才の私に向かって噛みつく。何とも愉快な顔をしている。
「お黙り、こあ。私は危急火急的に忙しいのよ」
「だからって、焦げたトカゲを投げつけることないじゃないですか!」
 奴は、まだぶつくさ言っているが、忙しいので無視する。悪魔の分際でハ虫類を怖がるとは、まったく興ざめである。他愛も無い。体力の無駄、時間の浪費である。
 私は今、危険課題的超難題問題を抱えているのだ。
「というか、そもそも何でこんな事になっちゃったんですか?」
「ほら、あれよ。紅霧異変。対外的には魔法実験の失敗って事になってるから。マホケンに過失を問われちゃったのよね」
 言いながら火力を強める。鍋の中のトカゲは踊る。良い焼き加減である。塩コショウが欲しい。
「はぁ。というか私には、何であんな実験をしたのかもよく分からないんですけど」
「……撒き餌」
「へ?」
「なんでもないわ。火力弱めて。次のトカゲの用意も」
「あ、はい! ……でも、マホケンですか。パチュリー様って、マホケン嫌いって言ってませんでしたっけ。いつもは何だかんだと言いくるめて、結局動かないのに。どういう風の吹きまわしです?」
「こあ。あんた偶に素で失礼よね。別にいいけど」
 やや気になる言い分ではあったったが、それが小悪魔である。何だかんだ叫んだって、やりたい事はやる小悪魔である。仕方ない。私はその時の事を、事細かに教示してやることにした。
 そこには波乱万丈な物語があったのだ。

 その時、私はマホケン危険管理調査委員会の呼び出しを食らっていた。というか自分たちが来ればいいのだ。役人どもは腰が重くていけない。
 とは思うものの、どうせ取り合ってはくれないので、しぶしぶマホケン本部へと向かった。渡船及び本部までの交通費、往復で3500円である。自腹である。経費を使わせろと訴えたい気分である。領収書はとってあるから、決算前の忙しい時期に、こっそり忍ばせておこうという腹積もりである。
 とにかく私は、今回の事件の調査団の面々と顔を合わせる羽目になった。胡散臭そうである。どいつもこいつも頭の悪そうな顔をしている。ちょび髭なんか生やしてんじゃねーよ。
 だが、面倒だが仕方ない。私は、奴らのレベルに合わせて話をしてやることにした。当然の如く私に非は無く、むしろ研究設備増設の為に予算を回せと熱く語ってやった。しかし、やはり頭の悪い調査団は、今回の件をもみ消してやるから、極秘プロジェクトの研究チームに参加しろ、などと訳の分からない事をのたまう。
 心外も甚だしい。私は自然の摂理に乗っ取り、その話を蹴ろうとした。だがその時、奴らから意外な発言が飛び出した。
 奴らは、神妙な顔をして私にこう言ったのだ。
『確かに、普通の魔法使いでは、この案件は荷が重いかもしれません。ですが、あの“世界一の大天才のパチュリー大先生”なら、こんなこと朝飯前ですよねぇ』
 ――その時、私はこう思った。 
 ああっ! 否定できない! まったく否定できない! 
 確かに普通の魔法使いでは難しいだろう。白黒のパワー馬鹿や、根暗の人形遣い程度では、まず不可能である。だが、この宇宙一の大々天才たるパチュリー・ノーレッジ大先生様に、不可能なことなどある筈がない。
 私は、まったく的を射た的確過ぎる言葉に、残念ながら一切反論の余地も無かったのである。

「……アノー。バカナンデスカー?」
「失礼な、アルティメット・ザ・大々天才の、パチュリー・ノーレッジ大先生様とお呼び」
「嫌です。長いです。で、結局極秘プロジェクトって何なんですか?」
「スルーしたわね……。まぁいいわ。本来なら極秘プロジェクトの内容を、たかだか小悪魔程度の一般人に教える必要は無いのだけど、この際だから特別に教えてあげるわ」
 びしっと指を差す。そうして私は、哀れで低能な小悪魔に、まるっと言い放ったのだ。
「『焼いた時、一番美味しいハ虫類は何か』これが今回の研究テーマよ!」
「……」
「以前、恐竜を焼いて食べた事があったでしょう? あの時のレポートが意外に好評でね。なら、この際一番を決めてしまおうという企画があがったのよ。つまりこれは、国家の威信を賭けた超一大プロジェクトなのであるっ!」
「では、今すぐ納税者の方々に土下座して下さい」
「酷っ!」
 なむさん。小悪魔の、まさに小悪魔然とした外道極まりないツッコミを食らい、少しだけ泣きたくなる。昔はこんなでは無かったのに。ああ、私の可愛い小悪魔は今どこに。
 ……と、ふざけながらも、そろそろ頃合いだろうと火を止めた。もっとふざけていたかったが、あまり時間が無いのが辛い。トカゲも半焼けだ。
「ねえ、小悪魔。これから紅魔館は一波乱あるわ。私の読みが正しければ、それでここの問題は一応片が付く。そしたら私は、しばらくヴアルを空けることにする」
「嘘です」
「残念、これは本当の話」
 小悪魔の顔は見る見る不安の色を表す。これを見るとすごく弄りたくなるのだが、……少し寂しくなる。
「こあ、いい機会ね。あんたに封印区画の書棚、案内するわ。もちろん、私が考えうる限りのトラブル対処法も教えておく。これからは、あんたがヴアルを管理しなさい」
 もちろん、そんなに時間は無いが、すでに手順は出来ている。この子の実力なら、もう全部任せてしまっても問題ないだろう。仕込みは、それこそ異変前から行なってきた。
「パチュリー様。分かりません。それ、一体どういう意味なんですか……?」
「……そんな怖い顔しなさんな。すぐに戻るわ。……そう。すぐにね」

 ――そして、地下道に続く扉の奥から爆音が聞こえた。
 中々派手好きだ。姉とそっくりだ。

 さぁ、宴は始まった。



お疲れさまでした。お付き合い頂き有り難うございます。

さて、急展開! と言うよりは大分カットして急ぎましたが、いかがでしたでしょうか。もう、そろそろ長いので、あまり引っ張るのも良くないと思いつつ。
しかし、次回でようやく完結です……とは言いません(笑) もう余計な宣言はしないと神に誓ったのです。でも、終わらせたいなぁ、という気持ちが無いでもなし。大きな話を描く事が、こんなに不安なことなのだということを改めて知りました。

さて、愚痴もほどほどに。次回分の執筆も既に始めてますので、次回もよろしくお願いします。


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