ルーミア編です。オリキャラとか出てくるけど気にせず流して読んでください。
幻想郷。それは東の国の人里離れた山奥にある桃源郷。博麗結界により外界と完全に隔離されもう一つの世界。
その地には人外の者達が多く暮らしていた。そして人間と共に手を取り合い、共に生きていた。その地では、外の世界では考えられなかった人間と妖怪との共生までもが成り立っていた。
まさに楽園と呼べる場所。
そして、そんな場所にその人食いの妖怪は生まれた。
私はルーミア。宵闇の妖怪だ。闇を操る程度の力を持っている。それは例えば、対象の周りの闇の濃度を上げて何も見えなくしたり、逆に自分の周りを闇で覆って身を隠したりといった様なことができる。まあ、あまり使い道は無さそうな能力だが。
そしてそんな私は、夏の日差しが照りつける午後、つまり今、人里の寺子屋にて勉学に励んでいた。
「――こら! ルーミア! 起きろ! 寝るんじゃない!」
聞き慣れた慧音の怒声で私は目を覚ました。
「うーん。朝なのかー……?」
「もう昼だ! ……まったく、弛んでるぞ!」
目の前にいるのは上白沢慧音。自称半妖の先生だ。長い青色の髪をなびかせながら、私を睨んでいる。
「でも眠いものは眠いのだー……」
私はごしごしと目をこすりながら、でもやっぱり眠いのでとりあえず抗議をしてみる。
「何を言ってるんだ。ここは知識を身につける場所であって、寝る場所じゃあないんだからな」
「うー……。ごめんなさいなのだー……」
私はそもそも好んでここに来ているわけじゃないのに。
そんなことを思いつつ、でもそんなことを言うと慧音の頭突きが飛んでくるので謝るふりをする。反抗的な態度をとると何かと頭突きをしてくるこの教師は、ぜひ次の保護者会議で議題に挙げてもらいたい。そんなものはないけど。
妖怪であるこの私が寺子屋に通っているのは、半年前この慧音に勧められたのがきっかけだった。
その時私は、チルノ達と一緒に人間の里で悪戯をして遊んでいた。チルノの力で地面を凍らせて、夏場のスケートを楽しんでいた。
しかし、偶然通りかかった慧音に見つかってしまった。逃げる私たちだったが、猛スピードで迫る慧音は、まるで鬼神か韋駄天が如く。あっという間に捕まってしまった。
そして小一時間ほど説教をされた後(私はその時慧音の頭突きの怖さを知った)、そんなことをするくらいならと、寺子屋に通うことを勧められた。人間の子供たちと共に常識を身につけさせることで、悪戯を辞めさせるという意図があったのかもしれない。
当然、私は抗議した。その時の私はまだ人間というものがよく分かっていなかったし、何より勉強なんて絶対したくなかった。だが慧音は強く、一睨みで私の意見は却下されていく。
そうして、嫌がる他の者たちの意見は悉く却下され、半ば強制的に通うこととなった。
そんな訳で仕方なしに通い始めたわけだが、この寺子屋というものは、授業はつまんないし、遊びの時間が減ってしまうしと、いろいろ不満だらけだ。しかし、サボると後で慧音が飛んで来るのでそれも出来なかった。なんとも理不尽だと思う。そもそもこれは、妖怪の自由を束縛する越権行為である! ……そういう知恵だけはついたが、勉強の楽しさは未だ不明だ。
しかしまあ、なんだかんだで、今でもこうして律儀に通ってやっている。確かに知恵はついたし、それに、ここに来て良かったこともあったからだ。
「せんせー! チルノちゃんがまた寝てます!」
「なんだと……!? こら、チルノ、起きろ!」
「ふふふ。大ちゃん、鼻からそんなにアイスココア出しちゃあ駄目だよ……むにゃ」
「……だ、出しませんっ!」
「……いや、言わなくても知っているよ、大ちゃん。しかし、どんな夢をみてるんだ……って冷っ! こら! 寝ながら冷気を飛ばすんじゃない!」
……。
我らが慧音先生の愉快な姿が見られるからだ。
人間だけでなく、妖怪やら妖精やらまで相手にしなくてはならない慧音はいつも一杯一杯で、見ていて大変愉快である。大体、妖怪妖精なんてのは頭を使うことにあまり慣れていない。そんな奴らが「べんきょう」なんてものをしたら、こうなるのは目に見えている。まさに慧音の自業自得だ。
寺子屋には他にも教師はいる。いるのはいるが、本業が別にあるので週に2回くらいしか来ない。しかも、あまり大きな寺子屋でもないここに、そんなに教師は必要ない。なのでほとんど全て慧音先生に一任なのだが、毎日これらの相手をしている慧音の気苦労は、相当なものだろう。そのうち脳の血管がプッツン切れてしまうんじゃないかと思っている。
でも、この愉快な慧音を見られることも確かに楽しいが、私が寺子屋に通い続けている理由は別にあった。
「けーね先生今日も大変そうだね。ルーミア」
「あはは。そーなのだー」
「でも毎日あれだと、そのうち倒れちゃうんじゃない?」
「頭突きが無くなって助かるのだー」
「はは。それはちょっといいかも」
「そーなのだー」
そう。こうして人間の子供たちと普通におしゃべりをすることができるからだ。ここに来る前は人間の子供たちと会話ができるなんて思いもしなかった。そもそもしようとも思わなかった。
でも、今ではこうやって人間と会話し共に遊んだりしている。人間の友達も沢山出来た。……みんな私を妖怪だと知った上で普通に接してくれている。
口には出さないが、恐らくチルノ達も、それが嬉しくてこの寺子屋に通っているのではないかと思う。
友達の存在が嬉しいのだ。一緒に笑えることが嬉しいのだ。
……。
あれ? そういえば……。
「慧音―! 幸恵がまだ来てないのだー」
「慧音先生と呼びなさいっ! ……あー、幸恵は店の手伝いをしなきゃいけなくなったから、しばらくは来られないと連絡があったぞ」
「? 急にどうしてなのだー?」
「私も詳しくは聞いていないのだがな。どうやら、父上が怪我をされたらしい」
「……。そう、なのかー」
幸恵は、私が寺子屋に通い始めてから、一番最初に出来た人間の友達だった。変わった奴で、妖怪である私にお姉さん面しようとする。見た目には私より頭一つ分背が高いので、自分の方が年上だと思っているのかもしれない。もっとも、私自身、自分の年齢なんか知らないんだけど。
とにかく幸恵は、まだここに慣れていなかった私にいろいろ教えてくれた。今では寺子屋の時以外でも共に遊んだりする仲だ。少し口が悪くて生意気なところもあるが。イイ奴だった。
……そうか。しばらく会えないのか。
「しかし、まだ子供だっていうのに偉いよな。お前たちも少しは幸恵を見習ってだな……」
――帰りに少し顔でも見に行ってやるか。
慧音の話を聞き流しながら、私はそんな事を考えていた。
幸恵の家は八百屋をやっていた。前に一度遊びに来た事があったが、その時こっそり商品のイチゴを盗み食いして、幸恵にひどく怒られたことがある。あれで中々ちゃんと商人の娘をしているようだ。しかし、あんなに美味しそうなのに、お金が無くちゃ食べちゃいけないとは。つくづく人間とは不自由だ。
店の前で野菜を客に渡していた幸恵は、私の存在に気付いて声をかけてきた。
「あれ?ルーミアじゃん。どーしたの?」
「遊びに来たのだー」
「ふーん。……あ・もしかして心配してくれてるの?」
「……そーじゃないのだー」
「ふふ。ありがと。丁度一段落着いたから上がりなよ。お茶くらい出してあげる」
「ありがとなのだー」
それから私は、幸恵のぼろい部屋に招かれ、微妙な味のお茶を飲みながら幸恵の話を聞いた。野菜の匂いがする幸恵は、……元気そうに見えた。普段と変わらない、お姉さんな幸恵。
でも、だから私には無理をしていることがわかった。胸に引っかかる小さな違和感。それが分かるくらいには、互いに心を許していた。
幸恵は父の話もしてくれた。何故怪我をしたのか。幸恵は語ってくれた。
幸恵の父は、……どうやら妖怪に襲われたのだそうだ。
その日、幸恵の父は友の家で遅くまで飲んでいた。久しぶりにあった友だ。話も弾んだのだろう。そうして、会話に花を咲かせているうちに、気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。
明日の事もあるし早く家に帰りたかった父は、その友の制止も聞かず、本来迂回して通るはずの森をそのまま突き抜けようとした。……夜の森はただそれだけで危険だというのに。
そして妖怪に出会ってしまった。それは人食いであった。
だから走った。
夜の森を、近づくその妖怪から逃げるため無我夢中で走った。
妖怪は姿こそ見え無かったものの、その声で近付いてきていることがわかった。その妖怪が何と言ってるのかは分からなかった。聞きたくもなかった。元よりそんな余裕もなかった。それ程までに夢中で走った。そして……転んだ。
木の根に足を引っ掛けたのだろう、転倒し、そのまま坂を転がり落ちた。妖怪はそれで見失ったのか去って行ったが、幸恵の父は全身を打ちつけ大怪我を負ってしまった。
「まったくね。父さんも父さんだよ。夜の森は危険だから近づくなって、あれほど自分で言ってたクセに」
「……」
「でも、やっぱりその妖怪のことは許せないよ。直接手を下したわけじゃないけど、そいつのせいで父さんは酷い目に遭ったんだし。私だって寺子屋、しばらく通えなくなっちゃったし。だから、……もしその妖怪を見つけたら、ぶん殴ってやるんだから」
「幸恵の方が怖いのだー」
「もう、何よそれ? でもホント、妖怪が全部ルーミア達みたいなのばっかりだったらいいのに……」
幸恵はやはり悲しんでいた。遠くを眺めながらそんなことを呟く幸恵を見て、私は何か胸が痛くなるのを感じていた。
幸恵は店の手伝いに戻らないといけないとの事だったので私は退散することにした。
「こんな感じだから、やっぱり寺子屋にはしばらく戻れないよね。慧音先生にもよろしく言っておいて」
「今の内に幸恵より賢くなってやるのだー」
「ばーか。いつも寝てばっかりのくせに」
「ばれたのだー」
外に出るとそこはもう夕暮れ時だった。里の中を行き交う人々も少しずつ少なくなっていく。これよりもう少し時間が経ち夜になれば、……妖怪たちの時間がやってくる。
「……幸恵のおとーさん。すぐに良くなるのだー。だから、元気だすのだー」
「……ありがとう。ルーミア」
幸恵に別れを告げ、私は、その人食い妖怪の出る夜の森に向かって行った。
「うわああああああああ!!! 何なんだよお前! こっち来るなよ!!」
森の中に男の悲鳴が木霊する。
「お前は食べてもいい人間なのかー?」
その男は妖怪に追われていた。
その妖怪は少女であった。
少女は自身を闇で覆いながら、楽しそうに男を追う。
その妖怪、――ルーミアは今夜も人間を襲っていた。
別に本当に食べようと思っている訳では無かった。人間なんか食べなくても生きていける。
だからいつも私は程々に追いかけては見逃していた。そんなことを度々繰り返していた。
闇で自分を覆っているので相手の顔は見たことはない。顔を見るのも見られるのも怖かったのだ。
でも、だから、その晩幸恵の父を襲った妖怪というのは、……この私に違いないのだろう。
幸恵には悪い事をしたと思っている。私のせいで父は怪我をしてしまったし、幸恵自身にも迷惑をかけている。……ぶん殴られても文句は言えないだろう。……だけど、私は人間を襲う事を止めるつもりは無かった。私にはそれが必要だったのだ。
私は人間が好きだ。人間と普通に会話もするし、人間の友達だって沢山いる。でも、私自身は人間ではなかった。どんなに姿形が似ていようとも、私は人間ではなかったのだ。
……私は妖怪。それも人食いの、妖怪ルーミアなのだった。
妖怪とは、“畏れ”だ。人間達の“畏れ”が形になったものだ。怒りや、恐怖、悲しみ、絶望、その他もろもろの“畏れ”が私達をつくっていた。
だから、人間を食べる必要がなくても、人間に“畏れ”られることは、妖怪である私にとって必要なことだった。
「お前は食べてもいい人間なのかー?」
今の時代は平和だった。人間も妖怪も関係なく、手を取り合って共に生きることができた。共に話し、学び、笑い合う事ができた。時に私自身でさえ、自分が妖怪であることを忘れてしまいそうになるくらい、今の時代は平和なのであった。
しかし、だからこそ時々不安になる。
私は、妖怪ルーミアはそのうち、完全に忘れ去られてしまうのではないか。妖怪としての意味を無くしてしまうのではないか。そうして私は私ではなくなってしまうのではないか。
私はそれが怖かった。どうしようもなく恐ろしかったのだ。
「お前は食べてもいい人間なのか―?」
でも、もしかしてそれはただの甘えなのかもしれない。もっと自分を強く持ってさえいれば、こんなことをする必要はないのかもしれない。私は私を保つことが出来るのかもしれない。
でも私には、それを繰り返し続けることしか出来なかった。ちっぽけで弱虫な私には、それを繰り返し続ける以外に自分の存在理由を見つけることが出来なかった。その中でしか私の意味を見出すことが出来なかった。
妖怪は人を襲う。
人は妖怪を畏れ、時に退治する。
それが妖怪と人間の関係だと思っていた。それが私と人間の共生の在り方だと信じていた。
だから、
「お前は食べてもいい人間なの……きゃん?!」
だからこうやって、人間を助けに来た赤白巫女のお札に撃ち落とされながら、私は少し安心しているのを感じた。
……本当、いい加減にしろよな。私。
おまけ。

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