※※今回のお話には残酷な描写が含まれます※※
お待たせ致しました。フラン編でございます。おまけに諸事情により連続更新とさせてもらいます。要するに一話が長いから半分で分けただけなんですが。 でもその上まだ続くのだから性質が悪い。いや、すみませんです。
そして、今回フラン編ではお読みになる前に色々と注意事項があります。読者様はそれを踏まえた上で読む読まないの判断をして下さい。
1吸血鬼設定の完全否定
2フランの過去話(幻想入り前)
3原作の影が限りなく薄い
4オリキャラが山の様
5フラン姉妹が幼い
6厨二設定あり
7若干、残酷な描写もあり
7に関してはなるべく薄くしたつもりではありますが、責任は持てませんので苦手な方は、大変申し訳ないんですがバックして下さい。
また、今回のテーマは「罪」です。それを戦争というものを通して書いていきたいと思います。 故に今までの話とは全く違う雰囲気になっています。それでも大丈夫という方は、お待たせいたしました。本編の方にどうぞ。
私は逃げました。
ただ怖くて逃げました。
ただ必死で逃げました。
――でも、
私を間違っていると言うのなら、
あなたは代わりに死んでくれましたか?
―東方な日々 フランドール編―
「もう。フランちゃん。起きてよぉ〜」
声が聞こえた。私を呼ぶ声。馴染みのある声。とても温かい声だ。声は徐々に大きくなっていく。私は、自分が眠っていたことに気付いた。
「う〜〜ん?」
起き上がろうとして、体が少し軋んだ。寝違えたのかもしれない。頭の中は、まだぼうっしている。まどろむ意識を、何とか覚醒させ、瞼をそっと開けてみた。眩しい光の中で、誰かが私を呼んでいた。
「あ・ようやく起きた。もうっ、いつまでも探しに来ないと思ったら、寝てるんだから!」
そこにいたのは、一人の少女だった。癖のついた短い茶髪にそばかす顔。いかにも人の良さそうな、柔和な顔立ちをしている。
「うん。おはようマリア」
“マリア”。私がそう呼んだ彼女は、私と同じ吸血鬼だった。本名はマリアベル。まどろっこしいので“マリア”という愛称で呼んでいる。彼女とは、毎日のように一緒に遊ぶ仲だった。それと言うのも、吸血鬼は長命の為、あまり子供をもうけない。年齢が近ければどうしたってよく遊ぶ仲になるのだ。
「……ところで私、何してたんだっけ?」
両目をごしごしと擦りながら、そんなことを訪ねる。未だに現状が把握できなかった。マリアが、非難がましい目で私を見ているのも、よく分からない。探しに来ないとは……?
「フランちゃん……、まだ寝ぼけてるでしょ。しっかりしてよ。隠れんぼ。フランちゃん鬼なのに、全然探しに来ないんだから」
……ふむ。言われてみると、そうだったような気もする。欠伸をかみ殺し、大きく伸びをしながら、私は納得する。そうだった。私は、私とマリアとお姉ちゃんの三人で、隠れん坊をしていたのだった。三人しかいないからすぐに終わって、もう何回目かになる鬼の役の最中に、うっかり眠ってしまったのだ。
でも、こんなにいい天気の日に数なんか数えていたら、眠くなるのは仕方が無いように思う。私は心の中でそう自己弁護しつつも、しかし、マリアには謝罪しておく。
「ごめんごめん。私、どれくらい寝てた?」
「――空、見てごらんよ」
言われて、私は空を仰いで見る。すると、成程。マリアが怒るのも無理はない。真上にあったはずの太陽は、いつのまにか随分西に傾いていた。
「……ごめんなさい」
「私はいいけどね。でも、もう帰らないといけない時間だよ」
それはそうだろう。夕焼け小焼けにはなっていないが、そうなる前に帰らないといけない。思ったより大変なことになっていた様だ。
「ちょっと、まずいかな?」
「うん。急いで帰らないと“夜”が来る」
するとマリアは、深刻そうな顔をして言った。当然だ。“夜”がどれほど恐ろしいかは、私も理解している。こんなことをしている場合ではないのだ。
そう思った私は、早速マリアに別れを言って帰ることにする。『また明日ね』の言葉も忘れない。いやー危ない危ない。母に怒られるどころの話ではない。もっと大変な事になるところだった。
……だが、マリアの冷たい視線を感じ、私は思い止まった。まだ何かあったけ。一瞬そう考えて、ある事に気付く。そうだ。大事なものを忘れていた。
「ねえ、マリア。もしかしてお姉ちゃんは……?」
恐る恐るマリアに訪ねる。まあ、姉のことだ。何となく想像はつくが、一応聞いておかねばなるまい。
「まだ隠れてる。謝った方がいいよ? レミィちゃん怒ったら怖いんだから」
「……そうする」
ううっ……。これは困ったことになった。なんたって私の姉は、意地っ張りで、えばりんぼで、さらに無駄にプライドが高い人だ。なので、自分が待たされていることを知ったら、怒り狂うのは間違いない。そして、怒り狂った姉は、私では止められない。何度か経験したことがあるが、それは酷いものだった。物を投げるわ、引っ掻くわ、終には、何故か泣きだすわ。これ自分の姉なのかと恥ずかしくなるくらいだ。でも今回の件は、確かに私にも非があるわけで、謝らないわけにはいかないだろう。どうせ姉のことだから『まだ私を見つけられないのか。クックックッ』などと笑っている可能性や、または、私と同じく眠りこけている可能性も高いので、誤魔化せない訳でもないだろうけど。でも、マリアが許さないだろうから結局無理か。
そこまで考えて、ひどく憂鬱な気分になる。私は姉が苦手なのだ。自分は姉なのだからと、やたらと威張り散らす態度も気に食わないし。泣き虫のくせにえらそーな態度も腹が立つ。
「――でも。……謝らなきゃなぁ。嫌だなぁ」
どちらにしろ、怒られるのだから、先に謝った方が被害は小さい。そう自分に言い聞かせてみるが、うーん、やっぱり憂鬱だ。
「駄目だよ、ちゃんと謝らなきゃ。私も一緒に謝るから。だから行こ?」
そんな私に、マリアはこんな優しい言葉をかけてくれた。まるで聖女様の様だ。後光が見える様だった。
――そう、マリアは優しい奴だった。いつも私たちの事を考えてくれている。今回も、姉の恐ろしさを知っていて、だからこんな事を言ってくれる。自分とは関係なくても、困っている人を放っておけない奴なのだ。
でも、今回に限っては、それはおかしな話だった。
「いいよ。悪いのは私だし。ちゃんと自分で謝るよ」
マリアは優しい。だからこそ、私はそれに甘えたくない。マリアは友達だから。友達とは対等でいたいから。私はマリアのその優しさが嬉しかった。私にこんな友達がいることが嬉しかった。マリアと一緒に遊べることが嬉しかったのだ。……本当、あれの代わりに、私のお姉ちゃんになってほしいくらいだ。まったく、マリアと比べて私の現在のお姉ちゃんときたら。
「……やっぱり憂鬱だぁ」
「ははは。それは仕方ないよ」
「うぅ〜」
仕方ない。私は姉を探し始める。苦手だし、気にくわないし、嫌いだけど、お姉ちゃんはお姉ちゃんな訳で。これから“夜”が来るのに、放っておくことなんか絶対出来ない。
実は、隠れ場所に関しても、いつものことだから、大体の見当はついている。高い所が好きなので、木の上か、屋根の上くらいだろう。お姉ちゃんは、いつも決まった場所に隠れるのだ。だから、一番最初に見つかるんだけど、だが、それをやると拗ねるので、気を使ってやらなければならない。一体どんな接待隠れんぼだ。ああ、でも姉の隠れる場所が高い所とは。馬鹿となんとかは高い所が好きとは、成る程、よく言ったものだ。
そうして、私たちはしばらく高い場所を探して歩いた。すぐに見つかると思ったのに、中々見つからない。今回は少し頭を使ったのかもしれない。だとしたら、何もこんなときに使わなくてもいいのに。段々と私たちに焦りの色が浮かぶ。急がないと大変なことになる。
しかし、そんな私たちの心配をよそに、姉は、材木置き場の物影から、ひょっこりと姿を現した。平和そうに、てくてくと歩いている。ついでに、お気楽そうに鼻歌なんかも唄っている。
……何だか、ひどく脱力を感じた。だからお姉ちゃんは嫌いなんだ。そんな暢気な姉は、私を見つけると楽しそうに私を呼んだ。
「おーい、フラン〜っ、帰るよぉ~」
姉は、両手を大きく振りながら私を呼んだ。もしや、本当に待たされていたことに気付いないのか? いや、まさかそこまで……。と、思ったが、姉の満面の笑みが、それが事実であることを証明している。あんな楽しそうに怒る姉は、何処の世界にもいないだろう。一体どうした事だろうか、本当にただのアホだったのかもしれない、などと思いつつ姉をよく見てみると、成る程。側には母の姿があった。道理でご機嫌な訳だ。姉は母が大好きなのだ。だが、偶然出会ったとは考えにくい。もしかして母は、まだ帰らない私たちを心配して呼びに来てくれたのかもしれない。手には買い物袋があるから、そのついでもあったのだろう。考えてみると私は、姉どころか、心配しただろう父と母にも、謝らなくてはいけないのだ。ますます憂鬱な気分になってしまった。
「マリア。今日は本当ごめん。私、帰らないといけないみたい」
「いいよ。どうせレミィちゃん見つかったら解散だったんだし。また明日遊ぼうね」
「うんっ」
マリアに手を振り別れを済ませた。マリアもそれを返しながら、自分の家に向かって歩き始めた。マリアの家はすぐ近くだ。“夜”が来る前に帰れるだろう。
それを見送った私は、私を待つ二人の元に向かった。姉は終始ご機嫌の模様。姉の手にも買い物袋があるところを見ると、もしかして、隠れんぼの最中に、母について行ってしまったのかもしれない。それはそれで腹の立つことだが、待たせた私も人の事は言えない。イーヴンということにしておく。
母の方はというと、やはりどこか怒っているような、不満そうな表情だった。遅くなった原因が私にあると、姉から聞いているのかもしれない。さらに気が重くなる。姉に負けず劣らず、母も怒ると怖いのだ。それも姉みたく理不尽さがなく、理路整然と怒るので何も言い返せない。恐る恐る辿り着くと、案の定、母の口からお説教が飛び出してきた。
「今日はやけに遅かったわね。フラン。私はとーっても心配したのだけど?」
「ごめんなさい。私、遊びの途中で寝ちゃって……」
「今度から気をつけなさい。とくに最近は“夜”が早い。大事になってからでは遅いんだから」
「……ごめんなさい」
「まあいいわ。とにかく帰りましょう」
「……」
“夜”が来ればどうなるか。その大変さは知っている。どれだけ夜が危険かは知っている。だから余計に、二人には悪い事をしたと思った。私の中に後悔の念が募る。どうして寝ちゃったんだろう。どうしてもっと早く起きなかったんだろう。どれだけ大変なことになるかもしれないのに。
母は、そんな風に落ち込んでいる私を見かねた様で、私が元気になれる、とっておきの魔法をかけてくれた。
「今夜はフランの大好きなカボチャのスープよ。お腹すいたでしょう? 早く帰って食べましょう」
「……うんっ!」
母の一言で、私は一瞬で元気になった。現金な事かもしれないが仕方ない。母にそう言われると、どんなに落ち込んでいても、すぐに復活してしまう。母は本当に凄い。私が元気になる魔法の言葉を、いくつも知っているのだ。その優しい瞳と、魔法の言葉の相乗効果で、私は強制的に元気になれるのだ。私は母が作るカボチャのスープが大好きだった。母の作る料理は何でも好きなのだが、特にこのカボチャのスープは大好きだった。よく作ってくれるから、食べているうちに好きになったのかもしれない。横でお姉ちゃんが「私も大好き!」と言っているから、姉妹揃ってカボチャが好きらしい。
そして、私は母と姉と並んで私は歩き始めた。でこぼこの三つの影が伸びる。少し早足で歩く母に追いつこうと姉は必死だ。そんな姉を見ながら、私もその後を追う。母の隣はいい匂いがした。お母さんの匂い。私はこの匂いが大好きだった。
母の名前はオヴェリア・スカーレット。スカーレット家の当主だった人だ。父ヴラムが母と一緒になってからは、父がその任を負っているけど、元々スカーレットは、母方の家系だ。それなりに由緒ある家系らしいが、私が見た二人からは、そんな印象は全く受けない。どこにでもある、普通の家族といった感じだ。私はそんな感じが好きだった。
母はとても綺麗な人だった。子供の私がそれを言うのも何だけど、母が綺麗かどうかを訪ねれば、十人が十人首を縦に振るだろう。背は高く、凛とした佇まい。整った顔立ちに、ウェーブのかかった長い空色の髪。どれもこれも自慢の母だ。でも、何より私が一番好きなのは、母のその優しい瞳だった。その瞳で見つめられれば嘘は吐けないし、ほっと安心する。ここが私の居場所なんだって、そう感じさせてくれる。大好きな母だった。私の憧れだった。
母は私たちに向かって、いつものように話しかけてきた。
「二人とも。今日は何して遊んでいたの?」
「かく…」
「隠れんぼっ」
私の言葉を遮ったのは姉の方だ。じっとした私の視線には、全く気付かない。母の側にいると、姉は母のことしか見えなくなるのだ。
……そう。姉は『超』が付く程のお母さんっ子だった。母のことが大好き過ぎて、それこそ鬱陶しいくらいに付きまとう。それは今日みたいに、遊びの途中でもお構いなし。飛びついたら離れない。そんなにくっついていたら、母に迷惑だろうと思う。私は恥ずかしいから、そんなことは絶対にしない。全く、困ったお姉ちゃんである。実は私の方が、お姉ちゃんよりもずっとお姉ちゃんなのである。
「フラン。何か失礼なこと考えていない?」
「か、考えてないよ」
姉に言われて焦る。なかなか鋭いな。自分の悪口には敏感らしい。
そうして三人は、並んで歩く。時折、母が私の方を見てくるが、私は大人なので少し離れて歩く。私は子供っぽい姉とは違うのである。付かず離れず、距離を一定に保ちながら、私は歩く。それはいつもの風景。どこにでもあるような家族の風景だった。
でも、少し違和感のある風景でもあった。普通の家族の風景としては何かがおかしい。それは些細な事で、誰も気付かないようなことだ。むしろ気付かれては困る。それは本当に些細なことだった。でも、私たちにとってそれは、とても重要なことだった。
それは、私たちは三人とも、決して笑わないのだ。笑ったとしても、口を閉じたまま微笑む程度。ひそひそと囁くような声量で、早足に歩く。何かから隠れる様に。何かから追われる様に。まるで、何か危険なものから逃げる様に。私たちは先を急ぐ。
もうじき“夜”がやって来る。そしてそれは、私たちにとって最悪な時間だった。本来妖怪にとって夜は過ごしやすい時間のはずだが、私たちにとって夜は、地獄の時間でしかない。どこまでも深く、どこまでも暗い闇が私たちを襲う。
夜が、
“狩り”の時間がやってくるのだ。
○ ○ ○
昔。とは言っても、それほど昔でも無いのだが、当時、世界情勢は、大変不安定な状態にあった。世界中の、ありとあらゆる場所で、争いが起こる混沌の時代だ。力を持つ大きな国が、弱くて小さな国を支配する。そんな弱肉強食の時代があった。そして、そんな時代の中で、いくつもの小さな国から成るこの地域は、世界的に、大変弱い立場にいた。
いずれ、この地にも争いの炎が上がるは明らか。今は、国々が団結し、世界に対抗しうる力を蓄えることが急務だ。そう考えた国があった。内側で牽制し合っている時ではない。今こそ統一を図るべきだ。彼らは、そう主張した。他の国々も、その必要性を理解し、度重なる、統一への交渉も行われた。
しかし、国々の意志はバラバラで、全く纏まらなかった。特に、誰がリーダーになるかを巡り、対立を深めていった。そもそも、大古から資源と国境をめぐり、争いの絶えない地域である。それを急に纏めようなど、土台、無理のある話だったのだ。
だが、そんな余裕を、世界は許さなかった。時代は急速に動いて行く。業を煮やし武力を以て統一を図ろうとする国が現れたのだ。当然、それに反発し、別の国もまた武力蜂起を始めた。それが引き金となり、各地で次々と争いが勃発した。
血で血を拭う戦乱の世。大戦争が、ついに始まったのだ。
その戦争は長期化していった。いくつもの国が、一度に戦いを始めたのだ。そこには過去の因縁や戦略的要因など、様々な要素が絡み合い、ただの統一戦争ではなくなっていく。さらに、大国の介入などもあり、戦力図は一層複雑化した。誰が味方で、誰が敵なのか。そんな事すら分からないまま、戦争は激化していく。人が死に、町が焼かれ、多くの犠牲を払いながら、それでも戦いは止まらない。まるで何かに取り憑かれたかのように。まるで戦争そのものに意志があるかのように。狂気は加速していった。
……その時、私達姉妹はまだ幼かったため、詳しい事は知らないが、母が言うにそれは、酷い戦いだったという。互いが互いに主義主張をぶつけ合い、奪い合い、殺し合った。それは酷い戦いだったという。
そして、戦争の長期化は、確実に人々の心を蝕んでいった。経済は完全に破綻し、まともな食料も、衣服も、手に入らない。栄養分の不足や、衛生面の悪化などから、伝染病も広がった。さらに多くの人々が死んでいく。人の死が、日常の一部と化していった。
死が。すぐ隣にあったのだ。人の心が壊れていくのには、十分すぎる要素があった。
そして、その暗闇の時代の中で、事件は起こった。疲弊し、病んだ国の人間達の中から、奇行に走る者たちが現れたのだ。長引く戦争や、伝染病の恐怖により、精神を蝕まれていったのだろう。急に暴れだしたり、猟奇的な殺人を犯したり、怪しげな儀式をおこなう者たちもいた。その中には、人間による人間の『吸血行為』もあったという。
さらに同じころ、死んだはずの人間が生き返るという、不思議な事件も発生した。これは、あまりにも多くの死者が出たため、医者が生死の判断を誤り、まだ生きている人間を埋葬してしまうという事があったからだ。しかし、当時の人間達は、それらを理解することが出来ず、人の生き血を吸う、不死身の化け物が現れたのだと騒ぎ始めた。
悪魔、吸血鬼の誕生だった。
空想の産物でしかない謎の化け物が、すでに人間社会に溶け込み、共に生活していた吸血鬼に結び付くのに、そう時間はかからなかった。神を崇める教会が、そうだと決めつけたのだ。元々教会は、吸血鬼の存在を快く思っていなかった。現在の風潮を利用しようと考えたのだろう。そして、当時、教会は疲弊した人間たちの、拠り所でもあった。そんな状況なので、民衆は、教会の言葉をあっさりと受け入れた。そこには伝染病にもかからず、比較的裕福な暮らしをしていた、吸血鬼に対する嫉妬の念があったのかもしれない。次第に人間たちの中で、吸血鬼を排除しようとする機運が高まった。ついに世界は、吸血鬼を人類の敵とみなしたのだ。
実際、吸血鬼を人間の敵とするのは、人間にとっても、大変都合が良かったらしい。私達は、人間と比べて身体的な特徴があった。――そう、牙だ。そのわかりやすい身体的な特徴は、悪魔をイメージするのに丁度よかった。その牙で人の生き血を吸うとなれば、それは悪魔以外何物でもないだろう。
そして、そんな分かりやすい敵を仕立て上げることは、民衆の意思統一を図る為にも、大変有効な手段だった。教会は自分の力を誇示することが、民衆は人類の敵を倒したことで、正義を感じることが出来た。疲弊した民衆は、ある種そこに希望を見出していた。事実、その“吸血鬼”のお陰で、いがみ合っていた国同士が、休戦を結ぶことに成功したという。人間同士で争っている場合ではない、悪魔の始末を優先すべきだ。そう、考えたのだ。いつの間にか、戦争の原因すらも吸血鬼に擦り付けられる様になる。吸血鬼をスケープゴートにして、戦乱の世を終わらせようとしたのだ。
そうなると、人間たちは、より具体的な処理を始める。吸血鬼を捕獲し、聖なる裁きと称して、次々に殺していったのだ。“吸血鬼狩り”だ。吸血鬼が活動すると言われる夜に、兵士を使って見回りをさせ、それに見つかってしまった不幸な吸血鬼達を、聖なる裁きにかけていった。
狩りで捕まってしまった者たちは、一人の例外もなく、処刑されることになっていた。ギロチンで首を落とされた者。磔にされ串刺しにされた者。生きながら火あぶりにされた者。体中の骨を砕かれた者。そのどれもが酷い死に様だったという。皆、苦痛に苛まれながら死んでいった。助けを乞う悲痛な叫びも彼らには届かない。それを見て嘲笑う民衆の中、確実に殺されていった。
狩りに追われた吸血鬼は、人間から隠れながら生活するしかなかった。ほとんどの者が住む家を失った。それだけならまだ良い方で、狩りによって家族を失った者が、全体の大半を占める。吸血鬼は、自分が吸血鬼であると知られぬ様に、人間として生活するしかなかった。名前も変え。住む場所も変え。牙を隠すため、人前で笑う事も許されず、いつ見つかるともしれない、夜に怯えて震えている。それは、吸血鬼としての誇りを、踏みにじる行為だった。
追い詰められ、誇りも奪われ、ただ、人間に見つからないように祈る。それが現在の吸血鬼だった。
吸血鬼は、世界の神に、その存在を否定されたのだ。
○ ○ ○
「――フランっ。何やってるの、早く来なさい」
母に呼ばれて私は立ち止まっていたことに気付く。先を歩いていたお母さんとお姉ちゃんが不思議そうに私を見ていた。
「待ってよ」
慌てて二人の元に駆ける。結構な距離が開いていたので、よほど深く考え込んでいたらしい。速度を上げて走る。すると、そんな私を見る母は、少し呆れた顔になる。またか、といった顔。それを見て私は、面白く無く顔を背けた。
そう。一度や二度ではないのだ。私はこんなことを頻繁にやってしまう。考え事に夢中になると、周りが見えなくなるのだ。悪い癖だと思う。因みに隣の姉ちゃんは、事態を把握していないのか、困惑顔をしている。お気楽なことだ。
「どうしたの? フラン。何か面白いものでもあった?」
「ううん。ただの考えごと」
「なに考えてたの? あ・分かった。この前できたお菓子屋さんのことでしょ?」
「違うよ。もう、お姉ちゃんと一緒にしないでよね」
「む。何よそれ。フランのくせに生意気な」
憤慨して、抗議するお姉ちゃんを、軽く受け流しながら、私は歩いた。私は、甘いもの好きなお姉ちゃんとは違うんだけど。
――そう。子供っぽい姉は、甘い物が大好きなのだ。例え、さっきまで怒っていたとしても、三時のアップルパイを前にすると、すぐにご機嫌となる。夕食の時の会話も、この前新しく出来た菓子屋さんのことばかりだった。……甘いものと、お母さんのことと、それしか頭の中ないんじゃないかと思う時がある。我が姉ながら、困ったお姉ちゃんであった。
そんな事を思いながら、私は姉の横に並んだ。本当は母の横に行きたかったけど、姉が母の右手を独占しているせいで、私はこっち側だ。何となく、買い物袋を持った反対側には、行きたくなかった。ただ、あまりにも嬉しそうに歩く姉の顔に、少し腹が立ったので、若干距離を空けて歩いた。別にどうってことないんだけど、それでも、ちょっぴり気分は良くないのだ。
そうして、三人は再び歩く。夕日が私たちを照らし、でこぼこで歪な陰を作り出している。仲良く並んでいる影は、お母さんとお姉ちゃん。少し離れたところにポツンとある影は、私の影だ。本当、どうってことないのだけど。そんなふうにして、二人と一人とは大通りを歩いていく。
ふいに、風が吹く。少し肌寒くなってきた。私は体を縮ませながら、ポケットに手を入れる。空を見上げてみると、夕日が少しずつ濃さを増しており、直に“夜”が来ることを告げていた。
私は、無意識の内に早足になった。早く家に帰りたい。急に心細くなったのだ。それが、一体どういう気持ちからだったのか、私には分からない。怖いとも悲しいとも少し違う、言うならば“寂しい”に似た感情が、私を襲っていた。
……大丈夫。家に帰れば、お父さんが待っている。寂しくなんて無い、不安がることも無い。心配する必要は何も無いんだ。私は自分にそう言い聞かせ、先を急ぐ。
母と姉も、私の異変に気付いたようで、若干、歩調を早め、早足になった。二人だって、夜に良い感情を持っているはずが無い。どちらも、どこか憂鬱そうな顔をしていた。
今度は、私が先行する形になり、三つの影はそそくさと家路を急いだ。町の家々に明かりが点り、それと比例して、人の気も少なくなる。よくよく見れば、誰も彼も急ぎ足になっていた。今はまだ僅かにも人もいるが、しかし、これが完全に夜になれば、吸血鬼どころか、人の一人も出歩かなくなるのだ。
夜に出歩いていると吸血鬼に襲われてしまう。そういうことになっているのだ。誰も、危険と分かっている夜に、わざわざ出歩こうとは思わないだろう。当然のことだ。だが、それだけが理由で無いということも、私は知っている。
夜に、外をふらふらと歩いていると、それだけで“吸血鬼”にされてしまうのだ。夜の街にいただけで、誰もが悪魔にされる。ただそれだけで、処刑の対象になってしまうのだ。
だから、吸血鬼狩りは、人間にとっても恐怖の時間だった。この前の晩も、小用で外を歩いていた青年が、吸血鬼として捕えられ、その後処刑された。……斬首刑だった。彼はただの人間だったというのに。
それが政府のやり方だった。捉えられた者は、どれだけ無実を訴えようとも、決して逃れることは出来ない。皆すべからく、地獄の苦しみを味わい、そして殺されていく。元々が、無実の吸血鬼を殺そうというのだ。例え、無実の人間を殺したとしても、些細な問題だと思っているのだろう。教会や国の連中にとって、それが本物かどうかなんて事は、さほど重要ではないのだ。吸血鬼を殺した。我々は民衆の味方である。それがアピールできれば、それでいいのだ。
……本当に、私には全然意味が分からない。
「フラン! 何をしているの! 早くこっちに来なさい!」
言われてはっとする。見れば、母が民家の影で手招きしている。その表情から、ただ事では無いことが分かった。私は急いで母の元に向かう。お姉ちゃんは、すでに母の後ろで蹲っていた。
「私の影に隠れていなさい」
そう言って、私は、姉と同じく後ろに押しやられた。少し狭い。一体何事だろう。
「お母さん。どうしたの?」
「しっ。黙って。人間の兵隊よ」
母は、そう言って少し前の民家をにらんだ。気になった私も、そっと視線を送る。すると、母の言った通り、民家の角からは、数人の男たちが現れた。手には長い槍を持ち、皮の鎧を身に着けている。それは、どう見ても戦人の格好。今、この時間を考えれば、吸血鬼を狩る狩人の姿だ。
ついに、狩りの時間が始まったのだ……。
人間たちは、そのまま表通りを歩き始めた。私達が、今まで歩いていた場所だ。同時に背筋が寒くなる。もし母が気付かなかったら、私たちは、彼らと鉢合わせになっていただろう。まだ少し時間は早いが、捕えられていたかもしれない。ほんの一瞬。ほんの一瞬、判断を間違えただけで、死が決まる。
……恐い。私は一層身を縮ませる。母の背中に密着したまま、小刻みに震えていた。頬を玉の汗が流れていく。
「もうすぐ夜ですね。今夜は何人捕まることやら」
彼らは談笑しながら歩く。それは、今から犠牲になる予定の吸血鬼の話だった。
「前の晩は大漁だったからな。俺は七人も捕まえたぜ」
「おお、怖い怖い。吸血鬼より班長の方がよっぽど怖えーや」
そう言って、彼らは笑いながら歩いていく。それが当たり前のことのように。平然と、そんな話をしている。
私は、自分の体が熱くなるのを感じた。七人の吸血鬼が、その後どうなったのか、彼らが知らないはずが無い。それなのに、何故そんな風に笑っていられるんだ。何故平気でいられるんだ。何で! 何でっ……!
はっと気付くと、母が私の肩を抱いていた。
「……フラン。抑えなさい。今見つかったら面倒だわ。……気持は分かるけど今は抑えて」
母に諭され、私は、いつの間にか握っていた拳を開いた。湿っている。その手の平は、汗でべっとりとしていた。
結局、彼らは私たちには気付かず、そのまま何処かに歩いて行った。彼らの背中が、少しずつ小さくなる。完全に見えなくなると、母はすぐさま立ち上がった。
「……もういいわね。さあ、帰りましょう。ぐずぐずしていたら、また戻って来るかもしれない」
そう言って母は、腰の抜けていた私達を立ち上がらせた。私の肌が母の手に触れる。すると、母の手も私と同じように、汗でべっとりと湿っていた。
緊張の糸が解けると、どっと力が抜けた。
……助かった。
そしてようやく私は自分がまだ生きているのだということを実感する。正直、生きた心地はしなかった。息は詰まり死への恐怖が私を支配していた。
……大丈夫。私は助かったんだ。怖がることはないんだ。
だが母の言うとおり、狩りはこれからが本番だ。ぐずぐずしていたら今度は見つかってしまうかもしれない。
そして、母は急いで歩きはじめた。それを見た私達は後を追う。今度は完全に走っていた。とにかく早く家に帰りたい。安心したかった。私も姉も、それからは一切、口を開かず、ただ走った。
途中、私は走りながらも空を見上げた。すると、紅かった空は黒に支配され、夕日の替わりに月が浮かんでいた。
――夜。
そう。私達にとって一番残酷な時間、“夜”がやってきたのだった。
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